2024年2月28日〜3月15日にかけて金融庁が主催した「Japan Fintech Week 2024」の中核カンファレンスとなった「FIN/SUM 2024」(読み方:フィンサム)。日本経済新聞社と金融庁が2016年より共催してきた国内最大級のFinTech & RegTechカンファレンスの東京・丸の内会場は、国内外からの多くの来場者で賑わっていた。
本記事ではその中でも、3月8日の国際女性デーにあわせて企画されたセッション「金融業界のジェンダーギャップ解消に向けた戦略」の様子をお伝えする。モデレーターを担当した金融庁 監督局 参事官の中川 彩子氏はカンファレンスの冒頭で、以下のようにコメントする。
「国際女性デーの本日、FIN/SUMがこのダイバーシティ・パネルをサイドイベントとしてではなく、メインステージでの開催でセットいただいたことは、非常に注目に値すると思います。主催者のご決断に感謝いたします」(中川氏)
「ダイバーシティの問題は、単に男性労働力を男性と同じように働ける女性労働力に置き換えることとして捉えるべきではありません。むしろ、さまざまな背景、さまざまな価値観、さまざまな事情を持つ多様なスタッフに最大限活躍してもらうことができるよう、組織自体を変革していく必要があると考えています。ここで重要なのは、ダイバーシティはマネジメントの問題だということです。そういう意味においても、本日のセッションでは、エグゼクティブレベルの方々にご登壇いただけることを大変嬉しく思っています」(中川氏)
女性活躍推進の現状を図る上では様々な指標が存在するが、例えば賃金の格差に注目してみると、OECD加盟国の中で日本は最悪レベルと言って良い。男女間の賃金格差については2023年3月期有価証券報告書から非財務情報の一部としての開示が義務化されたわけだが、公益財団法人日本生産性本部発表の2023年3月末決算企業の集計結果によると、金融・保険・不動産業が鉱業・建設業と並んで業種別男女間賃金格差が最も大きいという結果になっている。
上記だけでなく、様々な観点で取組みの遅れが指摘される金融業界の女性活躍について、各社・各団体はどのような取り組みを進めているのか。時にはご自身のプライベートストーリーも交えながら、各登壇者がざっくばらんに事例や思い等を共有していった。
- アマンダ・ウィック[Amanda Wick](Incite Consulting Principal / AWIC Founder & CEO)
- 清明 祐子(マネックスグループ 代表執行役社長CEO / マネックス証券 取締役社長執行役員)
- 橋本 ゆかり(アフラック生命保険 執行役員 Chief Diversity & Inclusion officer)
- ローラ・ロー[Laura Loh](Temasek Director, Investment (Blockchain))
- 中川 彩子(金融庁 監督局 参事官)
※本セッションの大半は英語で開催されました。本記事は、執筆者の意訳をベースに作成しています。
男性が家庭に参加しないことは、結果として男性の役割を制限することにつながる
「Temasekとしては、DE&Iがビジネスにとって有益であることを示す実証的な証拠が増えつつあることを認識しています。よって、私たちがやっているのは決して親切心からではありません。あくまで、ビジネスにとっても良いことなのです」
このように説明を始めたのは、シンガポール政府系ファンドであるTemasek社でブロックチェーン領域への投資及びベンチャー育成を担当しているチームのディレクター、ローラ・ロー氏。シンガポール金融管理局(MAS)から独立して設立された非営利会社・Elevandiの諮問委員会メンバーでもある人物だ。
金融業界での女性活躍推進の取組みは遅れていると冒頭にお伝えしたが、プライベート・エクイティ業界においてはグローバルに見てもマネージング・ディレクター・レイヤーでは起用率が20%程度に留まるとロー氏は説明する。特に同氏が所属するのはブロックチェーンチームということで、社内平均よりもさらに課題感が高い状況だからこそ、自分たちが小さな一歩を踏み出すことが大切だと強調する。
「マネジメント層に女性がいれば、それだけ社内外に対してポジティブな影響をもたらすことができます。とは言え、インクルーシブな企業文化の創造は一朝一夕にできるものではないことも認識しています。変化をもたらすためには、心理的なセーフティーネットを充実させたり、職場におけるアンコンシャス・バイアスに対処したりするなど、複数のレバーを引く必要があります。このような対策を講じるには、まず、このような対策を講じる必要があるという認識を持つことが、さまざまな組織で必要なステップだと思います」(ロー氏)
Temasekでは2021年10月に、ダイバーシティへの取り組みと強化を目的とした「Inclusivity@Temasek」イニシアチブを開始しており、ジェンダーダイバーシティのみならず、様々な話題について安心して話すことができる職場作りのための取り組みを強化した。中でも、このイニシアチブをきっかけにスタートした「Temasek Women’s Network(TWN)」では、女性のキャリア・ジャーニーを支援するための啓発や指導、学習のプラットフォームを提供しており、イベントやワークショップ、メンタリングプログラムなどを通じて、どうすればスタッフ一人ひとりがよりインクルーシブな環境を組織として作り出せるかについての意識を高めているという。
「また会社全体へのジェンダー多様性の方針をより定着させるために、戦略的ロードマップを設定しています。具体的には採用、タレント・マネジメント、そして福利厚生の3分野で施策を進めています。採用に関しては、キャンパスに出向いて採用活動を行う際に女性により重点を置いたアプローチを行っていますし、面接の際にもアンコンシャス・バイアスを排除するために、男女のバランスが取れたパネルにするようにしています。タレント・マネジメントの面でも、多様な人材を育成するために女性の登用に力を入れています。さらに福利厚生面としては、身体的、感情的、経済的、そして社会的なウェルビーイングと言う4軸でスタッフをサポートするためのプログラムを提供して、より包括的でバランスの取れた職場環境の育成に注力しています」(ロー氏)
ロー氏自身はというと、社会人になるまでは男女の違いというものを意識したことはなく、家庭内においても両親が平等に育児や家事を分担していたので「それが当然のこと」くらいに思っていたという。そんな中、就職活動の面接において「結婚や出産のスケジュール」について聞かれて、いわゆる性別役割分担意識に直面したと、ロー氏は振り返る。
「改めて実感していることは、子どもの頃に父と多くの時間を過ごすことができたことがとても幸せだったということです。でも、多くの場合はそうではないと思います。ここにいる父親の皆様に聞きたいのですが、子ども達ともっと一緒に過ごしたいと思っている人は何人いるでしょうか? また、父親と過ごす時間がもっとあればと思っている子ども達はどれくらいいるでしょうか? 男性が家庭に参加しないことは、女性差別につながるだけでなく、男性の役割を制限することにもなるのです」(ロー氏)
KPI設定もイニシアチブもない中でダイバーシティな環境を作ることができた理由
女性活躍推進の取り組みには、様々なアプローチが存在する。例えば登壇者である橋本 ゆかり氏が執行役員 Chief Diversity & Inclusion officerを務めるアフラック生命保険では、2014年から女性活躍推進を本格的にスタートさせており、「指導的立場(管理職やそれに準ずる社員)」と「ライン長(直属の部下を持つ管理職)」という2つの立場のメンバーに対してのKPIを設定しているという。具体的には、「2020年までに指導的立場に占める女性社員の割合を30%とする」と「2025年までにライン長ポストに占める女性割合を30%とする」というものだ。前者については2019年時点で30%を達成しており、後者についても9.4%という数字からのスタートで、現在は27%にまで伸びているという。
「この層に女性が増えてくると、会社としての変化も多いと感じています。昇進する女性を見る目が特別でなくなりますし、本人たちも特別な意識を持たなくなってきます。また離職率も、20〜30代の女性の離職が男性と比較して相対的に高かったのですが、今は男性と同じレベルまで下がってきています。2014年からの10年間の取り組みを通じて、色々と環境が整ってきたと感じています」(橋本氏)
一方で、マネックスグループの代表執行役社長CEO、およびマネックス証券の取締役社長執行役員を務める清明 祐子氏は「ここまで紹介があったようなイニシアチブやKPIの設定などはやっていない」ものの、組織としては比較的にダイバーシティのある状態を実現しているという。男女比としては男性61%、女性39%となっており、管理職に占める女性の割合も31%(いずれも2022年度のマネックスグループ及びマネックス証券の実績)とのことだ。
「なぜ多様性を確保できるのか? それは企業文化に基づくもので、私たちの企業文化は企業理念によって育まれてきました。私たちは企業理念として『未来の金融を創造する。』を掲げており、一人ひとりの充実感や幸福感の向上に貢献したいと考えています。この企業理念を実現するために、私たちはダイバーシティなのです。年齢や入社年次に関係なく、実力主義、成果主義に基づくことで、そのような文化を作り上げました」(清明氏)
ここまでの話を踏まえて、Incite ConsultingのPrincipalを務めるアマンダ・ウィック氏も「私も実力主義を望んでいる」と前置きしつつ、「私はジェンダー・クオータの仕組みには疑問がある」とコメントする。
「ジェンダー・クオータは、本質的な問題解決にはならないと思っています。つまり、それだと同じスタートラインに立っていないなと。最近ノーベル経済学賞を受賞した方(ゴールディン教授)が、男女の賃金格差の本当の原因を突き止めました。それはローラが議論したような、子育ての観点から見た女性に対する明確な差別にあるというのです。例えば一方が育児を担当し、もう一方のパートナーがキャリアに専念するのでは、同じスタートラインには立てません。やるのであれば、せめてノルマと呼ぶのをやめて “インクルージョン・ベンチマーク” と呼んでほしいと思います」(ウィック氏)
ウィック氏は弁護士事務所→米国司法省→FinCEN(金融犯罪捜査網)→Chainalysis→米国下院→Incite Consultingという、非常にユニークなキャリアを歩んできた人物なのだが、政府関係の仕事の際は女性が非常に活躍していた一方で、ブロックチェーン業界に入った途端に急にその比率が大きく低まったことに驚いたという。
そんな気づきから、同氏は2022年10月に「The Association for Women in Cryptocurrency」を立ち上げた。AWICは、ブロックチェーンやWeb3など、クリプト業界における女性の活躍機会とデジタル金融の未来において女性が果たす役割を推進するためのプラットフォームで、イベントやウェビナーの開催のほか、メンタリングやネットワーキングの機会等を提供している。具体的には、本セッションの時点で12カ国で50以上のイベントを開催しており、会員数も18カ国で400人以上が登録しているという。
「私は30歳で検事になったのですが、当時ある会合に出席したとき、刑事側の弁護人が入ってきて『コーヒーを一杯もらえないか』と頼んできたのを覚えています。戸惑っている私を見て彼が『君はアシスタントじゃないのか? 秘書じゃないの?』と聞いてきたので、私は『いやいや、私はあなたのクライアントを起訴する者です』と答えました。そこから彼は平謝りして、1年半の間、会った時は毎回謝ってきました。おそらくここにいらっしゃる皆様も、女性だからという理由で過小評価されたり、二の足を踏まれたりといった経験があるのではないでしょうか。そして、それは必ずしも意図的なものではないのが厄介なところです。今お伝えした事例についても、彼の人生において、彼が幼少期に見てきた女性のほとんどは秘書だったのでしょう。そのような考え方を変え、私たち自身の考え方も変え、アンコンシャス・バイアスを元に戻すことが、ローラ(ロー氏)の指摘する希望であり、私たちが望んでいることなのです」(ウィック氏)
女性の82%、男性の48%がそれぞれハラスメントを経験しているという驚きの実態
The Association for Women in Cryptocurrency(以下、AWIC)では、2023年に200以上の企業群から500名以上の回答者を対象にアンケート調査を実施した。暗号資産、ブロックチェーン、Web3の分野で拡大する男女の格差に着目し、なぜ男女共同参画の欠如がこれらの領域における世界的な採用のボトルネックとなっているのかを強調すべく、該当のアンケートではインクルーシブカルチャーやフェアマネジメント、職場の柔軟性や安全性などがインクルージョン・ベンチマークとして設定されているという。
その結果の詳細は2024年3月26日に発表される予定だが、このセッションにおいて先んじて、以下のポイントとなる結果がウィック氏より共有された。なんとなく分かっていたことではあるが、こうやって数値となって定量的に示されると、結構ショッキングな結果である。
- 暗号資産、ブロックチェーン、Web3業界のインクルージョンスコアは、IT業界全体の「78」よりも大幅に低い「43.9」となった
- 暗号資産、ブロックチェーン、Web3業界では、女性の82%、男性の48%が、それぞれハラスメントを経験している
- インクルージョンスコアのばらつきを踏まえて、組織として全社的かつ包括的な取り組みを進めることの重要性が浮き彫りとなった
これらの結果を受けてAWICが立ち上げたのが「#UnManelYourPanel」というイニシアチブである。Manelとは、男性だけが登壇しているパネルセッションのこと。AWICのLinkedInポストによると、「Manelは女性を完全に無視することで、女性の代表不足と誤認を永続させている」としており、また「慣れ親しんだ人脈以外の世界を見るために必要な足で稼ぐ努力の欠如や、会話の質に対する多様性の重要性の理解不足から生じる傾向がある」として、例え悪意があってそのような結果になったわけではないにしても、「避けられる結果であるにもかかわらず、なぜ男性パネルばかりを受け入れてしまうのかを問うことは重要だ」と強調している。
「現実問題として、ここにいる皆さんに明日の夜ディナーパーティーを開いてください、そして全員知らない人を招待してくださいとお願いしたら、何人の人が手を挙げるでしょう? ほとんどの人は知っている人を招待しますよね。つまり、気の合う人を選ぶわけです。無意識のバイアスは、意図的に意地悪をしているわけではなく、知っている人のところに行くという “社会的な条件付け” なのです。そして、もしあなたが主に男性手動でビジネスが運営されてきた社会にいるのであれば、男性のところに行くのではないでしょうか。私たちがやろうとしていることは、その輪を大きくして、意図的に包括的にすることなのです。偶然に、男女平等が実現することはありません。ですから、このような取り組みを行っている企業や、知らずしらずのうちに先導的な役割を果たしているようなCEOには、本当に感謝をしたいと思います」(ウィック氏)
このウィック氏の取り組みを聞いて、ロー氏も「私たちのスタート地点があまりにも違うので、全員が同じ土俵に立てるようにすることが重要だというアマンダの意見に強く同意する」とコメントしつつ、クォータ制も一定の役割を果たすと私見を述べた。
「先ほどアマンダが言っていた検察時代の話ですが、私も似たような経験があって、それこそ同様にコーヒーを頼まれることがありました。でもこれは、アマンダの言う通り、社会にプログラムされたアンコンシャス・バイアスのようなものです。では、どうすればこのような思考のプログラミングを解くことができるのかというと、それが職場に浸透する前に、家庭や学校での教育から始めることなのだと思います。ちなみに、2021年にシンガポール証券取引所は、上場企業に対して取締役会の多様性方針の策定を義務付けました。そして、上場企業は年次報告書でダイバーシティの目標、計画、スケジュール、そして進捗状況を公表する必要があるとしています。その結果、1年前は20%だった女性取締役の登用が、2022年には40%にまで増えています。ですから私としては、ある程度はクォータ制を導入することには賛成です。もちろん、そのクォータ制のおかげであなたがここにいるのだと考える人もいるかもしれませんけどね。いずれにせよ、そもそも公平な競争条件ではないという事実を認識してもらわなければ、女性や企業全体が不利な立場に置かれることになると、私は考えています」(ロー氏)
発言することを恐れず、自分のアイデアを共有し、新しいチャレンジに挑んでほしい
ここまでの議論の内容を踏まえて、最後に各登壇者より、女性や若いビジネスパーソンに向けたメッセージが寄せられた。
「アフラックでは毎年意識調査を行っているのですが、管理職になりたくないというメンバーが一定数います。男女とも『家庭との両立が困難だと思うから』が理由のトップになっていて、また管理職はワークライフバランスの実現が難しいのかという質問に対しては、管理職は『それほどでもない』と回答しているのに対して、非管理職メンバーの多くは『すごく難しそう』と答えています。つまり、見えないところでの不安が大きそうだと感じています。自分には向いていないと考えることもあるかもしれませんが、声がかかっている時点で周りから評価されているので、後に続く人のために道を一緒に作っていき、チャレンジしていってほしいと思います」(橋本氏)
「最近思うのは、年功序列や根回し文化というものが、女性だけでなく優秀な人材が能力を発揮するのを大きく阻害しているということです。そう考えると、世代交代で若い世代が多くなれば、多くの問題は自然に解決できるとも思っています。世代交代を図り、土台となる文化を作り、その文化を巻き込んでいかなければならないでしょう。金融機関のCEOとして、私はそのような社会の発展に貢献したいと思っていますし、若い優秀な人たちに仕事を楽しんでもらいたいと思っています」(清明氏)
「今週、日本にいる日本の人たちと話をしていて、アメリカのような個人主義で競争心の強い『私』の社会と、日本のような集団的利益を重視する『私たち』の社会との違いについて話していました。ある男性と話していたとき、彼はこう言いました。日本の男性は国外に出ると、個人としてアグレッシブではないので、ビジネスをすると不利なんだと。でも日本の女性はそうではない。なぜなら、常に競争しなければならなかったからだと。これまで平等に扱われなかった社会で常に戦ってきたあなたたちだからこそ、これからの時代は勝者になる可能性が高いと思っています。今がその時です」(ウィック氏)
「若い女性だけでなく、すべての若者に言いたい。発言することを恐れず、自分のアイデアを共有し、新しいチャレンジに挑んでください。テーブルの席が欲しければ、自由に発言し、アイデアを共有できる勇気を持たなければなりません。あなたには社会を大きく変える可能性があることを忘れないでください。包括性と支援の文化を育むことで、より包括的な社会、そしてみんなのための業界に貢献することができるのです。このセッションに参加してくれたこと、特に、この部屋にいる男性の存在に感謝したいと思います」(ロー氏)
取材/文/撮影:長岡武司