2021年9月29日(水)〜10月1日(金)にかけて東京・日本橋の会場およびオンライン配信のハイブリッド形式で開催された、日本経済新聞社主催の『金融DXサミット』(Financial DX/SUM、読み方:ファイナンシャル・ディークロッサム)。「持続可能な社会へ向けて加速するデジタル変革」というテーマのもと、国内外より、金融領域に関わる事業者や技術者・研究者、当局者、教育関係者などの様々なステークホルダーが一堂に会し、「金融 × DX」を軸とした多様なディスカッションを繰り広げた。
本記事では前回に引き続き、「ペイメントの未来 〜社会全体を巻き込むDXを目指して」というテーマで設置されたセッションの様子をお伝えする。議論は佳境に入り、決済の民主化に向けたポイントや印象的なエピソード、各社が今後取り組むべき施策等について語られた。
- 山田 康昭(GiveFirst 代表取締役CEO/日本経済新聞社 SUM事務局 アドバイザー)※モデレーター
- 須藤 憲司(Kaizen Platform 代表取締役)
- 千葉 孝浩(TRUSTDOCK 代表取締役CEO)
- 沖田 貴史(ナッジ 代表取締役社長/Fintech協会 会長)
- 三輪 純平(リクルート プロダクト統括本部 シニアエキスパート)
日本市場においてはUX設計がポイントになる
(前編にて)Kaizen Platform代表の須藤氏が話題に出した「ペイパルによるPaidy買収」の事例に見られるとおり、BNPL(Buy Now Pay Later)のような後払い決済サービスへの期待値は海外で非常に高まっている。LoveTech Mediaでも、買収前の約2年前にそのポテンシャルを取材した次第だ。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20191217paidy/”]このBNPLをはじめとする後払い決済市場は、ペイメントの民主化の起爆剤になるのか。これについて須藤氏は以下のようにコメントした。
「例えば今、eコマースやそこでの返品処理、あるいはメルカリみたいなセカンダリーマーケットなどとBNPLが、シームレスに繋がってこようとしています。そしてこれが、消費の仕方を結構なレベルで変えると言われています」(須藤氏)
須藤氏が例に挙げたのが、メルカリでの購買体験のケースだ。つまり、ある人がメルカリで服を買う際には、「その商品がいくらで売れるのか」をあらかじめ考えながら買うことが増えているというのだ。そうすると、仮にクレジットカードで購入した場合に、クレジットカードの請求がくるタイミングまでにメルカリで売ってしまえば、入金と支払の辻褄が合うということになる。
「日本では昔、冷蔵庫やテレビといった高額商品を買いたい場合は割賦販売をしていました。つまり、給料が上がっていく前提だったからこそ、ペイもできるだろうということです。実はこれ、資本主義のエンジンそのものになっている側面があって、現代でも発展途上国などで非常に大きな役割を担うことが期待されています」(須藤氏)
またナッジ代表の沖田氏も、BNPLや後払い決済はペイメントの起爆剤になり得るとした上で、日本市場においてはUX設計がポイントになると強調する。
「例えばアメリカでのBNPLは、これまでクレジットカードを持てない層に対して消費喚起ができるということで、売り上げを伸ばせる施策という側面があります。日本でもそのような金融包摂的な観点がないわけではありませんが、それ以上に大きいのがUXのところです。具体的には、BNPLだと「カゴ落ち(カート放棄)」が少ないんですよ。クレジットカードみたいにわざわざ番号を入力しなくても済むわけです。これを聞くと金融機関の方々は、そんなに面倒ですか?っておっしゃると思いますが、ネットの人たちはこのような細かいUXに細心の注意を払っています。体験ごと変えていく必要があるということです」(沖田氏)
稼働率がいい工場は、ランチが給与天引きになっている
これに対してTRUSTDOCK 代表の千葉氏は、BNPLをはじめとする決済の「多様化」に着目し、そこでの組み合わせにチャンスがあるのではないかと期待を寄せた。
「後払い自体は概念として古いものだと思っていまして、支払うタイミング的には、前払い、同時払い、後払いという3つのタイミングがあり、それぞれにさらに“つけ払い”みたいな細かいパターンが何個もあります。例えば古物の世界でも、先にお金を払ってからモノを送ってもらうみたいな形があります。組み合わせによるところがあるからこそ、入れ替えるだけでイノベーションが起こるといったことも、ペイメント軸で起こりやすいなと感じます」(千葉氏)
また三輪氏からは、ECのようなサイバー空間での話だけではなく、店舗などのフィジカル空間での活用もしっかりと考える必要があるとの指摘がなされた。
「リクルートみたいな会社だと、いわゆるフィジカルな店舗を相手にしてるところがありますので、BNPLサービスをフィジカル場面でも使えるようにしなきゃいけないのかなと思っています。一方でそうなると、先ほど千葉さんがおっしゃったような、つけ払いの信頼関係みたいなところにぶち当たっちゃうかもしれません。つまり、これまでは一見さんしかつけ払いができなかった居酒屋で、誰でもつけ払いができるようになるのであれば、もうそれこそ文化が変わっていくわけです。まさにDXなんだと思います。
これは持論ですが、買う側の人の情報が自分でコントロールができて、その情報がちゃんとクレデンシャルを受けて必要なタイミングで提供できるという、まさに分散型IDとか自己主権型IDみたいな話が本当にできるようになれば、できないことはないと思っています」(三輪氏)
さらに話題は、お金を“稼ぐ”という領域のデジタル化についてへと発展。デジタルペイメントによるインサイトの風穴が空いたエピソードとして、須藤氏から印象的なストーリーが共有された。
「非常に面白いのが、社員証決済、要は給与天引きです。世の中のサラリーマンの平均小遣いって、確か3万8千円とかなんですよね。冷静に考えると、自分の小遣いからランチを食べるのか、それとも給与天引きで食べるのかは、めちゃくちゃ重要なイシューなわけですよ。現に、僕はよく仕事で工場にいくことがあるのですが、めちゃくちゃ稼働率がいいところとそうでないところの差は、明確に給与天引きかどうかだったんです。今我々は確かに、先進国で普通に給与所得もあるわけですが、あるセグメントやシーンに陥った時に、お金の出し方を変えるだけでとってもキラーなユースケースになるシーンってたくさんあると思っています」(須藤氏)
インフラ確立に向けて考えるべき、APIとインターオペラビリティ問題
では、ペイメントがDX社会のインフラとして十分に機能するためには、具体的にどのような課題があるのか。これについては三輪氏から、「API」と「インターオペラビリティ」という2つのキーワードが提示された。
「APIについては一度、改正銀行法でオープンAPIをやったのですが、銀行とフィンテック企業の相対みたいになってしまって、本当の目的であるオープンネスの達成はまだまだできていないところです。もう少しマルチパーティーで相互関係を意識したような形にして、且つトラストフレームワークを入れないと、インフラとしてはもたないなと思っています。
あともう一つは、インターオペラビリティ。つまり、Operable(操作可能)なものにしなければならないということです。いろんなステークホルダーの塊みたいなものがお互いに運用するという位置付けなので、多集中型(Polycentric)エコシステムになっていくと思っていまして、新たなガバナンスシステムを考える上でのキーワードが、この多集中型メカニズムだということです」(三輪氏)
インターオペラビリティ(interoperability)とは日本語で「相互運用性」と訳される言葉で、要するに、多様な別個のシステム同士をシームレスに連携させ、全体最適として動作させるというシステム工学用語だ。近年ではブロックチェーン技術の実装シーンにおいても多用されている。以下のトラベルルールに関する記事で、その文脈をご確認いただきたい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200908bg2c05/”]「元々はノーベル賞を受賞されたElinor Ostrom(エリノア・オストロム)さんの考えなのですが、この信頼を作るというところが根拠にあって、そのために「協働」の必要があるとしています。これは英語ではコラボレーションではなくコ・プロダクション(Co-production)、すなわちお互いに生産していくというプロセスとしてだと表現されています。つまり、インターオペラビリティの中で協働する人たちが、どこで専門的に働いてどういう役割をしているのか、ステークホルダーが認識している必要があるわけで、これについてピンダー・ウォンは“PolyCentric Stewardship”と表現しています。そういうことを確立していかないと、インターオペラビリティは成立しないんじゃないかなと思っています」(三輪氏)
※ピンダー・ウォン氏(VeriFi (Hong Kong)会長)登壇のセッションとして、以下のBGIN(ブロックチェーン国際ネットワーク)設立時セッションもご参照いただきたい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/bgin20200625/”]いかに「大義名分」を作れるかがポイント
最後に、各登壇者よりペイメントの民主化・インフラ化に向けた施策について、それぞれコメントが述べられた。
「決済や金融って、実はあまり楽しいものじゃないんですよね。なるべく不安や不便を減らしましょうという部分はすごく頑張るわけですが、楽しいという要素はあまり含まれないと思っています。もちろん、ポイントが貯まる的な“お得”感はありますが、このような“お得”以外の“楽しい”と感じる要素をしっかりやると良いのかなと思います」(沖田氏)
「ペイメントをデジタル化するだけでは、“三方よし”にはなりません。リクルートでも「Airシフト」というプロダクトがギグワーカーさんに多く使っていただいていて、勤怠管理を通じて雇い主とのコミュニケーション促進やシフト管理等につなげています。このように、周辺領域も含めてうまくデジタルシフトして決済にもっていかないと、新しいものは生み出せないかなと思います」(三輪氏)
「給与支払には色々なパターンがあると思っていて、本業の1社から支払われる給与以外のところからペイメントに入っていくと、大きな広がりがあると思っています。日々不便を感じていたり、多くの手数料を抜かれている言える領域は結構多いと思っていて、だからこそチャンスも多いのではないかと。金融サービスの「融」は「融ける」ことだと思うので、生きている中で融け込んでいけると、めちゃくちゃいいんじゃないかなと思います」(須藤氏)
「日本人って、実は結構“祭り好き”だったりだとか、何か“言い訳”があるとすごくやりやすくなる側面があって、いかに大義名分を得るかってところがあると感じています。例えばキャッシュレス縛りでサービスを考えなければならないとか。イベントチックに大義名分を与えると、「だってしょうがないから」と言って今までやらなかった人もやることが多くなると思うので、社会全体でうまいことDXを使わせる言い訳を考えて、大義名分を与えまくることで、DXはどんどんと進むんじゃないかなと思っています。そのためにも、勝者一人勝ちじゃなくて、全員でプロトコルAPIを合わせてぐるぐるとデジタルtoデジタルの社会を作っていくことができたら、さらに前進するのではないかと思います」(千葉氏)
金融DXサミット レポートシリーズ by LoveTech Media
Report1. マネーと資産の垣根が溶けるDX時代で大切なこと
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