2024年8月24日〜25日、ロボットと性愛に関する国際学会「LSR9(Love and Sex with Robots 9th)」が、カナダ・ケベック大学のモントリオール校にて開催された。
世界トップクラスのチェスプレイヤーであり、コンピューター・サイエンティストでもあり、またセックスロボット研究家でもあるDavid Levy氏が立ち上げた本学会も、今回で9回目。コロナ禍の影響もあって4年ぶりの対面開催となった今回は、セックステック(Sex × Technology)ビジネスからロボット工学、AI倫理まで、幅広いテーマでのセッションが設置されており、当日は心理学や工学、社会学など多分野の研究者/博士候補生をはじめ、AI等最先端技術を扱ったビジネスの担当者やアーティストなど、実にディープでユニークなメンバーが参加していた。
※ロボットと性愛に関する国際学会に関しては以下の記事もご参照ください
本記事では、様々なセッションの中でも初日に行われた、Delphine DiTecco博士によるキーノート「境界を超えて:ロボットと性風俗産業の未来(Beyond the Binary | Robots and the Future of Commercial Sex)」の様子をお伝えする。
「はじめに、映画『ウエストワールド』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』、それから2018年公開の『2050』(日本未公開)を思い浮かべてみてください。いずれの作品も、ロボットが売春宿でセックスワークに従事する場面が描かれています」
このように始めたDiTecco博士は、現在カナダ・カールトン大学で法学博士課程に身を置きつつ、心理学やジェンダー学のバックグラウンドを持つ学際的な研究者として、セクシュアリティとテクノロジー、それから法律が交差する領域での研究活動を続けている人物だ。前述の映画やドラマ、漫画といったメディアコンテンツに限らず、セックスワークとロボティクスの交差点は各所にあるものの、それらに関する調査/研究事例が非常に少ないことから、その不足を埋めるべく活動しているという。
今回のキーノートではそんなDiTecco博士の研究内容を踏まえながら、セックスワーカーとそのクライアントの視点を通じて、ロボットの社会実装に伴う社会的/法的/労働的な影響への考察がなされていった。
※本セッションでDiTecco博士は、一部のiDollatorやロボット好きの方々がセックスロボットやセックスドールという表現を嫌っていることから、対象をそれぞれ「ラブ&セックスロボット」「ラブ&セックスドール」と表現した。ただし本記事では、わかりやすさの観点からセックスロボット、セックスドールと表現する。
セックスワークの文化的/法的線引きは、どんどんと難しくなっている
「新しいツールはセックスワーカーをエンパワーメントすることができますが、複雑な課題も導入し、注意深くナビゲートする必要があります」
こう説明するDiTecco博士は、現在のセックスワークとロボティクスの交差点を調査/研究するにあたって、まずは過去からの学びを生かすべきだと説明する。
歴史的に振り返ると、テクノロジーの進歩はセックスワークの労働環境や組織形態、社会的・法的認識等に大きな影響を与えてきた。例えば、19世紀には自動車や鉄道、バスなどの交通手段が発達したことで、セックスワークの実施場所や手法が大きく変わっていった。利用者はより広範な地域へと移動できるようになり、車内という新しいプライベート空間での性的取引も可能になったことから、性的サービスの提供方法が一気に変わっていった。さらに、電話やポケベル、携帯電話などの普及も、セックスワーカーと利用者のコミュニケーションを容易にし、室内でのセックスワークや電話セックスといった新しい形態の性産業の誕生にも繋がっていった。
最たる変化をもたらしたのは、インターネットと言えるだろう。インターネットが登場したことで、セックスワーカーはサービスの提供、宣伝、販売方法を大きく変え、現在では多くのセックスワークがオンライン上で行われている。例えば、ネット上でライブストリーミングのパフォーマンスを行う「キャミング(Camming)」や、OnlyFansを使ったインフルエンサー型のセックスワークは、ネット特有の就業/稼ぎ方と言えるだろう。自営業の選択肢を広げ、非対面ならではの柔軟性や独立性、リスク管理をもたらし(トラブルの回避等)、また自分たち独自のコミュニティ形成を促進してきた。
一方で、全ての人がネット環境へとアクセスできるかというとそういうわけでもなく、また、「リベンジポルノ」や個人情報が暴露される「ドキシング」といった問題も発生している。したがって、ロボットの導入に伴う影響を考える際には、インターネットがもたらした影響を参考にしつつ、その利点と課題を慎重に検討しなければならないと、DiTecco博士は強調する。
また、テクノロジーの導入によるセックスワークという概念の変化についても考慮する必要があると、同氏は続ける。例えば、クライアントと労働者の間に物理的な接触がない形態のセックスワークであるキャミングは、「性行為=挿入」という前提を覆し、性行為における物理的な接触性を所与としない文化的理解をもたらすことになった。このことから、「何がセックスワークで、何がそうでないのか」の文化的/法的線引きが難しくなったことが挙げられる。
「これらの変化は、物理的な接触、興奮、欲望、感情、リスク、スティグマ、そして私たちのセックスワークの概念における身体の役割についての疑問を投げかけました。これらのうち、どれが存在すれば私たちはセックスワークの一形態と見なすのでしょうか。例えば、非常に興奮する映画でのセックスシーンがセックスワークでないのはなぜでしょうか。また、セックスワークを法的に定義することがいかに複雑であるかも再確認させられており、規制のあり方も課題となっています」
根強い「セックスワーク=根本的に有害な行為」という考え方
ロボットと性労働の関連性は、メディアや学術的議論で頻繁に取り上げられているテーマだ。例えば、映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』では「ラブボット」が登場し、David Levy氏の著書『Love and Sex with Robots』では、ロボットが性労働の合法的な代替手段になる可能性が提案されている。ある学者は、ロボットが妊娠や性感染症のリスクを排除し、人身売買の減少や性労働者の負担軽減につながると主張している。
一方、例えばCASR(CAMPAIGN AGAINST SEX ROBOTS:セックスロボット反対運動)を主宰するKathleen Richardson氏は、ロボットが搾取的で有害な性労働関係を再現すると批判し、女性や子供に対する暴力を助長する可能性を指摘している。CASRの活動については、例えば書籍『Robot Sex: Social and Ethical Implications』の著者であるJon Danaher氏が「マルクス主義フェミニズムの思想に近い」とコメントしているし、またセックスとリレーションシップを専門とするJustin Hancock氏による批判的研究では、セックスワークを同意のない行為や人身売買と同一視すること、セックスワーカーの労働を正当化しないことなど、既存の議論の問題点が指摘されているわけだが、良い意味で議論の深化に貢献していると言えるだろう。
- CASRは、同意のあるセックスワークを強制的なセックスワークや人身売買と同一視することで業界を誤解している
- CASRは、セックスワーカーを被害者として構築し、セックスワークの感情的・認知的労働を認めないことで、セックスワークを正当化していない
- CASRは、女性の性的物化を強調し、ロボットが取り得る他のジェンダー化された、あるいは非ジェンダー化された形態を十分に考慮していない
- CASRは、セックステクノロジーのより広い発展、人間のセクシュアリティに対する多様化、そしてテクノロジーが周縁化された人々をエンパワーメントする方法に取り組んでいない
DiTecco博士による研究でも、例えば2020年から2022年にかけて公開されたニュース記事でセックスロボットが「同意のない売春婦(non-consenting prostitutes)」、「プラスチックの売春婦(plastic prostitutes)」、「ハードワイヤードの娼婦(hard-wired whores)」といった用語を活用して描かれており、ステレオタイプやスティグマを強化していることが明らかになっている。ロボットだけでなく、それを使う人も「ユーザー」や「虐待者(abuser)」としてのネガティブなステレオタイプがしばしば強調されており、“悪いもの”だと見せるために使われているケースが多く存在するという。つまり、「セックスワーク=根本的に有害な行為」という健在的/潜在的な考えが、セックスロボットを取り巻く賛成/反対の立場双方で前提になっているわけだ。
ここでDiTecco博士は、ベルリンにあるサイバー売春宿・Cybrothelの事例を持ち出す。この店舗では、セックスワーカーがドールをサービスに取り入れており、セックスワーカーとクライアントは別部屋にいて、オーディオとビデオを駆使してサービスを提供しているという。
「このように、代替や競争ではなく、人間のセックスワーカーとセックスドールやロボットの間の協力によって特徴づけられる商業的な使用シナリオの可能性もあります。私としては、多角的な視点を取り入れた慎重な研究が必要であり、有害なステレオタイプを強化しないよう努めるべきだと考えています」
セックス・ネガティブな社会に対する博士の理論的枠組みとは
続いて、DiTecco博士の研究の基盤となる理論的枠組みについて紹介がなされた。同氏は、まず西洋の視点に焦点を当て、現在の支配的な性とジェンダーの規範を認識することが重要だと説明する。
現代のフェミニズムや批判的人種理論では、遡ることヴィクトリア朝の道徳や宗教的信念、帝国主義、人種差別、植民地主義が西洋の性的規範の主要な根源であると指摘している。例えば性とジェンダーの政治活動家及び理論家として有名なGayle Rubin氏などは、貞操や異性愛的な生殖、核家族、家父長制、白人至上主義の承認が私たちの性的態度を形成し、現在の性的規範に明示的・暗黙的に影響を与え続けていることを詳述している。
注目すべきは、1980年代にRubin氏が提唱した「チャーム・サークル」の概念である。これはセクシュアリティのヒエラルキーを定義したもので、社会的に「良い」「正常な」「自然な」と見なされる以下の性的実践がサークルの内側に配置。社会から肯定的に評価され、法的・道徳的にも保護されているものとして表現されている。
- 異性愛的(ヘテロセクシュアル)
- 婚姻内での性行為
- 生殖目的の性
- 二人組(ペア)の関係
- プライベートな場所での行為
- バニラセックス(性的嗜好がノーマルとされるもの)
- 一夫一婦制
- 非商業的な性
- 同世代間の関係
- 道具やオブジェクトを使用しない性
一方で、サークルの外側には、社会的に「悪い」「異常な」「不自然な」と見なされる以下の性的実践が配置されており、これらは社会から否定的に評価され、スティグマや差別の対象となりやすいものとなっている。
- 同性愛やクィアな性
- 非婚姻的な関係
- 非生殖目的の性
- 複数関係やポリアモリー
- 公の場での行為
- フェティシズムやBDSMなどの性的嗜好
- 商業的な性(性労働など)
- 年齢差の大きい関係
- 道具やオブジェクトを使用する性
セックスワークやセックスロボットは、このチャーム・サークルの周縁部分に位置しており、このようなスティグマに対して、DiTecco博士は「これらの規範に対抗するため、セックス・ポジティブな理論的枠組みを適用する」と語る。
こちらは、グローバル・ノース、つまり西欧社会が一般的にセックス・ネガティブな社会であり、セックスをリスクがあり危険なものとみなし、異性愛的な再生産に限定すべきだと考えていることを認識しつつ、性的快楽と性的多様性を「価値あるもの」として促進する社会を目指すというものだという。
「性肯定主義は、性的快楽と性的多様性を実際に価値あるものとして促進する社会を目指しています。性肯定主義は、性的実践を良い/悪いと単純に二分化してラベリングすることや、特定の欲望を本質的に逸脱したものとして判断することに反対します。このフレームワークを他のフレームワークと組み合わせて使用することで、こういった課題に向き合うことができるようになりますし、特定の性的実践をどのように特徴づけるかを確認するのにも役立ちます」
さらに、「セックスワークは労働である」というパラダイムも、DiTecco博士のプロジェクトに影響を与えている。例えばジェンダー学を専門とするThanh-Dam Truong氏は、東南アジアのセックスツーリズムに関する研究を行い、経験的な証拠を用いてセックスワークをグローバルおよびローカルな経済において重要な役割を果たす労働の一形態として説明している。
「このパラダイムはまた、性肯定主義とともに、道徳的な平等やジェンダーの平等、身体に関する議論から切り離して分析を広げることを可能にします。また、セックスワークを労働の一形態として認識することで、この理論的枠組みはそもそも私のプロジェクトが存在する理由ともなっています。つまり、セックスワークを技術的革新の中で非常に重要な役割を果たすものとして見ており、労働者の権利や保護を受けるに値するものとして見ているのです」
ロボットがセックスワーク・コミュニティに与える影響を探求する
ここまでの内容をふまえて、最後に、DiTecco博士の現在の取り組み内容が紹介された。同氏の研究の焦点は、セックスワーカーとそのクライアントへのインタビューを通じて、ロボットがセックスワーク・コミュニティに与える影響を探求することにある。非常に探索的なプロジェクトであり、この分野での研究はまだ限られているため、当面の目標は大量のデータを収集することではなく、代表的なデータを生み出すことでもなく、深く調査することによる「将来の研究の基盤を築くこと」にあるとしている。具体的な質問内容として、以下のような内容が挙げられている。
- セックスワーカーやそのクライアントはラブドールやセックスロボットをどのように認識しているのか
- 新しい技術の開発に関して彼らの懸念や希望は何か
- 差し迫った法規制に対する彼らの考えは何か
- ロボットがセックスワークの一形態やその廃止手段として構築されていることを彼らはどう受け止めているのか
- クライアントはロボットを人間のセックスワークの合法的な代替手段と見なしているのか
- セックスドールやセックスロボットを、セックスワークのディスラプトではなく改善に繋げるにはどう活用できると考えているか
これらの質問を通じて、半構造化インタビューを実施することがDiTecco博士のアプローチとなっている。これは柔軟性と深みを持ち、参加者から得られる豊かなデータに焦点を当てることができ、「歴史的に意思決定プロセスや研究から排除されてきた周縁化された人々に声を与えることを目指している」、「コミュニティをさらにスティグマ化したり害したりしないよう、セックスワーク・コンサルタントと協力しながらインタビューガイドを作成している」と、同氏は説明する。具体的には、20歳以上の性別や性的アイデンティティ、地理的な場所を問わない15名のセックスワーカーと15名のそのクライアントにインタビューを行う予定だという。
「これは、各法域が人々の経験にどのような影響を与えるかに興味があるからです。例えば、セックスワークが犯罪化されている地域では、ロボットをより大きな脅威と感じるかもしれないし、非犯罪化や合法化されている地域ではそうではないかもしれない。これらの違いを明らかにすることが一つの目標となっています」
さらにDiTecco博士は、グラウンデッド・セオリー法も使用するという。これは、データの収集と分析を同時に行うという、データに密着(grounded)した分析から独自の理論を生成する質的研究法であり、同氏は「インタビューを進める中で研究者と参加者の間で意味を共同構築していくことで、新たな研究質問や理論が生まれる可能性がある。もちろん、それらはプロジェクトに取り入れていく予定だ」と意気込みを述べた。
「結論として、ロボットのセックスワークへの統合は、複雑な社会的、法的、労働的な問題を提起し、それらの問題によって影響を受ける人々との思慮深く微妙な探求が必要になります。技術が加速度的に進化する現在の社会において、私の研究が新たな洞察を提供し、セックスワークの未来について、より正確な情報に基づいた対話がなされることを期待したいと思います」
取材/文/撮影:長岡武司