2021年9月29日(水)〜10月1日(金)にかけて東京・日本橋の会場およびオンライン配信のハイブリッド形式で開催された、日本経済新聞社主催の『金融DXサミット』(Financial DX/SUM、読み方:ファイナンシャル・ディークロッサム)。「持続可能な社会へ向けて加速するデジタル変革」というテーマのもと、国内外より、金融領域に関わる事業者や技術者・研究者、当局者、教育関係者などの様々なステークホルダーが一堂に会し、「金融 × DX」を軸とした多様なディスカッションを繰り広げた。
今回は「DXを成功させるデータの活かし方」というテーマで設置されたセッションの様子をお伝えする。デジタルデータの利活用は、金融機関はもとより、すべての企業にとってDXの主要テーマかつ重要な経営課題となっている。ただ、それを収益に結びつけるためには、さまざまな工夫やアイデアが求められるのも事実だろう。本セッションでは、顧客情報をはじめとした保有データを有効かつ安全に活用してDXを成功させる方法について、様々な観点からの意見が飛び交った。
- 一本木 真史(MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス 執行役員 グループCDO CIO CISO)
- 柘植 朋紘(キーエンス データアナリティクス事業グループ マネージャ)
- 平野 未来(シナモンAI 代表取締役社長CEO)
- 柳川 範之(東京大学大学院 経済学研究科 教授)
- 滝田 洋一(日本経済新聞社 編集局 編集委員)※モデレーター
損保領域におけるDXとは
まずはMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスのDXについて。同社は、傘下にあいおいニッセイ同和や三井住友海上などの損害保険会社を持つ金融グループの持株会社だ。そこでデジタライゼーション推進(CDO)、IT推進(CIO)、および情報セキュリティ(CISO)の執行責任を務めるのが一本木真史氏である。
同社では「グローバルな保険・金融サービス事業を通じて安心と安全を提供し、活力ある社会の発展と地球の健やかな未来を支えます」というミッションを掲げ、そのための重要な戦略を「CSV × DX」と定義しているという。
「社会との共通価値を創出して、かつ課題を解決していく。そのために、DXを使って進めていくという戦略を立てています」(一本木氏)
一般的に「保険」と聞くと、何らかの保証を提供するための契約締結から、事故等があった場合の保険金の支払いをイメージするだろうが、同社ではその機能をより広く「保証の前後における提供価値」と捉え、それにまつわる社会課題を解決するために、より付加価値の高いバリューを提供する取り組みを実践しているという。
「保証の前段階の施策としては、リスクを検知し、事故を予知することができないかということです。それを顧客に提供できれば、そもそもの事故が減っていくという効果があるわけです。テレマティックス保険などはその一例です。自動車にセンサをつけて運転挙動をとることで顧客のリスク分析を進める。その結果を保険料に反映することができますし、必要に応じてアラートやアドバイスを提供することもできます。これは専用のデバイスでなくとも、例えばドライブレコーダーの機能でも実現できます」(一本木氏)
また保証の後段階施策としては、「事故後に被害をなるべく小さくし、回復を早くする」、つまり保険金をなるべく早く支払う取り組みを進めており、ここが特にDXの効果が高い領域だと一本木氏は強調する。
「例えば自動車保険の場合、ドライブレコーダーの映像からAIを使って事故状況を分析することで、過失割合を算定できるでしょう。また、例えば洪水のような事態が発生した時は、ドローンを飛ばして空撮画像を撮り、それAIに学習させることで浸水の深さを算定し、現地に行かずとも保険金を支払うことができるようになるでしょう。このように早期に回復を測っていくという取り組みの事例が多数出てきています」(一本木氏)
大企業にオススメの「DXパーパス」
これに対して、AI-OCRや音声認識、自然言語処理をはじめとする様々なAI技術を活用して業務効率化等の支援を行う株式会社シナモンCEOの平野未来氏は、DXのフェーズには大きく以下5つのフェーズがあると説明する。
- 未着手
- 間接部門における業務効率化
- 直接部門における業務効率化
- 新規事業の創出
- 本業におけるDX
「私たちは、フェーズ4〜5にコミットしているのですが、まだまだ数が少ない状況でして、1〜5を一気通貫にてご支援をしています」(平野氏)
その中で、今回のテーマである「データの活用」についても非常に多くの相談が寄せられていると言うが、平野氏によると、相談の前提となる認識に齟齬があるケースが多いという。
「データが沢山あるのですぐに活用したい、というご相談を多く受けるのですが、私の意見としては、それは間違っています。データから考えると部分最適に収まってしまい、結果としてビジネスインパクトはすごく小さくなってしまいます。ではどう考えたら良いのかというと、「パーパス」からです。
どういう世界を作りたくって、どういう顧客に対して、どういう体験を提供できるのか。この元となるものがあった上で、どういうアプローチになるのかが見えてきます。アプローチが決まったら、どういうAIが必要になるのかが見えてきますし、どういうAIが必要かが決まれば、そのためにどういうデータが必要かが分かってきます。こういう順番だと思います」(平野氏)
また、政府の経済財政諮問会議の民間議員として経済政策のプランニング等に従事してきた柳川範之氏(東京大学大学院 経済学研究科 教授)は、DXというものを「今まで得られなかった情報やデータを活用して、社会全体で付加価値を高めていくこと」だと定義した上で、以下のようにコメントする。
「今まで得られなかった情報とは何かというのを考えるのがポイントです。例えばIoTやセンサなどの新たなデバイスを使ってデジタル情報にしておくことが重要なわけですが、日本はここが欠けていました。知見はあるが、デジタル化されていないから分析ができなかったわけです。
何のためにデータを活用して、どう付加価値を高めていくのか。これがないと、なかなか大きなメリットは出てこないと思います」(柳川氏)
もちろん、自動化などである種のコスト削減につながることはある。だが、ここだけでは限界があるだろうと柳川氏は警笛を鳴らす。
「私としては、特に日本企業はここだけで押し進めるのは限界があると思います。例えばDXが進んだからといって、すぐに人を解雇するということはなかなかできないでしょうから、人件費はそう簡単には減りません。極端な例を考えると、人件費は減らず、AI導入の費用のみが上がって、結果としてコスト増になるというケースも考えられ、実際にそういうお悩みを伺ったこともあります」(柳川氏)
これに対して平野氏は、「DXパーパス」という考え方を推奨しているとコメントした。
「まさに大企業の目的設定部分の課題につながるお話でして、本当にその通りだと思います。その中で私がオススメしているのは、「DXパーパスを設定する」ということです。今様々な企業がパーパスを設定していると思いますが、特に大企業のパーパスは抽象的になりがちだと考えています。これに対して「DXパーパス」を考えると、日々変わりゆくデジタルの力を使うことでどういう世界が実現しうるのかを、臨場感高く“ひと言”で言えるようになるでしょう」(平野氏)
スモールサクセスを積み上げる進め方こそが成功要因
新しく会社を作ってデジタル社会にフィットするような組織体制を整備できるのであれば、それに越したことはない。だが、既に大きな組織を擁する大企業の場合、なかなかそのようなドラスティックな変革は難しいのが実情だろう。
では、大企業はどのようにDXへと対応するべきなのだろうか。グローバル従業員数が1万名にものぼる株式会社キーエンスにて、データアナリティクス事業を統括している柘植朋紘氏からは、以下のようなデータ活用における「産みの苦しみ」が述べられた。
「キーエンスは“データを科学する会社”として、よく「理系出身のメンバーが多い」という印象をもたれるのですが、そんなことはなく、メンバーの半分以上は営業に関する職種で、ほとんどは文系です。
そんな会社でデータ活用をどこから着手したのか。正直なところ、ここ十数年間もがき苦しんできまして、かなり色々な苦戦がありました。まずは“データがない”の壁。営業がちゃんとデータ入力をしない問題です。次に、“データがあっても分析の仕方がわからない”の壁です。そして最後は“現場展開の壁”です」(柘植氏)
では、具体的にどのようにして同社のデータ活用が進み、営業利益率51.4%(2020年度の連結経営指標)をたたき出しているのだろうか。そこには、小さな成功体験の積み重ねの大切さがあったという。
「この十数年の中で一番うまくいったアプローチとしては、壮大な資料を作って壮大な組織を社内で作って、大きくトップダウンで進め“なかったこと”です。つまり、スモールサクセスを積み上げていくという進め方です。例えばA4一枚のなぐり書きで企画してみて、社内の仲良し2人で始めてみる。そうすると試行回数の桁が大きく増えるので、結果として大きなインパクトを与えられるようになりました。
まとめると、小さく始めて、でもそれを高速回転でどんどんとやっていくという進め方がオススメかなと思います」(柘植氏)
同様に、大企業グループとなるMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスでは、最初こそ小さな専門部署を作り、そこを中心にDX施策を走らせてきたが、最近では次のフェーズへと移行しているという。
「結局のところ、お客様や社会の課題を解決する際に、その課題に対する感度や解決のスキルを、全社員が最低限持つ必要があるのだろうと考えています。その実現のために、専用のプログラムを作って、全社員に展開することを現在では進めています。もちろん社内で完結するプログラムもありますが、大学のような外部機関とのタイアップもしていまして、そこで社員専用プログラムの作成や教育の実施などをしてもらっています」(一本木氏)
例えば、2020年4月に新設された京都先端科学大学工学部が主体となって開発した完全オンライン型研修プログラム「MS&ADデジタルカレッジ from京都」では、IoTやデータサイエンス等を専門とする人材が研修講師を担うという。受講者は、オンラインを通じた実習を通じてドローンやIoTセンサー等のテクノロジーに触れ、データ取得から活用までの知識を習得できるように設計されているという。また、東洋大学 情報連携学部と連携した研修プログラム「MS&ADデジタルアカデミー」では、デジタル事業創造人財を育成する「ビジネスデザインコース」と、ハイレベルな分析業務を遂行する「データサイエンティストコース」の2コースが設けられており、DXを牽引する即戦力人財の育成に注力しているという。
さらに同社では、“意識づけ”という観点で、DXを使った新規ビジネスのアイデアコンテスト「デジタルイノベーション・チャレンジプログラム」も行っている。グループ従業員からデジタル活用による課題解決アイデアを募集し、実現可能性のある案件に関しては会社が支援をして事業化するというものである。
「今年で3年目になりまして、グループ全体で応募が2,700件、中身を精査して現在28件に絞って実現可能性を見極めています。顧客と向き合っているのは全社員なので、このような課題を抽出できる仕組みを作っていく必要があると考えています」(一本木氏)
一人ひとりの「自分ごと化」が最大の難所
大企業のDXという観点で、平野氏は課題として「経路依存性」も挙げる。経路依存性とは、もともとは経済学用語として開発された考え方で、端的に表現すると、過去になされた決定や経緯について、既に当時とは状況が異なっているにもかかわらず縛られてしまっている状況のことだ。
大企業の場合、新卒入社して同質的な教育を受けることが多いからこそ、人材も均質化する傾向があると言える。そうなると、イノベーションを進めるのにはどうしても難しい土壌になっていると、平野氏は指摘する。
「経路依存性が高い企業は、心理的柔軟性が低い企業とほぼ同義だと言えます。そうなると、例え素晴らしいパーパスがあったとしても、それを各メンバーが自分ごと化できない状況になります。ここが一番難しいところだと思っています。
先ほどDXの5フェーズをお伝えしましたが、実は4段階目までは難易度がさほど高くありません。新規事業は一部の小さいチームでやればいいので、そのチームに新しい物好きなイノベーティブな人をアサインできれば成果をあげることができると思います。でも、最終フェーズの本業におけるDXとなると、それこそ色々な部署とものすごく調整して進めていかねばなりません。私たちはAI企業ではありますが、組織コンサル的なこともしなければいけないのかな、と思っているところです」(平野氏)
その上で最後に、柳川氏より本セッションのまとめが述べられた。
「新規事業だけでなくスモールサクセスとスモールフェールを繰り返しながら、顧客ニーズを探って解決していく。顧客ニーズが分かってくると、次第に自分たちだけの製品だけでは満足を提供できないことも判明してくるでしょうから、他産業などとの連携もどうしても出てくることになります。経済全体で言うと、そのような横の連携があちこちで芽生えることで、経済全体のDXにつながっていくのだろうと感じますし、このような動きを促進して、政策面でもしっかりやっていくべきと思いました」(柳川氏)
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