加賀市 × xID × トラストバンクの3者連携
石川県南西部に位置し、全国有数の温泉地として毎年200万人の観光客が訪れる加賀市。標高1,368mの大日山に源を発する大聖寺川と動橋川が日本海に注ぎ、森や水など豊かな自然に恵まれたこの地域では、大聖寺藩の歴史文化や、山中漆器や九谷焼やなどの伝統工芸など、数多くの文化資源が発達してきた。
そんな加賀市は近年、行政のデジタル化にも力を入れている都市だ。RPAによる市役所業務の一部自動化の推進をはじめ、2018年には「ブロックチェーン都市宣言」を発表し、翌2019年にはエストニアと日本に拠点があるGovTech企業・xID(クロスアイディー)株式会社(旧 株式会社blockhive)との連携協定を締結。電子行政の推進に積極的に取り組んできた。
そして今年8月12日、上述のxIDに加えて、ふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」を運営する株式会社トラストバンクを交えた3者での連携開始を発表。いよいよ行政申請手続きのデジタル化を、本格的にスタートさせた。
労働人口が確実に逓減する状況の中、私たち全員がこれまで通り、いや、これまで以上に“愛あるウェルビーイングな生活”を営むためには、逼迫した行政関連業務の「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」に対する、市民一人ひとりの理解と当事者意識が必要になってくる。それは、昨今注目されている“スマートシティ構想”における「スマートな市民(Smart Citizens)」への必要性に直結する考え方でもあるだろう(参考記事はこちら)。
今回LoveTech Mediaでは、そんな社会基盤レベルで活用される愛に寄り添うテクノロジーについて、加賀市および日本国の電子行政サービス推進の背景を含めてお伝えする。
2018年の加賀市「ブロックチェーン都市宣言」
加賀市が最初に、行政におけるブロックチェーン技術の活用を発表したのは2018年3月16日。GaaSサービス等を展開するスマートバリュー、およびDAO(分散型自律組織)の構築を生業とするシビラとの包括連携協定締結に併せて、ブロックチェーン技術を活用した地域活性化の協働研究、ICT技術等を活用した地域経済・産業振興、電子自治体の推進、および地域でのIT人材育成・雇用創出目標を掲げた。これが先述の「ブロックチェーン都市宣言」である。当メディアでも報じた、加賀市におけるデジタル住民ID基盤の構築プロジェクトは、この取り組みの一環というわけだ。
[clink url=”https://lovetech-media.com/news/social/20190601_01/”]そして、この流れを加速するべく2019年12月に新たな連携協定を締結したのが、今回発表されたメンバーでもあるxID。マイナンバーカードを活用した「デジタルID」を通じて、加賀市における行政サービスの100%デジタル化を目指した連携であった。
地域課題解決のヒントとなる、北欧の小国
なぜ「デジタルID」なのか。そのヒントは、人口130万人程度の小国・エストニアにある。xIDの拠点地域の一つだ。
1991年にソ連から独立したエストニアでは、その侵略と占領による歴史の教訓から、物理的に国土が占領されても消滅しない国作りの機運が高まっていた。そこで政府が注目したのがIT技術。幸いにも同国の首都・タリンには、独立前からあったソ連のサイバネティックス研究所がそのまま残っており、併せてIT技術に強い人材も残っていた。またエストニアは、九州と同じくらいの国土面積に対して沖縄県の人口程度しか人がいないので、人口密度が非常に低く、全国民に行政サービスを行き渡らせるにはインターネットに頼るしかなかった。これら2つの要因が重なったことで、エストニアではX-Road(エックス・ロード)と呼ばれるシステム基盤と併せて、国民一人ひとりに振り分けられるユニークな番号が記載された「デジタルIDカード」を発行・付与。現在では、結婚・離婚および不動産以外の行政手続は、全てオンラインで実行できるようになっている。
加賀市では、主に後者の要因がエストニアの状況と似ている。同市では少子化や転出超過による人口減少トレンドが続いており、2014年5月に実施された調査の中では「消滅可能性都市」に指定。2019年4月時点の人口は66,869人、前年比-1.04%となっている。また、人口密度も220人/㎢と低く(※)、少ない担い手で全市域に行き届く行政サービスを提供していくには、同じくインターネットの力を借りるしかないというわけだ。
※日本平均:340人/㎢(2015年国勢調査より)
2022年3末までに9000万以上のマイナンバーカード交付を目指す政府
翻って日本全体を見てみると、デジタルID関連施策は着々と進んでいる。
まず2019年3月に、デジタル化に関わる複数の法律を改正するための「デジタル手続法」が閣議決定し、同年5月31日に公布された。
そこでは「デジタルファースト」「ワンスオンリー」「コネクテッド・ワンストップ」の3原則が掲げられており、行政手続きのオンライン実施原則など、自治体は努力義務とされ、また適用除外も設けられてはいるものの、国民や地方公共団体等が行政サービスを便利に利用できる地盤が策定された。このあたりの動きについては、経産省主催イベント「Govtech Conference Japan」のレポートも参照してほしい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200217govtechconf2/”]また昨今のコロナ禍における特別給付金やマイナポイント施策の影響で、我が国におけるデジタルIDとして活用が期待される「マイナンバーカード」の必要性や認知も拡大。2021年3月度からは保険証利用も可能になるとのことで、交付数は日々増加しており、現在(2020年8月)は2200万人以上、全国でみると約17%の普及率となっている。おおよそ6人に1人がマイナンバーカードを持っている計算だ。
「身分証だったら運転免許証でいいじゃん」
そう思われる方がいるかもしれないが、考えてみてほしい。今の若い人が自動車を運転するために、積極的に運転免許証を取得し続けるだろうか。もちろんクルマ好きの人は少なくないが、有料で取得する必要がある運転免許証に比べて、無償で取得できるマイナンバーカードの方が、今後の普及性は高いとみて間違いないだろう。
ちなみに、昨年12月20日に発表された内閣府資料によると、政府は2022年3月末までに9000万〜1億人にマイナンバーカードを交付する想定でいるようだ。
ちなみに加賀市ではマイナンバーカードの普及率向上のため、申請者1人につき商品券5,000円を配るなどのプロモーション施策を積極的に展開。全国の交付率(申請件数除く)が17.5%(7月1日時点)なのに対し、加賀市内の普及率(交付件数+申請件数)は48.2%(8月11日時点)と非常に高く、デジタル行政の基盤が整備されつつあると言える。
マイナンバーカードと連携するデジタル身分証アプリ「xID」
ではxIDがどのようなソリューションを持っているかというと、一言で表せば「デジタル身分証アプリ」である。その特徴は、行政手続きの改善にフォーカスすると、大きく分けて以下3点にある。
- 一度だけの本人確認処理
- パスワード不要
- 電子署名によるハンコの置き換え
アプリインストール後に、4桁のPIN1コードと6桁のPIN2コードを設定し、スマホにマイナンバーカードをかざして署名用電子証明書用の暗証番号(英数字6桁以上)を入力する。これにより、ログイン時や署名時にて設定したPIN1・PIN2コードを入力することで、すぐにxIDアプリと連携しているサービスを利用できるというわけだ。
具体的には、名前や性別、生年月日、住所などの情報を保持しているので、例えば行政手続きを行う際の毎回の面倒な入力を省略してくれる。もちろん民間での利用も想定した仕様なので、例えば2018年11月に公布された改正犯収法(犯罪収益移転防止法)における公的個人認証サービスを活用したe-KYC処理(ネットを活用した本人確認処理)も可能だ。また顔認証にも対応しているので、いちいちパスワードを入力・管理する煩わしさからも解放される。
これを実現するにあたり、安全性担保の一つとして利用されている技術がブロックチェーン。ログインや電子署名のログをブロックチェーン上に記録することで、改ざんや否認を防止する仕様だ。 ただし、先述の基本4情報といった個人情報がブロックチェーン上に記録されることはなく、また初回登録時に提示されるマイナンバーもID生成のために端末上で処理されるだけで、生成後に破棄されるという。
日下氏:「昨年12月に(加賀市)市長と、市民生活と利便性の向上を目指して、デジタルIDという間違いなく生活に必要なものを全国に先駆けて導入しようというファーストペンギンの契りを交わさせて頂きました。そこからわずか8ヶ月で今回の取り組みが進められたことを、非常に嬉しく思います。」
自治体環境を前提に組まれたパブリテック・サービス「LoGoシリーズ」
ここまでは身分証ソリューションについてみてきたわけだが、これだけではエンドユーザーサイド、つまりは住民側のシステム整備がなされたに過ぎない。行政サービスのデジタル化には、これとは別で、自治体と住民を繋げる基盤ソリューションが必要となる。特に自治体職員は普段、インターネットから切り離された⾏政専⽤の閉域ネットワーク「LGWAN(総合⾏政ネットワーク)」を利用しているので、これとインターネットをつなげる仕様設計がなされたものである必要があるわけだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、LGWAN-ASPを活用したシステムを開発・提供しているトラストバンクである。同社は日本最大級のふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」の運営会社として有名だが、昨年よりLGWAN-ASP活用の自治体専用システム「LoGoシリーズ」の提供を開始しており、第一弾プロダクトである「LoGoチャット」は、昨年11月リリースからわずか数ヶ月で導入数が445自治体・総計24万アカウントを突破(2020年8月時点)している。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/logochat20191106/”]今回、加賀市の連携システムとして採用されたのは、同社LoGoシリーズ第二弾プロダクトとなる「LoGoフォーム」。LGWAN上で、アンケートや申し込みフォームを簡単に作成・集計できる自治体専用Webフォーム作成ツールだ。こちらも、今年3月にリリースされたものであるが、早くも導入数が70自治体を突破(2020年8月時点)。静岡県浜松市での特別定額給付金の入金データ作成効率化や、熊本県宇城市での市主催オンラインイベントの申し込みなど、様々な活用事例が生まれてきている。
[clink url=”https://lovetech-media.com/news/nation/20200303_01/”]そして、このLoGoフォームと、xIDのデジタルIDアプリをAPI連携させて構築されたものが「LoGoフォーム電子申請」となる。両社は今年5月20日に、「電子国家エストニアのノウハウを活用した行政サービスのデジタル化促進」領域において業務提携を行っており、約3ヶ月かけて本システムを構築。その最初の実装先として発表されたのが加賀市だったというわけだ。
川村氏:「加賀市、xID、そしてトラストバンク。三者それぞれの強みを活かして、“対面・紙・ハンコ” に頼らずとも、いつでもどこでも住民がスマホから行政サービスに申請できる未来を作ります。この加賀市での全国に先駆けたサービス導入を通じて成功事例を創出し、他の地域でも行政のデジタル化を進めることで、持続可能な地域社会を作って参ります。」
自治体職員と住民、双方の行政手続き“省力化”を実現する「LoGoフォーム電子申請」
LoGoフォーム電子申請とは、マイナンバーカードを活用して本人確認が必要な行政手続きを実現する電子申請フォーム作成ツール。
住民はLoGoフォーム電子申請で作られたWeb上の入力フォームを通じて、24時間いつでもどこからでも行政手続きができるようになるので、窓口での待ち時間がゼロになるのはもとより、役所に行くために休みを取るといった手間もなくなる。またマイナンバーカードを読み込んだxIDアプリで本人確認・電子署名ができるため、毎回の面倒な氏名・住所入力やハンコ押印が不要となる。利用には、「マイナンバーカード」と「無料のxIDアプリをインストールしたスマホ」を準備するだけだ。
一方で自治体職員にとっても、メリットは多い。そもそも、プログラミング言語の知識がなくてもノーコードで簡単に電子申請フォームを作成できるので、これまでのように申請フォーム作成を外部業者に委託せず、自分たちで即座に作成することができる。この習慣が定着することで、地域課題を各自治体がイニシアティブをとって解決できるようになることが期待される。
また集まった申請データは自動集計され、LoGoフォーム電子申請の管理画面で確認できるので、マイナンバーカードの個人認証で取得した情報と共に素早く集計作業に取りかかることが可能となる。これまでは収集情報とマイナンバー情報が合致しているかの目視チェックが発生していたが、アプリによる認証によってヒューマンエラーが発生し得ない仕様となっているため、その分の作業工数がほとんど丸々削減されることが期待される。
百聞は一見に如かず。フォーム作成の流れについては、以下の「子育て相談申し込み」のフォーム作成を想定したデモ動画をご覧いただきたい(再生時間:約2分)。
提供:トラストバンク
私たちがGoogleフォーム等を使ってサクッと申し込みフォームを作成する要領で、自治体職員もセキュアなLGWAN環境と接続するフォームを簡単に作ることができるというわけだ。
行政サービスのみならず、将来は民間サービスとの連携も構想
加賀市ではこのLoGoフォーム電子申請を活用し、まずは市の「人間ドック助成金申請」をオンライン化している(加賀市役所へ電子申請ができる行政手続き一覧はこちら)。もちろん、これだけに留まらず、今後も順次、対象の申請範囲を拡大する予定だという。最後に加賀市長の宮元陸氏が、今後の展開予定についてコメントした。
宮元氏:「今後はまず、行政サービスに関する申請項目を最低50個はつなげていきたいと思っております。
またxIDアプリは、行政サービスだけでなく民間サービスも含めてつなげた際に、その真価が発揮されます。
例えばエストニアにおける電子認証では、最初に「銀行」との結びつきがあったとのことです。ですから、加賀市でも将来的には、銀行をはじめとする民間サービスとつなげていく構想です。
これからも電子行政のモデル都市となることを目指して、住民の利便性向上や市内産業の活性化はもちろん、産業集積につなげていきたいと考えております。」
編集後記
昨今のコロナ禍によって、対面や紙書類が前提だった行政手続きの見直しが急務となっている状況の中、セキュアで安全な環境を担保する形で業務改善に直結するソリューションを提供している点が、なんともLoveTechだと感じました。
冒頭にも記載しました通り、労働人口が確実に逓減する状況の中で、行政機関の業務の担い手も確実に減少します。そうなった際に、既存の体制のままで多様化する住民のニーズを、現状のサービスレベルを維持しながら提供し続けるのは不可能です。どこかで業務範囲の見直しを行うとともに、既存業務の効率化という、全体的な業務の省力化を進めないことには、システムそのものが破綻してしまうでしょう。
今回の発表は、行政府サイドのDXに、住民への「デジタル身分証」文化の啓発を含めているという点で画期的であり、持続的な地域発展に向けた一つの前提である“スマートな市民”への第一歩だと感じます。
まだ人間ドック助成金申請のみが開放されている状況なので、今後の行政サービスへの展開、および民間サービスとの連携に期待したいと思います。