改正薬機法で、薬剤師の薬局外患者フォローが“義務化”へ
2019年12月4日付で公布された改正薬機法。2013年の薬事法から薬機法への改称に伴う改正以来、7年ぶりとなる改正だ。
実用化までの承認審査期間の半減を目指す先駆け審査指定制度の法制化や、医療機器の特性に応じた承認制度の導入、法令遵守体制の整備、虚偽・誇大広告による医薬品等の販売に対する課徴金制度の創設など、様々な改正内容が盛り込まれた中、「薬剤師・薬局の在り方」についての見直しも明記された。
ポイントとしては以下の3点。
- 薬剤師が調剤時に限らず、必要に応じて患者の薬剤の使用状況の把握や服薬指導を行う義務
- 患者自身が自分に適した薬局を選択できるよう、機能別の薬局(地域連携薬局と専門医療機関連携薬局)の知事認定制度の導入
- 服薬指導について、対面義務の例外として、一定のルールの下でテレビ電話等による服薬指導を規定
例えば最初の項目について、2018年12月25日付で発表された「薬機法等制度改正に関するとりまとめ」(厚生科学審議 医薬品医療機器制度部会)には、以下のように記載されている。
- 現行の薬剤師法等の規定では、薬剤師は調剤時に情報提供や薬学的知見に基づく指導を行うことが義務づけられているが、薬剤の服用期間を通じて服薬状況の把握等を行うべき旨は必ずしも明確ではない。このため、薬剤師には、調剤時のみならず、薬剤の服用期間を通じて、一般用医薬品等を含む必要な服薬状況の把握や薬学的知見に基づく指導を行う義務があることを明確化すべきである。
- また、患者に対する継続的な薬学的管理・指導を効果的に実施できるよう、薬剤師に、上記により把握した患者の服薬状況等の情報や実施した指導等の内容について記録することを義務づけるべきである。
- 薬局開設者は、その薬局に従事する薬剤師に対して、上記に関する業務を実施させるべきである。
つまり、薬剤師の薬局外での服用期間中の患者フォローが「義務化」されることになったわけだ。もちろん、2015年の厚生労働省による「患者のための薬局ビジョン」において、薬局の対物業務から対人業務へのシフトが提唱されたことが大きいだろう。
施行は2020年9月1日の予定。当然のことながら、全ての調剤薬局での「業務改革」が喫緊の課題になってくる。
そんな背景のもと、調剤薬局向けソリューションを展開する株式会社カケハシが、2020年7月2日に、薬局のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を促進する新サービスの発表と既存サービスのニューコンセプトを発表した。
画像提供:株式会社カケハシ
テーマは「しなやかな医療体験」。
なぜ薬局のDXが必要なのか、そもそも薬局のDXとはどういうことなのか、そして具体的にどうDXしていくのか。
この三点について、背景知識も踏まえながら解説がなされた。
本来の薬局は、患者さんに付加価値を提供する場所
当メディアが最初にカケハシのことを知ったのは、2019年1月に開催された経済産業省主催「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2019」。同社がグランプリに輝いたビジコンである。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/20190205jhbc/”]当時は調剤薬局の「薬剤師向け服薬指導支援ツール」としての「Musubi」をプレゼンしており、一般的に2時間程かかる薬歴業務を20分にまで短縮できることをアピールしていた。
2016年設立と若い会社であるにも関わらず、調剤薬局が抱える「煩雑な業務フロー」等に注目し、当時で既に10,000店舗以上から問い合わせを受けているというから、驚きの一言であった。全国の薬局数は約60,000店舗と推計されているので、実に6分の1がMusubiに興味を持っているというわけだ。
当時も今回の説明会でも、同社代表取締役社長の中尾豊氏は変わらず、「薬局は薬を渡すだけではなく、本来は患者さんに付加価値を提供する場所だ」と強調している。
株式会社カケハシ 代表取締役社長 中尾豊氏(画像提供:株式会社カケハシ)
そう、一般的に私たちが「薬局」と聞くと、多くの方は「処方された薬を受け取る場所」「処方された薬について説明するところ」の二点を思い浮かべるだろう。
画像出典:厚生労働省「患者のための薬局ビジョン実現のための実態調査報告」p76
だが先に記載した改正薬機法の内容の通り、本来の調剤薬局は「患者に寄り添う存在」としての機能が求められているわけで、ただ病院の近くにロケーションして処方箋を待っているだけでは、その存在自体が埋もれてしまうことになる。
また、2020年4月からは診療報酬も改定されており、薬局や薬剤師の「かかりつけ」としての機能がますます重要視され対人業務の比率を高める必要があるからこそ、日々忙しい薬剤師達の業務改善は待ったなしの状況というわけだ。
デジタル前提時代に必要な、薬局の包括的アーキテクチャ設計
ここまで薬局DXの必要性について説明がなされたが、ここで「そもそもDXの本質を、今一度きちんと理解しましょう」と述べるのは、カケハシ 取締役CTOの海老原智氏。
株式会社カケハシ 取締役CTO 海老原智氏
最近のテックトレンドに付随する形でDXは業務改善等における一種の金科玉条としてもてはやされているが、その中身を見ていると、単なるデジタイゼーションにとどまっているケースが散見される。本来、DXとは「技術革新による産業構造の変化」であり、産業がそれまで前提としていた所与の条件が、情報処理およびネットワーク技術の革新によって覆されることを示す。これについては、先日別記事で配信した記事において、ICANN初代副会長であるピンダー・ウォン氏[Pindar Wong](VeriFi (Hong Kong) Limited)も「想定・前提が変わってくることを、非常に慎重に考える必要がある」と述べている。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/bgin20200625/#i-5″]海老原氏:「今の社会で何が変わったかというと、あらゆるものが繋がっていて、ソフトウェアで制御され、データとして蓄積され分析の対象になる、ということです。このSociety5.0時代における調剤薬局のDXとは、薬局内の事業の内部・個別の改善やデジタル化ではなく、生活者の包括的な体験や、享受する価値の創造として捉えるべきです。
その上で、薬剤師が果たす役割は、生活者がどのように自身の健康状態を意識し、治療のための行動を行い、継続的な医療サポートを受けて健康状態を回復し、それを維持していくかという、一連の体験を、薬学治療の専門家・機関として提供するための事業アーキテクチャの再設計だと考えています。」
ここでポイントとなるのは「包括的」という概念。これをシステマティックに設計するのに同社で用いられたのが、主に基幹業務等の設計の際に活用される以下の概念群である。
- SoR:記録のためのシステム(System of Record)
- SoE:エンゲージメントのためのシステム(System of Engagement)
- SoI:インサイトのためのシステム(System of Insight)
この3つの概念を前提に構築されるシステムがERPであり、またはCRMということになるだろう。
海老原氏:「これらSoI、SoE、SoRを前提に薬局の業務システムを捉えることで、保険情報管理といった既存システム以外に、患者さんとのつながりである服薬コミュニケーションや健康情報記録、データ・ドリブン経営を実践するための業務行動の定量化や可視化、そして弊社が従来から提供しているMusubiによる処方情報や指導内容、コミュニケーションの記録システムなどがシームレスに設計されることになります。これが、包括的な薬局体験への第一歩です。」
Musubi, Pocket Musubi, and Musubi Insight
では実際にどのようなシステムが提供されるかというと、薬局の働き方改革と患者満足の両立を通じた薬局体験の向上を支援するため、Musubiと連携する2つのサービス「Pocket Musubi」および「Musubi Insight」を開始し、Musubiを“薬局体験アシスタント”としてリニューアルさせるという。
おくすり連絡帳アプリ「Pocket Musubi」
「Pocket Musubi」とは、服薬期間中のフォローを軸とした患者と薬局の関係づくりをサポートする、患者向けの“おくすり連絡帳アプリ”。アプリ内には、薬局から提供されるQRコードを介して服用薬データが入力されており、そのデータに基づいたフォローに必要な質問が、自動で患者アプリに送信される。
また質問に対する回答だけでなく、体温や食事の内容・薬を用法に従って飲んだかなど、患者が簡単な操作で記録可能となっており、薬剤師はPocket Musubiの管理画面を通じて一人ひとりのデータを確認しながら服薬中の状況を把握し、適切なフォローを行えるようになっている。
患者との過剰なやり取りや極端な連絡不足を防ぎ、「必要な患者に」「最小限の業務負荷で」複数のタッチポイントを確立してくれるので、患者満足を実現しながら現実的で継続可能な業務フロー構築を支援してくれる。
こちらは7月2日より、まずはiOS版の提供を開始している。
薬局業務“見える化”クラウド「Musubi Insight」
「Musubi Insight」とは、Musubiのデータを使用して薬局経営上の重要な指標を可視化し、根拠に基づく薬局運営を実現する、薬局業務“見える化”クラウドサービス。薬歴完了率のような薬剤師の業務状況を表すデータから、売上をはじめとする店舗経営データ、処方箋数や再来率・新患率、患者との関係性を表すデータまで、薬局業務を可視化することで解決すべき課題の発見・把握を効率化し、適正な薬局運営の実現を支援する。
特に同社がこだわっているのが、「Evidence Based Pharmacy-management」の実現。つまり、データやエビデンスに基づく意思決定体系を通じて実現される薬局の経営・運営である。
分散型市場である調剤薬局業界の経営は、他業界と比べて経営者のKKD(勘・経験・度胸)に依存したマネジメント体制が多く、意思決定の質のばらつきや、適切な説明責任を果たす上で多大なコストをかけている傾向にある。
一方でデータやエビデンスを取得しようにも、一般的なBIツール等では導入コストがかさみ、また相応のITスキルも必要になることから、小規模事業者にとっては難しい解決策となる。さらに、いざBIツールを導入できたとしても、汎用的な機能をパッケージの範囲内でカスタマイズする形が大半なので、一部の業務しか自動化できない。つまり、システムへのROIは想定以上に低くなってしまう可能性がある。
これに対してMusubi Insightならば、言うなれば「調剤薬局専用のBIツール」になるので、より業務にフィットする形で自動化と連携を進めることができるというわけだ。
こちらも7月2日よりシステムの提供を開始している。
薬局体験アシスタント「Musubi」
この2つの新サービスリリースを前提に、従来より提供されてきた「Musubi」も、これまでの「電子薬歴・服薬指導システム」から「薬局体験アシスタント」へとコンセプトを脱皮した。
具体的には、処方監査や患者データ検索など、患者と薬剤師の双方に薬局内でより良い体験を提供するための新機能を追加し、また、システム導入時におけるサポートプログラムも全てをマンツーマン型にして大幅拡充させた。
このうえで、Pocket MusubiおよびMusubi Insightと密に連携させることで、デジタルネイティブな薬局UXの実現を目指すということになる。
勉強会当日は、これら新サービスを活用している薬局経営者や薬剤師の方も遠隔ビデオ通話で登場。Pocket Musubiを活用することで実際に患者とのコミュニケーションが量・質ともに深化できたケースや、Musubi Insightを活用して薬局内業務の“無駄”を解消できたケースなどが紹介された。
株式会社第一薬局 薬局長・管理薬剤師・薬学博士 山﨑大典氏(画像提供:株式会社カケハシ)
しなやかな医療=サステナブルな医療の前提
画像提供:株式会社カケハシ
最後は、カケハシ代表の中尾氏による、同社の目指す“医療のあり方”について。
中尾氏:「私たちは「日本の医療体験を、しなやかに」というミッションに掲げており、これには2つの側面があります。
まずは患者さんの体験。どうやったら安心感を持ちながら利便性高く、自分にとっての正しい医療を選択できるか、ということを実現していきます。
そしてもう一つは医療従事者の体験。安心感を求める患者さんに対して医療従事者が全部やってしまうと、過剰な献身と自己犠牲によって医療崩壊が起きます。医療従事者の過剰な働き方を前提としたサービスインフラではなく、医療従事者も働きやすい環境を提供する。
このように、医療の受け手と担い手双方にとっての「しなやかな医療」を実現することが、サステナブルな医療の前提になると考えています。」
編集後記
私自身、これまで調剤薬局で薬をいただく際、毎回の説明が「非常に面倒だ」と感じる人間でした。
なぜ面倒だと感じるかというと、「その場限りの一辺倒の確認事項で、一体何がわかるというんだ」という、半ば反抗的な精神が滲み出してしまうんだと思います。
しかし、これが継続的なサポートの一環となった場合はどうでしょう。
きっと、いつもサポートしてくれることに感謝し、店頭での説明への捉え方も変わってくるのだと思います。
まさに患者と調剤薬局、双方にとっての、小さいながらも重要なWin-Winへのトランスフォーメーションであり、これが実現されることで、薬局の「メディア」としての役割が発揮されるのだと感じました。