様々なテクノロジーが目まぐるしく進化する昨今。AI、VR/AR/MR、IoT、RPA、ブロックチェーン、量子コンピューター、ドローンなど、これらの単語をニュースで見ない日はないだろう。
そして、まだ十分に進んでいない産業にこれらのテクノロジーを活用することの総称として、これまで様々なXテック(クロステック)領域が造語として生まれてきた。FinTech(フィンテック、金融×テクノロジー)、EdTech(エドテック、教育×テクノロジー)、AgriTech(アグリテック、農業×テクノロジー)、HealthTech(ヘルステック、ヘルスケア×テクノロジー)などが代表的なものだろう。当メディアでもこれまで、子育Techという和製Xテックを取材した。ちなみに当メディアのLoveTech(ラブテック)も、愛×テクノロジーを表すXテック造語である。
この度、新たなXテック、「Publitech(パブリテック)」が誕生した。Public × テクノロジーを掛け合わせた造語であり、この概念を推し進める機関として、一般社団法人Publitechが設立された。
Publitechとはどのような概念なのだろうか。どのような経緯、目的、ミッション、ビジョンを持った組織なのか。このあたりの内容を確認すべく、同法人の設立キックオフイベントに潜入した。
以下、イベントの流れに沿って、史上初のPublitechに触れていきたいと思う。
介護の現場から見たテクノロジー化への課題感
まずはじめに、一般社団法人Publitech 代表理事である菅原直敏(すがわらなおとし)氏が、法人設立の経緯、Publitechの定義、法人の役割についてお話しされた。
菅原氏は普段、介護やケアワーク領域で活動されているのだが、このような福祉領域では課題が尽きないという。
「ヒト・モノ・カネのいずれもが不足している現状に対し、行政は支援をしてくれるものの、抜本的な課題解決につながっていません。一方、現場の方々は忙しすぎて、日々の業務を遂行するのに精一杯です。そんな状況だからこそ、テクノロジーの活用で解決できることは多いと感じます。要介護者への対応はもちろん、行政とのやりとりもテクノロジーを活用することで、大幅な工数削減と本業への集中につながることは、エストニアやデンマークでの各先進国事例が証明しています。
でも日本ではなかなか実現できていない。なぜでしょう。私の所感では、日本ではテクノロジー活用そのものへの精神的抵抗が根強く残っているからだと考えます。日本人でもできるはずなのに、もったいない!そのような課題感を強く感じています。」
また、テクノロジーは人間が自分らしく生きていくことを補佐するツールでもあるとのこと。例えばテレワーク。一昔前では物理的に人が集まらないと協業が難しかったが、現在では気軽なチャットやビデオ会議システムなど、お互いに遠隔地にいてもコミュニケーションが十分にとれる。まさに、Living Anywhereである。定住という概念をテクノロジーによって変えるという、新しい世界観と価値観の誕生だ。
「このような課題意識と未来への期待が、Publitechの原型を思いついたきっかけとなります。」
Publitechの定義
「私たちはPublitechを『人々をテクノロジーでエンパワメントする』ことと定義しています」
エンパワメントとは、社会および組織の構成員ひとりひとりが、発展や改革に必要な力をつけることを示すが、ここでは、転じて「自分らしく生きる」という意味も付与しているという。
「例えばガンジーは非暴力というツールを使って人々をエンパワメントし、キング牧師は黒人の方々が自分らしくいきれるように人々をエンパワメントしました。
Publitechは技術、分類、概念を包括的に捉え、人々をエンパワメントするため、つまり私たちが自分らしく生きるためにテクノロジーを活用していくという、『人』や『世界観』を中心に据えた概念です。テクノロジーというとどうしてもメカメカしい印象を持たれる方が多いと思いますが、あくまで手段です。人々をエンパワメントする行為であれば、それがPublitechであると私たちは捉えています。」
3年という期間限定のプロジェクト
“テクノロジーを使って共生社会を共創する” ことを掲げ設立された一般社団法人Publitech。
「これだけではわかりにくいので、私たちは3つのビジョンを設定しています。『行政のデジタル化促進』『社会のスマート化促進』、そしてその上で『市民、行政、企業・団体等が、テクノロジーを活用して共生社会を共創できるエコシステムの構築と実践』です。
行政のデジタル化について、Publitechの理念に賛同して活動してくれる自治体をPublitechCity(パブリテックシティ)と定義し、具体的に3年間で100のパブリテックシティに増やして参ります。現時点でも、鎌倉市・つくば市・横瀬町などの自治体にご賛同いただけております。
また社会のスマート化についても、同じく3年間でPublitechなプロジェクトを100個、同時多発的に実施して参ります。
この2ビジョンの具体的な実践を通じて、テクノロジーを活用して共生社会を共創できるエコシステムの構築と実践を進めて参ります。」
何度も出てくる”3年”という期間だが、法人での活動の区切りを3年間と限定的に設定していることも特徴的だ。
「そもそもデジタル化のような話を3年後もしているようではダメだと考えています。その頃にはデジタル化なんて当たり前です。私たちは、先ほどお伝えしたビジョンおよびKPIを通じたミッションにコミットするべく、あえて3年という期間制限を設けます」
また、そのために法人運営もユニークなコンセプトで運営するという。
「社団の情報を可能な限りオープン(open)にし、誰もがアジャイル(agile)的にに参加できる、ティール(teal)型の社団運営を目指します。
20世紀は一つの答えを与えられた時代でしたが、21世紀は私たち一人ひとりが価値観を作っていける時代です。
皆さんの心の中にある共生社会に向けて、3年間の限定プロジェクトとして一緒に歩んでまいりたいと思います。」
住みたい・住み続けたいまち鎌倉市の取り組み
次に、Publitechの理念に賛同したパブリテックシティ・鎌倉市の取り組み事例について、鎌倉市長の松尾崇(まつおたかし)氏に説明いただいた。
鎌倉市では以下のような課題に直面している。
・人口減少、少子高齢化による税収減と社会保障費の増加
・老朽化する社会インフラの維持管理がさらに大きくのしかかる
・多様化する市民ニーズ・新たに発生する様々な社会課題への対応
・限られた財源・職員数で、いかに効率的に行政サービスを提供するか
・徹底した選択と集中を進めるための市民ニーズの把握
これらの課題解決のため、松尾氏はマニュフェストを策定した。詳述は避けるが、共生社会実現のため、マニフェスト内に「パブリテック」という文言を含んだ内容が盛り込まれている。
とはいえ、代表理事・菅原氏もお話しされた通り、テクノロジーはあくまで“ツール”である。大事なのはInputである課題を明確にし、Outputとして解決することだ、と松尾氏も強調された。
鎌倉市では市民ニーズの把握とデータに基づく政策を立案すべく、市の保有するデータを分析し、声なき声を拾い上げるための共同研究(AIやRPAの活用)を、コージェントラボ・ソフトバンク・鎌倉市の三者でスタートした。
日々の業務をデータとして蓄積するには、人手ではあまりにも工数がかかるので、テクノロジーの活用が必須である。
また、2013年から始まっている「KAMACON」(カマコン)も、ITを武器にして鎌倉を盛り上げるPublitechな取り組みの一つである。
この他にも、株式会社グラファーと進める行政手続きの電子化プロジェクトや、LINEを活用した行政手続きの利便性向上プロジェクト、スマートスピーカーと音声アプリを使った実証実験、スマホアプリを使った市民の健康増進の取り組みなど、働き方含めた市民生活のアップデートを官民一体となって進めている。
パネルディスカッション
最後に、菅原氏モデレートのもと、Publitech理事メンバーと松尾市長によるパネルディスカッションが開催された。
<写真左から>
・松尾崇(鎌倉市長)
・大前創希(ビジネスブレイクスルー大学教授)※一般社団法人Publitech理事
・新居日南恵(株式会社manma代表取締役)※一般社団法人Publitech理事
・小澤綾子(ビヨンドガールズ リーダー)※一般社団法人Publitech理事
・菅原直敏(神奈川県議会議員・ソーシャルワーカー)※一般社団法人Publitech代表理事
本記事では、それぞれのトーク内容を個人毎に要約してお伝えする。
お題1:テクノロジーにまつわる日本の課題や持たれている世界観
大前創希(ビジネスブレイクスルー大学教授)
テクノロジーが誕生して人々の生活に浸透するのには、とても時間がかかり、ここが一つ大きなポイントだと考えます。例えば今当たり前になっているスマホも、実に10年かけてここまで生活に浸透してきました。Publitechという観点でお伝えすると、なるべく使いやすいものを提供して、なるべく使われるように設計すること。これが大切だと考えています。
新居日南恵(株式会社manma代表取締役)
弊社が提供している「家族留学」というサービスは、若者のための家庭版OBOG訪問です。国内の子育て家庭に若い人が1日国内留学をして、家族を持つことや子育てをしながらの働き方など具体的なお話を聞かれることで、長期的なキャリアを考える場をご提供しています。よく「昭和の地域コミュニティの再現をやっているんだ」と言われることが多く、オフラインでできなくなったことをオンラインで再現するという、こういったことが可能なのはテクノロジーの恩恵だと感じます。
小澤綾子(ビヨンドガールズ リーダー)
障害者がもっともテクノロジーにエンパワメントされていると感じます。視覚障害者がスマホで硬貨の写真を撮って画像認識で金額を確認したり、聴覚障害者がトークを文字で書き起こすアプリを使って会話をしたり。また私自身も電動車椅子に乗っていて、スムーズな移動が実現しています。今の時代に生まれてよかったなと思います。
今後私は筋ジストロフィーの症状が進行し、今以上に体が動かなくなります。そうなった時に、社会に関われなくなることが一番怖いです。でもそれも、寝たきりで遠隔就労することのできる仕組みやロボットが開発され始めていて、私にとっての希望ですね。テクノロジーが当たり前に使われる世の中に、早くなってもらいたいです。
お題2:働き方をアップデートするテレワークはどう設計する?
松尾崇(鎌倉市長)
鎌倉には、働きたくても働けない主婦が多いというデータがあります。そういう方たちが働ける場所を作ることが、テレワーク議論以前からありました。
働き方の流動性をもっと高くするための方法として、テレワークは非常に有効的だということで、今年7月には鎌倉テレワーク・ライフスタイル研究会準備会というものも設立し、都内等への通勤を減らし鎌倉市内でテレワークを行うワークスタイルの普及や市内企業に向けたテレワークの機運醸成を目的に活動を始めています。
大前創希(ビジネスブレイクスルー大学教授)
私が代表を務める株式会社クリエイティブホープにはママさんが多く、お子様がいらっしゃるなどで時間制約のある方も多いです。お子様が熱を出されるなど突発的な対応が必要な場合は、自宅でのテレワークに切り替えれるようにしていますね。あと弊社にはフィリピンにもチームメンバーがいるのですが、そもそもビデオチャットでのコミュニケーションが前提になっています。
時間と距離は、テクノロジー発達社会ではほとんど関係ないのではないか、と感じます。
お題3:女性の社会進出を阻んでいるものがあるとしたら何?
新居日南恵(株式会社manma代表取締役)
女性ばかりの職場だと働きやすい、という話をよく聞きますが、逆のケースもあると思います。例えば育休について半年で戻ってきた方と3年お休みされた方がいらっしゃったら、「育休って半年で休めるものでしょ?(なのになんであの人は3年も休んでいるの?)」という、横並びの比較がなされてしまいます。これは性別やテクノロジー、制度設計以前の、個人の意識の問題ですよね。
あと、家事の分野でもっとテクノロジーが使われたらいいな、とも思います。子育てや授乳、公園で遊ばせている時間など、負担になっている時間をもっと軽減するようなサービスが出てきたらいいと感じます。
大前創希(ビジネスブレイクスルー大学教授)
こういう議論では女性が主語になりやすいのですが、もっと男性も議論に入ってきてほしいなと思います。先ほどテレワークの話をしましたが、それこそ男性がテレワーク前提になったのだとしたら、子育ても手伝えますよね。
自宅にいながら会社を休まなくても良い、という選択肢を、会社として準備することは大切ですね。
パネルディスカッション結び
菅原直敏(神奈川県議会議員・ソーシャルワーカー)
テクノロジーは、それ自体が意識されなくなって初めて「生活に浸透した」と言えます。例えばメガネは、発明当時は画期的なテクノロジーをだったと思いますが、今やテクノロジーとして認識されず、生活する上での当たり前になっていますよね。
私たちは、テクノロジーの当たり前化を進めていくべく、個人をエンパワメントしていき、テクノロジーを使っての共生社会を共創して参ります。
Publitechロゴデザイン
最後に、Publitechロゴデザインのコンセプトについて、同法人デザインマネジメントを担当される川島勇我(かわしまゆうが)氏に解説いただいた。
「一般社団法人Publitechのロゴ(CI/VI)は、テクノロジーで人々をエンパワメントするという世界観を象徴する役割を担うことを意識したコンセプト設計を試みています。
Publitech(公共×テクノロジー)を伝えようと考える時、その表現はネットワークやジオメトリー(地球を地図やメッシュ、ワイヤーなどで表現したもの)が多用されるため、そのような球体表現をロゴデザインによって最大化することを意識して、正半円の形状の中に情報を収めたデザインとしました。
また、「テクノロジーで人をエンパワメントする」というメッセージをこめるため、Publitechの「h」をhumanと捉え、最後は「人と人が繋がる」という想いを込めて頭の「P」との間に橋を架けました。
大きく配置された●は、Publitechの「i」の小文字の●です。「i」=「love」という意味も包含しています。この●は、正半円の中に自由に配置するデザインレギュレーションとしています。
将来的にはテクノロジーを体現するロゴデザインのデジタライゼーションを想い描き、ロゴが表示される度に●の位置やサイズがレギュレーションの範囲でランダムに変化するプログラミング・ロゴとして機能させることを検討しています。
サウンド・ロゴやムービー・ロゴなど、時代に合わせてロゴデザインも変わっていく。新しい世界観をメッセージする一般社団法人Publitechとして、ロゴ(CI/VI)デザインもテクノロジーでエンパワメントしたいと考えています。」
編集後記
人々をテクノロジーでエンパワメントすることをミッションに設立された一般社団法人Publitech。
ホームページをご覧になるとわかりますが、非常に多様でユニークなメンバーにより運営されています。
今回のイベントで、「テクノロジーはそれ自体が意識されなくなって初めて「生活に浸透した」と言える」という代表理事・菅原さんの言葉が心に残りました。
いかに、テクノロジーだという認識を下げて社会実装することができるか。
これはあらゆるプロダクトに共通することではありますが、公共分野では特に大きな課題だなと日々感じます。
官民巻き込んでのエンパワメントを、Love Tech Mediaとしても期待し、今後も活動を追って参りたいと思います。