「体型、学歴にこだわりはなくて、年齢は24歳〜35歳。タバコは吸わなくて、居住地は神奈川県で、出身地は“宇宙”にしておこうかな」
最近のカップルマッチングサービスって、国民共通の性格診断結果と連携して勝手にAIがリコメンドしてくれるから楽なんだけど、なんかつまんない。たしかに相性はめちゃくちゃ合ってるし、顔もタイプのお相手がピンポイントでおすすめに出てくるからコスパとタイパはいいんだけど、あまりに出来すぎている。もっと、想定外の人が来て欲しいの。想定外が好きなタイプって性格診断にも出てるんだけど、それを想定したお相手しかこないから、もっと「え!? こんな人いるんだ」レベルの人と出会ってみたい。だからこうやって、昔の検索型マッチングアプリが再ブレイクしてるんだろうな。
それにしても最近、生まれが宇宙の人、増えた気がする。ちょっと前だと大学のクラスに1人いたら超レアって感じだったけど、最近は珍しくもなくなってきた。こうやって検索条件に入れても、500人以上ヒットしてるし。宇宙生まれかー。東京生まれの私からしたら、なんかロマンがあるんだよね。
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少し先の世界をイメージしてある日常のワンシーンを書いてみたのだが、こんな未来もあながち遠くはないかもしれない。マッチングアプリのくだりはさておき、ここで言及したいのは「宇宙生まれ」の人が増えるかもしれないということ。
今はイーロン・マスクやジェフ・ベゾスのような億万長者だけが宇宙に飛んでいけるわけだが、特にマスク氏が「人類が宇宙で暮らせるようにしたい」ことを公言しているように、宇宙へのアクセスにおける圧倒的な民主化の機運が高まってきている印象だ。中長期的には日本からバルカン半島へのフライトと同じような感覚のスペースツーリズムになるとするならば、宇宙での滞在/生活も当然ながら想定される。となると、今のうちに「宇宙での妊娠/出産」に関する研究・準備もリプロダクティブ・ヘルスの一環として進めるべきではないか。そんなことを考えながら、2024年6月にロンドンで開催されたFemTechイベント「Decoding the Future of Women 2024」に参加した。
目的の一つは、「人類の次なる飛躍:宇宙旅行とリプロダクティブ・ヘルス。火星での生殖は可能なのか?」と題されたパネルセッション。この分野について先陣を切って研究開発を進めているSpaceBorn United社のCEOをはじめ、宇宙生物学と健康ケアの分野で先駆的な役割を果たす非営利団体・BioAstraのCSOや、この領域を追いかける映画監督など、非常にユニークなメンバーが登壇したもので、現時点での限界と可能性の両面を感じさせるものだった。
ということで本記事では、SpaceBorn United社の創業者兼CEOであるEgbert Edelbroek氏による単独キーノートの内容をご紹介した後、当該パネルセッションの様子もお伝えする。
多惑星な種になるからこそ必要な、宇宙環境下での生殖/出産技術
「なぜNASAやESA(European Space Agency)がこれをやらないかということですが、生殖のようなデリケートな領域にはなかなか税金を投入できないのが実情です。だからこそ、我々民間企業が取り組んでいるのです」
このように始めたEdelbroek氏がCEOを務めるSpaceBorn United社は、社名にもある通り、NASAやESAなどの宇宙機関が定めた研究ロードマップに沿って「宇宙環境下での人間の生殖/出産」に関する条件等を研究し、そこでの成果を基に、段階的な宇宙ミッションプログラムを設計している会社だ。ホームページに「人類は多惑星種(multi-planetary species)に向けて歩を進めているからこそ、地球外での生殖方法を学ぶ必要もある」と記載されている通り、Edelbroek氏野中では、multi-planetaryでの生活が大前提となっているわけだ。各ミッションは、医学やテクノロジーはもちろん、倫理、法律など様々な専門家の協力を得て実施されており、中長期的な宇宙空間/他惑星での定住に向けて技術協力を進めていくという。
そんな大きな絵を描いているEdelbroek氏がもともとこの領域に興味を持ったきっかけが、自身の体外受精(IVF)ドナーの体験だったという。レズビアンカップルの精子ドナーになったことから、不妊治療の改善に向けた研究・活動をはじめ、そこから徐々に「宇宙でも妊娠/出産は可能なのではないか?」という仮説に行き着いたという。
「今後10年以内に、人々は月面上に居住できるようになるでしょう。そうなると、当然ですがセックスも選択肢の一つになる。ですが、まだまだそこに向けての準備ができているとは言えません。まず、月面には十分な重力がありません。地上と同等の重力が提供できる宇宙ステーションもまだ発展途上ですし、放射線の問題もあります。現時点では、10年後であったとしても、月/宇宙でのセックスは望ましくないと言わざるを得ません」
実際、宇宙環境が女性の生殖器系に与える影響については、ほとんど知られていない。例えばこちらの2024年1月に発表された論文では、放射線被曝による卵子/子宮/膣等への深刻なダメージや、微小重力環境が卵巣機能/卵胞発育に与えるネガティブな影響、体内リズムの乱れや長期的なエピジェネティックな変化など、深刻に考慮すべき様々な可能性について言及されている。2023年のニュースにて、山梨大学とJAXAのチームが共同で行った実験でほぼ無重力の国際宇宙ステーションでのマウスの受精卵が正常に育った、というポジティブな結果も出てはいるものの、まだまだ検証すべきことは山のようにある状況だ。
宇宙空間での体外受精研究は、地上での不妊治療改善にも役立つ
このような背景から、人が宇宙空間に赴く前に、まずは既存の生殖補助医療技術(ART)を宇宙で応用できるように研究開発を進めようとしているプロジェクトが「ARTIS(Assisted Reproductive Technology In Space:宇宙における生殖補助医療技術)」だ。
「私たちは、自動的に作動するような体外受精ラボ搭載の人工衛星を作っています。靴箱サイズで、ご覧いただいてるような外観です。この衛星は地球低軌道を1週間ほど周回し、地球と同等の重力レベルを再現しながら、胚盤胞の段階まで胚を育てるよう設計されています。その後、胚を凍結保存し、最終的には安全に地球に持ち帰って検査するという流れになります。検査の上で子宮に戻すことが承認されれば、あとは妊娠/出産は地球上で行われることになります。もちろん、ヒトの配偶子を扱う前に、まずはマウス胚、マウス配偶子から始めます」
具体的なイメージについては、ぜひ、同社がYouTubeにアップしたデモ動画をご覧いただきたい。こちらはセッション当日も上映されたものだ。
この「宇宙胚培養器」の面白いところは、「マイクロ流体ディスク」と呼ばれる円盤型の機器にあるという。ここに胚を配置して発育させるわけだが、様々な速度で回転させることによって、地球を模した重力はもちろん、火星やその他の惑星など、様々な重力をシミュレートして検証することも可能だという。2025年には最初のプロトタイプを宇宙に飛ばす予定とのことだ。
「今年は地上でのテストを進め、来年は3時間の短時間フライトから宇宙空間でのプロトタイプ実験を進めます。その約1年後には、完全な体外受精サイクル、完全な胚発育サイクルを宇宙で行う予定です。もちろん、まだはっきりしたことは言えませんが、この10年以内に宇宙で妊娠した人類初の子どもを誕生させることができると考えています」
このような取り組みは、宇宙空間での体外受精だけでなく現行の不妊治療の改善にも役立つだろうと、Edelbroek氏は続ける。
「体外受精の治療期間短縮や薬剤費の削減、胚選択の改善、体外受精用培養液の改良、それから患者負担の軽減など、様々な要因で貢献できると考えています。体外受精の歴史を見てみると、これまでこの領域は他の分野と融合することでその成功率を上げ続けてきました。化学の専門知識を取り入れることで培養液が改良され、光学と融合することで個々の胚の発育をモニターするタイムラプス培養が可能になりました。さらにシステムエンジニアリングの知見が加わることで、ステップの自動化が促され、胚への負担も少なくなっていきました。しかし、ここ10年ほどは停滞している印象です。次のステップは宇宙領域におけるバイオテクノロジーとの融合だと考えており、そこから大きな貢献ができると思います。だからこそ、私たちはこの分野を支援しているのです」
十分な安全性が担保されるまで、宇宙での生殖行為は禁止されるべきなのか
メイン会場では、ここまでお伝えしたEdelbroek氏の取り組みと大きく関わる「人類の次なる飛躍:宇宙旅行とリプロダクティブ・ヘルス。火星での生殖は可能なのか?」と題されたパネルセッションが行われた。『Fortitude』という宇宙産業がテーマのドキュメンタリーシリーズを手がけるTorsten Hoffmann氏をはじめ、非常に豪華なメンバーの登壇である。
Fortitudeの監督を通じてHoffmann氏が感じている「製薬分野」での応用や、地政学的な宇宙競争の現状等、様々なトピックへと話題が移ったわけだが、この中でも特に印象的だったのが、オースティン大学で宇宙生物学の助教授を務め、またBioAstraと呼ばれる地球外におけるヘルスケアの未来のために人間の生物学/健康に関する知識を保存する非営利団体のCSO(Chief Scientific Officer)も務めているEliah Overbey氏からの投げかけだ。
仮に10年後に、宇宙での滞在がある程度民主化して地球から離れた場所でのセックス及び妊娠/出産が可能となった時、科学的に十分なデータが揃っていないうちは倫理的な観点でそれを禁止すべきか、それとも規制すべきではないのか。この問いかけに対して、Edelbroek氏はあくまで選択肢を増やそうとしているという趣旨の説明で回答する。あまりにも時間が短かった関係で十分なディスカッションはなされなかったが、重要な議題として最後に、そのやりとりの部分を残しておこうと思う。
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--宇宙での生殖について、どんなハードルがあるのでしょうか?
Egbert Edelbroek:地上では私たちは大気圏に守られているので、身体が放射線を吸収することに慣れていません。また重力環境も違います。身体は重力を経験するように設計されており、その前提で体液も設計されているのですが、宇宙ではすべて異なります。だから生殖云々の前に、まずはその環境の違いを緩和する必要があるのです。
Eliah Overbey:付け加えるならば、どこにいるかにもよるでしょう。例えば、ISSは多くの宇宙放射線から保護されていますが、これは地球の磁場による遮蔽が大きく寄与しています。月に行けば、その遮蔽レベルはまた異なるものになるでしょうし、火星や深宇宙でも異なるものになるでしょう。
--Eliahさんは流体力学が専門の一つですよね。もう少しその視点からの考察を教えてください。
Eliah Overbey:私のこれまでの研究から、体液再分配について考慮する必要があります。微小重力下で起こる体液再分配は、実は頭の中が最も顕著です。イメージとしては、ベッドの横に頭だけぶら下げるような感じです。子供の頃、ベッド傍に頭をぶら下げると頭に血液が集まるのを感じましたよね。宇宙でも同じようなことが起こります。宇宙飛行士の約70%が、頭蓋内圧に起因した視力の変化を経験しています。
Egbert Edelbroek:そのような影響も考慮し、少なくとも今後20~30年間は、宇宙での自然な生殖(人が宇宙に行くことでの生殖行為)は不可能だと考えています。大きな回転する車輪のようなもので人工重力を作ることができればいいのですが、それができないうちは、医学的にも倫理的にも容認できないと考えています。
Eliah Overbey:そこは考え方が少し違いますね。特に「倫理的」という観点について、科学的なデータを集めるまでは試みるべきではないという主張には反対です。人間が宇宙へ飛び出して個人的な人間関係を築こうとするときに、その人をコントロールし、何ができないかを指示することこそが、私としては倫理的に問題があると思います。それよりも、そもそも女性は本当に宇宙で妊娠したいのかという点が、大きな議題だと感じます。
Egbert Edelbroek:おっしゃる通りです。だからこそ私たちは、実際に人が宇宙に行くのではなく、生殖補助医療技術を宇宙でも使えるようにするというアプローチをとっています。先ほどご覧いただいた体外受精ラボ搭載の人工衛星はまさにそのためです。もちろん、宇宙から地球に帰還する際の振動やGショックといった過酷な再突入に備えて、胚を保護するような設計に向けた研究開発も進めています。
取材/文/撮影:長岡武司