2019年2月2日に開催された「ケアとテクノロジー 〜生と死の現場が見つめる技術のありよう〜」フォーラム。後編では、「香り」「科学的介護」「作業療法」という3軸から、それぞれ4名の登壇者による事例報告をご紹介する。
また同日の別会場では、最新テクノロジーを五感で体験できる展示会も開催されており、そこでLove Techだと感じたプロダクトを複数ご紹介する。
ウォークマンのように好きな香りをポータブルに楽しむ
最初の事例報告は「香り」。ソニー株式会社のSony Startup Acceleration Programにて、持ち運びできるパーソナルアロマディフューザー「AROMASTIC(アロマスティック)」を企画・推進する藤田修二(ふじたしゅうじ)氏が発表された。
まずAROMASTICとはどういうものか、事前に展示会のブースでチェックしてきた。
上画像のような本体ケースの内部に、それぞれのテーマに応じた5つの香りが入ったカートリッジをセットし、気分に応じてダイヤルを回し、先端のボタンを押して香りを楽しむ、というプロダクトである。
AROMASTICサービスページより
従来のアロマディフューザーのような熱や水を使う方式とは異なり、カートリッジ内の香りに本体からドライエアーを吹き込むことで、空気そのものに香りづけをするという、ソニー独自のScentents™テクノロジーを採用している。
「私たちはこのAROMASTICを『嗅覚を刺激して本能をゆさぶるプロダクト』と定義しています。」
ソニーといえば、デジタルテクノロジープロダクトメーカーというイメージだが、なぜこの”香り”分野をやり始めたのだろうか。
「理由は大きく2つあります。
一つ目として、映像や音楽といった物理シグナルにはない可能性を、化学シグナルに感じているからです。インスタグラムで美味しそうな料理の写真がたくさんアップされていますが、それを見ているだけではお腹いっぱいになりません。香りのような化学・物質的シグナルがもっと生活に寄り添う形で昇華できるのではないか、と考えています。
もう一つは、嗅覚が本能を直接刺激することができるものだからです。誰しも、能動的に気分を変えるのはなかなか難しいでしょう。でも香りを使うことで、私たちは受動的に気分を変えることができます。非常に可能性がある分野だと考えています。」
このAROMASTIC、実に様々な用途で利用されている。
例えば怒りや不安の沈静化。香りを嗅ぐということは一定の脳のリソースを使うので、それぞれの感情を鎮めてくれるという。また、喫煙者にとってはタバコの本数が減るという作用も働くという。
さらに、香りはコンテンツそのものにもなりうる。バルセロナで開催されたピカソ展では「嗅覚で絵画を鑑賞する」という試みが行われ、目が見えない方々も絵画ごとにデザインされた香りを嗅いで、絵画を楽しむことができたという。
最近ではパーソナルケア用品として、この後ご紹介するグリーンメディック薬局でも販売しているという。
「今、若い人たちの間で、カセットテープが再び流行り出しているようです。デジタルではできない部分をアナログが補完するという構図は、今後も続くと考えています。
好きな曲を選ぶように、好きな香りを楽しむ。それがAROMASTICです。」
予防医療含めた包括的なライフケアを提供する地域の薬局
次に、このAROMASTICを店頭で販売するグリーンメディック薬局を運営する株式会社グリーンメディック 代表取締役であり管理薬剤師でもある多田耕三(ただこうぞう)氏が、これからの薬局のあり方についてお話された。
グリーンメディックとは、現在大阪の豊中市および吹田市に4店舗展開されている調剤薬局である。1995年に開業されてから、電子お薬手帳や簡易血液検査機器、自動バイアル払出機の全国初導入など、ITリテラシー高く運営されている。
「Society5.0という人間中心の社会構想がさけばれて情報の可視化と生産性の驚異的上昇が見込まれる中、翻って医療業界をみてみると、国民医療費は2018年時点で約40兆円、2025年には約60兆円にまで膨らむことが、ほぼ確定しています。
この背景から、保険外サービスで何かやっていかねばならない、という考えのもとで調剤薬局運営しています。」
グリーンメディック社のコンセプトは「Regional Lifecare」、つまり地域に根ざして「健やかに生きる」を総合的にサポートする場としての薬局である。
例えば最も新しいグリーンメディック少路薬局の外観がこちら。講演後、実際にLove Tech Mediaも現地の薬局に伺ってみた。
どうだろう、一見すると薬局には見えないのではないだろうか。
こちらは通常の調剤サービスはもちろん、「健康」をテーマに、オーガニックやセルフメディケーションに注力した医療品のセレクトファーマシーとしての機能を併せ持つ薬局として開局されたという。経験豊富な薬剤師がセレクトした選りすぐりのアイテムをラインナップし、「健康とは何か?」について追求している。
上図のような、イベントも積極的に開催しているという。
「昨今のテクノロジーの発達により、ヘルスケアとライフスタイルが重なり合うようになってきました。そこで薬局もただ薬を作る場所としてではなく、well-being pharmacyとして予防医療含めた包括的なライフケアを提供すべく、病気でなくても気軽に立ち入れるよう様々な情報を発信しています。」
先ほどソニー・藤田氏の講演で「薬局にAROMASTICが置いてある」と聞いて、なぜ薬局に置かれているのだろうかと少々疑問に感じたが、今回のグリーンメディック薬局のコンセプトを伺って納得である。
ありたい姿から逆算する科学的介護
次に発表されたのは、介護のあるべき姿をイメージしながら技術と知識を活かした仕組みづくりを進める、Abstract合同会社代表社員であり社会福祉法人福智会特別顧問の吉岡由宇(よしおかゆう)氏である。
吉岡氏の元々の職業は物理学者。結婚をきっかけに特別養護老人ホームの仕事に転身され、そこで感じた課題をもとに、介護・医療・保育など含めた働く現場と情報工学の間を繋げようとされている。
吉岡氏が介護の仕事を通じて感じた大きな課題。それは介護担当者が利用するシステムの使い勝手の悪さだ。
「今の介護システムって、記録時間を少しだけ短縮できたり、本当に使われるかわからないグラフが出るだけだったりと、とりあえず電子化ができるというレベルのものがほとんどです。また、UI/UXも利用者に最適化されていません。例えばですが、画面上の虫眼鏡マークを見てすぐに『検索ボタン』と連想できない方って、実はとても多いのです。」
そういう方々を想定し開発されたシステムが「Notice」である。記録業務が劇的に楽になり、記録業務以外の業務も楽になり、QOLの向上が実際にできるシステムだという。以下が導入した際のイメージ動画である。
「QRコードを使って一瞬で記録できるので、1件の記録が10秒で終わります。記録はするだけのものから、全てのケアの中心になります。記録が現場ですぐにできるようになるので、記録を確認してすぐにケアに反映でき、結果として記録業務以外も楽になります。」
また面白いのが、独自の分析ツールである「バブルチャート」である。介護者の日々の生活がこのようなカラフルなバブルの大小で表現されるので、直感的に生活者の傾向や改善点を確認することができるという。
「このようにNoticeは、性格なデータと直感的なツールを通じて、介護施設の現場で様々な分析ができるので、ケアの世界が変わります。Noticeを使った排便予測は、85%もの精度が得られているのが良い証拠です。
介護システムはこれまで、記録時間が〔短い-長い〕などという一次元の評価軸でしか議論されていませんでした。
本来はここに〔活用できる-活用できない〕といった軸が加わり、ケアとケアの記録のあり方をNoticeが変えました。
それと同様に、人の「生きる」も、医療的なADLや機能だけ(科学的医療)ではなく、別の軸を加えてより立体的に評価することで、人の『生きる』を扱う”科学的介護”としてのありたい姿に近づき、Noticeはそれを目指しています。」
データ、技術、そして心をオープンにする
最後4番目に発表されたのは、一般社団法人ICTリハビリテーション研究会代表理事であり、ファブラボ品川ディレクターでもある作業療法士の林園子(はやしそのこ)氏である。
作業療法士(Occupational Therapist)とは、理学療法士(Physical Therapist)や言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist)とともにリハビリテーションの国家資格の一つである。対象者にとって「個人的に意味のある活動」により、健康およびwell-beingを促進する仕事である。
作業療法士の仕事の一つに、「自助具作り」がある。自助具とは、体の不自由な人が日常生活を送る上での動作を、より便利に、そしてより容易にできるように工夫された道具のことである。
この自助具は作業療法士の方が一人ひとり個別に作っているのだが、せっかくデジタルテクノロジーが発達しているのでそれを活用しよう!ということで林氏が取り組んでいるのが、3Dプリンターを活用した自助具作りだ。
「本来、自助具というものは全ての人のものです。これを3Dデータとしてオープン化することで、そのデータが誰かの活動の土台となり、結果として世界がより良くなります。」
こちらが展示会のブースで展示されていた、3Dプリンタで作成された自助具
の一例である。活動の中でつくり上げられたこれらの3Dモデルのデータは、
ダウンロードして誰でも使えるように公開されているという。
林氏がディレクターを務めるファブラボ品川は、「作業療法」にフォーカスをあてた、3Dプリンタなどのデジタル工作機械を備えた市民に開かれた工房である。
2018年4月に設立されたばかりであるが、1Dayメイカソン(Make&マラソン)やRe-Design Caféなど、精力的に活動している。
「私たちは様々な方との『共創』を推進しています。ここでいう共創とは、例えばスキルの異なる人々が、ファブラボで誰かの役に立つものづくりをすることです。スキルをオープンにすることで、共に作ることが可能になります。
そういう意味で、オープンになるのはデータや技術だけでなく、しがらみや思い込みに縛られた心であるとも言えます。
ファブラボ品川では、新たな市民の通いの場として様々なイベントを開催しており、みんなで『つくる』を楽しみ、そして『つながる』『伝える』で生きがいを持った暮らしを楽しむことをモットーに活動しています。
一緒につくる仲間を募集中です。」
併設展示会場にて
最後に、同日の別会場で最新テクノロジーを五感で体験できる展示会も開催されており、そこでLove Tech Mediaとして面白いと感じたプロダクトを2点ご紹介する。
OTON GLASS
OTON GLASSは、視覚障がいを持って文字を読むことが困難な人々を対象に、文字を音声で読み上げてくれるメガネ型のデバイスである。
紙や書籍などなんでも良いのだが、OTON GLASSをかけた状態でレンズの前に読みたい文字を持ってきてメガネのふち部分にあるボタンを押すと、レンズ前の光景がカメラ撮影され、文字認識技術でテキストデータに変換され、それを音声として読み上げてくれる。
実際に会場でも動貸してもらったが、筆者が持参したチラシについて90%程度の精度で読み上げられた。
Neo smartpen
NeoLAB株式会社 ビジネスディベロップメント アシスタント 田中幸太郎氏
会場に置かれたペンとノートとタブレット。まずは以下の動画を見てほしい。
そう、左側の紙に書いた内容が、そのまま連動したアプリを起動したタブレットに転載されていくのだ。
実はこのノート、表面に小さなコードが網の目状に埋め込まれており、Neo smartpenの先端付近にあるカメラがそのコードの軌跡情報を読み取って、タブレットのアプリにその情報を送っているのだという。
なんとも言えずワクワクするプロダクトであった。
なお、Neo smartpenとノートはAmazon等で販売されており、スマホやタブレットで起動させるアプリは無償でダウンロード・利用できるとのこと。
編集後記
テクノロジーという、少し前までケアの世界では敬遠されていたであろう領域について、フォーラムでは様々な事例を確認することができました。いかに現場にフィットさせ浸透させるかという観点で、非常に勉強になります。
展示会含め多くの内容がありましたが、筆者個人的には特に、20年以上前から現在の「健康サポート薬局」構想に則った取り組みを実施されていたグリーンメディック薬局の先見性とシステム導入の実績に大変驚きました。
現場とシステム提供者の間だけに情報を留めず、今回のように広く一般に事例共有することが、多くのステークホルダーを巻き込み、結果としてケアの現場の利便性向上につながるのではと感じます。
また来年の本フォーラムにも期待したいと思います。
ケアとテクノロジー〜生と死の現場が見つめる技術のありよう〜
2019年2月2日(土)@国立オリンピック記念青少年総合センター
主催:一般財団法人住友生命福祉文化財団、一般社団法人たんぽぽの家
後援:渋谷区
協力:公益財団法人テクノエイド協会、川崎市経済労働局(ウェルフェアイノベーション推進事業)、ファブラボ品川、NPO法人エイブル・アート・ジャパン
登壇者情報
藤田修二(ふじた しゅうじ)
ソニー株式会社 Startup Acceleration部OE事業室
多田耕三(ただ こうぞう)
株式会社グリーンメディック 代表取締役
管理薬剤師
吉岡由宇(よしおか ゆう)
社会福祉法人福智会 特別顧問
Abstract合同会社 代表社員
林園子(はやし そのこ)
ファブラボ品川 ディレクター
一般社団法人 ICTリハビリテーション研究会 代表理事
作業療法士