突然だが、あなたはここ1年でアート作品にどれだけお金を使っただろうか?ここでいうアートとは、一般的な定義があるわけではなく、あなた自身が「アートだ」と感じるものを示す。
きっと多くの方は、ほとんどお金を使っていないだろう。そう、日本人にとって、アートは日常生活とは離れた、どこか遠い存在となっていると感じる。
とはいえ、@nifty何でも調査団が2018年9月に実施したアンケートによると、”芸術・アートに興味がある派”は43.1%という結果が出ている。過半数こそ上回らなかったものの、確実に需要は存在するようだ。
そんな背景の中、ストックフォトサービス「PIXTA」などを運営するピクスタ株式会社が、芸術家の継続的な創作活動を支援するプラットフォーム「mecelo(メセロ)」を10月18日にサービス開始した。
芸術家の創作活動にかける想いや作品に共感した複数人の個人(以下、パートナー)から、毎月少額の支援を受けられる、インターネット上のプラットフォームサービスとのことだ。
この新たなるLoveTech事業の詳細を確認すべく、ピクスタ本社にて開催された説明会及び展覧会に参加した。以下、内容をレポートする。
日本でアートが売れないのは、アートの楽しみ方を知らないから
まずは事業説明の前に、アート市場を取り巻く環境について、株式会社ピクスタ mecelo事業部長である宮前賢一(みやまえ けんいち)氏がお話された。
そもそも日本のアート市場は、関連サービス含めると3,270億円、美術品市場だけでも約2,437億円となっている(文化庁「アート市場の活性化に向けて」より)。
数字としては一見大きいように思えるが、世界のアート市場は約6兆7,500億円と、非常に大きなマーケットが広がっている。日本はたった3.6%を占めているに過ぎない。GDP世界ランク3位、且つ富裕層の数における世界ランク2位の国としては、決して満足できる数字ではない。
では、なぜ日本ではアートが売れないのだろうか。様々な要因が考えられる中で、宮前氏は「日本人がアートを通じてどのような体験ができるか知らないから」だと語る。美術教育の遅れがアートの楽しみ方理解を遠ざけており、難しいものだと敬遠されるので、結果として日本でアートが売れない。そんな負のループとなっているとのこと。
現に日本には100校以上の美術系大学があり、年間15,000名以上の学生が卒業しているが、その後創作活動をメインに生活していける人はほんの一握り。芸術家としてのキャリアアップの道のりは、非常に険しいのだ。
ピクスタの調査によると、作品が売れず、生活のために働かざるを得なくなり、それゆえに創作時間が失われ、結果として生活に追われ創作から次第に離れていってしまうという現実があった。芸術家のキャリア面でも、負のループが発生しているのだ。
目指すは「大勢の小さな”あしながおじさん”がいる世界」
以上のアート市場を取り巻く課題を解決すべく開発されたmecelo。「ミッションはアートのファッション化です」と同氏は続ける。
寄付とは異なり、パートナーはmeceloを通じて「少額の支援金」という形で芸術家を支え、見返りとして芸術家が制作したポストカードなどのちょっとした制作物や、芸術家との深いつながり・交流、そして「自分が芸術家を支えるパートナーである」という自己実現とアート体験を共に創っているという意識を手に入れることができる。
またmeceloでは、登録芸術家一人ひとりにインタビューを実施し、芸術家の想いや原点を詳細に伝えるようにしている。その内容を読んでもらうことで、芸術家本人や作品への理解や共感を深めてもらい、アートの楽しみ方を知る後押しとなる。インタビュアーは、実際に芸術家活動をしていたmeceloスタッフが担当されるので、より芸術家の思いに寄り添った内容で発信されている。
(登録芸術家・あべせいじ氏のインタビュー記事)
芸術家にとっては、meceloを通じて自身の創作活動を支援してくれるパートナーを募り、毎月支援金を受け取れ、作品販売の機会とファンコミュニティーを結成することができる。
支援金額は100円という少額から設定することができ、リターン内容も自由に設定できる。少額にすることで、たくさんの「小さなあしながおじさん」を募ることができ、小さなお礼で応えることのできる仕組みとなっている。アートはまとまった金額が必要なもの、という前提認識を変える画期的なプロセスである。
まとめると、芸術家・パートナーのできることは以下の通りだ。
<芸術家ができること>
- 月額制の「パートナープラン」(100円〜)を作り、パートナー(支援者)を募ることで毎月支援金を受け取ることができる
- 作品の販売ができる
- 作品にパートナーから感想・レビューなどが投稿され、コミュニケーションできる
- 登録芸術家一人ひとりに、運営によるインタビューが行われ、記事化される
<パートナー(支援者)ができること>
- 応援したい芸術家の「パートナープラン」に契約し、支援金をおくることで毎月設定されたリターンを受け取ることができる
- 芸術家の作品を購入できる
- 作品に感想・レビューを投稿し、芸術家とコミュニケーションできる
- 登録芸術家の人生や世界観、作品にかける想い、作品に込めた想いを知ることができる
今後は、パートナーから芸術家へ仕事依頼を出せるようにしたり、パートナー活動内容に応じた優遇またはランク制度の実装、作品の海外顧客への販売等を想定しているとのこと。
デザインシンキングからアートシンキングへ
ここでゲストのお二人が登場。京都造形芸術大学講師であり芸術家と会社経営者の顔も持たれる井上大輔(いのうえ だいすけ)氏と、実際にmecelo登録パートナーとして芸術家支援をしている宮本康宏(みやもと やすひろ)氏がお話しされた。
井上大輔 氏(京都造形芸術大学講師)
アートは決して特別なものではなく、自分の人生を豊かにしてくれる身近な存在です。でも日本ではアートを購入するという行為が浸透しておらず、アートに対する文化的素養が低いのが現状です。非常にもったいない。ここを改善するためには、私は4つの要素が必要と考えます。美術教育のスピードアップ、美術品の「所有」から「体験」へのパラダイムシフト、投資などの利益目的というイメージの払拭、そしてデザインシンキングから「アートシンキング」への変化です。
特に最後の点についてですが、昨今、顧客のニーズに合わせて商品をつくるデザインシンキングではなく、造り手がつくりたいものをいかに世間にフィットさせるのか、というアートシンキングが浸透しつつあります。これからのAI時代こそ「自ら創造する力」が求められています。そのためには、自ら創造するアートの世界に直に触れ合える「美術体験」が必要だと考えています。
meceloは、アート界にとってもビジネス界にとっても、意義のある存在だと思っています。
宮本康宏氏(mecelo登録パートナー)
meceloでは、芸術という文化的活動の一翼を、非芸術家が担えることが素敵だと感じます。
芸術作品の観賞において、最も大切なことは、作家や作品と親密になること。ひとりの作家、ひとつの作品と長い時間かけて親密に向き合うことで得られる発見だけが、その人の一生を貫く活きた知識となります。コンテンツ過多の時代において、人や物事に対し希薄になっていく親密性の回復を、meceloに期待しています。
アートとは「自分を満たすもの」
説明会終了後、mecelo立ち上げの経緯や思いについて確認したく、ピクスタ株式会社 代表取締役社長の古俣大介(こまた だいすけ)氏と、サービス紹介していただいた宮前賢一(みやまえ けんいち)氏に、それぞれお話を伺った。
古俣大介氏(ピクスタ株式会社代表取締役社長)
私たちは「才能をつなぎ、世界をポジティブにする」という理念のもとに、これまで写真中心にビジネスを展開して参りました。でも弊社は写真に特化したカンパニーではございません。私たちのビジョンは「世界中の才能を繋げるクリエイティブプラットフォームを創造していく」ことです。活躍されているクリエイターの後ろに隠れた、無数の埋もれたクリエイター群を掘り起こし、無数の才能と無数のニーズをn対nで結びつけていきたいと考えています。
今回リリースしたmeceloは、多くのクリエイティブテーマの中でも最も難易度の高い”アート”にフォーカスしました。事業責任者である宮前の「アートをやりたい!」という強い思いのもとで実現したサービスです。
昨年(2017年)7月より構想を固めていったものがようやく歩き始め、大変嬉しく思っております。
宮前賢一氏(ピクスタ株式会社 mecelo事業部長)
私はもともと、美術専攻でカナダ留学していまして、帰国後に就職活動をする中で、クリエイティブ領域での価値づくりの仕組みを作ろうとしていた古俣のビジョンが素晴らしいと感じ、そのままピクスタに入社しました。実は弊社では2番目に古い社員でして、学生時代に学んだ知識を活かして、WEBデザイナーとして創業メンバーに加わったんです。当時はアートとデザインで進路を悩んだ末に、アートでは食えている自分を想像できなくてデザイナーになりました。
そのような経緯から、改めてアートの分野を盛り上げるような取り組みを本気でしたく、古俣と話し合って、アート領域の新規事業を任せてもらいました。
昨年7月に事業構想を考え始め、同年12月から開発と芸術家の皆様へのお声がけを始めました。Instagramやクリエイティブプラットフォームなどにアップされている膨大な数の作品を地道に見ていき、お声がけする芸術家をリストアップしていきました。最終的には50名ほどのリストになり、その中からビジョンに賛同いただけた20名の芸術家に、現在mecelo登録していただいております。
私にとって、アートとは「自分を満たすもの」です。休日には3歳の子どもと絵を描くのですが、私も子どもも絵を描いた後は気持ちがすっきりします。子どもに至っては、聞き分けが良くなります(笑)
今はmecelo運営サイドから芸術家一人ひとりにお声がけをして登録をしていますが、今後はサイト上で芸術家ご自身から登録申込みしていただけるようにする予定です。
ぜひ本気の芸術家の皆様にご登録いただきたいです!
芸術家としてmeceloの魅力
最後に、mecelo登録芸術家を代表して、あべせいじ氏と野村佳代(のむら かよ)氏にお話を伺った。
あべせいじ氏(Artist / Designer)
はじめメールでmecelo登録の打診を頂いた時、正直少し警戒していたんです。アート活動をする僕たちの元には、たまに変な勧誘メールが来ますから。
でも実際にお話を伺ったところ、創作活動支援の仕組みに非常に共感し、すぐmecelo登録を進めました。
meceloでは僕たち芸術家や作品を、優秀なスタッフさんがインタビューして記事として紹介してくれます。
また、100円からプラン登録できるのもありがたいです。僕の作品には小さなお子様のファンも多く、そういう子でもお小遣いで買えるような価格帯で支援額を設定できるのは大変有難いです。そういう掘り下げたところまで作り込み、デザイン的にも妥協がないところが良いです。
meceloにはこれから、プラットフォームとしての役割を期待しています。個人のファンの皆様はもちろん、企業や団体とのお仕事にも繋がったら素晴らしいなと思います。
僕は東北の田舎出身なのですが、地元はどの美術館からも距離があって、気軽に芸術作品に触れることができない環境でした。meceloが誕生したことで、そういった距離の制約も取り払ってくれると思います。
これからのさらなるサービスの充実に期待しています!
野村佳代氏(Artist)
mecelo登録のお話を頂いて、初めてその事業内容を聞いた時、思いややろうとしていることにとても共感しました。
私たちの活動って、全部種まきだと思っているんです。個展はもちろん大事ですが、そのほかにも沢山種をまいていきたいと思っているので、個展以外の活動に幅を広げられる可能性を感じましたね。
あとちょうど、作品に潜む物語や伝えたい思いを発信したいと考えていたので、私自身のこと含め記事としてまとめてくださったのは、非常に有難いです。
そして何より、事業部長の宮前さんとお会いしたときに、直感で「この人は信頼できる」と感じたことが一番大きかったです。実は宮前さんは以前、私の個展に個別にお越しいただいていたんですよね。Facebookの共通の知り合い経由で私のことを知ってくれたようでして、そういった背景もあっての感覚だったのかもしれません。誰とやるかって、とても大事ですからね。
meceloには今後、国内だけでなく海外の方との交流もできるプラットフォームとして、期待したいです!
編集後記
今回、meceloの事業説明を伺って、100円からでも気軽に支援できる仕組みに魅力を感じました。アートと聞くと、どうしても小難しく考えてしまい、物好きな方がお金を払って支援をするという印象を持っていました。しかし、少額決済ができることで、気軽な支援と芸術家の方とのコミュニケーションが可能となり、結果としてアートへの変な”偏見”が中長期的になくなるのではと本気で思いました。
アートとは”愛”そのものです。
テクノロジーを使ってアートの未来に寄り添うmeceloは、まさにLove Tech事業です。
今後もLove Tech Mediaとして追って参りたいと思います。
なお会場後方では、mecelo登録芸術家の方々による作品の展覧会が併設されていました。
あなたの好きな作品はどれですか?