1年前に見た「#YATAGALLAS」はLoveTechの予感
2019年2月、一枚の画像がFacebook上に流れた。
画像引用:中野功詞(なかの こうじ)氏のFacebookプライベート投稿より
柔らかいオレンジの文字盤がなんとも印象的な置き時計とともに、「#YATAGALLAS」「#大型高級ニキシー管時計」「#interiordesign」「#highend」という4つのハッシュタグのみが付されたプライベート投稿。それ以外の情報は一切ない。
投稿したのは、JAEGER DOCSON株式会社(以下、イエガードクソン社) Founder & CEOの中野功詞(なかの こうじ)氏。実は以前、LoveTech Mediaで取材したOQTA株式会社のCEOでもある。
ココロの時代を牽引する“エモーショナルテクノロジー”の可能性にいち早く着目し、当時インタビューしたCPO・高橋浄久氏と共に、その思想を「思いを届ける鳩時計」=「OQTA HATO」へと昇華させていった人物だ。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/oqta20180626/”]「鳩時計の次は高級置き時計か。具体的にどんなプロダクトかわからないが、とにかく名前と見た目がかっこいい!そして、LoveTechの予感がする。」
そう感じたことを覚えている。
それから8ヶ月後、2019年10月に「YATAGALLAS」のサービスページが立ち上がり、正式に販売開始となった。トップには以下のような文言が刻まれている。
“Beyond Ages. - 失われていくテクノロジーを現代に呼び起こし、世界で唯一の高級置き時計を作るという哲学を具現化する。”
画像引用:YATAGALLASホームページ
なんともLoveTechな一文だ。
具体的にどのようなプロダクトで、それはどんな思想で設計されているのか。当メディアでは前後編に渡って「YATAGALLAS」を追っていく。
まず前編では、ほとんどの方が知らないであろう「ニキシー管」について簡単に解説した後に、YATAGALLASの具体的な仕様をご紹介する。
1990年代に生産終了した「ニキシー管」
「ニキシー管」とは、かつて世界中で使われていた古いタイプの表示器。真空ガラス管にメッシュや動線で構成される文字盤を配置し、その電極に電流を流して発光させる放電管のことだ。ニキシーという名称は、“Numeric Indicator eXerimental No. 1”(NIX1)からきていると言われている。
1950年代にヨーロッパで生まれたこの技術は、視認性が高く、表示速度が早く、また発熱量も低いなど、発明当時は画期的なものであった。電子計算機・電圧計などのエンジニアリングの世界から、自動販売機・タクシーメーターなどの業務用機器、株価表示版や空港用電光掲示板などの大型ディスプレイ、高級ステレオ機器や卓上電卓などの生活用品まで、文字盤ディスプレイとして様々なシーンで活用されていたという。
だが液晶ディスプレイや蛍光表示管など、より小型で消費電力が低い表示装置の出現によって、ニキシー管の需要は徐々に低下。1970年代頃には技術的なメインストリームから外れ、1990年代でとうとう全世界で生産が終了することになる。
「ニキシー管なら、秋葉原で見かけたことありますよ。」
そう、生産終了後も販売自体は各地で継続されている。だが、その殆どは生産終了前に製造された在庫。70年代など後期に生産されたニキシー管はかなり寿命が長く、それらが一部のマニア向けに細々と流通しているというわけだ。
チェコで生産復活、独占販売契約へ
このように、一時は“過去の遺物”として我々の日常生活から完全に消え去ったニキシー管だったが、2011年になって生産体制の再構築に着手した人物がいる。チェコ共和国在住のエンジニア・Dalibor Farny氏(以下、ダリボア氏)だ。
写真左)中野氏、写真右)ダリボア氏(画像提供:イエガードクソン社)
同氏はもともとニキシー管についてなんの知識も経験もなかったが、その美しさに魅了され、独学で作り方を探っていった。試行錯誤から2年後の2013年には、最初の試作品が完成。現在は世界唯一のニキシー管専門メーカー「ダリボル・ファルニー社」として、各国の愛好家からの要望に応えている(ダリボア氏のによる生産工程案内動画はこちら)。
そして、このダリボア氏の活動を紹介したネット記事を読み、ピンときて代表の中野氏に紹介したのが、イエガードクソン社のエンジニア・河上誠(かわかみまこと)氏。YATAGALLASの基盤構築を担っている人物である。
写真左)中野氏、写真右)河上氏
早速現地に向かった中野氏はダリボル氏と意気投合し、その場で日本と台湾での独占販売契約を締結。帰国後、河上氏エンジニアリングのもとで、早々にYATAGALLAS制作に着手した。
八咫烏(ヤタガラス)とマリア・カラス(Maria Callas)
「YATAGALLAS」というブランド名。これは、我が国の神話に登場する、三本足のカラス「八咫烏(ヤタガラス)」に由来している。実は、イエガードクソン社が所在する地域の氏神様が青山熊野神社であり、そのシンボルが八咫烏だというのだ。
中野氏「そのご縁と、事業成功への導きを願って、ブランド名をヤタガラスとしました。ちなみに、ガラスのスペルは一般的な“GLASS”ではなく、マリア・カラスの“Callas”を参考にして、“GALLAS”としています。」
筐体モデルは全部で3種類(2020年4月6日時点)。材料の選定、加工、研磨、塗装、組み立てと、熟練の職人が1点ずつ手作業で仕上げている。
YTPB(ピアノブラック)。トップカバーは黒塗装ガラスを使用し、重厚感のある仕上げとなっている。 ボディーは深みのある黒の鏡面仕上げ。ガラスの厚み箇所からLED LIGHTが光り輝き、夜景の観えるリビングルームやグレーを基調としたお部屋でのナイトライフを演出(画像提供:イエガードクソン社)
YTWD(ウォールナット)。高級ウォルナットの無垢材を使用したモデル。高級家具と同様の手作業で一点づつ丁寧に作り上げた。リビングルームやオーディオ空間にマッチする(画像提供:イエガードクソン社)
YTPW(ピアノホワイト)。トップカバーに天然大理石を使用したデザイン。清廉な仕上げとなっている。落ち着いた白のボディーは塗装と磨きを幾度も重ね、美しい鏡面仕上げを実現している。白を基調としたリビングルームや海が見える別荘などに最適(画像提供:イエガードクソン社)
それぞれ基盤には、シリアルナンバーが入ったプレートが取り付いている。
(画像提供:イエガードクソン社)
また、電子基板を保護する内天板に八咫烏を刻印しており、細部までこだわった作りになっている。
(画像提供:イエガードクソン社)
癒しの秘訣は「アナログ回路」
YATAGALLASは、表示と制御がデジタルである一方、基盤回路の一部はあえてアナログで構成しているという。全て1枚のデジタル回路で構築するのが簡単なのだが、これだとニキシー管を高速点滅させることになるので、どうしても表示に“チラツキ”が発生してしまうというのだ。
そこで河上氏は、昔の回路を参考にアナログ回路を組み上げ、気になるチラツキを解消。ロウソクの炎のような色合いと雰囲気を出すことに成功した。
だが、制御までもアナログにしてしまうと保守性の観点でイケていない。時刻や明るさ、数字の表示形式など、購入者がスマホで気軽に調整できるよう、制御部分についてはデジタル回路になっているという。アナログとデジタルが融合した、まさにスチームパンクな仕様というわけだ。
中野氏「基盤部分はすべて河上が仕上げてくれました。ハードもソフトも、なんでもできる超優秀なエンジニアです。こんな人物、他にいないですよ。」
この“癒しの灯り”へのこだわりは、回路設計だけに留まらない。電源プラグにオーディオ用の特別なものを採用することで、チラツキのノイズをさらに軽減させている。使用するパーツに一切の妥協がない。
(画像提供:イエガードクソン社)
さらに、ニキシー管そのものにも工夫が施されている。 ニキシー管は構造上、数字の陰極線が重なり合っており、発光している数字上に発光していない数字の陰極線が被ってしまう。だがYATAGALLASでは可能な限り美しく各数字が表示されるよう、陰極線の角度や重なる位置を調整。「1」などは美しく発光させるため、陰極線を「2本」配置するなどの工夫を施しているという。
(画像提供:イエガードクソン社)
まさに、イエガードクソン独自の「モダンニキシー管」と言えるだろう。
超高級クロックは、すべてをアプリで制御
先述の通り、YATAGALLASの制御はスマホで完結する。デジタル制御回路が専用アプリとBluetoothで連携しているのだ。
(画像提供:イエガードクソン社)
「デジタル変換」とは、秒数や分数など、表示される数字の変遷仕様を制御するパラメーター。「ノーマル」「クロスフェード」「スロットマシーン」の3種類を選択することができる。ちなみに、スロットマシーンで設定した際のデジタル変換の様子がこちらである。
「カソードクリーニング」とは、電極の焼きつき防止のために、一定時間ごとに行われるもの。秒表示は毎秒変わるので焼きつきの心配はないのだが、時間表示、中でも10の位の数字は最大で9時間59分59秒同じ数字が表示され続けるので、焼きつくこと必至だ。そのため、一定時間で各電極をクリーニングする必要がある。その様子がこちらである。
ちなみに、本アプリはYATAGALLAS購入者でなくともダウンロードすることができる。
上記の制御画面こそ、購入者のみ設定が可能なのだが、トップのYATAGALLASクロックは誰でも利用可能。筆者もプライベートスマホにインストールしており、ちょっと余裕のあるときに開いて、これで時刻を確認するようにしている。
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ここまで、YATAGALLASの具体的な仕様やこだわりについてご紹介してきた。
では実際に、どのような目的でどんなターゲットに対し、いかなる思いでこのプロダクトを届けようとしているのか。後編では、代表の中野氏にお話を伺った。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/20200417yatagallas2/”]