目前に迫る2025年問題。介護給付額は19.8兆円に
時代は令和に突入し着々と近づいている「2025年問題」。以前より懸念されていた、約800万人いる団塊世代の全てが後期高齢者(75歳以上)に達し、介護・医療費などの社会保障費が急増する問題が、いよいよ目前に迫っている状況だ。
内閣府が提供する社会保障給付費の推移等がこちら(作成は厚生労働省)。
引用:内閣府「社会保障給付費の推移等」
年々増加する社会保障給付の中でも、例えば介護給付額に目を向けると、2012年に8.4兆円だった金額が、2025年には19.8兆円にも膨れ上がる。10年強で約2.35倍になる計算だ。
またこれに併せて課題となるのが、介護職員の圧倒的不足。今のままでは2025年時点で、約55万人の介護人材が需要に満たないと推定されており、業界全体の構造的な課題として横たわっている。
引用:厚生労働省「2040年頃の社会保障を取り巻く環境」41頁
そんな来たる国難に向け、愛×ICTの精神で介護福祉プラットフォーム構築を進めているのが株式会社ウェルモ。介護の地域資源情報を集約するプラットフォーム「MILMO」や、児童発達支援・放課後等デイサービス「UNICO」等の事業展開をするソーシャルベンチャーである。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/welmo20180803/”]中でも当メディアが注目しているのが、同社が開発を進めるAIエンジン搭載システム「ケアプランアシスタント」。ケアマネジャーが作成するケアプランの作成を、AIがサポートしてくれるものだ。ケアマネジメントの質のバラツキや生産性向上が喫緊の課題であるからこそ、AI を活用したケアプラン作成支援への期待は大きいと言える。
本記事では、ケアプランアシスタント開発の介護業界的背景と、2019年12月神奈川県某所にて行われたケアプランアシスタント実証実験会の様子、および2020年6月に発表された実証結果についてご紹介する。
2019年12月実証実験会で事業説明をする株式会社ウェルモ 代表取締役CEO 鹿野佑介氏
ケアマネジメントの現場に潜む「64%」問題
この64%という数字が何かというと、これは「求められる役割に対して、知識や能力が不足している」ことを起因として業務上の“不安”があるケアマネジャー(以下、ケアマネ)の割合である。
ケアマネジャーとして業務を行う上での不安要素(平成30年度調査 居宅介護支援事業所及び介護支援専門員の業務等の実態に関する調査研究事業 p160)
ケアマネが関わる支援内容は、ざっと挙げただけでも以下の通りである。
居宅介護支援、訪問介護(ホームヘルプ)、訪問入浴、訪問介護、訪問リハビリ、夜間対応型訪問介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、通所介護(デイサービス)、通所リハビリ、地域密着型通所介護、療養通所介護、認知症対応型通所介護、小規模多機能型居宅介護、複合型サービス(看護小規模多機能型居宅介護)、短期入所生活介護(ショートステイ)、短期入所療養介護、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設(老健)、介護療養型医療施設、特定施設入居者生活介護(有料老人ホーム等)、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、地域密着型特定施設入居者生活介護、福祉用具貸与、特定福祉用具販売
2015年度における居宅介護支援の費用額は約4,860億円であるが、ケアマネによる上述の業務を通じた社会的インパクトは約11兆円。6割以上が不安を抱えながら仕事をするということは、数兆円の給付意思決定が不安を抱えた相談援助業務によって成り立っているということ。もちろん、不安と質が必ずしも比例するわけではないにせよ、非常に由々しき事態である。
では、なぜケアマネがこんなに不安なのかというと、大きく分けて以下3要因が考えられる。
- 必要な知識が多い
- 学ぶ機会が少ない
- 毎日が多忙
そもそもケアマネジャーとは、介護支援専門員実務研修受講試験(所謂、ケアマネジャー試験)に合格し、実務研修修了後に各都道府県に登録することで活動できる公的資格であるが、必要とされる職能は医療・看護・介護・生活支援・理学療法・作業療法・言語聴覚など多岐にわたる。
一方で、資格取得者のバックボーンは看護師や理学療法士、介護福祉士など様々なので、それぞれの所有資格によって知識量に相当のバラツキが発生してしまう。
「そうは言っても人の命を預かってるわけだから、勉強してカバーするべきでしょ」
こう思う方は多いだろうし正論であるが、現場目線としてケアマネの毎日は極めて忙しい。上述のケアプラン作成はもとより、複数人数分のアセスメント作成や営業の電話、施設秋状況の問い合わせなど、とにかくやることが多い。また、一人ケアマネのケースも多いので、先輩ケアマネに聞く機会もない。
こんな現状だからこそ、約半数のケアマネが「不安」なのである。
介護のAI活用を政府も積極支援
このような構造的課題に対して、政府は打開策のワンアプローチとして「ケアプランのAI化」を推進している。
2016年「未来投資会議」においてAI支援によるケアプラン作成を目指す旨を発表したことを皮切りに、2017年の未来投資戦略(未来投資戦略2017)では「健康寿命の延伸」における一施策として、データ・AIを活用した最適なケアプランによる要介護度改善を目指す(※)とした。
※「未来投資戦略2017 Society 5.0の実現に向けた改革」p16
さらに翌年の未来投資戦略2018では、「次世代ヘルスケア・システムの構築プロジェクト」推進に併せて、介護分野における多職種の介護情報の連携と活用や、そのためのロボット・センサー、AI 技術等の開発・導入が明記(※)。居宅介護支援事業所とサービス提供事業所間における情報連携の標準仕様検討や、ロボットなどの技術革新の評価に必要なデータの種類や取得方法など、効果検証に関するルール整理も進むこととなった。
※「「未来投資戦略2018」(案)本文(第2「具体的施策」)」p27〜
要するに、介護 × AIに掛かる国家予算は、着実に増大しているということだ。
知識と文章作成で、ケアマネを「支える」AIシステム
そんな中、ウェルモが開発を進めるAIエンジン搭載型システム「ケアプランアシスタント(以下、CPA)」は、ケアマネを「支える」という視点で設計されたものだという。
「AI化」という言葉を聞くと、全自動で全ての業務をワンストップで処理してくれる魔法のシステム化と考える方がいまだにいるかもしれないが、そもそも今のAIではできることに限りがある上に、ケアプランは最終的には利用者とケアマネの対話によって出来上がっていくべきもの。AIの役割はあくまで“サポート”にあって、業務遂行の主体にはなり得ない、というのが同社の考え方だ。
CPAでは、ケアプラン作成時における知識の標準化を行い、作業負荷を軽減し、ケアマネジャーが利用者に寄り添うための余裕を生み出す。
ケアプランアシスタントβ版の画面
具体的には、医療看護や介護といった各分野のガイドラインおよび関連書籍等エビデンスに基づく知識データと、膨大なケアプランデータをベースにした介護課題からのケア内容推論文章作成機能を通じて、利用者の状態に合わせたケアプラン作成のナビゲーションを担ってくれる。ケアマネ支援に特化した、独自のコグニティブシステムと言えるだろう。
平成27年度調査におけるケアマネの不安に関する表を確認すると、経験年数が少ないほどに不安と感じる割合は高くなる。教科書知識はもちろん、ケアプラン作成にかかる知識・経験などが圧倒的に少ないので、当然と言えば当然だろう。
ケアマネジャー経験年数別勤務上の悩み(ケアマネジャー調査票)(平成27年 厚生労働省 居宅介護支援事業所及び介護支援専門員の業務等の実態に関する調査研究事業 p46)
だからこそCPAは、新任のケアマネの基礎能力底上げについて、特に効果を発揮することが期待されているわけだ。
39名のケアマネによるケーススタディ実証実験会
「理論上では効果がありそうだけど、実際に現場で使えるものなのか」
CPAの話をすると、一定の割合でこのような意見を聞くことがある。もっともな感想だ。そのため同社では、開発と並行して実際のケアマネの方々に使ってもらうフィールドワーク等を定期的に実施している。当メディアが昨年12月に訪れた実証実験会は、その大規模版と言えるだろう。
具体的には、令和元年度厚生労働省老人保健健康増進等事業「AIを活用したケアプラン作成支援の実用化に向けた調査研究」(実施主体:株式会社NTTデータ経営研究所)の実証の一環として行われたもの。またそれとは別の観点で、横浜市との「介護分野におけるオープンイノベーションによる課題解決に関する研究協定」に基づくAIによるケアプラン作成支援の取組みの一環でもあった。
冒頭挨拶をする横浜市健康福祉局 恒例在宅支援課 本間課長
横浜市との取り組みの発表内容については、2019年3月の会見記事もご参照いただきたい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/20190322yokohamacity/”]実証実験会当日は、同市の協力によって39名のケアマネが公募を経て集合。
CPAを活用する場合と活用しない場合の2パターンでケアプラン第二表原案を作成してもらい、所要時間の計測や事後アンケートに回答するという、ケーススタディ方式で進められていった。
前半はCPAを使ってケアプラン第二表原案を作成
後半は一般的なExcelを使ってケアプラン第二表原案を作成
CPAを通じてフィードバックされた、具体的な効果と感触
それから約半年。厚労省事業なので公表に時間がかかったが、実証実験会の結果が発表された。要旨としては以下の通りで、新任ケアマネジャーの基礎力の底上げ、業務効率化、ケアマネジメントの質の向上について、一定の効果が確認できた。
以下、それぞれの詳細である。
1)新任ケアマネへの効果実感:93.1%
実務経験年数5年以上のケアマネジャー(n=29)に対して経験年数5年未満のケアマネジャーが使用した際に期待できる効果を尋ねた結果、93.1%が提示された医療知識から「新たな知識や気づきを得ることができる」と回答した。また、85.7~92.9%が様々な負担の軽減も期待できると回答した。
2)知識活用のしやすさ実感:82.1%
82.1%のケアマネジャーが、提示された医療知識が利用者への説明の根拠として活用しやすいと感じた。また、提示された事例集も、66.7%が利用者への説明として活用しやすいと回答した。
3)情報収集負担の軽減実感:82.1%
82.1%のケアマネジャーが、「ケアプランアシスタント」を利用することで、情報収集の負担が軽減すると感じた。課題や目標設定についても、71.8%が負担軽減を感じた。
4)ケアプラン作成時間の軽減:約15分
ケアプラン第二表の原案作成時間が約35~40%(15分)短縮された。
実証実験会では写真の通り、“ケアプラン作成”のみに集中できる環境を用意して比較を行っているが、実務ではケアプラン作成中にも電話や訪問などが発生する。前提の環境が異なるため、この効果が必ずしも実際の現場での第二表原案作成で楽器されるわけではないだろうが、とは言え、近くで実証実験会の様子を見ていた立場としては、蓄積されたデータに基づくサジェストが表示され選択できるのは、相談先のいない現場のケアマネにとっては、特に精神的余裕に繋がるだろうと感じた次第だ。
説明可能な介護を目指す、説明可能なAI
AIの活用が進むことで、人が本来的な業務に集中できるのが非常にありがたいことだが、一方でディープラーニング等AI技術における“判断プロセス”がブラックボックス化して、アウトプットへの根拠を説明できないことが問題にもなっている。医療や金融といった、ミッションクリティカルな業界では致命的な事態に発展しかねないのも事実だ。
これに対して各界では、「説明可能なAI」として、アウトプットに到るまでの理由や根拠を説明できるようにする研究が進められている。今回見学したCPAも、医療知識やエビデンスに基づいた、「説明可能なケアプラン作成」の支援を進めるものだ。
なぜそのケアプラン内容が必要なのか、どのような情報から算出されたものなのか。利用者のみならず、そのご家族含めた地域社会全体を一つのユニットと捉えたサポート体制が求められるからこそ、この説明可能性は必須の観点と言える。
「愛を中心とした資本主義のつぎの社会を描く」ことをビジョンに掲げるウェルモの本命商品「ケアプランアシスタント」は、2020年秋の発売を予定しているという。今から楽しみでならない。
編集後記
最初の取材を行ってから約2年。
当時よりケアプランアシスタントの開発ビジョンを伺っておりましたが、当時から軸となるビジョンは何一つ変わっておらず、一方で機能として実現が期待されることは着実に広がっているように見受けられました。
だからこそ実証実験ではあるものの、実際のケーススタディに沿って活用されてその効果が数値として可視化されたのは、非常に大きな一歩と感じます。
「説明可能なAI」による「説明可能なケアプラン作成システム」として、今秋の発売開始を楽しみにしています。
※2020.6.19編集追記:初出時はタイトルを「2025年問題で期待される介護支援AI。ウェルモ開発「CPA」ではケアプラン作成時間が約40%削減」としておりましたが、ケアプランの中でも第二表の時間短縮であり齟齬が発生する可能性があったため、「2025年問題で期待される介護支援AI。ウェルモ「CPA」はケアプラン第二表作成に約40%の時短効果」に修正しました。