ここ数年、「サイケデリック・ルネッサンス」と評される通り、PTSDやうつ等に対するサイケデリックス医療への期待値の高まりと共に、臨床試験の結果が徐々に蓄積され、規制当局の認可に向けた動きが加速している。
例えばオーストラリアでは、2023年7月1日からMDMAとシロシビン(後述)を特定の精神疾患治療に使用することを条件付きで許可しており、認可された精神科医はPTSDにMDMAを、治療抵抗性うつ病にシロシビンを、それぞれ処方できるようになっている。またアメリカの一部の州(オレゴン州、コロラド州等)ではサイケデリックスの非医療用途の合法化が進んでおり、EUでも、EMA(欧州医薬品庁)がサイケデリックス医療に関するマルチステークホルダーワークショップを開催して規制枠組みの検討を始めている状況だ。
今後、このような幻覚剤療法の導入や、幻覚剤合法化の流れは加速するのか、それともブレーキがかかるのか。そして、女性の健康に対してどんな影響が考えられるのか。今回は、2024年6月10日・11日にロンドンで開催されたFemTech Lab主催カンファレンス「Decoding the Future of Women 2024」での、「サイケデリックの年 メンタルヘルスのための最先端科学」と題されたパネルセッションの様子をお伝えする。
(写真左から)
- Tosin Sotubo-Ajayi(GP, Senior Medical Advisor, Flo Health)※モデレーター
- Grace Blest-Hopley(founder, Hystelica)
- Nina Patrick(Innovation Lead, the Champalimaud Foundation’s Center for the Unknown)
- Sean Rogg(founder and CEO, Awen)
- Jack Allocca(Founder and CEO, Somnivore Pty)
2018年のFDAによるMDMA・シロシビンの「画期的治療薬」指定が大きかった
Tosin Sotubo-Ajayi(モデレーター):サイケデリックス医療が現在、一種のルネサンスを迎えているようです。より多くの注目と資金が集まっていますが、なぜ今、このようなことが起きていると思いますか?
Grace Blest-Hopley:端的にお伝えすると、必要性があるからでしょう。サイケデリックスは、それこそアマゾンの奥地などで何千年も前から活用している人々がいるわけですが、その知識が改めて注目されてきているのだと思います。現在、世界はメンタルヘルスの危機に直面しており、これまでに開発されてきた製薬会社の薬では十分に対応できていません。このような状況下において、サイケデリックスのメンタルヘルスに対するポジティブな影響が示されていることから、人々の切実なニーズに応えるものとして注目されているんだと思います。
Nina Patrick:2018年に米国FDAが、「シロシビン」と「MDMA」(※)の研究に対して画期的治療法の承認を与えたことのインパクトは大きかったと思います。それこそ私が博士課程でサイケデリックスの研究をしていた2010年以前は、MDMAにアクセスするために苦労してスケジュールIのライセンスを取得しても、DEA(麻薬取締局)による厳格なチェックと厳密な使用量の管理が求められていました。動物に注射する少量の分量についても「これはどうしたんだ?」と都度指摘されていた状況だったのです。それが2018年の承認を境に、ライセンスの取得とその運用がより現実的になったことで、多くのことが始まりました。2019年頃からはベンチャーキャピタルも参入しはじめ、業界への資金流入が加速していきました。
※シロシビン(Psilocybin)とは、特定の種類のキノコ(マジックマッシュルーム)に含まれる成分。セロトニンに類似した構造を持ち、知覚や視覚の変容、幸福感や一体感の増加、神秘的/深遠な体験の引き起こし等がもたらされる。2018年には米国FDAが、Cybin社の「CYB003」やCompass Pathways社の「COMP360」といった複数の企業が開発するシロシビン類似薬をうつ病の「画期的治療薬(Breakthrough Therapy)」に指定しており、薬品の審査と開発プログラムの迅速化が許可された。
またMDMA(methylenedioxymethamphetamine)とは、合成麻薬の一種で、「エクスタシー」や「モリー」などの俗称で知られている。脳内のセロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリンの放出を促進し、またオキシトシン、バソプレシン、コルチゾールなどのホルモン分泌も促進することから、高揚感、多幸感、親近感、共感などの効果をもたらすとされている。こちらも2018年に米国FDAより画期的治療薬に指定されている。
いずれもオーストラリアで、世界で初めて医療目的での使用が認められることになったが、そこには慎重なアプローチが必要との声も多く挙げられている。
Tosin Sotubo-Ajayi:例えば、サイケデリックスの女性特有の健康状態への良い影響はいかがでしょうか?
Nina Patrick:摂食障害やPMDD(月経前不快気分障害)、更年期障害、産前・産後うつなど、幅広い女性の健康問題にサイケデリックスが良い影響を与える可能性があるでしょう。興味深いデータとして、1995年の研究では、エストロゲンが脳の特定の領域でセロトニン受容体を増加させることが示されました。ライフステージによるエストロゲンの変化が気分や幸福感に大きな影響を与える可能性があるのです。
Grace Blest-Hopley:女性特有ではないですが、現在臨床試験が行われているサイケデリック医薬品の中で最も認可に近いものを見てみると、PTSD、不安障害、うつの全てにおいて、女性が男性の2〜3倍多く罹患すると言われています。また、これも女性の方が多いと言われている自己免疫疾患についても然りですね。要するに、女性特有の症状だけでなく、サイケデリックスが効果を示している症状全般において、女性の方がより大きな恩恵を受ける可能性があります。そのため、女性の体内におけるサイケデリックスの作用を詳しく研究することが非常に重要だと考えています。月経周期や閉経前後での違いなど、様々な側面を理解する必要があるでしょう。
サイケデリックスがもたらす「ピーク体験」は性別不問だ
Tosin Sotubo-Ajayi:男性のお二人にも質問します。女性の健康に特化した研究はされていないかもしれませんが、これまでの研究や読書を通じて、男女を比較した際のサイケデリックスの影響について、何か偶発的な発見等はありましたか?
Sean Rogg:サイケデリックスがもたらす素晴らしい「ピーク体験」は、心を身体から切り離し、あらゆる形のダメージから解放して癒しを促進する力があります。これは性別に関わらず、普遍的なものだと私は考えています。例えば1年以上前にプロダクト開発(※)に付随してステルスでInstagram広告によるユーザーテストを実施したのですが、そこに集まった1,000人以上のZ世代のうち、80%が女性でした。これは予想外でしたが、その世代の不安レベルの高さと、それを認識し、助けを求める能力の高さを示していると解釈しました。
※Sean Rogg氏がCEOを務めるAwen社では、VR技術を活用したメンタルヘルスソリューションを開発している。ストレスを和らげるために設計されたVR体験では、「アバターの欠如」というアプローチを通じて体外離脱の感覚を育み、オキシトシンとセロトニン、つまり身体の自然な快感ホルモンの放出を刺激すると同氏は説明する。ちなみに社名のAwenとは、ケルト語で「インスピレーション」を意味する言葉とのこと。
Jack Allocca:例えば月経周期を考えてみると、同じケージ内の動物同士が互いの周期に影響を与えるなどして、科学的研究を行う難度が非常に高いです。ロジカルな面で混乱が生じる可能性があることから、動物実験の大半は雄の動物で行われ、また臨床試験でも女性の参加はできるだけ避けられてきたという背景があります。しかし、たとえ男性を対象とした研究であっても、女性に適用できるものに影響を与えることも多いと思います。私たちはすでに、産前・産後やPMDDなど女性に影響を与える様々な形態のうつ病や、PTSDなどに対して、間接的にそれを観察してきました。もちろん、女性に特化した研究ができればより良いのですが、科学的に難しい面があるのも事実です。私は長年にわたって男女両方にかなりよく当てはまることを見てきたので、その点についてはあまり心配はしておらず、女性も研究の恩恵を受けられると、ある種楽観的に考えています。
20年近いキャリアの研究者が、サイケデリックスの主流化を望まない理由
Tosin Sotubo-Ajayi:皆さまの、サイケデリックスの未来についてのお考えも教えてください。
Grace Blest-Hopley:10年後、20年後には、サイケデリックスについてもっと理解が深まっているといいですね。今年末までに、サイケデリックスを使用した最初の認可治療法ができる可能性があります。うつ病、不安障害、PTSD、そしてさらに多くの潜在的な症状に対する標準的な治療ツールになるのではないでしょうか。将来的には、臨床モデルだけでなく、リトリートモデルと臨床モデルを融合させたような形で、日常生活でもっと使用されるようになるかもしれません。また医療全体が個別化医療の方向へと向かう中、マイクロドージングとして、知覚できないほどの少量をコーンフレークと一緒に摂取するような使い方がより一般的になる可能性もあります。特に女性の健康、更年期障害や閉経前症状の治療には大きな可能性があるでしょう。
もちろん、臨床試験の段階で悪影響が出れば、これ以上先に進めなくなる可能性もあります。楽観的に見れば、サイケデリックスが一般的になって皆さんのご両親や祖父母も使用するようになるかもしれませんが、それは研究者たちが厳密に、誠実に、特に女性の身体でのこれらの物質の相互作用を十分に理解する努力をし研究を進めてこそ実現するものだと考えています。
Nina Patrick:同意です。サイケデリックスは大麻と同じような道をたどるかもしれません。まず医療用として始まり、最終的には嗜好用としても入手可能になる。ただ、米国ではほぼすべての州で大麻が利用可能になっていますが、サイケデリックスは非常に強力な物質なので、安全性の懸念から嗜好用としての利用には慎重になる必要があります。適切な研究を行い、セットとセッティング(※)に注意を払い、使用前後のサポートも含めた総合的なアプローチが必要です。
理想的な世界では、これらの物質が安全に利用可能になり、大麻のように偏見がなくなることを望みます。しかし、そのためには繰り返しになりますが、適切な研究と、使用後のケアも含めた包括的な臨床プロトコルの開発が不可欠だと考えます。
※セットとセッティングは、向精神薬や幻覚剤の体験に大きな影響を与える重要な概念。セットとは使用者の気分や期待、不安、準備状態などの「ある人の見方」を指し、セッティングとは照明、音楽、室内装飾、同席者、文化的背景など「ある人の置かれた環境」を指す。適切なセットとセッティングは、いわゆる「バッドトリップ」のリスクを減らし、化学的作用だけでなく肯定的な体験の可能性も高めると考えられている。
Sean Rogg:2001年頃、ロンドンで18ヶ月ほどの期間、法の抜け穴によってシロシビンきのこが合法でした。イギリスでは自然に生えるきのこは、乾燥や保存されていない限り合法だったのです。アムステルダムで開発された小さな箱できのこを栽培する技術により、様々な種類のきのこを育てることができるようになりました。政府が禁止するまでの間、オックスフォードストリートでは強力な作用のあるきのこを販売する会社がありました。
興味深かったのは、これが未来の一端を垣間見せたことです。きのこの種類や強度が分類され、専門家が購入前に個人の経験や知識を理解し、適切なアドバイスを提供していました。しかし、その後の経験や医療的効果、癒しについての議論はありませんでした。合法化後には、これらの効果や利点について、個人的な体験談を含めた幅広い議論が必要だと思います。
Jack Allocca:私の見解はもう少し微妙です。20年近く世界中を旅して、意識変容状態やサイケデリックスが健康、社会、文化に与える影響を研究してきました。サイケデリックスに人生を捧げている私が言うのは奇妙かもしれませんが、私自身は、サイケデリックスが主流になることを望んでいません。
歴史的に捉えると、サイケデリックスは常に厳しく管理され、聖職者や特定の政策立案者のためのものとして存在していました。信念体系や道徳、倫理、意思決定、精神衛生に非常に大きな影響を与えるため、アルコールのように簡単に入手できるべきではありません。安全性の幅も狭く、過剰摂取の結果も予測不可能です。テキーラを飲み過ぎれば気絶するかあちこちで嘔吐して目が覚めますが、LSDを15種類も飲んだら何が起きるかわかりません。コカインはもっとよくないかもしれません。オランダでさえ合法化されておらず、タイでは大麻の合法化撤回の動きすらあります。60年代にはサイケデリックスが人々に押し付けられ、大きな反動がありました。また同じことが起こる可能性があります。だから、私としては慎重な立場をとっています。将来的に、サイケデリックスが広く普及するとは思いません。非常に限定的な使用になると、現時点では考えています。
取材/文/撮影:長岡武司