愛知から遠隔で「こんにちは」。分身ロボット・OriHimeらが期間限定で渋谷カフェにて接客

イベントレポート

 令和2年1月16日(木)〜1月24日(金)の約一週間、渋谷スクランブル交差点前のQFRONTタワー内「WIRED TOKYO 1999」カフェにて、オリィ研究所が開発・提供する分身ロボット「OriHime」「OriHime-D」がサービススタッフとして働いている。

 題して「分身ロボットカフェDAWN Ver.β(ドーン・ヴァージョン・ベータ)」。この2種類のロボットは自立で動いているのではなく、それぞれ「人」が遠隔で操作しているものだ。

 病気や障害等により外出が困難であったとしても「働きたい」と思う人はたくさんいる。そのことを知ってもらうと共に、人々の社会参加を妨げている課題をテクノロジーによって克服していく試みとして、2018年11月26日の第一回目を皮切りに、これまで複数回にわたる実証実験が行われてきたプロジェクトである。

 まさにLoveTech Mediaが取り上げるべき、一丁目一番地の取り組みである。

 今回、当編集部は、初の「通常営業中のカフェ」での実証実験に、一般来店客として参加してきたので、その様子をお伝えする。

人とロボットが“協働”する店内

 会場となるカフェ入り口に到着すると、早速「OriHime-D」が迎えてくれた。現状、OriHimeには大きく2種類のタイプがあり、120cmと背が高く、複数の関節用モーターを内蔵し、前進後退および旋回の移動能力をもつ方が、こちら「OriHime-D」となる。そして、トップ画像にある全長約20cmの小さい方が「OriHime」だ。

 どちらもマイク・カメラ・スピーカーが搭載されており、ネットを通じてこれらを操作することで、その場所の音を聞いたり、カメラを通して周囲の映像を見たり、スピーカーを介して自分の声を伝えたりすることができる。

「どちらから(遠隔で)繋げているのですか?

「ちゃんと聞こえますか?私たちのこと、どんな風に見えていますか?

 順番待ちの老夫婦や、今しがたカフェから出てきたカップルが、興味津々な様子で質問をしていた。おそらく、後者のカップルは初めてOriHime-Dを見たのだろう、非常に興奮した様子だった。

 今回の取り組みは先述の通り、通常営業中のカフェの一角で実施されるもの。「WIRED TOKYO 1999」はカフェスペースが大きく3空間に分かれており、OriHimeが展開されているのは、少し高台になっているソファ席エリアだ。

 僕も渋谷に来た時にはこのカフェをよく使うのだが、何も知らない状態のままエリアの一角でロボットが動き回っていたら、「なんじゃありゃ!」ってなるに違いないだろう。

 ちなみに、今回の座席は事前予約枠が設けられていたのだが、1月10日に予約開始となり、4日後の14日には完売となっていた。この取り組みについて、認知が確実に広がっている証しと言えるだろう。

 そんなことを思っていたら、人間の店員さんに呼ばれて座席へと誘われた。ちなみにこれがポイントの2つ目。“人間だけ”でも“ロボットだけ”でもなく、双方が協働する形で、実証実験期間中はカフェ運営されることになる。

車いすでは不可能だった、カフェ店員の夢を叶えることが出来たのが夢のようです

「こんにちは!いらっしゃいませ!」

 指定の席に着くと、テーブル上には「OriHime」がおり、スピーカーから元気な掛け声が聞こえてきた。付属のパネルに、遠隔操作主の方のお名前とプロフィール文章が表示されている。

 今回、僕たちのテーブルを担当してくださったのは伊藤祐子さん、あだ名は「ゆっちゃん」である(以下、“ゆっちゃん”と記載)。プロフィールには以下のように記載されていた。

宮城県出身の愛知県在住。交通事故にて脊髄損傷による両下肢機能障害。現在車いすにて子育て家事奮闘中のペット好きです。これからオリヒメを通してたくさんの方々に出会えることにワクワクしています。よろしくお願いします☆

「ゆっちゃんと呼んでください!今日は短い時間ですが、よろしくお願いします。

 今回の「DAWN Ver.β」では、このように各テーブルに1台ずつ「OriHime」が配置されており、それぞれがテーブル担当としてお話し相手をしてくれるのだ。僕たちのテーブルはゆっちゃんが担当して下さったが、他にもパイロット(「OriHime」および「OriHime-D」の遠隔操作者)は数十名おり、各自の状況に応じてシフトが組まれているという。

 テーブルでは着席者同士の簡単な自己紹介がなされ、その流れでゆっちゃんも自己紹介してくれた。ある日突然、不慮の事故に巻き込まれて車いす生活を余儀なくされたこと。孤独から這い上がり、生きるために一人暮らしをはじめ、上半身だけでも働ける場所に無事に就職したこと。その後結婚して寿退社し、現在は家事子育てに奮闘していること。二匹の柴犬を溺愛中であること。

「今回、カフェに参加させていただき、車いすでは不可能だったカフェ店員の夢を叶えることが出来たのが夢のようです!

 そう言って自己紹介は締めくくられた。

「なんでやねん!」とOriHimeでツッコミをするゆっちゃん

 すごく不思議な感覚なのだが、このOriHimeというロボット、表情が能面のようなデザインで無生物感が漂うのだが、ひとたびコミュニケーションを始めると、そこに相手の顔が自然と浮かび上がってくるような感覚になる。今回、ゆっちゃんの自己紹介を聞いて、その後会話を続けていった際に、まるでそこにゆっちゃんがいるかのように感じた。まだ一度も対面で会ったことがないのに、である。

注文が終わると、しばし退席するゆっちゃん。退席中は目のランプが落ちるのでわかりやすい

 余計な情報がない分、受け手が勝手に想像しやすいのが、この顔のフォルムということだろう。よく考えられている。

OriHimeとOriHime-Dの会話

 しばらくすると、注文の品がやってきた。運んでくるのは、自律走行が可能な「OriHime-D」の役割だ。ちなみに、僕は料理とコーヒーを頼んだのだが、ガラスのお皿に盛り付けられた料理を運ぶのは人間の店員さんで、「OriHime-D」は飲み物専門担当であった。

 「OriHime-D」のパイロット名は山本順子さん。あだ名は「より」さんだという。

よりさん「あー!ゆっちゃん、お疲れさまー!

ゆっちゃん「よりさん、お疲れさまー!

 そんな遠隔操作ロボット同士の会話を見ることができるのも楽しいもの。同席した方々も、左を見て右を見てと大忙しだ。

 この「OriHime-D」、自立で360度どこでも旋回し前進後退することが可能なのだが、限られたスペースの店内においては、何が大きな事故につながるかわからない。今回は以下写真の通り、決められた線上を移動するルールとなっていた。

 OriHimeの自由な動きを社会実装するためには、現実世界の複雑さを超えていかねばならず、段階を設けて複雑な環境に投入することが必要なのだろう。

 未来を感じさせてくれる時間もあっという間。今回の取り組みではなるべく多くの方が参加できるよう、1席最大でも50分という時間制限となっている。

 たった50分の時間でも、「OriHime」を通じてお話し相手をしてくださったゆっちゃんとのお別れは、少し寂しいもの。

「このたびはご来店、ありがとうございました!」

 目のランプが消えて「OriHime」もぐったりと固まったのを確認して、僕たちは席を立った。

OriHimeは「何かできる人を増やす」テクノロジー

 最後に、少し技術的な観点だが、渋谷スクランブル交差点近くのカフェということで、通信環境は問題ないかが気になるところであった。OriHimeはWi-Fi接続での利用がベースになっているが、日本でも最高レベルで人が密集するエリアにおいて、果たしてネット帯域は大丈夫なのだろうか。

 結論としては、「OriHime-D」はWi-Fi接続で動いていたものの、「OriHime」は有線接続していた。2タイプともWi-Fi接続にすると、特にテーブルでのコミュニケーションがメインとなる「OriHime」は接客が不安定になってしまったようで、早々に有線へと切り替えられたという。

 この辺りは来たる5Gに期待、ということだろう。


 

 昨今のAI等を活用したデジタルテクノロジーは、どんどんと人の「できること」をそぎ落としている印象だ。人がやる必要のないことを機械が代替してくれるのはありがたい限りかもしれないが、どこか感情が置いてけぼりになってしまう印象である。

 OriHimeを開発された吉藤オリィ氏は、自身のFacebookで以下のような投稿をされている。

分身ロボットカフェをやっていると、「AIでいいんじゃね」と言われる事がよくある

私はロボットを作るが、人が何もしなくてよくなるテクノロジーにはあまり興味がない。むしろ、何かできる人を増やす、人が何かしたくなる事に価値があると思ってる

生産力や便利さが必ずしも豊かさとは限らない

(令和2年1月19日 原文ママ)

 

 「何かできる人を増やす」テクノロジー。それがまさに、LoveTechの真骨長なのだと、カフェでのゆっちゃんとの会話で改めて実感した次第だ。

「分身ロボットカフェDAWN Ver.β in WIRED TOKYO 1999」実施概要

分身ロボットカフェDAWN公式サイト https://dawn2019.orylab.com/

【日時】
2020年1月16日(木)〜1月24日(金)12:00〜19:00

※お席は1時間 / 完全入れ替え制となります。
※最終入場 / L.O.は終了1時間前となります。
※下記日程は営業時間が異なりますのでご注意ください。
 1月16日(木)14:00〜19:00 L.O. 18:00
 1月17日(金)12:00〜18:00 L.O. 17:00

【会場】WIRED TOKYO 1999
東京都東京都渋谷区宇田川町21-6 「Q-FRONT」7F
※店内の2〜4名様用テーブル3卓〜6卓(最大)が対象となります。

【参加方法】
下記URLよりご予約を承っております。
https://bit.ly/2Nl7SvJ

※ご予約を優先させていただきます。
※空きがある場合は当日のウォークインも承ります。

【メニュー内容】
※内容・価格は変更となる場合もございます。
※価格は全て税抜表記となります。

・ネギトロ柚子胡椒ボウル ¥1,000
・タコライス1999 ¥1,000
・あさりと九条ネギの梅ソースパスタ(サラダ付き) ¥1,100
・キノコのソテーのミックスサラダ ¥900

※フードメニューは全てドリンク付き
・コーヒー(HOT) ¥550
・コーヒー(ICE) ¥580
・アールグレー(HOT / ポットでのご提供) ¥700
・アールグレイ(ICE) ¥580
・コーラ ¥650

<「WIRED TOKYO 1999」店舗概要>

■ 店名      : WIRED TOKYO 1999(ワイアード・トーキョー・イチキュウキュウキュウ)
■ 住所      : 東京都東京都渋谷区宇田川町21-6 「Q-FRONT」7F
■ アクセス    : JR「渋谷駅」ハチ公口 徒歩1分
■ 電話番号    : 03-5459-1270
■ 客席数     : 118席
■ 営業時間      :    10:00~26:00

<「分身ロボットカフェDAWN Ver.β」主催・共催・協力>

■主催                            
株式会社オリィ研究所、カフェ・カンパニー株式会社

■特別協賛
花王株式会社、日本生命保険相互会社、日本電信電話株式会社

■協賛   
川田テクノシステム株式会社、川田テクノロジーズ株式会社、共和メディカル株式会社、日本マイクロソフト株式会社、三菱地所株式会社、株式会社リバネス

■協力
『宇宙兄弟』株式会社コルク・一般社団法人せりか基金(*1)、一般社団法人 大丸有環境共生型まちづくり推進協会、SHIBUYA TSUTAYA

(*1)「分身ロボットカフェDAWM ver.β2.0」は、近未来を描くSF大ヒット漫画「宇宙兄弟」の登場人物の名前を冠し、ALSの治療方法を見つける研究開発費を集める活動をしている「一般社団法人せりか基金」とコラボレーションしています。

※各社表記は敬称略・順不同

 

編集後記

今回カフェで同席した方のお一人は、なんと名古屋からこのためだけにいらっしゃったとのこと。

 

以前より書籍でオリィ氏の活動を知っており、今回のカフェ企画を知って「これは参加するべき!」と感じて、深夜バスに飛び乗ったとのことです。

 

何かをできる人を増やすだけでなく、認知を広め、当事者意識を持って「知ろう」とする人が増えている点が、非常に素晴らしいなと率直に感じました。

 

育児、介護、身体障害、そのほか様々な理由によって身体を運ぶことができず、社会に参加することが困難な方がいらっしゃいます。

 

このような社会実装の実証実験が積み重なることで、一人でも多くの方の「できる」が増えることを、引き続き見守って参りたいと思います。

#分身ロボットカフェ #abatarrobotcafe でSNS投稿すると、こちらのシール2タイプもしくはクリアファイルのいずれかをプレゼントしてくれる

 

長岡武司

LoveTech Media編集長。映像制作会社・国産ERPパッケージのコンサルタント・婚活コンサルタント/澤口珠子のマネジメント責任者を経て、2018年1...

プロフィール

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