2020年3月10日、ブロックチェーンに関する国際的ネットワーク団体「BGIN(Blockchain Governance Initiative Network、読み方:ビギン)」の設立が、金融庁と日本経済新聞社の共催カンファレンス「BG2C FIN/SUM BB」で発表された。
それから約4年が経過し、2024年3月4日〜6日の3日間に亘って、東京・丸の内で「第10回目」のBGIN総会(Block #10)がハイブリッド開催。ちょうど2月28日〜3月15日にかけて金融庁が主催した「Japan Fintech Week 2024」のコアウィークに重なるタイミングでの開催ということで、国内外より多様なメンバーが参加し、ブロックチェーンにまつわる様々なトピックについて、原則チャタム・ハウス・ルールの下で活発なディスカッションが行われた。
Block#10 Tokyo Day1 has started with a lot of interesting discussion!#BGIN #blockchain pic.twitter.com/T4E744DzlJ
— Blockchain Governance Initiative Network (BGIN) (@bgin_global) March 3, 2024
金融含め様々な領域での自由なイノベーション、いわゆるパーミッションレスイノベーションを体現する技術として大きな期待が寄せられるブロックチェーンだが、その技術的なルーツはクリプトアナーキーのようなサイファーパンクにある。一方で金融犯罪等リスクの存在等に鑑みると、水と油な関係にあたる規制サイドとの対話/ハーモナイゼーションが必須となる。そのような背景のもと、2019年に日本を議長国として開催された「G20 財務大臣・中央銀行総裁会議(福岡)」にてサイファーパンクや金融機関関係者等が一堂に会し、侃侃諤諤の議論を展開。マルチステークホルダー・ガバナンスを前提に、多様な属性のメンバーが協力してブロックチェーン技術の進化/普及等を推進していくというミッションを以って、当時の金融庁長官・遠藤俊英氏によって設立宣言がなされたのがBGINというわけだ。
そんなBGIN総会10回目の活動報告が、総会最終日(3月6日)に、国内最大級のFinTech & RegTechカンファレンス「FIN/SUM 2024」(読み方:フィンサム)にて開催された。マルチステークホルダーによる議論や、その内容を反映したドキュメント策定を通じたブロックチェーン・ガバナンスへの過去3年間の貢献と、最新技術・規制トレンドに対する具体的な取組みについて、松尾氏モデレーションのもと、来日されたBGIN参画メンバーから紹介された。
- アマンダ・ウィック(Incite Consulting Principal)
- クロエ・ホワイト(Riskmastery.xyz Independent Advisor)
- ジョセフ・ビバリー(Soulbis Co-Founder / SingularityNET Strategic Initiatives Office)
- ミッチェル・トラバース(Soulbis Co-Founder / BGIN IKPWG Co-Chair)
- 松尾 真一郎(バージニア工科大学 研究教授 / ジョージタウン大学 研究教授)
※本セッションは英語で開催されました。本記事は、執筆者の意訳をベースに作成しています
※BGIN設立時のセッションについてはこちらの記事も併せてご参照ください
DeFi、Soulbound Tokens、ゼロ知識証明など、精力的にドキュメントを公開
松尾 :BGINには現在、2つのワーキンググループがあります。一つは “IAM, Key Management and Privacy Working Group”(以下、IKPワーキンググループ)です。キーマネジメントは暗号世界における主要なテーマであり、セキュリティ、プライバシー、アイデンティティ、ビジネスモデルなどが交差する分野です。IKPワーキンググループは、アイデンティティキーマネジメントとプライバシーについて議論しています。そしてもう一つは、“Financial Applications & Social Economics Working Group”(FASEワーキンググループ)です。まずは共同議長であるミッチェルさんと、ジョセフさんに、IKPワーキンググループの活動概要を説明してもらいたいと思います。
トラバース:IKPワーキンググループでは、これまで6つほどのドキュメントを公開/準備してきました。最初のテーマは当時急速に注目が高まっていたNFTマーケットに関するもの(NFT Study Report)で、二つ目は選択的開示(Selective Disclosure)にフォーカスしたもの(Study Report on Selective Disclosure)でした。これはキーマネジメントとプライバシーにおける重要なコンセプトで、ビジネスを行うにあたって「どの情報を開示するか」の選択性に関するトピックとなります。さらにその次の論文では、DeFi(分散型金融)における情報開示と規制について取り上げ(Proposal of Principles of DeFi Disclosure and Regulation)、オンチェーンでの情報開示のあり方含め、DeFiに対する規制の枠組みを考察しています。そしてもう一つ一般公開済みのものとしては、Soulbound Tokensに関するもの(Soulbound Tokens (SBTs) Study Report)があります。こちらはこの後、ジョーイから説明があると思います。また最近では、ゼロ知識証明についてのペーパーと、Soulbound Tokensの第二弾も準備中です。
ビバリー:Soulbound Tokensについて少し補足すると、この世界では大きく3つの価値観があると考えています。一つ目は資本価値(capital value)で、これについては例えばビットコインや法定通貨など、定量化できるものになります。二つ目は信用価値(reputation value)で、大学での学位や各種ライセンスなどのことを指します。そして三つ目は、個々人によって重きを置く場所が異なる感情価値(sentiment value)です。Soulbound Tokensに関しては、この中の信用価値が関わるもので、譲渡不可能なトークンとして設計されています。つまり、ブロックチェーンとデジタル資産にこれら信用価値のハイパーストラクチャを組み込むことで、資本価値とは異なる新しい機会をもたらそうということです。
これについて、私はUCバークレー・掛林 美智さん(財務省大臣官房付 長期在外研究員)や金融庁の皆さまとともに様々な研究を進めていきました。それこそ、90年代に遡って、ニック・サボのような暗号学者の取り組みから現代のコンピュータ科学者の研究内容まで、様々なアプローチを通じて論文としてまとめていきました。私がBGINに関わって良かったと感じているのは、世界中の主要なステークホルダーの皆さまとこれらのトピックについて研究し、作業する機会を持てるということです。伝統的な研究環境では決して得られない機会です。ピアレビューのプロセスでは世界中から多くの研究者と連携することができ、論文の執筆・編集を終えるまでに1,500ものコメントを受け取りました。しかもこれらのコメントは著名な方々からいただいたもので、どれも段落にわたる詳細な内容としていただきました。
ビバリー:今私が公開しようとしている2つ目のSoulbound Tokensの論文に向けて、我々は著者、編集者、レビュアーを広く募集しています。「広く」というのは本当に広範囲で、例えばオンラインでIKPワーキンググループの会議に参加していただき、論文にコメントを入れてくれたり、参考リンクを追加したりしてくれる人など、誰でも歓迎です。たとえ「これが好きではない、その理由はこれだ」というコメントであっても、それらは大いに役立ちます。私のようにいち企業の人間が互いに攻撃的でないフォーラムで集まり、グローバルにプロダクトやペーパーを改善し、公共の利益や政府政策にアドバイスするための研究について議論できるというのは、非常にユニークな状況だと感じます。
ウィック:とても重要な視点ですね。往々にして、技術サイドも産業サイドも「何ができるか」については積極的に聞いてきますが、「何をすべきか」については触れてきません。テクノロジー企業が何か間違ったことをしたら、事後に様々な分析が行われ、倫理グループなどを設立します。でもBGINの素晴らしい点は、現役の規制担当者や元規制担当者、業界の人々が一堂に会し、過去の教訓から学び、事前に「何をすべきか」についての議論を行っていることだと思います。
政策立案者への迅速かつ中立的な情報提供をしていきたい
松尾 :もう一つのFASEワーキンググループについても、クロエさんにその概要を説明してもらいましょう。
ホワイト:元々BGINで財務関係のグループができた際には、“Decentralized Treasury Working Group” という名称の下、分散型財務のベストプラクティスに関する研究目的で活動していたのですが、この分野の多くの人は非常に高いリスクを撮る傾向があることが協働を通じて分かってきまして、そこから現在の “Financial Applications & Social Economics Working Group”(以下、FASEワーキンググループ) の共同議長を、ロンドンに拠点を置くレオン・モルチャノフスキー[Leon Molchanovsky]さんと共に務めることになりました。
そして昨年、他メンバーとともにグループとして、伝統的な金融(CeFi)とDeFiの間の “感染リスク” について多くの注意を払っていきました。具体的なケーススタディとしては、2023年に起こったSVB(シリコンバレーバンク)の破綻と、それが業界に及ぼした影響、特にすべての主要な米ドル建てステーブルコインが非ペッグ化したことです。私たちがこの研究発表をした後、FRS(連邦準備制度)理事会の技術ラボに興味を持っていただき、非常に詳細で有益な会話をする機会を得ました。また、MakerDAOのような革新的な起業家たちとのコラボレーションの機会もありました。これは私たちのワーキンググループにとって非常に重要な機会となりました。
ホワイト:今後数ヵ月の優先事項としては、ブロックチェーンとAIの融合に目を向けています。ここ日本で開催されたBGIN #10で主催したデータ収集に関するワークショップを皮切りに、これから専門家インタビューを行っていき、収集したデータに何らかのフレームワークが適用できないかを評価していく予定です。2つの新興技術が共に成長し、また時には衝突しており、時宜にかなった非常に重要な問題を扱っているからこそ、政策立案者への迅速かつ中立的な情報提供をしていきたいと考えています。
あともう一つ、FASEワーキンググループではステーブルコインに関する調査の継続も重要なToDoだと捉えています。過去に起きた特定のケーススタディを評価するだけではなく、良いステーブルコインの特性について考え、CeFiやその金融政策にどのような影響を与えるかを経済学者の視点から考えていきます。私たちはすべての財務アプリケーションに興味があり、CeFiの方からクリプトネイティブな方まで、幅広いフィンテックコミュニティの人々を歓迎しています。
それぞれの立場から中間地点を見つけることが、社会全体の利益に寄与する
松尾 :続いてアマンダさんに聞いてみたいと思います。アマンダさんはブロックチェーンに関する多くの異なるタイプのディスカッショングループに参加していますが、BGINに対してはどのように感じていますか?前回のシドニーでの総会が初のBGINだったと思いますが、プライバシーと匿名化技術に関する議論に参加されていましたよね。非常に興味深いディベートだったと感じましたが、マルチステークホルダー間でのディスカッションについての所感を教えてください。
ウィック:とても面白かったですよ。以前のキャリアが検察官や弁護士として常に「議論と対立」に直面していたので、それに対してBGINは「興奮と感動」をもたらす素晴らしいものだと感じました。政府サイドでの厳しい議論を経験していた身として、BGINでの多様な関係者とのオープンで建設的な対話の場は非常に新鮮だったということです。
その前提で、その際のトピックはブロックチェーン技術におけるプライバシーや匿名性についてだったのですが、規制や法的基準についての異なる視点は確実に発生します。例えば開発者がユーザーのプライバシーを重視しトランザクションの透明性を低減させる機能を組み込むことに対し、規制当局は犯罪防止の観点からそのようなプライバシー保護機能に懐疑的であることが多いでしょう。そしてカンファレンスの場では、このような複雑な議論を十分に行う時間は残念ながらありません。ブロックチェーンの「美しさ」としての透明性と、プライバシー保護の必要性との間の緊張関係を認識する必要があり、プライバシーを重視するユーザーと、規制の必要性を強調する当局との間でバランスを取ることの難しさを感じます。だからこそ、それぞれの立場から中間地点を見つけることは、社会全体の利益に寄与するとも思います。
ウィック:正直なところ、私はMonero、Zcash、またはDashの開発者と多くの時間を過ごしたことがありません。私の中では、これらは単に私の人生を苦しめたものという認識があるわけで 笑、元規制サイドとしての懸念を持っているわけですが、いずれにしてもトピックとして座って議論ができたことは本当に素晴らしい経験でした。ちなみに、私はプライバシーには異議がありませんが、匿名性には強く異議があります。そして、プライバシーと呼ばれているものは、しばしば匿名性と混同されているとも感じます。ここの明確な区別は、特に金融取引において重要であり、完全な匿名性がもたらす潜在的なリスク(例えば、マネーロンダリングやテロ資金調達の容易化)に対して強い警戒感を覚えています。
という話はありますが、BGINのような場で技術と規制の世界の橋渡しとしての意義深い対話をすることで、プライバシーと匿名性、発見可能性に関する包括的な理解を深めることができると感じます。これらの議論がマルチステークホルダー間での共通の理解を築く手段となり、最終的にはより良い政策や技術の進展につながるだろうと願っています。
専門分野の壁を越えた対話こそが、唯一の合理的なアプローチになるだろう
松尾 :最後に皆さまから短く、日本での第10回総会(以下、ブロック10)での議論を通じた感想等をいただければと思います。
トラバース:この三日間の議論で目にしたことは、私たちがどこに行っても、どの金融システムや管轄区域においても、同じ問題に直面しているということです。ブロック10で特に見えたことは、アマンダさんもおっしゃった通り、互いに話をすることができれば中間地点、つまり解決策がしばしば明らかになるということです。オンチェーン分析企業をはじめ、様々な方がディスカッションルームに入ってくれたので、ペーパーの進捗も捗りそうです。
ビバリー:私は過去2年間、BGINメンバーの一人としてさまざまな日本の専門家、企業、政府関係者と対話をしてきましたが、ここに来て、人々と会い、実際に握手を交わし、彼らが何をしているのかを聞くことで、非常に触発されました。日本は世界の他のどの地域よりも、対話と開放性、学術研究、そして主要なトピックについて議論する意欲において、非常に先を行っていると感じます。
ホワイト:今回のブロックに参加して改めて感じているのは、従来技術と新興技術の一種の衝突は避けられないということです。これらの技術の複雑さが大幅に増加しているからこそ、技術やサイバーセキュリティ、金融といった異なる分野からの人々が自分たちの専門分野の壁を越えて対話を行うことが、より重要で不可欠な、唯一の合理的なアプローチになってきていると思いました。これはBGINだけでなく、あらゆるフォーラムで必要だと感じます。
ウィック:今回が初めての日本訪問ですが、アメリカ人として帝国の興亡という概念を理解するのは難しいですね。私たちの国はそれほど長い歴史を持っていませんから。しかし、何千年もの帝国の興亡を経験した文化を持つ国々を訪れると、その概念が生きていることが感じられます。現在、金融サービスにおいて競争が生まれ、デジタル通貨やCBDCなど新技術が伝統的な金融システムを揺るがしています。これにより、ドルが今後も世界の基軸通貨であり続けるかどうかが分からなくなってきています。この変化が地政学にどのような影響をもたらすかは誰にも分かりません。
私たちは集団の利益を追求することや、個人に大きな利益をもたらすようなイノベーションには長けていますが、私が思うに、集団的利益を擁護することが得意な社会と、イノベーションを育成することが得意な社会との中間点を見出す必要があると思います。規制が必要でありながらそれを行っていないアメリカの現状や、規制を得意とするもののイノベーションの促進にはそれほど積極的ではない日本のような国々を見ると、それぞれの良い点を学び、悪い点を改善する必要があると感じます。
アジアの国々、特にシンガポールや日本、フィリピンは、速いペースで生産的な会話を進めており、それが今後数年間で大きな地政学的影響を与えることになるでしょう。そして、部屋の若い人たちに言いたいのは、あなたがその未来だということです。だから、ぜひ私たちに加わり、それが責任あるイノベーションであることを認識しながら、世界を変えていく上での影響を与えてください。
取材/文/撮影:長岡武司