8月1日都内で開催された、授乳の多様性について考える「おっぱいの日」イベント。
お母さんだけが育児の担い手ではない。お父さんだけでもない。いろんな人の手が、この子の将来に差し伸べられますように、という思いを込めて発足された「あの手この手子育て実行委員会」による、実験的なイベントである。
催しはお昼と夜の2部制に分かれており、第1部ではJR渋谷駅前にある広場で一斉に授乳をするという「みんなで授乳!」イベントが、第2部では母乳や育児に関わるトークセッションやBabyTech(以下、ベビーテック)(※)スタートアップピッチが行われる「おっぱいカンファレンス」が、それぞれ開催された。
※BabyTech:Baby × テクノロジーの造語。テクノロジーにより出産や育児をエンパワーするようなプロダクトや取り組みを示す。
後編では、第2部の「おっぱいカンファレンス」についてレポートする。
第1部でもイベントをリードされた、株式会社Bonyu.lab 代表取締役の荻野みどり氏
※本記事ではイベント名に即す形で、女性の乳房のことを「おっぱい」と表記いたします。
前半:教えて先生!おっぱいトーク
水野克己氏(昭和大学医学部 小児科学講座 小児科学部門 教授/公益社団法人日本小児科学会 理事/一般社団法人日本母乳哺育学会 理事長 ほか)
第2部前半では「教えて先生!おっぱいトーク」ということで、日本における母乳育児のパイオニアで、母乳育児専門家(国際ラクテーションコンサルタント)の資格をもつ小児科医・水野克己(みずのかつみ)氏が登壇された。
日頃からNICUで小さく生まれた赤ちゃんたちの治療を担当し、「楽しい育児は日本を変える!」をモットーに活動されている方だ。
2013年10月に日本ではじめて「母乳バンク」(※)を昭和大学江東豊洲病院内に設立した人物でもある。
※母乳バンク:何らかの理由で母乳が出ない、または、出ても赤ちゃんにあげられないお母さんに対し、母乳がたくさん出るお母さんから母乳を提供してもらい、その母乳を低温殺菌処理したうえで、必要な赤ちゃんに提供する施設
早産・極低出生体重児の経腸栄養に関する提言
講義の前提として、日本小児科学会が今年7月に公式ホームページに掲載した「早産・極低出生体重児の経腸栄養に関する提言」の内容について触れたい。こちらの提言内容をまとめた日本小児異様保健協議会栄養委員会のメンバーに、水野氏も名を連ねている。
以下、該当の提言内容を要約したものとなる。
出典:http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/2019_keichou_eiyou.pdf
早産・極低出生体重児にとって、経腸栄養の第一選択として母親の母乳(以下、自母乳)を最善としているが、何らかの理由により自母乳が不足もしくは得られない場合、認可された母乳バンクで管理され、低温殺菌された「ドナーミルク」を与えることが推奨と、ヨーロッパ小児栄養消化器肝臓学会(ESPGHAN)ならびにアメリカ小児科学会(AAP)でされている。
日本もこれにならうべきところだが、国内の新生児集中治療室(以下、NICU)において自母乳が得られない場合、「もらい乳」(※)を利用することが散見されており、母乳を介した多剤耐性菌のアウトブレイクも報告されている。提言では、もらい乳のリスクを改めて認識しなければならないと指摘している。
※もらい乳:他の母親の母乳で、冷凍はしているが、低温殺菌はしていない母乳を示す。通常は細菌検査も行っておらず、女性の授乳時の状況、例えば、風邪薬服用中、喫煙後、飲酒後などは不明である。
我が国では2017年に一般社団法人日本母乳バンク協会が設立され、自母乳が使用できない場合にドナーミルクを利用できる体制が整いつつあることから、適切な母乳育児支援を行っても母乳が得られない、もしくは使うことができない場合には、母乳バンクから提供されるドナーミルクを使用するよう推奨するとしている。
この際に重要となるのが、母親へのエモーショナル・サポートと明記されている。つまり、ドナーミルクを使うことになり落ち込む母親に対し、あくまでも広い意味での“治療”であることを伝え、母親の母乳が得られるようになるまでの“つなぎ”であることを理解してもらうことが大事だとされている。
また、早産・極低出生体重児では自母乳だけでは成長発達に必要な栄養素を摂取できないため、母乳強化物質の添加が通常なされているが、ウシの乳由来の母乳強化物質を用いた場合、経腸栄養不耐の増加、ミルクアレルギーの発症、脂肪酸カルシウム結石形成などの問題があるという。
そんな中、近年、母乳に人乳由来母乳強化物質を添加する栄養方法であるEHMD(exclusive human milk-based diet)の利点に関する報告がみられるようになっており、今後国内でも、ウシの乳由来成分を用いないEHMD実現に向け、取り組む必要があるとしている。
一点、現在利用できる人乳由来母乳強化物質は米国Prolacta Bioscience社がドナーミルクから限外濾過などの処理を行って製造されたもののみであり、非常に高額となっている。EHMDが患者家族の経済状況に関わらず実現できるよう、社会システムをアップデートさせることが今後の課題だとして、提言は締めくくられた。
母乳育児が女性の健康に与える効果
この提言内容をご覧になってお分かりの通り、母乳は科学的なエビデンスを伴った上で「最善の栄養」とされている。
現に講義の中では、母乳育児が女性の健康に与える数々の効果について列挙された。例えば生活習慣病については、以下のように罹患リスクが減少するという。
また、例えばRSウイルス(RSV)の重症化についても、母乳育児の有無によって細気管支炎による入院の可能性は最大5%の差がつく。たかが5%と思割れるかもしれないが、100万出生であれば5万人の違いとなる。
この他にも、以下のようなケーススタディが紹介された。
- 川崎病による入院リスク(生後6〜30ヶ月)は母乳栄養により73%減少する。初乳を与えるだけでも川崎病を防ぐ作業がある(Pediatrics 2016;137:e20153919)
- 母乳育児と鼠径ヘルニアの間エレン性を調べたケースコントロールスタディによると、鼠径ヘルニアに罹患したグループは有意に母乳育児期間が短く、完全母乳育児期間が長いほど鼠径ヘルニアの羅漢率は低下した(J Pediatr 1995;127(1):109-11)
- 3ヶ月未満の完全母乳育児は、3ヶ月以上の完全母乳育児に比べて夜尿症のリスクが3.35倍となる(J Pediatr Urol 2016;95.e1-95.e6)
- 母乳で育った児は人工栄養児よりも6歳時点の骨量(bone mass)が多い(Br J Nutr 2016;115:1024-1032)
多様性を受け入れ、レジリエンスを育む
そんな母乳について、たとえ出ない場合であっても焦らずにゆっくりと向き合っていけば良い、と水野氏。
「そもそも哺乳類には“原始反射”(※)というものがあって、自らの力で哺乳をしようとする行動力がもともと備わっています」
※原始反射:生まれながらに備わっている反射であり、刺激に対して赤ちゃんが自分の意志とは関係なく反射的に起こす動きを示す
以下が哺乳に関係する反射の一覧とされている。
このように、赤ちゃんは独力でお母さんの体を這い上がり、自力でおっぱいを吸う力を持っているのである。授乳枕がないと授乳ができない、などといった感覚は、多くのケースにおいて幻想に過ぎないわけだ。
「そもそも、日本人は『みんな一緒』という価値観へのこだわりが強すぎます。本来、私たちは多様性を受け入れる文化でした。
みんなと違って良い。
そういった、お母さん自身のレジリエンスを育み、赤ちゃんのレジリエンスも高めていって欲しいものです。」
レジリエンスとは、言うなれば逆境に耐える力。そして、それを育てるカギとなるのが「オキシトシン」だという。
「赤ちゃんの時に、いかに多くの人に愛され、愛着形成がなされるかが大事なんです。昔から赤ちゃんはいつも、誰かに抱かれていました。愛着形成された人は、大人になってからも強いんです。
母乳が出なくとも、抱っこしてたくさん愛してあげることは、誰でもできます。
ぜひ、母乳が出る・出ないに関わらず、赤ちゃんをいっぱい抱っこしてあげてください。それが、その子のレジリエンスを育むことになります。」
次ページ:後半「ベビーテックピッチ」