多様化する“変容術”
人は誰しも、一度は“変身”に憧れたことがあるのではないだろうか。
小さい頃は仮面ライダーやセーラームーンのような戦隊・ヒロインものに憧れるし、大人になってもハロウィンのようなコスプレイベントに熱狂する。そんな思い切った断片的な変身行為でなくとも、そもそもファッションやお化粧、自己啓発といった外見を整えて装飾を試みる消費が日常生活における“装いの行動”として恒常的に行われており、多くの人は知らずしらずのうちに変身への欲求を表面化させている。もしかしたら、“変容”と表現した方が正しいかもしれない。
いずれにせよ、人は“変わる”という行為を通じて他者とのリレーションを肯定的なものにしたいと考え、それと同時に自己の内面も変えたいと願っている。だからこそ、ライフコースを通じて変身や変容に対する一種の憧れを抱いていると言えるだろう。
そんな変容術なるものは、インターネットやグローバル経済、テクノロジーの発達等によって、かつてないほどにそのあり方が多様化している。またそれに伴い、絵画や映像、彫刻といったアート作品から日常生活で利用する各種消費財まで、動物と機械、無機物と有機物、自己と他者など、それぞれの持つ境界線の緩やかな融解も進んでいる。
今回取材したMAGARIMONOも、足元からの変容を促し、身体とフットウェアの境界線を“なめらか”にしている印象のブランドだ。そして驚いたことに、シューズのほぼ全てが3Dプリンティングで製作されているという。
本記事では、2020年6月27日より東京都・池尻大橋にあるMISTLETOE OF TOKYOで開催されている「MAGARIMONO ORIGINALS」常設展示の様子をお伝えする。テクノロジーの発達と民主化によって、ファッションの制作工程やあり方そのものが多様化し、その結果として人間という形が自由に“ぶれ”始める。そんなLoveTechな体験をさせてくれる空間であった。
専門分野がまるで違う二人によるMAGARIMONOブランド
会場に入ると、コンクリート打ちっ放しのだだっ広い空間に、最新プロダクトである「MAGARIMONO ORIGINALS」のシューズ4タイプがゆったりと展示されている。部屋の奥ではコンセプトムービーが流されており、フットウェアに合わせてトランスフォームしているヒューマンイメージが描かれている。
会場を案内してくれたのはこちらのお二人。MAGARIMONOブランドを共同で立ち上げた、フットウェアデザイナーの津曲文登氏とデジタルデザイナーの小野正晴氏だ。
写真左:津曲文登氏(フットウェアデザイナー)、写真右:小野正晴氏(デジタルデザイナー)
MAGARIMONOというブランド名は、もともとは日本語の“曲者(くせもの)”からきているという。
津曲氏:「靴業界の常識を常に疑って、王道を歩まないような新しい事をやろうと決めていたので、業界の曲者ということでMAGARIMONOというブランド名にしました。実は、津曲(つまがり)の「マガリ」と小野の「オノ」を組み合わせている、という裏ストーリーもあります。」
津曲氏はフットウェアのデザインから実際の制作までを行ってきたクリエイター兼職人であり、一方で小野氏はプロダクトデザインの最先端においてデザインからモデリングまでを経験してきた人物。テックと非テックで専門分野がまるで違うお二人だが、以前の職場で一緒になったことから意気投合し、共同で合同会社MAGARIMONOを立ち上げることになった。
巻雲、高積雲、層状雲、そして積乱雲
MAGARIMONO ORIGINALSの“ORIGINAL”には、「起源」というモチーフの意味が込められている。万物の源といえば「水」。泡や波、雲のように、水が形を変えながら循環していく不定形な形をデザインに落とし込んでいったという。
その具体的なデザインテーマはCLOUD、つまり“雲”だ。四種類のフットウェアには、それぞれ「ci」「ac」「str」「cb」という名称が付されているのだが、これらはいずれも雲形分類表(雲を形状により分類したもの)における雲形の略号となっている。
ci:cirrus(巻雲:けんうん)
画像出典:Wikipediaより
ac:altocumulus(高積雲:こうせきうん)
画像出典:Wikipediaより
str:stratiformis(層状雲:そうじょううん)
画像出典:Wikipediaより
cb:cumulonimbus(積乱雲:せきらんうん)
画像出典:Wikipediaより
企画から半年程度でリリース
複雑なソール模様が特徴的なMAGARIMONO ORIGINALSは、先述の通り、ソールだけでなくアッパー生地も含めて、ほぼ全てのパーツが3Dプリンティングによって製作されている。
具体的には、中国の3Dスキャナーメーカー・SHINING 3D協力のもと、TPU材料を使用しての粉末焼結積層法(SLS方式)によってソールを造形。一方でアッパーは、熱溶解積層法(FDM 方式)によってTPU材料を平面網状に出力し、一種の布のように使用している。
※FDM方式とは、材料(フィラメント)を溶かして一層ずつ積み重ねてモデルを造形していく3Dプリンティング手法であり、最もスタンダードな技術。一方でSLS方式は、赤外線レーザーを使って高温で粉末を焼結させる手法で、工業用大型タイプと卓上型タイプの二種類がある。ちなみにこの他には、UVレーザーを使用して架橋結合させて硬化して造形させるSLA方式という古くからある手法も存在する。
津曲氏:「こういう構造物を人の手でデザインするのは非常に難しいです。その点、最初から3Dでやると「こういう感じ」って見せながら進めることができるので、より簡単に実現することができます。
現にMAGARIMONO ORIGINALSは、企画から半年程度でリリースさせることができました。途中に多くの検証を重ねましたが、トライアルアンドエラーのスピードがとても早かったです。」
また一般的な靴の製作は、アッパー部分を工場で整形した上で、最終的にソールと糊で接着させる「セメント製法」によって進められるものだが、その際にどうしても大量生産の制約を受けることとなる。事前に販路を開拓する必要がある上に、何よりも先んじてまとまったお金がかかることになる。
それに対して全てを3Dプリンティングで実現すると、そもそも工場契約が不要となり、今まで提供が常識外だった片足からの受注も可能になるなど、大規模な製造ラインに集約した大量生産のモノづくりとは異なるアプローチが実現する。
津曲氏:「工場生産だとほとんどのケースにおいて、誰が実際に製作しているかは消費者にとって関係なくなります。僕たちは型を作るというベースから離れることで、職人という存在をリフトアップさせ、さらには3Dプリンティングの価値向上にも繋げていきたいと考えています。」
小野氏:「クラフトマンの地位が上がらないのを変えたいし、大量生産の無駄も変えたい。あと僕らは僕らで、次世代の“ものづくり”をやっていきたいので、自然と3Dプリンターでやることになりました。もちろん、もともとその領域に知見があったことも大きいです。」
将来的には、各注文者の細かいサイズにフィッティングさせたスニーカーや、金型の成形条件にとらわれない自由度の高さで、センサーなどのデバイスの装着もできるようにするといった構想をイメージしているという。
設計プロセスのデジタル化=民主的なデザインへのワンアプローチ
MAGARIMONO ORIGINALSの初期段階モック
3Dプリンティングというテクノロジーとデザインを駆使した生産プロセスの革命は、先日当メディアで取材したウテ・プロイエ[Ute Ploier]氏(リンツ芸術デザイン大学 ファッション&テクノロジー学科・学科長)の言う「民主的なデザインに向けた4つのアプローチ」の一つに該当する。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200713futureschool1/”]具体的には「inclusive design strategies(包括的デザイン戦略)」。セッションでは、「身体、テクノロジー、そして採寸工程をそれぞれモジュールとして捉え、そこにオープン性を取り入れることで、個人にフィットする多様な洋服のあり方を実現する」と言及されており、今回のMAGARIMONO ORIGINALSのように設計プロセスをデジタル化することで、靴の意味やステークホルダーそのものがアップデートされることを“民主的なデザイン”のワンアプローチとして位置付けている。
では実際の履き心地はどうかと言うと、見た目から感じる“固くて重そう”なイメージとは裏腹に、軽くて歩きやすく、足にフィットしてスイスイと歩いていけるような感覚だ。
小野氏:「僕らのフットウェアは、大手メーカーのようなランニングシューズの機能性を追及していません。理由は、先行者の後追いが嫌だったのと、ファッションとしての可能性を追及したかったからです。
ただし、履き心地や歩きやすさにはこだわっています。素材で使っているTPUも、実は一般的なソールでよく使用されているものなので、見た目の印象とは異なる軽さと歩きやすさを実感していただけると思います。」
その上で、MAGARIMONO ORIGINALS最大の魅力は、そのなんともいえない“変容体験”にあると言って良いだろう。
足元に目を向けてみると、流線型のソールが地面との境界線を曖昧にしており、まるでマングローブ状の木の根っこが地面から水を吸い上げ、自立した生命活動を営んでいるような錯覚に陥る。美術品等を見上げる際にスタンダール症候群が発症するのだとしたら、フットウェアに視点を落としてクラっとする体験はMAGARIMONO症候群とでも名付けるべきだろうか。足元から始まる、身体トランスフォーメーション体験である。
将来的にはTPU材料以外の素材を使う予定はあるのだろうか。
小野氏:「まだ具体的にこれと言うのはありませんが、実際に作ってみることで、色々な可能性があることを感じています。それこそ最初は、アッパー部分に皮素材を想定していたのですが、実際に作ってみて「違うね」ってなりました。
あと素材も然りですが、そもそもの“作る機械”を、もっとバージョンアップしなければならないと思っています。」
最初に製作したMAGARIMONO ORIGINALSモック
クラフトマンシップをアップデートさせる
今回ご紹介したMAGARIMONO ORIGINALSは、完全受注生産での提供のみ。いずれのタイプも価格は$1,100で、注文から2週間〜1ヶ月ほどで手元に届く仕組みとなっている。今後大量流通を前提とした量産体制の構築を考えているのだろうか。
津曲氏:「もちろん流行ってくれたら嬉しいですが、その前段階として、本当に欲しい人に届け、かつ職人に適正なペイができるよう、価格もしっかりとつけたいと考えています。」
小野氏:「最終的には津曲のような人間が手で組み上げていくわけですが、僕らは作る際の素材やツールにデジタル技術を取り入れて、その工程を劇的に変えています。クリエイティブとテクノロジーを掛け合わせて、クラフトマンシップをアップデートして参ります。」
MAGARIMONOの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
編集後記
僕が“身体トランスフォーメーション”への不気味さと一種の憧れを抱いたのは、アメリカの現代美術家であるマシュー・バーニーとの出会いがきっかけだったと思います。正確にはそれまでも、画家のダリや映画『鉄男(てつお)』、ゲーム『パラサイト・イヴ2』等で着々と興味の機運を醸成していったわけですが、それがリアルな人体像として昇華された体験が、マシューの作品だったわけです。
具体的には、2010年〜2011年にかけて東京・木場の東京都現代美術館で開催された「東京アートミーティング トランスフォーメーション」展で見たマシューの作品。2002年に制作がスタートした「クレマスター」シリーズの最終作「クレマスター3」において、ケルトの巨人神話からロックまで計182分に及ぶ壮大な映像ストーリーとともに、奇妙奇天烈な彫刻や写真という複数メディアを通じて、人体の変容のあり様がリアルに、でもファンタジックに描き出されていました。
これは極端に表面化した変容願望の一例ですが、記事の冒頭にも記載した通り、人は誰しも変身・変容願望を持っているものです。
今回取材したMAGARIMONOは、まさに足元からの変容を、生産工程のDXによって個人のニーズに“1on1”で実現してくれる可能性がある、素敵なプロダクトでした。
まさに曲者。
今回は第一弾シリーズである“MAGARIMONO ORIGINALS”を見ていきましたが、今後の第二・第三のプロダクトも、期待して待ちたいと思います。