発達保育実践政策学の確立を目指すCedep
「子育てのデジタル化・テクノロジー化とどのように向き合えばよいのか」
Society5.0を前提にテックドリブンな社会へと大きく舵を切っている現代社会において、上記は全てのママ・パパにとっての潜在的な悩みといって良いだろう。そんな命題に対して、東京大学発達保育実践政策学センター(以下、Cedep)が主催するシンポジウムが興味深かった。
Cedepは、乳幼児の発達や保育・幼児教育の実践、そのための政策に係る研究を推進する「発達保育実践政策学」という新たな統合学術分野の確立をめざして、2015年7月1日に設立された研究機関だ。東京大学内の研究者はもとより国内外の研究者や研究機関、子育てや保育・教育を実践している方々やその団体、実践のための制度に関わる国や自治体と連携し、子ども子育ての課題を協創探究し、解決の道筋を国際的に発信することを目的として研究活動に取り組んでいる。
LoveTech Mediaでは前後編に分けて、2020年12月4日に開催されたオンラインシンポジウム「デジタル時代における絵本・本の価値を探る~子どもたちの豊かな読書環境の実現を目指して~」についてレポートする。
http://www.cedep.p.u-tokyo.ac.jp/event/20109/
本シンポジウムはCedepと株式会社ポプラ社の共同研究である「子どもと絵本・本に関する研究」プロジェクトの進捗を発表するもの。デジタル時代における本の価値や、パンデミック下における子どもと本のかかわり方などに関する各種研究内容の途中成果が紹介された。
デジタル時代における絵本・本の価値
まずは東京大学大学院教育学研究科長 秋田喜代美氏による指定討論について。同氏は、紙絵本とデジタル絵本の相互作用比較について取り上げた。
秋田氏:「国際的な研究をレビューしてみると、紙絵本とデジタル絵本が、親子に与える作用に違いがあることが明らかにされています。
ただし、子どもに与える影響については正の結果もあれば負の結果も得られていて一定した知見はありません。それは色々な要因が関与しているからでありますが、一方で最近分かっていることのひとつとしては、さまざまな視覚、聴覚、文化的背景など、色々なハンディがあるお子さまについては、意味があるという指摘もなされています。
ピンアウトで字を大きくしたり、読み上げ、言語の通訳、経済的格差への対抗とて無償でデジタルにアクセスできる環境を整えるなどの事例があります。」
秋田氏によると、世界で初めて乳幼児期の保育カリキュラムの中に“デジタル環境の在り方”の内容を盛り込んだノルウェーでは、読書の一環としてデジタルがどう在ればよいのか、というテーマでの実証研究も熱くなされているという。
保護者・保護者と子ども・子どもは、本に対してどういう「態度」や「価値」を持っているか。「紙の絵本しか駄目」「デジタルこそ最前線」あるいは「両者を賢く使う」か。本の価値は、1ページあたりの文字の大きさ、行間や配置などによっても結果は変わってくる。何を読書の成果とみるかについては、文字や語彙、社会常套的な問題など、何に価値を置くかによる。
ノルウェーの研究者Kucirckova(2019)より
またハンディをどう考えるかという課題については、2018年にOECDより発表された「OECD Education 2030」でも言及がなされており、それに付随して秋田氏が講演中に紹介した図がこちら。
格差やハンディを縮小させるためのアイディアとして、左側だと支援しているつもりでも差が縮まっておらず、多くの取り組みは真ん中のようになっているが、今後は右側のような発想にしていくことが重要だという。「紙だから、デジタルだから、ハンディをこのように超えられる」というアプローチで考えていく必要があるという。
子どもの「読む権利」を、ニューノーマル時代にどう考えるか
次は、子どもの「読む権利」について。
日本では戦後1953年8月8日に学校図書館法が公布されており、教科書だけでは思想がひとつになるので、民主主義の為には多様な思想の文献にあたる必要があるという考えのもと、日本の学校図書館はつくられている。1993年には「学校図書館標準」が小中学校向けに設定されたものの、乳幼児向けには未だ設定されていない。
関連の動きとしてあげるとすれば、2000年が「子ども読書年」とされ、国際子ども図書館の設立、ブックスタートパイロットとして、自治体が行う0歳児健診などで絵本を開く楽しい体験とともに、赤ちゃんに絵本を手渡す活動などが始まっている。
家庭や幼保施設における読書環境の実態、公立図書館が果たす役割はどのようなもので、それらはコロナ禍の状況でどう変化しているのか。Cedep特任助教 高橋翠氏から説明のあった調査レポートを抜粋してご紹介したい。
Cedepでは、2019年10月上旬~10月31日まで、全国の保育・幼児教育施設を対象に、絵本・本の蔵書数や年間予算、地域との連携等について尋ねる調査を実施。1,042園から回答を回収している。
園で所有している「絵本」のおおよその冊数については、格差がある実態が明らかになった。施設形態によっても蔵書数に差がみられるが、同じ施設形態でも園による差が大きいことが判明している。
年間の購入予算に関しては、そもそも幼保施設では潤沢な予算が確保されているわけではなく、5万円未満の施設がマジョリティという結果だった。また、ここでもやはり施設間のばらつきが大きい結果となっている。
また他の調査で明らかにされている小中学校におけるひとりあたりの平均蔵書数・予算規模を比較したところ、幼保施設は義務教育施設に比べて一人あたりの冊数も少なく、予算も約1/3ということが明らかになっている。
幼保施設についてはそもそも施設規模が小さく蔵書するスペースが確保できないなどの問題もある。さまざまな理由で蔵書数が少ない施設ほど、近隣の図書館の絵本を活用する頻度が高く、公立図書館は、乳幼児の絵本・本環境を支える役割を果たしていることが判る。
こんなに違う?公立図書館の子ども・保護者向け施策
Cedepは、「子どもの読書環境と公立図書館の役割に関する調査」も、2020年10月下旬~11月17日まで調査を実施しており、未だ集計中とのことだが、34.2%の図書館(1104施設)から回答を回収しているという。
高橋氏によると、公立図書館の環境を検討する際には、「アクセシビリティ」、「ダイバーシティー&インクルージョン」、「子どもの主体性」について、それぞれ検討すべきだという。図書館は果たして、多様な家庭で育つ多様な子どもたちの本・絵本との出会いのニーズを保障するものになっているのだろうか。
調査項目の内容を見ているだけで、興味深い。筆者自身、近隣の図書館しか利用したことがなく比較検討の視点を持ち合わせていなかったが、普段何気なく使っている図書館の設備やサービスもあれば、馴染みがないものもある。電子書籍貸し出しサービスの普及率は1割に満たないなど、広がりについては道半ばで、不自由を感じている人も少なくないだろう。
0~6歳の乳幼児及びその保護者を対象とした蔵書・物品、サービスがある施設の調査もある。
こちらは紙芝居、大型絵本、外国語の絵本などが約7割と導入が進んでいる一方で、触覚を通じて楽しむことができる布絵本は約3割にとどまった。布絵本は、ハンディキャップがあるお子さまへの支援にもなり得るものでダイバーシティーの観点から改善の余地があるといえる。その他、外国語絵本に比べて児童書や図鑑が少ない、絵本に比べて点字児童書が少ないなどの課題も明らかになっている。
家庭における乳幼児向け絵本・本「10冊未満」が2割
さて、コロナ禍における、子どもの絵本・本環境の実態はどうか。
新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言発令期間中に、幼保施設への登園自粛が行われ、子どもを含む家族の時間が増えたことは多くの方が実感しているだろう。Cedepの調査によると、家にいるようになり、読書・読み聞かせの時間が増えた一方で、子どもが手にする絵本・本の冊数自体は「減った」と回答した人も少なからずいたようだ。
増えた理由としては「家庭にある本を読み飽きてしまったが図書館で借りることができなかったために、購入する本を増やした」という回答が多く、減った理由としては「図書館が利用できなくなったり、外出の自粛や書店やショッピングモール等の休業によって本を買いに行けなくなったりした」という回答が多かったという。
緊急事態宣言下において、貸出サービスが利用できないことがあった図書館・図書室は全体の88.2%、現在も入館者の人数制限を行っている図書館・図書室は17.1%と、コロナ禍でアクセシビリティが低下している実態がある。
消毒が容易になるような素材を既存設備の上に敷いたなどの工夫の声もある一方で、乳幼児コーナーでクッションやいす、マットを撤去したという声もあった。読み聞かせ・おはなし会の実施状況は、休止中が32.6%、対面で実施が67.6%、動画や教材を作成して提供しているところが1.8%あるという。
「不自由」を感じている今こそ、改めて、子どもたちが主体的に良質な作品を選択できる環境をいかに守り、親子が聴き合う忘れられない経験を重ねていくことが必要ではないだろうか。
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