2021年9月29日(水)〜10月1日(金)にかけて東京・日本橋の会場およびオンライン配信のハイブリッド形式で開催された、日本経済新聞社主催の『金融DXサミット』(Financial DX/SUM、読み方:ファイナンシャル・ディークロッサム)。「持続可能な社会へ向けて加速するデジタル変革」というテーマのもと、国内外より、金融領域に関わる事業者や技術者・研究者、当局者、教育関係者などの様々なステークホルダーが一堂に会し、「金融 × DX」を軸とした多様なディスカッションを繰り広げた。
今回は「CB-Techの最前線 3rd-GIG:断固たる決意」というテーマで設置されたセッションの様子をお伝えする。こちらは日本銀行によるDXのEdge技術を紹介するフラッシュトークセッションで、日経SUMシリーズとしては3回目となる企画。日銀のTechリードたちによる以下4つの取り組みが、それぞれのメンバーよりプレゼンされたものだ。
- 国債レポ市場のネットワーク分析(源間康史:金融市場局(現・国際局)企画役)
- 水害の空間情報と企業情報(山本弘樹:金融機構局 企画役)
- 暗号資産における分散型金融とステーブルコイン(北條真史:決済機構局 FinTechセンター)
- プライバシーの経済学入門(別所昌樹:決済機構局 FinTechセンター長)
本記事ではこの中でも、主に前半2つのプレゼンテーション内容について詳しくお伝えする。
国債レポ市場のネットワーク分析の取り組みについて
源間康史氏が所属する金融市場局では、2018年に市場情報企画グループが設立され、金融市場のビッグデータを分析して、中長期的な市場構造の変化を把握するための取り組みをスタートさせた。そこでの分析対象は、国債市場やデリバティブなど多岐にわたるわけだが、今回はその中でも、「国債レポ市場」のネットワーク分析について紹介がなされた。
レポ取引のビッグデータ分析に着手
そもそも「レポ取引」とは、資金や証券の運用・調達を行う主要な金融取引のことで、取引当事者の間で一定期間、資金と証券を交換し合うという取引を示す。主として資金の短期的な貸し借りを目的に行われる「GCレポ(General Collateral)」や、特定銘柄の証券の貸し借りを目的に行われる「SCレポ(Special Collateral)」といった取引の類型があり、証券取引所などを経由する株取引とは異なって、取引所を通さない“相対取引”となっている。
当然ながら取引内容については取引当事者のみが知り得るので、レポ市場全体の状況を把握しづらいという特徴がある。かのグローバル金融危機の際には、特に米国においてレポ市場の状況を金融当局が把握しきれなかったということが、危機の混乱に拍車をかけたという指摘がなされている状況だ。
このような背景から、レポ市場の透明性向上に向けた国際的な取り組みが進められており、その流れの一環として日本銀行では、2018年12月よりレポ取引に関するビッグデータの収集を開始。レポ市場全体の90%をカバーしているビッグデータを使うことで、従来は市場参加者からのヒアリングによって得ていた定性情報に加えて、データに基づく定量分析によっても、レポ市場の動向を分析できるようになった。
分析手法の一例として、レポ市場の関係性をネットワークとして捉えるという方法がある。上図の円構造は市場参加者による取引関係をネットワーク表現したものなのだが、このままだと複雑で混沌としている。よって、ここから市場構造の特徴を抽出する「ネットワーク分析」の手法を適用したという。これには様々な先行研究があるわけだが、源間氏はその中でも「ネットワーク中心性」「コミュニティ検出」、そして「ネットワーク構造のイベント分析」を採用して分析を進めていったと述べる。順番に見ていこう。
取引ネットワークで重要な市場参加者は?
まず考えるべきは、ネットワーク上でプレゼンスの高い参加者(重要な市場参加者)が誰かという点が挙げられる。市場参加者のプレゼンスは、取引金額が多いであったり、取引先の数が多いといった様々な尺度が考えられるのだが、それらを総合的に捉える指標が「ネットワーク中心性」となる。
上図のそれぞれの丸は市場参加者を表し、3つのグループに分けられている(青丸:資金の出し手、水色丸:仲介者、白丸:資金の取り手)。また、丸の大きさによって、ネットワーク中心性が高いか低いかを表しており、市場でプレゼンスの高い参加者(金融機関)は、市場の中では主に「仲介者」の役割を担っていることがわかる。こうしたプレゼンスの高い参加者となる仲介者は、資金の出し手と取り手を効率的にマッチングする役割を担っていることも、後続調査でわかっているという。
なお、SCレポの白丸に目を向けると、資金の取り手の中に丸が大きい市場参加者が複数見られる。レポ取引は資金と証券を交換し合う取引なので、「資金の取り手=債権の出し手」になる。よって、この白丸部分に大きな丸があるということは、特定証券の貸し借りを行うSCレポでは、一部の金融機関は「証券の出し手」として重要な役割を果たしていることもわかるだろう。
コミュニティ検出とネットワーク構造のイベント分析
次に取り組まれたのが、密接に取引し合う市場参加者のグループを特定する「コミュニティ検出」だ。以下の図では、縦軸に市場参加者、横軸に時系列を表現しており、各市場参加者が属するコミュニティを色分けして表示されている。
こちらを見ると、多くの箇所で同じ色が続いていることから、同一のコミュニティの中で継続的に取引が行われていることがわかる。また追加分析によれば、こういうコミュニティが形成されているということは、大きなロットの取引を円滑に行うためにできているのではないかという可能性が示唆されているという。
さらに3つ目は、市場ストレス時にネットワーク構造に変化が見られるかの分析ということで、イベント分析も行われている。こちらは、ネットワークの中でどれほど多くの取引が行われているかの「ネットワーク密度」の変化をプロットしたものだ。
今回着目したイベントは、新型コロナウイルス感染症拡大によって市場が混乱した2020年3月頃。市場に変化があったかを分析したところ、2020年3月以降にネットワーク密度が大きく高まっているのがわかる。要因分解すると、この時期には担保需要の増加や在宅勤務の増加による市場参加者の現象が生じており、一方で取引を継続していた先についてはむしろ新規取引先を開拓して取引の維持に努めたという可能性が示唆される結果になったという。
今後は学術経験者との交流・意見交換を積極的に行っていく予定
以上のような取り組みを通じて、源間氏は、今後の金融市場ビッグデータの更なる活用に向けて3つの取り組みを想定しているという。
「まずは、今しがたご紹介した手法を活かして、ビッグデータ分析を日々のモニタリングへと活用します。2つ目は、分析結果をもとに幅広い市場参加者およびセクターとのコミュニケーションを活発化させます。そして3つ目は、最新のビッグデータ解析や機械学習の手法を取り入れ、分析を高度化していくということです。そのためにも、学術経験者との交流・意見交換を積極的に行っていく予定です」(源間氏)
水害の空間情報と企業情報の関係について
金融機構局の山本弘樹氏からは「水害の空間情報と企業情報」というテーマの分析の取り組みが紹介された。
そもそもなぜ日本銀行が水害に関する調査を行っているのかということだが、ここ最近の国内における水害発生回数や豪雨発生回数が増加トレンドにあるからこそ、これらの災害が企業の経済活動にどのような影響を与えるのかを分析する必要があるというのだ。また、この領域については先行研究が行われているのだが、そこで直観に反するような結果が出ていることも大きいという。つまり、必ずしも水害の影響はマイナスという結果ばかりではなく、特に企業財務においては、むしろプラスであるとの主張をする研究もあるという。
なぜそのような結果が出ているのかというと、仮説として、水害を特定するためのデータの正確性や空間スケールに問題があることが想定されるというのだ。今回はこの中でも、空間スケールに絞って紹介がなされた。
市区町村レベルでの水害の企業財務への影響を可視化する
こちらは水害の空間分布と水害スケールのイメージを示した図だ。左側の白黒の地図から分かる通り、水害は日本全国どこでも発生するものではなく、極めてバラツキの大きい局地的なイベントであることが分かる。ではこのような水害について、先ほどの先行研究ではどのような分析がなされていたのかというと、右側の水害スケールの図となる。先行研究では国や地域、都道府県という、比較的スケールの大きい情報を使って水害の発生を特定してきたわけだ。よって今回は、さらに細かい「市区町村レベル」でのスケールをもって水害研究を行っていった。
ここで使ったデータだが、大きくは2つあるという。1つ目は国土交通省が出している「水害統計等」というデータで、1993年以降を分析対象に、事業所被災率という、市区町村に属する全事業所のうち何%が被災したかを示す数値を使っている。例えば西日本豪雨災害があった年は、兵庫県や岡山県の自治体の事業所被災率が高いことが分かるだろう。一方で企業財務については帝国データバンク提供の「COSMOS2」というデータセットを用いており、その中の売上高成長率と売上高利益率のデータを活用している。
この2つのデータを市区町村レベルでマッチングすることで、いつどこでどんな水害が発生し、それによって企業財務にどんな影響があるのかを市区町村別に把握できるデータベースを構築したわけだ。
実は、水害発生頻度が低いほどに企業財務へのダメージは大きい
分析手法としては、水害が発生した市区町村に属する企業群(処置群)と、そうでない市区町村に属する企業群(対照群)に分け、それと合わせて水害の前後で比較することで、水害の影響を推計している。非常にシンプルなアプローチだ。
その分析の結果がこちら。左グラフが業種別の影響で、右グラフが発生頻度による違いとなっており、下に行けば行くほどに負の影響が大きくなるという見方になる。
左側の業種別で見てみると、建設業以外は全業種平均を含めて有意に負の影響があることが分かるだろう。また右側の発生頻度別についてだが、これは例えば一番右側の「20年毎」という部分を見る場合、20年間に1度も水害被害を受けていないところが水害経験した場合にどんなダメージを受けているのか、とう見方をする。これに鑑みると、水害発生頻度が低いほどにダメージが大きいという傾向が見て取れるだろう。
また長期的な影響についてはこちら。縦軸は先ほどと同様に負の影響の大きさを表すもので、横軸は水害発生からの経過年数となる。こちらをみると、1年経過後は「95%信頼区間」のバンドがゼロをまたいでいるので、水害発生の翌年以降に関しては、企業財務にさほど影響がないということになる。
今回の研究で初めて明らかになったこと
以上をまとめると、以下のような結果が示されることになる。特に、3番目の「水害の利益率への影響は短期的に収束する」ことは、今回の研究で初めて明らかになったものとなったわけだ。
「これまで先行研究では水害があれば企業財務にとっては当然マイナスがあるだろうとは想定されていたものの、実際に定量的に明らかになっていませんでした。企業の業種や立地に応じた影響を把握するにあたって、今回の研究は役に立つのかなと考えています」(山本氏)
多岐にわたる日本銀行のカバー範囲
当日は上記2名によるプレゼン以外にも、もう2名、決済機構局 FinTechセンターからも活動紹介がなされている。
北條真史氏からは「暗号資産における分散型金融とステーブルコイン」というテーマで、暗号資産ネットワークの特徴やDeFi(分散型金融)のサービスと市場規模、そしてステーブルコインに関するトレンド知識や期待と課題内容等について解説がなされた。
また、決済機構局 FinTechセンター長の別所昌樹氏からは「プライバシーの経済学入門」というテーマで、中央銀行だからこそ考えるべきプライバシー保護の観点や議題について解説がなされた。個人データが識別されない形で大規模データセットによる学習ができるようにする「差分プライバシー」や、人々が表明する望ましいプライバシー保護と実際の行動に解離が生ずる「プライバシー・パラドックス」、そしてある人が秘匿した情報が第三者の開示した情報から類推されてしまう「個人情報の負の外部性」など、アイデンティティにまつわる重大な議題が解説された。諸外国において中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)の発行に関する議論が活発化しているからこそ、日本銀行としてもプライバシー保護への関心が高まっているというわけだ。
最後に、モデレータを努めた副島豊氏(日本銀行 金融研究所 所長)より締めの言葉が述べられた。
「本日は4つ紹介させていただきましたが、それぞれ全然毛色が違っていて、いかに中央銀行が対応していかねばならない問題が多様化してるかの一端をご紹介できたと思います。この他にも色々なトピックを各SNSで発信しておりますので、ぜひ購読していただければと思います」(副島氏)
編集後記
金融DXサミットで日本銀行企画セッションがあるということで、予習も込めて、日本橋にある「日本銀行金融研究所貨幣博物館」へとカンファレンス前に訪問してみたのですが、これが面白いのです。
古代・中世・近世・近代・現代と、一貫してお金という軸での日本の変遷が詳しく解説されていまして、お金そのものの役割をじっくりと考えるきっかけが与えられます。
また個人的にお勧めしたいのが、館内に設置されている、日本銀行が発行している広報誌「にちぎん」。
しっかりと作成されているものでして、各冊子にある「フォーカスBOJ」(BOJとはBank Of Japanの略)というコーナーでは、現場発の業務紹介記事として、日銀内の様々な部署の具体的な業務内容が紹介されています。今回のセッションもそうですが、「日本銀行って、こんなこともやってるんだ」という発見につながる内容となっており、読んでいて非常に新鮮です。
LoveTech Mediaでは金融DXサミットの冒頭2記事を日銀企画セッションでスタートしたわけですが、本記事群を読んで「お金の仕組み」に興味を持たれた方は、貨幣博物館もオススメですよ。
金融DXサミット レポートシリーズ by LoveTech Media
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