2020年6月5日、「ウィズコロナ時代の学び」をテーマに据えた「未来の教室オンラインキャラバン」キックオフイベントが開催された。
「未来の教室」とは、2018年より始動した経済産業省による教育関連事業。令和時代の教育改革に向け、過去の成功体験に囚われない「時代の変化に合わせた新しい教育のあり方」を、産官学が連携して推進している取り組みである。
大きな方向性として策定された昨年度(2019年6月25日)発表の第2次提言については、以下記事をご参照いただきたい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20190630edtechmirai/”]今回初めての“オンライン開催”となった本イベントでは、ウィズコロナ時代の学びのあり方を議論すべく、未来の教室ボードメンバーはもとより、先進的な取り組みを進めている熊本市および奈良市の各ステークホルダーが登壇。ライブ配信されたYouTube上には、リアルタイムで500名以上の視聴者が参加した。
EdTech等を活用して今後の未来を担う全ての子ども達の教育をイノベーションするという、まさにLoveTechな取り組みということで、当メディアでは前後編に分けてイベントの内容をご紹介する。
まず前編では、「未来の教室」事業のボードメンバー3名によるディスカッションの様子をお伝えする。
<登壇者>
- 浅野大介氏(経済産業省 サービス政策課長・経済産業省 教育産業室長)
- 佐藤昌宏氏(デジタルハリウッド大学大学院 教授)
- 丹羽恵久氏(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター & パートナー)
「未来の教室」とは
まずは「未来の教室」について。ご存知の方であればおなじみ、同事業のビジョンを端的に示した図がこちらである。
「知る」と「創る」をぐるぐると回していくことで、子ども達一人ひとりの「ワクワク」を醸成し高めていく【学びのSTEAM化】を大きな軸として、そこにEdTech等を活用しての【学びの自立化と個別最適化】による「誰も取り残さない」学びの提供を実現し、そのためのICT環境や制度環境等といった【新しい学習基盤づくり】を進めていくという、大きな3点を柱に据えている。
特に「学びのSTEAM化」については、別の表現をすると「学びのプロジェクト化だ」と、「未来の教室」事業を推進する経済産業省 浅野大介氏は説明する。
浅野氏:「社会に出て仕事をすると、だいたいは“プロジェクト”な訳です。
一方で子ども達の学びって、プロジェクトになっていないことが多いですよね。そもそも、何のためにやっているのかわからない勉強時間が多いじゃないですか。
そういうのをやめよう、ということです。」
学校との実証事業を通じて“新しい学び”の雛形を構築
もちろん、ビジョンを策定しておしまいではなく、リアルな学校との実証事業等を通じて様々な“新しい学び”の雛形を、個別具体的に構築。短期間で数字を伴った成果も出している。
2019年度実証事業の実証事業全体像は以下の通り。コンセプト全体の成果を実証する“モデル校”実証の他、STEAMライブラリー構築に向けたSTEAMコンテンツの雛形開発・汎用化と効果検証、STEAM人材育成に向けた課題解決型研修サービス(リカレントSTEAM)の開発と効果検証、個別学習計画に基づいた到達度主義授業の実現と効果検証、そして学校の抱える部活動の課題を踏まえた新サービスの開発と効果検証という、大きく分けて5つの領域で展開されている。
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それぞれの具体的な事業内容は、未来の教室のポータルサイトに、成果報告という形で掲載されている。
「未来の教室」 実証事業の採択事例一覧の一部(「未来の教室」オフィシャルポータルサイトより)。2020年6月5日時点で77の事例が公開されている
当メディアでも、数ある実証事業の中より昨年、武蔵野大学中学校でのモデル校実証の取り組み内容を個別取材させていただいた。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20190822musashinomirai/”]また、昨年11月に開催された中間報告会でも、同校のほかに千代田区立麹町中学校、福山市立城東中学校、長野県坂城高等学校の具体的な取り組み内容が発表されている。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20191111edvation3/”]コロナ禍でもオンラインで継続される“全国キャラバン”
さらに、この実証事業で得た成果を、広く全国の学校現場へ普及させる目的で開催されていたのが「全国キャラバン」である。これは、教育委員会職員・教員・保護者・生徒が直接EdTechやSTEAMプログラムに触れ、良さを実感する場づくりが必要との思いから企画されたもので、2019年7月に開催された滋賀県長浜市での実施を皮切りに、順次全国で開催されていった。
2019年11月30日に京都橘大学で開催されたキャラバンは「明日の教室」と連携。EdTechサービス企業9社による体験会をはじめ、基調講演や特別セッション、上述の武蔵野大学中学校の日野田校長と経産省・浅野室長との対談も実施された
そんな中、今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、オフラインでの活動が著しく制限されることとなる。
せっかくの具体的な成果。発信しないままでいるのは非常にもったいないとのことで企画されたのが、今回のオンラインキャラバンというわけだ。
「GIGAスクール構想」の文科省 × 「未来の教室」の経産省
「教育領域なのに、文部科学省じゃなくて経済産業省がやるのは何故?」
未来の教室についてお伝えすると、一定の割合でこのような疑問を口にされる。中には「二重行政とも受け取れ、複数省庁によるタコツボ化が進んでしまうのでは」といった声も、当メディアには届いてきた。
この点について浅野氏は、良い政策が生まれるための“霞ヶ関的”に定石な協力体制だと説明する。
浅野氏:「霞が関という政府組織の中では、2つ以上、できれば3つ以上の価値観も文化も違う役所が、ぞれぞれの切り口から一生懸命政策を考えることで、いい政策ができてくるものです。
例えばエネルギー政策一つ考えても、環境省と経済産業省、国土交通省、農林水産省など、複数の役所による様々な議論を通じて、良い政策ができていってます。
そんな中、教育という世界にたまたま目を向けると、経産省はもともと塾やEdTechサービスなどの民間教育事業者とお付き合いがある所管業界だったわけです。
一方、文科省は教育全体を考える立場にある役所。
だったら、一緒に協力して学校教育と民間教育が重なる部分を作ろうよ、となりました(上図黄色部分)。
あと、一番大事なのは(上図の)下から伸びてくる矢印。一生かけてやっていこうというテーマの“最初のタネ”が、学校教育の中で起こってくれたらいいなと。そうすると、産業界や大学、研究機関がもっと、初等中等教育のタイミングから積極的にアプローチしてくるようになる。
そういう環境をまずは作るべく、もっと経産省が頑張らねばならないんじゃないか。
そう思って、この「未来に教室」プロジェクトを立ち上げました。」
文部科学省「GIGAスクール構想の実現パッケージ」より
ちなみに、文部科学省では昨年12月に「GIGAスクール構想」というものを掲げている。これは、子供たち一人ひとりが格差なく「いつでも、どこでも、だれとでも」学ぶことができるよう、公教育現場への「1人1台端末」とその前提となる「高速大容量通信ネットワーク」整備の実現を目指す構想だ。
要するに、文科省が令和の教育改革に向けたハード部分の整備をメインに担うのだとすれば、経産省「未来の教室」は、それを前提にした学びのSTEAM化等のソフト部分をメインに担うという役割分担になっているというわけだ。
浅野氏:「要するに、世の中の色々なテーマにワクワクした気持ちで、「これを理解するには理科の知識が必要だよな」といった気づき得ながら学んでいく。そういった時間割に変えませんか?ということです。
月曜から金曜の週5日、1限から6限までの6コマ、計30コマを45分と50分の授業時間で組む。実はこれ、どこにも法律上の縛りなんてありません。つまり、単なる慣習なのです。
そういった今の学び方をどうやって再編集するか、ということです。」
ウィズコロナの制約下で加速する学びのイノベーション
そんな議論とアクションが進み始めたタイミングで起こったコロナ禍。感染症の感染拡大防止のための小中高等学校休校要請を受け、「未来の教室」では「#学びを止めない未来の教室」プロジェクトを始動した。
具体的には、2020年2月28日時点でホームページ上に特設ページを開設し、並行して経済産業省としてEdTech提供企業各社に向け無償キャンペーンの設定を呼びかけた。
結果、75もの取り組みが進み、休校期間中の子どもたちの学びを支え、また先生方による新しい学びへの挑戦を支援した。
浅野氏:「驚いたのが、教育委員会や県の教育情報センター、学校のホームページなど、本当に多くの場所でこの「#学びを止めない未来の教室」が生徒さんに紹介されたことです。
特設ページ開設2週間で40万UU(ユニークユーザー)のアクセスがあり、5月中旬までに106万UU、計369万PVのアクセスがありました。役所のホームページにしては異常なアクセス数で、それだけみなさん、個別最適な学びを求めていたということだと感じます。」
浅野氏:「いずれにせよ今日私から申し上げたいことは、個別最適とSTEAMの学びという「未来の教室」は、向こうからやってきているということです。
そのカギとなるのが、「分散登校」と「GIGAスクールの前倒し」という掛け算にあります。」
分散登校が実現するということは、必然的に待ちに待った「10〜20人学級」が出現するということ。また半日は、1人1台端末で居場所を選ばない学びも、やらなければならない状況になる。さらには教師にとっても、自らの振る舞いを“講師”から“コーチ”へと変えるきっかけになり、結果として、生徒一人ひとりの「学びの到達度」がより意識されるようになる。
浅野氏:「この「ほどほどの集合」と「ほどほどの個別」というものが、ウィズコロナ社会の学びとして、ある種の制約条件としてかかってきたわけです。しかも、ほどほどの具合は人それぞれだよねと、突き放さざるを得ない。
さらには、[遠隔vsリアル]や[紙vsデジタル]といった不毛な二分対比や、標準授業時数にみる一律時間管理についても、見直される必要がある。
こういったウィズコロナ時代の様々な制約下で、実は学びのイノベーションは生まれるんじゃないかなと思っています。」
教育への既成概念があるからこそ、テクノロジーを実際に触ってもらいたい
ここまでの浅野氏による説明に補足する形で、「未来の教室」副座長を務めるデジタルハリウッド大学大学院・佐藤昌宏氏と、同じく「未来の教室」事務局を担うボストン コンサルティング グループ・丹羽恵久氏からも、それぞれコメントが寄せられた。
佐藤昌宏氏(デジタルハリウッド大学大学院 教授)
佐藤氏:「オンラインであったとしても、先生方の“見取り”や”評価”についてテクノロジーでどうフィードバックしていくのかが、EdTechの果たす大事な役割かなと思っています。
あともう一歩踏み込んだお話として。現場でオンライン授業を提案すると、先生方から「一人でもネットに繋がらない生徒がいるならばやるべきでない」といった反対を受けた、という声をよく聞きます。これが現実だと思います。
だからこそ僕たちは、これを乗り越えるためにやるべきことを考えるべきなんです。
「教育はこういうものだ」という既成概念をお持ちになっているからこそ、僕なんかは新しいテクノロジーを見せて実際に触ってもらって、「こんなことができるんだ」という感覚を持ってもらうようなことをやりたいと思っています。
あと、先ほどの先生方の見取りや評価部分については、学習基盤としてのデジタルテクノロジーを、いかに“プラットフォーム”として整備できるかということを、宿題として頂いていると認識しています。」
丹羽恵久氏(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター & パートナー)
丹羽氏:「この2ヶ月間、学校に来ないで過ごすという体験をした生徒さんと一緒に学びの姿を作っていくことが、ビフォーコロナとアフター・ウィズコロナで明確に違うことだと言えます。
こういう新しいことをやっていくときに、よく「失敗は成功の元」と言いますが、失敗に進むためのチャレンジすらないことが多々あると思っています。一方でこの2ヶ月間は、オンラインの朝礼や授業に参加するなどして、少なくとも“体験してみたことがある”子どもであることに間違いはないわけです。
これを踏まえて、何ができないということもさりながら、ぜひ「何ができるかもしれない、何をやったらどんなことがわかった」といったことを共有して頂き、次に何をやってみようか、という機運になっていけばいいなと思っております。」
事実上の修得主義をどうやって実現するか
本イベントでは、視聴者からの質問への回答タイムも設けられていた。ここでは、第一部に関わるもの1点について取り上げる。
<質問内容>
個別最適化やオンライン授業を進めていくには、時数主義などにみる現状の学びのフレームから新たなものに変えていく必要があると感じますが、それは本当に変わっていくものなのでしょうか?また、変えていくためにはどんなことが必要で、それはどれくらい着手されているのでしょうか?
浅野氏:「正直な話、標準授業時数の話だとかは文科省さんが最終的に決めることなので、僕が答えるべきことかどうか、よくわかりません。とうことを前提に。
義務教育の中では“履修主義”が貫かれるべきである、というのが文科省さんの強固なスタンスであり、“修得主義”への転換というのは基本的には違うというのが、文科省さんの見解だと僕は理解しています(※)。
ただ、なんでそこにこだわっているのかという点については、僕はよくわかりません。
正直な話、学び取れればいいわけですよね。学んでほしいことは学んでほしいし、そのために学ぶ時間は、人それぞれで違うわけです。そういう世界に過ぎないとも思うし、それが一人ひとりに優しい世界だと思うんですけど、時間をかけることで質の担保を取ってきたという考え方なんですよね。色々と話していくと。
おそらく文科省さんが標準授業時数だとかを大切にされる理由は、世の中は立派な先生ばかりではなく、サボっちゃう人もいる、だから時間で縛らなければならない、という思想が根底にあると考えています。
確かに分かるんですが、でもそれって働き方改革が目指している方向とは逆ですよね。どう考えても、時間で管理したところで、成果を保証したことにはならないよねということが、世界的にも主流になってくるし、日本でも進めていく方向です。
そういう世界に出ていく子ども達に、何時間やったのかで質の保証を担保したことにしようという考え方自体、僕は根本的には見直されるべきだと思っています。
ただこれは、政府全体で議論されて決めていかれるべきことだし、当然ながら国会含めてめちゃくちゃでかい話題なので、かなり根本的な思想の転換になってくる話なんです。
日本って、時間管理が好きなんですよね。会社経営者も、労働者を時給で管理したいわけですから、学校だけではないわけです。
だから、いきなり学校だけ変わるっていうのは、すごく難しいことだと思います。
でも僕らがあえて言っているのは、制度を根本的に変えるぞという話の前に、事実上の修得主義をどうやって実現するかということ。そっちの方が手っ取り早いと、正直思っています。
事実上、どうやって修得主義を認めていくのか。そのうまいやり方をどうやるかが、勝負かなとは思っています。
実際に、EdTech使えばできちゃうわけですし。」
※小・中・高校における進級・卒業の要件についての考え方。 履修主義は、出席日数に不足がなければ成績にかかわらず進級・卒業を認める考え方、修得主義は、教育の目標に照らして一定の成績を修めていることを条件として進級・卒業を認める考え方(知恵蔵より)
佐藤氏:「本当にその通りで、僕はテクノロジーがその切り口になるのではないかと思います。
文科省は現状の教育の質を担保する方法として、学習指導要領・教員免許・教科書制度の大きく3要素を大事にしています。結果、対面や教室での一斉授業にこだわってしまっているし、例えばオンラインでやろうとしても、受信側に先生がいなければならないという縛りをつけたりしているわけです。
これが、学習基盤としてのデジタルテクノロジーを入れていったとしたら。
学習指導要領は一人ひとりの状況によったものになっていくでしょうし、教員免許はサイバー空間でも指導支援できるものに繋がっていくと思います。また教科書制度についても、国が動画コンテンツやデジタル教科書を作って、それを元に先生方は見取ったり評価したりすることができるようになる。
このように、文科省にとって重要な3要素をデジタル上でも実現させる、というアプローチが良いのかなと思っています。」
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200609onlinemirai2/”]