2020年11月6日に開催された、国内サーキュラー・エコノミーを代表する企業が集うオンラインカンファレンス。
レポート第1弾では、カンファレンス主催者である一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパンの中石和良氏によるオープニングトークの内容に沿って、サーキュラー・エコノミーの概念整理をしたレポートをお届けした。
レポート第2弾となる本記事では、国内企業の最新事例として、ベンチャー企業の株式会社グーフの事例をご紹介する。「紙の無駄にビジネスチャンスあり -テクノロジーで紙の新たな価値を創造する-」という講演タイトルで、実は筆者がカンファレンスアジェンダを見たときから一番興味を惹かれていたテーマであった。
印刷メディアは変わる努力を怠り、バラマキをなくせていない
登壇したのは、株式会社グーフ CEOの岡本幸憲氏。同社は、東京・品川に拠点を置く、2012年6月に設立された企業だ。岡本氏は16歳で渡米し、27歳の時にシリコンバレーでeラーニングなどの事業立ち上げに従事。先端的なデジタルカルチャーの洗礼を受け、31歳で帰国したのちは父親が営んでいた印刷業の世界に飛び込んだ。
印刷業界における環境配慮への取り組みは、様々な施策にあふれている。再生紙や有害な化学物質を排除したインクの使用といったプロダクトの改良、エコ印刷を徹底するための社内ルールを監督するモニタリングチームの設置、カラーコピーの削減や両面印刷、2in1など印刷方法の配慮など、細かくKPIが設定されているのはよくあることだ。
一方で、例えば古くからの商慣習である「紙DMやチラシ等の大量印刷・大量投下」は、未だに健在だという側面もある。カンファレンス主催者・中石氏の著書「サーキュラー・エコノミー」では電通系企業による調査の結果が紹介されており、企業が発注して刷った店頭用販促ツールの実に65%近くが、詰めた段ボールが開けられることなくそのまま廃棄されているという。
なぜ紙のバラマキはなくならないのだろうか?
岡本氏によると、紙の単価が逓減しており、枚数を増やしてもコストがさほど増えないことから「とりあえず何百万部で」といったどんぶり勘定による発注がなくならないのだという。また、作成時に廃棄コストまで考慮されないことも、抜本的な構造改革に至らない一因だと説明する。
事実、経済産業省工業統計によると、日本の印刷業の市場規模は1991年8兆9286億円のピークを記録した後、徐々に縮小し、2017年には5兆2378億円となっている。企業同士による価格競争によって印刷物の価格が低下し、市場規模の縮小につながっているというのだ。
このような、止まらない紙の大量生産・大量廃棄という社会課題に目をつけ、マーケティング × テクノロジーの力で紙のムダをなくすべく取り組んでいるのがグーフというわけだ。
Print of Thingsで、印刷の「地産地消」を実現する
同社が着目したのは、上述した広告宣伝や販促に使うための印刷領域である。印刷業界と聞くと真っ先に「出版印刷」をイメージする方も多いだろうが、実は日本印刷産業連合会が毎月発表する統計レポートによると、出版印刷が占める全市場(印刷業従事者100人以上の企業対象)の割合は十数%にすぎない。
画像出典:印刷業従事者100人以上の生産金額(一般社団法人日本印刷産業連合会「印刷産業Monthly Report 2020年10月」p23)
一方で最も割合の大きな領域が、チラシやDM、ポスター、それにカタログ類というメーカーや販売店が広告宣伝や販促などに使うための「商業印刷」となる。
グーフは、まずマーケティングのアプローチで、クライアント企業の保有する顧客データから購買行動を分析し、目的としていた施策に対して、紙メディアに反応しやすい等、購入確率の高い買い手の絞り込みを実施する。その上で、個々に提案商品をカスタマイズしたDMを送付することで、必要最低限の資源で最大限の効果を発揮する仕組みを構築している。つまり、一斉に同じ内容を刷って一斉郵送するのではなく、ある程度の顧客グループに応じて個別にセグメント化した内容で郵送するというのだ。これが、印刷費や郵送代のコストを削減しつつ収益性を高めることに注力した「Print of Things」というサービスである。
「ライトタイミング × ライトオファー × ライトメディア」(正しいタイミング × 正しい量 × 正しい場所)で印刷をすることで、高いROIを実現。Eメール送付のみの顧客と、Eメール送付後にセグメント化したDMも送付した顧客を比較すると、後者の購入率が20%もアップするという成功事例も出ているという。2020年11月時点で、45以上のブランドでの利用実績があるとのことだ。
この「Print of Things」のコアテクノロジーとして機能しているのが、グーフが2019年に特許を取得したGEMINX(ジェミナス)という仕組みである。
マーケティング施策に求められるツールをあらかじめ登録しておき、顧客のCRMやマーケティングツールからデータが送られてくると、要求される仕様に基づいて印刷に必要なデータを自動的に生成。クラウドを活用し、顧客(印刷物の発注者)と印刷会社の生産現場を連携する仕様となっている。
従来から印刷物は、特定の工場で大量に刷られ、そこから全国に配送されるという流れが一般的だった。これに対してグーフは、全国9エリアの工場と提携し、必要な場所で必要な部数だけ刷れるネットワークを構築している。現在提携しているのは、東京2か所に加えて、大阪、広島、岐阜、長野、愛知、石川の印刷会社だという。
岡本氏:「ゆくゆくは全都道府県でパートナーが欲しいが、まとまった仕事を創出しないとご迷惑になるので、印刷発注者であるクライアント企業の要望に応える形で、徐々に地域拡大しています。」
印刷物が必要とされているエリアで、いわば印刷物の「地産地消」となるビジネスモデルを構築しているということは、輸送時に排出するCO2の削減にも繋がるという観点で、サーキュラー・エコノミーにも即したモデルとなっていることは言うまでもないだろう。
紙メディアは、生き残る。
岡本氏は、「印刷業界を斜陽産業だという人もいるが、紙メディアは高い情報伝達・体験を創造する能力を持っている。デジタル化が加速しても、社会を豊かにするために、印刷という手段は必ず生き残る」と言葉に力を込める。
米国郵便公社(United States Postal Service)の調査結果によると、デジタルネイティブであるミレニアル世代であっても、DMに対して好意的という結果が出ている。77%が注意を払い、90%が効果的だと感じ、57%がDMによる提案をきっかけに購入した経験があり、87%がDMを受け取ることに好意的だというのだ。
United States Postal Service “STILL RELEVANT: A LOOK AT HOW MILLENNIALS RESPOND TO DIRECT MAIL”
また、トッパン・フォームズ株式会社が実施した「DM脳科学実験」によると、同じ情報であっても紙媒体とディスプレイでは脳が全く違う反応を示し、特に脳内の情報を理解しようとする前頭前皮質の反応は紙媒体の方が強く、ディスプレイよりも紙媒体の方が情報を理解させるのに優れていることが確認されている。
コロナ禍で事業の効率化やコストの見直しが見直されている今、これまでとは異なるベクトルでの「印刷の最適化」に取り組み、地球環境への貢献と事業の収益性向上という両面でのアプローチが、サーキュラー・エコノミーを前提にした印刷業界のデファクトスタンダードになっていく可能性が垣間見えた。
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