これまで経済成長を続けることで豊かさを得てきた我々の暮らし。
2月22日、「モノと心の調和」をはじめ、「経済成長をしない幸せな社会」がテーマの次世代に向けたオンラインセミナー「“最適化社会”実現 Forum 2021 第1回」が開催された。
同セミナーのパネラーは、下記の通り。
- 二之湯武史(元自民党参議院議員)
- 熊平美香(文部科学省国立大学法人評価委員会委員、ハーバード・ビジネススクール・グローバルアドバイザリーボード メンバー)
- 武井浩三氏(社会システムデザイナー)
- 萩原典子(GCストーリー株式会社 常務取締役)
- 宍戸幹夫(一般社団法人Zen2.0 代表理事)
- 岩波直樹(株式会社eumo 取締役、株式会社ワークハピネス Co-Founder)
政治家の二之湯武史氏による著書『最適化社会 日本 幸せの国のつくり方』に上記パネラー陣が感銘を受けたことから、今回のイベント開催につながったという。
当日は、これからの時代を豊かな社会にしていくためのグランドデザインが描かれた同書をベースに、次世代の幸せのあり方、日本が進むべき方向性について話し合われた。
セミナーを一部抜粋の上、レポートしたい。
国民の価値観は進化するも、価値観がアップデートできずにいる日本のリーダー
二之湯氏は国会議員時代、TPP関連について、「自由貿易化が進み、弱肉強食のジャングルにしてはならない」という明確な考え方を示していた。
景気回復や貿易を増やすこと、それから外国人観光客をいかに増やすか?さらには地元の高速道路をどうするか?といったことを考える国会議員は多く、経済成長を優先に考えるほかの政治家とは一線を画す点が、まずは興味深い。
そして「日本がTPPを主導する以上、共存共栄の仕組みを提唱し、弱肉強食の資本主義をなんとかしよう」という考え方に共感したのが、今回のパネラー陣だったという。
国会議員時代、二之湯氏が感じたことは、率直にモノを言ったり考えたりする議員が少ないということ。欲望剥き出しの経済の仕組みは地球と共生可能なのか?と文明論的に考える議員はいないに等しかったという。
国をあげてのオリンピックひとつをとっても、意固地なスタンスが見受けられる今、二之湯氏の次の言及には深く頷けるものがある。
「国民の価値観は時代にともない進化しているが、肝心の政治リーダーや経団連は70代以上のおじいちゃんが中心。戦後モデルの理想を引きずり、時代についてきていない。今私たちがどんな時代に生きているかと考えられる哲学的なリーダーが今こそ必要だと思います。」(二之湯氏)
続けて、時代の流れとともに豊かさの概念が変化してきた経緯について語る二之湯氏。
「僕たちの親の団塊世代は、アメリカの黄金期と同様、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの三種の神器に象徴されるように、日に日に物質的に豊かになることが、幸福のかたちでした。サラリーマンとして働く中で、組織からの圧力や同調圧力もあったが、その代償として年々給料も上がり、豊かになり、バブル以降は幸せが多様化していった」(二之湯氏)
そこから情報化社会となり、市場主義の万能論や効率性が正義とされた結果、経済規模は劇的に成長。ただし、その恩恵は著しく偏り、わずか数%の人が富を独占するようになった。
ネットをはじめとする情報技術の進化により、ビッグデータを最適化する技術も開発できた今、働き方や人生設計は工業社会時代から比べると多様化し、個々の能力も生かせるようになったと指摘。そして次の“最適化社会”は、「すべての人の個性が生かせる入口となる第4ステージ」だと、二之湯氏は語る。
ティール組織で自律分散型の仕組みや経済圏を実践
一方、社会システムデザイナーとして活動する武井浩三氏は、現在、信頼で結びついているメンバーやチームが自己組織化するティール組織として、自律分散型の組織を広める活動やお金を介在させない経済圏を作る取り組みを実践している。
その上で、お金がなくても豊かな社会は実現し得ると感じ、貨幣に頼って生きるのは肌感覚的に難しいのではと考え、活動しているという。
自律分散型の経営については、GCストーリー株式会社 常務取締役の荻原典子氏も、15年前より実践を続けている人物のお一人だ。
萩原氏は社員が幸せになることを念頭に経営を続けている経営者として、一人ひとりの反応や意識変容に興味を持ち、心の持ちようを追求してきた中での見解を語った。
「日本の若者の自殺率は高く、しかもそれが死因の1位。ジェンダーギャップについても年々ランキングが下がっています。日本の幸福度や自己肯定感が低いことにも違和感を感じています。我々は「育児休暇をとる」と言えば女性を想定するが、それは日本社会の固定概念。次世代に向けた意識変容と心へのアプローチができる社会システムの構築は、日本の将来に重要です。」(萩原氏)
一方、日本の精神文化がグローバルでも必要になると考え、禅を広める活動をする一般社団法人Zen2.0 代表理事の宍戸幹夫氏は、大きな変革の時代において、日本ができる役割があると指摘している。
10年前から「未来教育会議」などを立ち上げ、子どもの貧困や女性の活動支援に貢献してきた熊平美香氏が述べた根本的な課題についても、考えさせられるものがあった。
「主体性を育む教育は日本に不足しています。日本の男性社会が問題をより深刻化しているのではないかと考え、女性の活動支援もしてきたが、政治の正解は超ドメスティック。今やグローバルが視野に入っていないのは政治の世界だけではないでしょうか。」(熊平氏)
一方、元銀行員でありながら、ワークハピネスを共同創業し、現在はeumoでポスト資本主義の次世代社会システムの研究や実践に取り組むのは、岩波直樹氏。
「固定観念や今までの常識からは次の社会は絶対に生まれてこない。今までの常識よりもさらに広い範囲でものを認識していく必要がある。経済成長しない幸せなんてあり得ないという感覚の人の方が常識人、しかし実際にそういう時代が来ている。認識の拡大が重要で、これからの時代にどんな社会を創るのかということを今までの常識を超えて大人1人1人がちゃんと考えることが重要です。」(岩波氏)
日本の「失われた30年」は本当に不幸だったのか?
それに対し、収入が増えなくても幸せになれるかを実践しているのは、実は日本だと指摘したのは、二之湯氏。実際、1990年をピークに日本では、この30年間平均年収が上がっておらず、経済成長していないという。
「停滞して失われた30年だとネガティブに評価されるが、どう評価しますか?」という二之湯氏の問いに対し、「自覚的ではないが、むしろ生きやすくなっている」と答えたのは、宍戸氏。
熊平氏は、かつて企業で研修の仕事をしいていたとき、付加価値を生まない仕事に幸せを感じられたなかったという。ビジョンのない人材育成は、課題の解決といった前進するものではなく、価値を生まないものだと振り返った。
萩原氏からは、「お金がないと不幸せな人もいるが、幸せを感じる力こそ必要」という意見も。それを受けて二之湯氏は、これからの文化や心の時代に向けて生きる世代と親世代の価値観のギャップを指摘した。
「文化や心の時代には、モノの絶対的な価値基準から、相対的な価値基準に変化していきます。バブル期までは前者が絶対基準であり、一人ひとりが自分の価値観を持てない時代でもあった。そうした世代が子どもに新しい価値観を与えられていないという構造的な問題があります。」(二之湯氏)
加えて、企業の役割があらためて問い直される時代にあると見解を述べたのは、熊平氏。
「高度成長期は企業の役割として、社会保障システムも果たしていました。全ての社員が、能力に応じて定年まで安心して働くことができたわけです。金融のビッグバン以降、企業は株主のために収益を上げなければならず、日本型経営が崩れたために、多くの人が不安になっていると思う。企業と社会保障の役割を再定義する必要があるのではないでしょうか。」(熊平氏)
80年代生まれの武井氏は、デフレ経済下で生きてきた世代。実は経済成長をしない中でも幸せはあったことを振り返る。
「僕たちは吉野家の牛丼を食べてファストファッションでおしゃれしてきた世代。日本の平均年収は減っていても、車を持たずに不便なく暮らし、安くやりくりする術も持っています。同世代には、上場企業の代表なのに狭いワンルームに住む人も。ぜいたくを最上としてきた世代ではありません。」(武井氏)
実は経済成長をせずに幸せな社会を築いてきた日本と新自由主義の歪み
それを受けて二之湯氏は、「これだけあれば十分」という度合いは人によって異なり、絶対的な基準はないが、新自由主義で格差が進む仕組みは是正すべきだと主張する。
「生まれつきの境遇による不平等は是正すべき。そうした問題を市場に突っ込んで問題を解決する社会はあまりにも冷たいです。すでに経営者は稼いだ者勝ち、株価を上げた者勝ちといったモラルは世界的になくなりつつあります。」(二之湯氏)
子どもや女性に寄り添う活動を続けてきた熊平氏からは、経済的な自立をゴールとし、どの子どもにも等しくベースの環境が必要という意見も出された。その最低ラインが担保できない人がいる中で、人の尊厳がちゃんと守られる幸せの定義が、オランダなど北欧にはあるという。
また、不動産領域でのITサービスも手がける武井氏からは、新自由主義と不動産業界の弊害についても語られた。
「不動産業界では、そもそも新自由主義と相性が悪いです。公共性がある街で、何にどれだけ投資したら儲かるかという力学で街づくりをした結果、空き家問題、スポンジ化現象が起きているわけです。しかもそれを先導しているのは、業界の上場企業。当然、上場しているから増収増益しないといけないが、人口が減少する中で、歪みが顕在化していることになります。」(武井氏)
新自由主義の社会で、企業の成長圧力を弱めるには?
新自由主義下では、市場ですべてを解決し、企業は株主のものという常識がある。それに違和感を感じるという意見が出される中、2022年に施行される「共同労働」について意見を述べたのは、引き続き武井氏。
「ついに2022年に施行される『共同労働』は、働く人自ら出資して労働する仕組みです。法人格も民間も求める企業のあり方ではないでしょうか。現行だと企業は公のものといいながら、株主のもので、創業者が意図せず大金持ちになる仕組みでした。『共同労働』は働く人の価値観やポリシーが見えやすく、若い人が入りやすいのではないでしょうか。」(武井氏)
さらに、欧州ではAirbnbやUberのドライバーは基本的に資本家から搾取され、稼げない仕事という認識が強くあり、その対局の仕組みとして武井氏は、イタリアで生まれた組合型の組織についても紹介した。
「Fairbnbは、地域住民などが少しずつ出資した民泊組織です。要するに、泊まった場所の利益は地域のみんなでシェアする仕組みです。まだあまり認知されていませんが、今後運営が軌道に乗れば、5〜10年後にはAirbnbを凌ぐスタートアップになるかもしれません。」(武井氏)
この画期的な仕組みを聞いて一気に盛り上がるパネラー陣。各者から次のような意見が述べられた。
「今の時代、価格ではない本当の意味での価値を生み出すことが重要。シェアリングエコノミーが広がれば、間違いなくGDPは伸びなくなるが、体験価値は同じか上がっている可能性すらある。そもそも、若い世代は右肩上がりの経済成長を経験していないので、経済成長(GDP)がマストだと思う人は少ないが、企業とか政治家とか、今意思決定をしている世代は未だに経済成長ありきの人が多い。右肩上がりの時代を謳歌した経験があるから。こうしたことを少しずつ変えていくためには、本当に自分が価値だと思うことをやっていくこと、また、生きる価値について真剣に考えていくこと、そのためにも画一化ではない教育が必要だと思います。」(岩波氏)
「多様性のある社会において、お金は悪ではなく、あくまでバランスが必要です。稼ぐ人とそうではない人がいることを受け止められないと、生きるのが苦しくなるのではないでしょうか。」(宍戸氏)
「松下幸之助も言っているように、人は調和を作れる唯一の生き物。理論で解決もできるが、究極的には調和が大事です。使命や適正、個性を持って生まれ、それを最大限自由に生かし、社会が調和して最適化される。桜はきれいだが、全部桜ではつまらない。お金を稼ぐ人ばかりでもダメだし、草を食べる鹿ばかりでも草を食べ尽くしてなくなってしまいます。バランスをとるには肉食のライオンも時には必要で、大いなる調和を意識する必要があるでしょう。」(二之湯氏)
心や文化の時代に求められるリーダー像と教育のあり方
最後に、画一化、標準化された工業社会では、年収や偏差値などで幸せを図ることの弊害があったことを指摘する二之湯氏。これからの心の時代、文化の時代は、究極には自分なりの死生観にフォーカスし、リーダーのあるべき姿について意見を述べた。
「まずは社会のリーダーが変わるべきです。教師は特に重要で、戦前までは聖職でした。特に公の教育は最適化が一番進んでおらず、教師は確固たる資格の世界で、免許がないとできない世界で閉じられています。経営者も同様に、上に立つ側の人がいち早く変わるべきでしょう。」(二之湯氏)
「こうあるべき」という基準の中で子どもが育つと、人の押し付けによって自分の幸せの定義が破綻することを懸念し、破綻しつつある教育現場を指摘したのは、熊平氏。
「教育現場はすでに債務超過です。子どもたちは宿題に追われ、学校に行っているのに塾に行かないと学力が追いつかない一方で、先生たちは学期ごとに教科書をこなすのに精一杯。先生たちは学校であらゆる使命を果たしているけれど、そもそも教育の目的がずれているから気の毒です。」(熊平氏)
そして、今の不寛容な社会について意見を述べたのは、岩波氏である。
「自殺率の高さの根底にあるのは、社会の不寛容さだと思います。もちろん、根底的な自己の自信につながる教育も大事です。そうした教育がないと自分が何者かわからないし、自分を生きることができない。自分が我慢していることをひとがやっていると頭に来て否定する。何かちょっと違ったことを言えばすぐ批判される社会にあり、富のトリクルダウンは起きなかったが、抑圧のトリクルダウンはすぐに起きて、それが拡大再生産されいます。麹町中学元校長の工藤勇一氏しかり、業界の常識を覆すような新しい取り組みを始めた先生が現れるなど、そういう人たちが業界を越境してつながることで、少しずつ社会が変わるのではないでしょうか。」(岩波氏)
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特に若い世代は、社会の価値基準が肌感覚で変わりつつあることを感じている人も多いだろう。
経済成長という力学だけでは計れない幸せの価値基準は、結局は自分次第ではあるが、同セミナーを通じて、政治リーダーや教育の問題など、根底から変えるべき課題をあらためて考えさせられた。