OpenAIによるGPTシリーズやその次世代バージョンであるo1シリーズをはじめ、GoogleのGeminiシリーズ、AnthropicのClaudeシリーズなど、様々なAI企業が切磋琢磨しながらLLM(大規模言語モデル)開発競争を繰り広げている。日常生活等における汎用的な用途での活用であれば、LLM各社から提供されているチャットツールが非常に有用であるが、一方で業務での使用となると、以下の記事でも言及したような「特化型AIモデル」に歩があるシーンが多い印象だ。
例えば翻訳利用を考えてみると、筆者はここ最近でChatGPT-4oとGemini Proと DeepLを併用しているわけだが、3つのLLMに対して同じ文を投げかけると、3つに1〜2つくらいの割合でDeepLのファーストアウトプットを採用している。もちろん完璧なわけではないのだが、編集コストが前者2つのLLMと比較して相対的に低い印象なのだ。また、アウトプットの“スピード”で考えても、前者2つに比べてDeepLはすぐに訳文を返してくれるので、より作業が捗ることも大きいだろう。このように、編集者・ライター・リサーチャーとして日々多くの英文に触れている立場からすると、LLMの躍進は素晴らしいものの、翻訳という限定的なシーンで考えると、まだまだDeepLのような特化型AIモデルには敵わないと感じる。
今回は、そんなDeepLのCEOであるヤロスワフ・クテロフスキー氏がビデオ出演した、生成AI特化型カンファレンス「GenAI/SUM」(日経新聞社主催、2024年10月7日〜9日開催)でのプレゼンテーションの様子をお伝えする。
※本記事では、クテロフスキー氏の発言内容をDeepLを使って全文翻訳した上で、ポイントを抽出・整理する形で編集しています
世界的に見ても、日本のAI活用は道半ば
こんにちは、DeepLのCEO兼創設者のヤロスワフ・クテロフスキーです。GenAI/SUM 2024に参加できることを大変嬉しく思います。この度はご招待をいただき、誠にありがとうございます。
現在、AIがこれほどまでに重要な役割を担っていることは非常に刺激的です。AIは、いろんな事が過大に評価される段階から、企業で導入し、日常生活で使用し始める“統合段階”へと移行し始めています。テクノロジーの普及曲線を思い浮かべてみてください。私たちは今、完全に “アーリーマジョリティー” の段階にいます。今からみなさんに向けて、AIを具体的に導入する方法をお伝えできることが楽しみです。
今回はLLMのような汎用型モデルと特化型AIモデルの違いについて掘り下げていくわけですが、その前にまずは現状を振り返ることで、企業がAI導入において進むべき方向性を導くことができるでしょう。
AIの導入が過去5年間でどのように変化したか。2023年は、世界が生成AIを発見した年でした。PoCの年であり、テストの年であり、テクノロジーに慣れ親しんだ年でもありました。新たなAIブームが到来し、企業としても、その可能性をテストし、その価値や能力を理解することに重点的に取り組んでいきました。
それが2024年になると、状況は大きく変化しました。AIはPoCからメインストリームへと移行し、多くのシーンで価値を生み出し始めています。過大に評価される部分は徐々に現実的なものになっていき、企業はAIの具体的なメリットを認識し始めるようになりました。
よって、AIの導入に関する議論から、AIの実装をいかに加速するかへと、議論の軸が移り始めている印象です。現に、多くのグローバル企業がAIを採用しており、生成AIを定期的に使用している企業は65%に上っています。10カ月前と比較すると、その割合はほぼ2倍に増加していることがお分かりいただけるでしょう。
こちらもグローバル市場のデータです。72%の企業は少なくとも1つの業務で生成AIを使用していることが分かっています。 一方で、5つ以上の業務において生成AIを活用している企業はわずか8%に過ぎません。つまり、AIの組織的な活用という観点において、まだまだ多くの成長の余地があると言えるでしょう。
さて、世界のAI導入と日本市場の動向は、若干異なります。最近の調査によると、日本企業の41%は業務にAIを活用する予定がないことが判明しました。これに伴ったサーベイによると、69%の企業が「職場でのAI活用にリスクを感じている」ということで、AI活用の “リスク” に対する懸念が活用のブレーキになっている事が推察されます。具体的には、データ保護の問題や明確な規制の不在、サイバーセキュリティの脅威等が挙げられ、日本のリーダー層がAI導入を躊躇する気持ちも十分に理解できます。
とはいえ、世界的に見るとAI開発・導入は重要なフェーズに来ており、先ほどの41%という数字は、逆に捉えると「59%の日本企業は業務でのAI導入を検討している」ということになります。
多くの実証済みAI技術が利用可能になってきていることから、私たちはAI導入に伴うリスク等とのバランスを取りながら、前向きに捉え、効率化に向けた活用を模索していくことが重要と捉えています。
細かい企業ニーズへの対応が必要であれば「特化型AIモデル」
ここまでお伝えしてきた通り、新しいテクノロジーの導入は偏見も相まって慎重になる傾向にありますが、日本だけでなく世界的にAI導入のペースが速まる中、企業が競争力を維持するためには、ビジネスの方向性に合わせて定説なAIを積極的に取り入れることが不可欠だと考えます。
ここで、企業のユースケースに特化した「特化型AIモデル」の価値と留意点について、汎用的なLLMとの比較から探ってみたいと思います。
そもそも、自社のビジネスに適したAIモデルを選定する場合、最初のステップはニーズとユースケースを理解することにあります。テクノロジーが先ではなく、あくまでビジネスニーズが先です。そして、この部屋にいる誰もが、AIの企業ユースケースが一般的な消費者ユースケースよりもはるかに複雑で多様であることを理解していると思います。
では、これはAIにとって何を意味するのでしょうか?AIを導入する企業にとって、いくつかの点を考慮する必要があります。より高い精度が求められ、より多くのカスタマイズが必要になり、より強固な機密保持と高い安全性が前提になってきます。製造業であろうとメディア業であろうと、ここに関しては共通と言えるでしょう。
さて、少し技術的な話になりますが、OpenAIのGPTやGoogleのGeminiのようなLLMは、幅広いタスクを処理するように設計されています。これらは広範で多様なデータセットでトレーニングすることで汎用性を実現し、多くの異なるニーズに対応し、多くの異なるユースケースに対応することができます。一方で、特殊なユースケースや専門性が必要なタスク、精度の高さを要するようなカスタマイズ性などに関しては、必ずしも提供できるとは限りません。
そこで注目されているのが特化型AIモデルです。こちらは特定のドメインやタスクに特化したモデルということで、ドメイン固有のデータでトレーニングされ、特定のタスクや業界向けに最適化されたものになります。よって、特化型AIモデルの方が、より細かいニーズに対応できるとも言えます。より具体的なROIを得ることができ、より高い精度と効率性を実現し、ユーザーエクスペリエンスの向上にも寄与するでしょう。また、特化型AIモデルの提供企業は往々にして顧客ビジネスの周辺領域に関する機能も提供するでしょうし、それ故に規制環境への準拠も容易になります。そして専門性が高いため、モデルサイズが小さくなる可能性があり、最終的な費用対効果もより高くなることが期待できます。
ChatGPTやGeminiよりも優秀な翻訳品質はどうやって実現しているのか
さて、DeepLはそこにどのようにフィットしているのでしょう?私はここで、特化型AIモデルの一例としてDeepLを取り上げることで、特化型AIモデルの活用によるROI向上の実例をご紹介できればと思います。
2017年にDeepLを設立したとき、私の焦点は、人々や企業の「言語にまつわる課題」を解決することにありました。
少し俯瞰して見てみると、会社創業依頼の世界の貿易額は43%増加しており、ビジネスはより多くの地域と言語を横断するようになっています。グローバル企業にとって、効果的なコミュニケーションはより極めて重要になってきており、社内業務から社外での顧客との関係に至るまで、すべてに影響を及ぼしていると言えます。だからこそ、言語の障壁を適切に管理し、正確な翻訳を保証することへのニーズは年々高まっている状況です。
では、DeepLは現在何を提供しているのか?DeepLは、AIを活用した企業向け翻訳・ライティングソリューションなど、言語のユースケースに合わせたさまざまな特化型AIソリューションを提供しています。
私たちが優先しているのは、カスタマイズ可能で、各企業に適したプラットフォームを提供すると同時に、データ保護と業界標準への準拠という点で、安全で堅牢なプラットフォームを提供することにあります。
そしてそれらは全て、私たちが開発する独自LLMテクノロジーによって支えられています。LLMということで、専門的ではあるものの、翻訳専用に作成している大きなAIモデルになります。翻訳モデルのトレーニング用に調整された、過去何年にもわたって収集した独自のデータを活用していると同時に、品質を高めるために、世界中で何千人もの翻訳者を雇用しています。このような研究やイノベーションへの投資を通じて、最近新たな次世代モデルのプロダクトリリースにも至っています。(詳細はこちら)
この次世代モデルは、翻訳品質の世界的な水準を引き上げています。こちらのスライドは外部のプロ翻訳者によるさまざまなモデルをブラインドテストした結果なのですが、これを見ればDeepLの品質の高さがお分かりいただけるでしょう。
でも本当に重要なことは、DeepLを翻訳ソリューションとして採用した場合に、一人の従業員の効率と生産性がどれだけ向上するかということだと思います。
そこについては、非常に具体的な数字になって現れています。DeepLがForrester社と行ったこちらの調査では、DeepLを採用した企業におけるROIが345%であることがわかりました。また、文書翻訳の削減による節約額も280万ユーロに上ります。
私たちは世界中で10万社以上のお客様に恵まれていますが、その中には多くの大手日本企業も含まれています。日本の企業が、社内だけでなく社外のお客様とも、全世界でより良いコミュニケーションを図るために、私たちの専門技術を本当に信頼してくださっていることを物語っていると思います。
以上、ご清聴ありがとうございました。
取材/文/撮影:長岡武司