今、手元に「WHOLE EARTH CATALOG」(以下、ホールアースカタログ)の創刊号「Fall 1968」がある。かつてスティーブ・ジョブスが2005年6月のスタンフォード大学卒業式辞で贈った “Stay hungry. Stay foolish” という言葉の元ネタとして、昨今の日本でも一躍有名になったカタログ冊子だ。2号目(Spring 1969)以降は万単位で発行され、シリーズ累計発行部数は250万を超えているわけだが、創刊号はたったの2,000部しか刷られなかったということで、ニューヨーク近代美術館がデータ化して保管するなど、非常に貴重なものとして認知されていた。現に2年ほど前から粛々と探していたものの、全くと言っていいほど市場に出回らない“レア物”なのだ。
そんなレア物が2023年末、ホールアースカタログ専門店「CATALOG&BOOKs」のオンラインストアに出現した。実はちょうど同じタイミングで、このホールアースカタログの生みの親とも言えるスチュアート・ブランドの伝記邦訳版『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』(草思社)が発売されたこともあり、ホールアースカタログ熱が高まっていた矢先での超貴重な流通ということで、見つけ次第すぐに購入した次第だ。
僕が初めてホールアースカタログの存在を知ったのはいつ頃だっただろうか。記憶を辿っていくと、おそらくは2009年に新卒でジョインした映像制作会社を早々に退職し、数ヵ月のモラトリアム期間を経て、ソフトウェアパッケージ会社へと転職した頃にまで遡ることになる。
ということで、少し遠回りになるが、まずは僕がホールアースカタログというものを認知した頃の話から話をスタートさせたいと思う。
※極私的な回想的感想文なのでどうかご笑覧ください。
複雑系を超えることができなかった20代の記憶
2009年といえば、IT全般に疎かった自分が、何を間違ったか未経験からITエンジニア/コンサルタントになれるという6ヵ月間の選考入社研修に参加し、奇跡的に突破した頃の話だ(当時の会社のことについてはこちらの別媒体記事をご参照)。
30人強の研修合格者(つまりは同期)がいた中で、限りなく成績が最下位に近かった僕は、素人目で花形職種だったシステム“導入”コンサルタントや研究開発エンジニアへの配属希望が叶わず、代わりにシステムの“保守運用”コンサルタントになることが決まっていた。一丁前に「導入が良かったなー」とか言ってはいたものの、当時あまりにもITに疎く、これから担当していくことになるであろう「企業が抱える課題をパッケージシステムを使って解決する」というビジネスの具体像が全く見えていなかったことから、何か参考になるIT本を読んでおこうということで近所のブックオフに繰り出し、そこで以下の2冊を購入したのだ。今も昔も、僕はブックオフという場所が大好きだ。
- ジェラルド・M・ワインバーグ(著), 木村 泉(訳)『コンサルタントの秘密: 技術アドバイスの人間学』共立出版, 1991
- ケヴィン・ケリー(著), 服部 桂(訳)『「複雑系」を超えて―システムを永久進化させる9つの法則』アスキー, 1999
これからやる仕事が保守運用コンサルタントということで、たしか前者のワインバーグ本は即決で購入を決めたのだが、一冊だけだと心許ないと感じ、もう少し思想的なところにまで踏み込みたいと思って手にしたのが後者のケヴィン・ケリー本だった。というのも当時、配属先の超優秀な上司が「システムというものは開発した瞬間から陳腐化するものだ」と初対面でおっしゃていて、システムの開発シーンに携わったことのない僕からすると、いまいちピンとこない発言だったのだ。「すぐに陳腐化するのがこれまでの話なんだとしたら、この本に書かれているように『永久進化』させるような設計をすればいいじゃん」、みたいな短絡的なことを考えながら、ブックオフのレジで会計を済ませたことを朧げながら覚えている。
そんなこんなで僕は結局、ワインバーグ本を読了し、一方でケヴィン・ケリー本は(難解すぎて)途中で断念したわけだが、ケヴィン・ケリーという人物がどういう人なのかを調べる中で、雑誌『Wired』の創刊編集長であり、さらにその前にはホールアースカタログというアメリカを席巻したイカしたカタログ冊子の制作に携わったメンバーの一人だったと認識するようになった。昔から初版の映画パンフレットや雑誌などを古本屋で漁るのが好きだった僕としては、いつかはホールアースカタログの初版を手にしたいものだと思ったわけだが、その後すぐに現実の慣れないシステム保守の仕事に忙殺されることになり、そんな心もお金もある程度の余裕をもつ人が考えるようなことはすぐに忘れることになる。
人々が自律的に生活するためのツールを紹介するカタログ
次の節目としては、一気に時代が進み、2021年になる。その頃になるとキャリアもガラッと代わり、当時編集長を担当していたWeb媒体でWeb3動向を追っていたのだが、少し調べると、Web3というものは富や権力が一部のテック大手に集中してきたこれまでのインターネットに対するアンチテーゼとしての「パワー・ツー・ザ・ピープル」「非中央集権社会」を目指すムーブメントが源流の一つとしてあることが分かる。そしてそこに、かつて1960年代後半にアメリカで大きなムーブメントになりつつあったカウンターカルチャーの片鱗を捉えることができると感じた。
改めてホールアースカタログを意識したのはそのタイミングだと思う。まさに今、既存のインターネットを取り巻く環境のカウンターカルチャーとして個人のエンパワメントを志向するWeb3エコシステムに注目が集まっているように、かつて1960年代においても“紙のカタログ”というフォーマットを通じて、同じように個人のエンパワメントを掲げたメディアを起爆剤とするムーブメントがあったわけだ。
ただ、その内容については詳しく存じておらず、一方で「インターネットがない時代のWebでありGoogleだった」といった表現がなされていたので、まずはその概要を理解すべく購入したのが、雑誌「スペクテイター」のホールアースカタログ特集号(前後編の2冊)だった。
こちらの2冊は本当に素晴らしい。前編では主にホールアースカタログとは何たるかがしっかりとした深度で解説されており、また後編では創刊等に携わった当時のスタッフ陣へのインタビューを中心に構成されている。後編のスタッフの中には、当時創刊を企画し、編集長として一連のプロジェクトを牽引したスチュアート・ブランドも含まれており、この2冊を読めばホールアースカタログを深く理解することができる。
ここで改めて簡単にお伝えすると、ホールアースカタログは、1968年にアメリカの西海岸で創刊されたカタログ冊子だ。ご存知でない方は「何のカタログ?」と思われるだろうが、要するに当時勃興していたカウンターカルチャーの担い手として、各地のコミューンで生活をしているような人々(ヒッピーも含まれる)が自律的に生活するためのツールを知ってもらうというのが、大軸のコンセプトとなる。具体的には、自給自足や持続可能な生活、自然や環境への新たな認識、コミュニティ構築、個人の能力や創造性を高めるためのツールやアイデアを提供することを目的としていて、簡易的なドームやティピー(ネイティブアメリカンによるテント)の作り方指南書から、ハンティングブーツ、リラクゼーション本まで、様々なツールが掲載されている。
例えば創刊号では以下のカテゴリが設けられ、各カテゴリ内に複数の道具類と書籍が紹介されているという具合だ。コミューン生活者は基本的にリッチではないので、ホールアースカタログも5ドルという低価格に設定されたという。(ちなみに、◯◯年Spring / Fallといった年2回のカタログ刊行の間に「Supplement」という、次回のカタログに掲載するための情報や読み物なども掲載した新聞のような冊子も刷られていて、それらはなんと1ドルで販売されていた)
- Understanding Whole Systems
- Shelter and Land Use
- Industry and Craft
- Communications
- Community
- Nomadics
- Learning
ホールアースカタログについては先に挙げたスペクテイターはじめ、様々なブログ記事でも内容について解説がなされているので(こちらとか)詳細は記載しないが、そのような「個人のエンパワメント」のためのツールを紹介していくという思いから、表紙には副題として “access to tools” と表現されている。また、掲載されている道具や書籍によっては、読者からの投稿連絡によって掲載されたものもあり、そういったインタラクティブな仕組みも含めて「情報の民主化/非対称性の是正」を進めていった画期的なメディアだったからこそ、インターネットの思想を1960年代から体現していたプロダクトとして認知されているのだろう。
なんてロマンのあるカタログなんだ。せっかくなら、特に想いと熱量が詰まったであろう創刊号(特に初版)を手にして、そのエネルギーを直に感じたい。そんな思いから2021年よりFall 1968を探していたわけだが、これがなかなか見当たらない。国内の中古書市場はもちろん、海外のebayなどを定期的にチェックしても、全然出回っていない。いつしかリサーチの習慣もなくなり、本棚のスペクテイターや各ケビン・ケリー本を見て思い出したら検索してみるということを繰り返していたのだが、そんな中で2023年末に刊行されたのが、冒頭に記載した『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』(草思社)(以下、『ホールアースの革命家』)だった。
アナログ・デジタルではなく、アナログ・カタログの時代
『ホールアースの革命家』を読み始めてすぐに感じたのは、スチュアート・ブランドという人物に関する記録の多さへの驚きだ。「なんでこんなに細かいことまで覚えてるの? 絶対何個か記憶を作ってるでしょ」と思ったものだが、著者あとがき(謝辞)を読むと、ブランド自身が非常にこまめな人物で、自身の日記や手紙、論文といったものを細かく残していて、それらをスタンフォード大学の図書館特別コレクションへと寄贈しているという。
そんな背景もあって、とにかく分量が多い。多いといっても、伝記ジャンルだと一般的な分量なのだろうが、あまり詳しくない1960年代あたりアメリカ西海岸を舞台にしているので、数ページ進んでは検索エンジンやChatGPT/Bard(現Gemini)等を開いて、当時のことを調べていったものだ。
いやはや、これだけの内容を書くのも大変だし、また翻訳するのも相当骨の折れる作業だったと思う。翻訳を担当された服部 桂氏は、先述の『「複雑系」を超えて』をはじめ、ケヴィン・ケリー本を何冊も翻訳されている人物なので背景的には慣れている領域なのだろうが、そうはいってもである。ちなみに、同氏が『ホールアースの革命家』の一つ前に翻訳を担当して2023年5月に出版された『アナロジア AIの次に来るもの』(早川書房)という本があるのだが、こちらも非常に面白い。僕は1ヶ月の間に2回通しで読んでしまった。
『ホールアースの革命家』の訳者解説にてこの本の内容にも言及がなされているのだが、ギリシア時代には「カタロゴス」(カタログという言葉の祖先)という言葉があって、当時は今でいうデジタル的な意味(正確には物事を区別して名前をつけて整然と分類する、という意味)で使われていたという。一方で、ギリシア時代でいう「アナロゴス」とは物事の類比や比較を意味する言葉ということで、ある意味で当時は「アナログ対デジタル」ではなく「アナログ対カタログ」とも表現できる関係だったという。そう考えると、現在のデジタル社会を語る上で欠かせないインターネットの思想を体現していたのが、現在のシリコンバレー発のカタログだったというのは偶然ではない気もする。
この辺りの考え方については、2024年2月6日に池袋ジュンク堂にて開催された『ホールアースの革命家』刊行記念対談(服部 桂氏とメディア美学者の武邑光裕氏)の対談でも触れられていたし、その上で、「全ての経済がカウンターカルチャーになった2000年以降において、あらゆる経済活動のルーツを探るとホールアースに行きつくことになる」という武邑氏の話は妙に納得してしまった。もちろん、当時のホールアースカタログ読者にはいわゆるテクノ・オプティミスト(テクノロジーが全てを解決してくれるという考え方)が多かったと聞くが、現在においてはテクノロジーが数々の問題をもたらしていることもまあ間違いないわけであって、そこに対する言及の方に議論のウェイトが占められていたのもたしかだ。
いずれにしても、この本で個人的に特に納得したのが、以下の訳者解説の一文である。本当にその通りなんだろうなと感じたし、結局はメディアとなる人と一緒にいたほうがワクワクするということだ。僕がビジネスとしてのメディアプラットフォームの人間としてどっぷりと仕事をし切らないで、何社かの企業に入り込んで事業活動をご一緒しているのも、こういう側面への期待が直感的にあるからなのかもしれない。
デジタル時代を理解するには、テクノロジー自体を追うより、新しい何かを求めてテクノロジーに行き着いた人々の想いや葛藤に焦点を当てた方が、問題の中心から時代全体を見渡すことができる。(中略)まだ形のないイノベーションの種を拾い上げて繋いでいく媒介者(メディアとなる人)である。ブランドのような人の半生から戦後のイノベーションを論じたほうがはるかに広い風景を見渡せるだろう。
引用:ジョン・マルコフ(著), 服部 桂(訳)『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』草思社, 2023 449頁より
こち亀も我らのカタログであって、その役目を全うした
さて、この『ホールアースの革命家』を読んでいるタイミングで、ちょうど並行して読んでいたのが「こち亀」(こちら葛飾区亀有公園前派出所)である。『週刊少年ジャンプ』で1976年から2016年まで一度も休まずに連載されていた漫画だ。僕の場合、中学の頃からこち亀(というか両さん)の魅力にハマり、単行本が140巻を超えたあたりで「もういいかな」と感じて読まなくなったのだが、依然として110巻くらいまでの内容は大好きなので、定期的に読み返している。ホールアースカタログのFall 1968が家に来たタイミングでは、ちょうど30巻あたりを読んでいただろうか。
ふと、ホールアースカタログとこち亀には共通の何かがある気がして、そわそわしてしまった。なんというか、その媒介としての役割を終えたものを眺めるときのような、強烈なノスタルジー感である。“ただ古い”とは違うその感覚に、それはなんだろうなと考えながら色々と漁っていると、こちらの書籍『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)が目に止まった。
この本もまた面白い、というか、僕が長年こち亀に対して感じていた感覚をズバリ言語化してくれていて、非常にすっきりした。なぜ僕が140巻くらいから読むのをやめてしまい、逆にそれ以前はバイブルくらいの勢いで読み耽っていたのか。なんとなく予感はしていたのだが、そこにもインターネットの普及に伴う情報の流れの変化があったわけだ。
こち亀には何パターンかのストーリー構成があるのだが、個人的に好きなストーリーが「解説パターンもの」だ。ある時はフィギュアについて、ある時はトレンドとなっているゲームについて、主人公である両さん(両津勘吉)が解説しながら物語を進めていくというもの。物語といっても、このパターンの回は付け焼き刃的にあるだけで、メインはあくまで両さんが解説している対象の理解を深めることにあるわけで、最後のオチなんかは結構雑に設計されていることも少なくない。
とはいえストーリーによっては、それこそ漫画『HUNTER×HUNTER』394話(想定)を彷彿とさせるような文字数で解説がなされていて、「こんな世界があるんだ、おもろっ!」と思わせてくれるような媒体として楽しんでいた。まさに当時中高生だった僕にとっては、社会の様々なトレンドやニッチな視点の“カタログ”としてこち亀は大いに活躍していたのであって、そうやってエンパワーされた読者も少なくないのではないかと感じている。実際にこち亀を通じて急激に両さん化していった中学の友人がいたし、僕自身、何か逆境に立ち向かわないといけない時は、ふと脳裏にアドレナリン全開の両さんが横切ったりしている。
だが、インターネットの登場/普及によって、その役目も少しずつ淘汰されていくことになる。この辺りは他の環境要因もあるので、ぜひ書籍を読んでいただきたいのだが、まさにWikipediaとかGoogle/Yahoo! 検索とか、もしくはYouTube動画とか、そういった情報の民主化が爆発的に広がっていったことで、カタログ設計者である両さんの役割も萎んでいったという。
こう考えると、ホールアースカタログとこち亀はメディアとしてのレイヤーが異なるものの、時代とともにその役割を終えたわけであって、だからこそホールアースカタログシリーズは終了し、またこち亀も連載を終えた。じゃあもう終わったコンテンツであって、アナクロなコンテンツでしかないのかというと、そうでもないと思っている。
僕たちはもっとツールとの向き合い方について謙虚にならないといけない
ホールアースカタログが発行されていた1960〜70年代と比較すると、国によって事情は大きく異なってくるものの、総体としての個人のエンパワメントはかなり進んできたのは事実だと感じる。スマホは強力な価値観の風穴になっているし、各デバイスを通じたブラウザやアプリは個人の情報発信ツールとしてこの上なく機能している。もちろん、最近インターネットがつまらなくなったという声も多く耳にするが、正確にはソーシャルメディアがつまらなくなったのであって、インターネットそのものはまだまだ面白い空間だと思う。
加えて最近では生成AIが急速に進化しており、それこそAIエージェントの実現に向けてのカウントダウンすら始まっている状況と言える。202X年にAIエージェントが実現することなんて全く想像すらしていなかったので、ホワイトカラーの仕事が奪われることへの恐怖というよりかは、どんな世界がやってくるかへのワクワクの方が圧倒的に大きいと感じている。どうせ相応の規制が敷かれることになるだろうし、AIと二人三脚で生活をすることで、どんな生活の変化が起きるのだろうか。こう感じることができるのも、生きるための選択肢が圧倒的に広がったという個人のエンパワメントが基盤としてあるからこそだと思う。
2024年2月の対談企画で『ホールアースの革命家』の翻訳者である服部氏も、ホールアースカタログから受け取れるこれからに向けた学びとして「新天動説」という考え方を提示されていた。その意図するところについては、本書の訳者解説にも記載されている。以下はそのサマリーに準じた部分だ。
16世紀の中ごろにコペルニクスが地動説を唱えて、それまでの地球中心の宇宙観を太陽中心へと逆転させたようなインパクトを「カタログ」が与えたのではないかということだ。それはある意味、太陽を中心にした近代の合理主義とは逆の、地球や個人を中心に据え直した、いうなれば「逆コペルニクス革命」だ。
引用:ジョン・マルコフ(著), 服部 桂(訳)『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』草思社, 2023 451頁より
自律のためのツールは、なにもDAO(分散型自律組織)だけではなく、実は既存のシステムの中にたくさん散らばっている。実は神社のどぶろくにヒントがあるのかもしれないし、源泉かけ流し温泉の温度を絶妙に調整するための調整弁が、ある人のあるテーマの風穴を開けるのかもしれない。もちろん、ChatGPTだってClaude3だっていい。いずれにせよ、地球や個人を中心に据え直せるほどのパラダイムシフトを予見したカタログなのであって、今まさに、その時期が到来しているとも言えると思う。
ここで一点。ホールアースカタログを見ていると、スチュアート・ブランドは非常にテクノロジー至上主義のような感じにも見えるかもしれない。というのも、僕が持っているFall 1968 初版の見開き部分には “We are as gods and might as well get good at it.” と記載されている。直訳すると、「私たちは神のようになったのだから、それに慣れた方がいい」と記載されている。要するに、ツール(≒テクノロジー)によって私たちは神になったという、トランスヒューマニズムど真ん中みたいなことが書かれているわけだ。
実はこの文言を見たときに、だいぶがっかりした。というのも、基本的に僕はテクノロジーは万能ではなく、木田 元さんによる対訳本『対訳 技術の正体』(デコ)にあるようなテクノロジー感がしっくりとくるタイプの人間なので、「なんだよそれ」と思ったわけだが、『ホールアースの革命家』やスペクテイターを読んでいくと、どうやらそうではないことがなんとなく伝わってくる。ここで言わんとしていることは、それこそ中世あたりの人々からしたら「神」のみぞできると信じられていたことを、今の僕たちはできてしまっている。だからこそ、僕たちはもっとツールとの向き合い方について謙虚にならないといけない、そんな姿勢でカタログを読んで欲しいという、そんなメッセージが込められているのだろうと受け取った次第だ。ぜひ、この辺りのメッセージの機微については、書籍を読んで感じていただきたいと思う。
結局は「We can’t put it together. It is together.」がすべてだと思う
最後にもう一つ、「個人を中心に」という部分で極めて人間中心主義的な考え方だと思われるかもしれないが、それも多分違う。Fall 1968 初版の段階で、裏表紙には “We can’t put it together. It is together.” という文言が記載されている。直訳すると「それは一緒にはできない。なぜなら、元々一緒なんだから」ということだが、まん丸の地球の姿と一緒にこの文言が描かれているということで、地球全体で線引きを所与とするのはやめようよ、というメッセージを感じる。僕はこの文言がすごくいいなと思っていて、部屋に飾る際には奉仕ではなく、こちらの裏表紙を見せるようにすることも多い。ちなみにChatGPT(GPT4)にこの文言の解説を依頼すると、以下のように返答された。僕が書くよりもまとまっていると思う。
「We can’t put it together. It is together.」というフレーズは、世界や宇宙は既に統合され、相互に関連し合っているという考えを表しています。つまり、私たちは外から世界を「組み立てる」必要はなく、代わりに、既に統合された世界の中で自分たちの役割を見つけ、それに基づいて行動し、貢献するべきだというメッセージを伝えています。これは、エコロジー、持続可能性、全体性への関心が高まっていた時期に発行されたカタログの哲学と非常によく合致しています。
この言葉は、単に環境や社会に対するアプローチにとどまらず、個人の生き方や価値観にも深く関わるものであり、自己実現や社会への貢献を考える際の重要な原則とも言えます。ホールアースカタログ自体が提案していたように、必要なのは新しいテクノロジーやアイデアを単に集めることではなく、それらを使ってより良い世界を実現するための洞察や行動です。
https://chat.openai.com/share/2189282b-9954-45a1-9ac9-fc14dc0ffdbe
ダラダラと書いてしまったが、2024年の正月(1月2日)に『ホールアースの革命家』を読み終わり、大きなパラダイムシフトを体験する貴重な世代として、こち亀の両さんのように遊びながら推しごとをしていきたいと思った次第だ。そのためのツールがLoveTech Mediaなのであり、そのB面である紙懐旅という位置付けになる。今の僕にとっては、この2つが個人が個人をエージェントできるホールアースカタログになるのだろう。
なお、ホールアースカタログはInternet ArchiveがホストするWhole Earth Index(wholeearth.info)というサイトで、誰でも無料で閲覧/ダウンロードできるようになっている。興味がある方は、ぜひご覧になって見てはいかがだろうか。ホールアースカタログの他にも、後進の『CoEVOLUTION QUARTERLY』(共進化クオータリー)や、ケヴィン・ケリーが初代編集長を務めた『WHOLE EARTH REVIEW』といった関連冊子のデータも見ることができるようになっている。
文:長岡武司