2024年5月15日、東京都が推進する「SusHi Tech Tokyo 2024」の2日間に亘るカンファレンス「Global Startup Program」が、東京ビッグサイトにて開幕した。
SusHi Techとは “Sustainable High City Tech” の略語。最先端のテクノロジーと、多彩なアイデア/デジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す概念として、2023年よりカンファレンス開催をはじめ様々な取り組みが進められてきた。今年度の目玉企画となるSusHi Tech Tokyo 2024は4月27日から5月26日にかけて開催されており、先述のGlobal Startup Programの他に、世界五大陸の都市リーダーが集う「City Leaders Program」、それから体験型の「ショーケースプログラム」の3軸で構成されている。
今回LoveTech Media編集部が参加したGlobal Startup Programでは、アジア最大級のカンファレンスイベントとして、国内外の起業家/投資家/専門家等が登壇するパネルセッションやピッチコンテストをはじめ、各スタートアップや企業、都市のブース展示、商談会等が展開されていた。
本記事ではその中でも、初日のメインステージで行われた、実業家・孫 泰蔵氏による「SusHiの真髄 / The Quintessence of SusHi」と題されたセッションの様子をお伝えする。
過去数十年のイノベーションはシリコンバレーを中心とした中央集権的なモデルに集約されているが、ここ1年で特に指数関数的な成長を続けるAIがAGI(汎用人工知能)ひいてはASI(人工超知能)への歩みを進める中において、その構図がどのように変わりうるのか。カンファレンス名の発音でもある「鮨」を例に、同氏の考えが紹介された。
鮨の構造から考える、汎用LLMとドメイン特化型LLMの関係
「こちらは安藤広重(歌川広重)という、江戸時代の有名な浮世絵師による鮨の絵です。これを見ると、現在の鮨のフォームファクタはこの頃からすでに確立されていることがわかります」
テクノロジー&スタートアップのカンファレンスで、このように始めた孫 泰蔵氏。鮨の大ファンだと公言する同氏は、セッション冒頭の約8分間、嬉々として鮨について説明をする。ネタとシャリという “ミニマリズムの芸術” で成り立っている食であること、シャリで使われる酢が非常に重要であってシャリこそが寿司店のシグネチャーといっても過言ではないこと、繊細な包丁さばきこそがネタの味を左右すること、そんな鮨職人が使う柳刃包丁の火造り技能も素晴らしいこと、そして一つひとつの握り方が最高レベルの技能であること等。
「なぜこのセッションで、ここまで鮨についてお伝えしているのか。ここで皆さんに問いたいからです。つまり、AIは鮨を作ることができるのか?、ということです」
2022年11月30日(現地時間)にOpenAIがChatGPTを公開してから約1年半。2024年5月13日(現地時間)に「ChatGPT-4o(GPT4 omni)」が発表され、その進化のレベルに度肝を抜かれた方も多いのではないだろうか。ここまでのAI開発競争を牽引するのは間違いなくLLM(大規模言語モデル)開発を進めるテクノロジー各社であって、先述のOpenAIのGPTをはじめ、GoogleのGemini、MetaのLlama、AnthropicのClaude、あとは新興のCohereなどが鎬を削っている状況だ。
これらgeneral LLMs(汎用LLM)をベースに、昨今のAI開発最前線で注力されているのが、domain specific LLM/RAG(ドメイン特化型LLM及びRAG)だと、孫氏は説明する。
「鮨を握ろうとすると、general LLMsだけでは役不足で、domain specific LLM/RAGが必要になります。世の中には実にたくさんの切り口があるので、私自身、投資家としてこのdomain specificな領域に注目しています」
ローカルナレッジ・クラスターこそが、これからのイノベーションの震源地
鮨の醍醐味は「ローカルの食材(local ingredients)」と「ローカルならではの知見(local knowledge)」の組み合わせにあると孫氏は続ける。
「この2つのレイヤーの上にあるのがアプリケーションで、AIエージェントと呼ばれるものです。鮨のネタにトッピングをするようなイメージです。私たちは3つのレイヤーを組み合わせることで、鮨を楽しむことができるのです。AI発展の初期段階である今年は、まだ始まりにすぎません。今は白と赤の部分にフォーカスされていますが、すぐに黄色の部分(AIエージェント)がホットな領域になってくるでしょう。だからこそ、ローカルならではの知見を用いたローカルナレッジ・モデルというものが非常に重要になってくるのです」
「鮨といえば! 東京ですよね? シリコンバレーではありませんよね? そういう意味でも、SusHi Tech Tokyoというのは非常に意義のある取り組みだと感じています」
イノベーションの震源地と聞いて真っ先に思い浮かぶのはシリコンバレーだろう。あらゆるイノベーターが一カ所に集まることで、様々な革新的アイデアが生まれ、投資家をはじめとする様々なステークホルダーによるスタートアップエコシステムを通じて化学反応が生まれ、事業規模が爆発的に拡大していくモデルが醸成されてきたわけだ。
ところがAIが発達してAIエージェント時代に突入すると、物理的な集積は重要ではなくなり、「世界中に散らばるローカルナレッジのクラスターこそが、これからの震源地になってくるだろう」と孫氏は強調する。
そのような背景から同氏が現在進めているのが、ゲームチェンジャーとなる起業家と、志を共にする投資家やアクセラレーター、インキュベーター、大企業等とのAIマッチングプラットフォームの構築だ。プロジェクトの正式名等はまだ公表前とのことで、ここでは言及しないこととするが、このAIプラットフォームを活用することで、スタートアップはより物理的な拠点に捉われない形で事業をスケールさせやすくなり、また多くのイノベーターにとってのわかりやすいゴールのイメージングにも寄与するという。
「野球やサッカーなどの世界だと、子ども達はメッシや大谷翔平といった明確な目標を目にすることができ、それをきっかけにスポーツの世界に飛び込むケースも多いでしょう。一方でスタートアップの世界はまだまだわかりにくい。スポーツの世界のような明確な目標像をこの世界にも作り、もっとスタートアップエコシステムに飛び込むという選択肢を取りやすくなるように、プラットフォームを作ろうとしています」
良い問いを立てる/交換する場としてのSusHi Tech Tokyoに向けて
孫 泰蔵氏といえば、2023年2月に出版された書籍『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)の著者としてご存知の方も多いだろう。AI時代、AIエージェント時代に私たちがどう生きればいいのかのヒントになる内容が詰まった一冊となっており、大きなメッセージの一つが「良い問いを立てよう」というもの。良い問いを立てることができれば、良いアイデアのきっかけになり、志を同じくする仲間との繋がりに発展するかもしれない。これまで重視されてきたロジカルシンキングの部分をAIがやってくれるようになることで、そこのスキルの重要性は相対的に低くなり、代わりに問題発見能力なる部分がより重要になってくるということだ。また書籍では、そのための学びの場への提言として、以下のように記載されている。
新技術によって先人たちのとりくみに良い影響を与えること。新しい価値づくりに励んだすべての人々を誰も悪者にせず、すべての技術の多様性を愛でること。そういう姿勢が「地球全体をよくしていく」という仕事には必要なんじゃないかと僕は思うのです。
引用:孫 泰蔵(著), あけたらしろめ(イラスト)『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP) p320-321
その際には、常識を捨て去り、根本から問い直し、その上で新たな学びにとりくむ「アンラーニング」が、通常のラーニング以上に大事な学びの態度となるはずです。ラーニングとアンラーニングを繰り返しながら進める。この姿勢こそが「探究する(explore)」という言葉の本当の意味だと思います。
では、そういった中で、学びの場はどのようにあるべきか。
結論から言うと、「世界をよくするために集まった探究者のコミュニティ」であるべきだと僕は思います。それは志を同じくする人々によって構成された、助け合いながら自分たちだけで保西米していけるコミュニティであり、「アンラーンするために集まるコミュニティ」と再定義したいと思います。
先述のマッチングプラットフォームは、まさにこのアンラーンをベースとした考え方が設計思想となっていることが推察されるだろう。このような観点から、孫氏は「SusHi Tech Tokyoはもっと良い問いを立てる/交換する場として設計するべきだ」とコメントする。
「率直に言って、私が見る限り、今回のこのイベントは非常に伝統的な企業の展示会/ミートアップになっており、このままではスタートアップ企業や投資家などスタートアップエコシステムを志向するメンバーにとっては、今後あまり役に立たない空間になっていくと思います。もっと良い問いを立て、互いにそれを交換する場であるべきです。これが、私がSusHi Techに提案したいメッセージです。良い問いを持っている人同士による生成的な対話がとても重要なのであって、そこで生成AIを活用するのも良いでしょう。そうすれば、よりイノベーションが加速していくと思います」
そして最後にもう一つ、孫氏は「こういう場に子ども達のような若年層をもっと参加させるべきだ」と言い、その考えを具体化させた取り組みの一つとして、共同創業者として携わっている特定非営利活動法人VIVITA JAPANでの活動を紹介した。こちらは、同氏が以前より取り組んできたスタートアップ・アクセラレーターのアプローチや方法論を子ども達の学びの場として取り入れたらどうだろう、という発想から生まれたものだという。
「これまで1万人以上の子どもたちが参加していて、毎日何かを作っています。デモ・デーも開催していて、一人ひとりが素晴らしいスタートアップのアイデアを持ってきます。そこで存分に活用されているのがAIです。たとえ経験が浅くても、AIの力を活用すれば、自分たちの力で素晴らしいものを作ることができる。だから私はこのようなコミュニティを始めたのです。年齢/性別/文化、どれも関係ない。私たちは非営利団体として、子ども達を巻き込んで未来を切り開いていく、そんな運動を進めています」
取材/文/撮影:長岡武司