欧州委員会(EUの政策執行を担う機関)は2026年7月20日、EU AI Act(AI法)第50条の透明性義務を運用するためのガイドラインについて、最終内容を承認し、51頁の英語版を公開した。第50条は、チャットボットなどと対話する人への告知や、AIが生成・加工したコンテンツへの “機械可読な印” を求める規定で、8月2日から適用される。
ガイドライン自体は法的拘束力のない解釈文書だが、各国の市場監視当局が第50条を執行する際の判断材料になる。対象例には、AIコンパニオンやリアルなアバター、会話するロボットなども含まれた。人間らしい名前や声、プロフィール画像を使っていても、ユーザーが会話を始める時点で、相手がAIだと分かるようにしなければならない。
さらに、7月24日にEU官報へ掲載され、7月27日に発効したRegulation(EU)2026/1744は、すでに市場へ投入されている生成AIシステムに限り、機械可読マーキングへの対応期限を12月2日まで延ばした。ただし、AIコンパニオンが「自分はAIである」と伝える義務に、この猶予はない。
会話画面に表示する「AI」という告知と、生成物に埋め込む技術的な印は、誰に何を伝えるものなのか。以下、AIコンパニオンのユーザー体験に引き寄せて、制度の仕組みと残る課題を見ていく。
欧州委、適用13日前に51頁の解釈基準を提示
EU AI Actは、EU域内でAIシステムを提供・利用する際のルールを定め、加盟国へ直接適用される規則である。第50条は、AIによるなりすましや誤認を減らすため、一定のシステムと生成物に追加の透明性を求めている。
今回のガイドラインは、第50条にある4種類の義務について、対象となる提供者と導入・運用者、例外、表示のタイミング、具体例を整理したものだ。EU域外の企業でも、AIシステムをEU市場へ提供する場合や、出力がEU域内で使われる場合には対象になり得る。
4種類の義務を整理すると、次のようになる。
| 領域 | 規制・保護のポイント | 事業者に求められる主な対応 |
| 人と直接対話するAI(第50条第1項) | 人間との会話だと誤認させない | 提供者が、遅くとも最初の対話までにAIであることを明確に知らせる。AIだと明白な場合などに限定的な例外がある |
| 合成コンテンツ(第50条第2項) | 生成物の由来を技術的に検出できるようにする | 提供者が、AI生成・加工された文章、画像、音声、動画へ、機械可読で検出可能な印を付ける。通常の編集補助や意味を実質的に変えない加工などは対象外になり得る |
| 感情認識・生体分類(第50条第3項) | 人が分析対象になっていることを知らせる | 導入・運用者が、対象となる人へシステムの稼働を知らせる。個人データの処理にはGDPRなども適用される |
| ディープフェイク・公益に関する文章(第50条第4項) | 人が生成・加工の事実を認識できるようにする | 導入・運用者が、見たり聞いたりして分かる形で表示する。公益に関する文章は、十分な人間の審査と編集責任がある場合などに例外がある |
欧州委員会の公開ページはガイドラインを「adopted」と説明している。だが一方、付属する承認通知は、全言語版がそろった後の正式採択に先立って内容を承認する形式を採っている。
法的義務の根拠は、あくまでEU AI Act第50条である。ガイドラインは欧州委員会の解釈を示すものであり、最終的な法解釈はEU司法裁判所に委ねられる。それでも、適用開始の13日前に具体例まで示されたことで、企業は制度上の要件を実際の画面や会話の流れへ落とし込む必要に迫られた。
AIコンパニオンは最初の対話までに正体を伝える

ユーザーがアプリを開き、キャラクターへ最初のメッセージを送る。第50条第1項が求める告知は、遅くともこの最初のやり取りまでに届かなければならない。
欧州委員会は、公式FAQで次のように説明している。
“People must be notified when they are interacting with an AI system from the start of the first interaction.”
「ユーザーは、最初のやり取りの開始時から、AIシステムと対話していることを知らされなければならない」(編集部訳)
— European Commission, Transparency obligations under Article 50 of the AI Act
告知方法は一つに指定されておらず、画面上の文章や音声、アイコン、それらを組み合わせた表示を選べる。ただし、ユーザーが告知に気づき、その意味を理解できる必要がある。ガイドラインは、対話型システムでは少なくともセッション開始時に告知する考え方を示した。
したがって、規約やヘルプ画面の中に説明を埋め込むだけでは足りない。単に「アシスタント」と呼んだり、サイト全体に「一部サービスでAIを使用」と表示したりする対応も不十分になり得る。「大規模言語モデルを使用しています」と技術を説明しても、会話相手が人間なのかAIなのかが明確でなければ、必要な告知にはならない可能性がある。
例外となるのは、「事情や利用場面を踏まえ、一般的な注意力を持つ人にとってAIとの対話であることが明白な場合」だ。ガイドラインは、この例外を狭く解釈している。専門の開発者だけが使うコード支援ツールなどは該当し得るが、人間に近い声やプロフィール画像を使うチャットボット、リアルなロボット型コンパニオン、子どもや高齢者も触れる没入型アバターでは、AIであることが明白とは限らない。
また実務では、新規ユーザーだけでなく既存ユーザーも、会話を始める際に告知へ触れられる設計が必要になる。人間の名前に見えるキャラクター名や、実在人物に近い画像、人間らしい声などを使う場合は、「AIアシスタント」のような曖昧な表現を避け、相手がAIシステムであることを直接伝える方が確実だろう。
画面を持たないスマートスピーカーやロボットでは、音声による告知が考えられる。VR空間のアバターなら、ユーザーの視界や音声環境に合わせた、見落としにくい方法が求められる。子どもや高齢者、障害のある人が接することを合理的に予測できるサービスでは、言葉の難しさや表示方法も調整しなければならない。
画面の正体表示と生成物のマーキングは別の義務

AIコンパニオンの会話画面に「このキャラクターはAIです」と表示しても、それだけで生成物への技術的なマーキング義務を満たすわけではない。反対に、会話テキストへ機械可読な情報を埋め込んでも、ユーザーがその情報を目で見たり音声で聞いたりできなければ、対話相手の告知には使えない。
AIコンパニオンが文章、画像、音声を生成し、それをユーザーが保存・共有できる場合、第1項と第2項が同じサービスに適用される可能性がある。提供者は、会話開始時の告知と、出力後も由来を確かめられる技術的な印を別々に検討する必要がある。
機械可読マーキングには、メタデータ、電子透かし、暗号学的な来歴情報、フィンガープリントなどが想定されている。ガイドラインは特定の技術だけを指定していないが、技術的に可能な範囲で、有効性、インターオペラビリティー(相互運用性)、堅牢性、信頼性を確保するよう求めている。基盤モデル側のマーキングを利用する場合も、AIコンパニオンの提供者自身の責任がなくなるわけではない。
また、会話を画像や音声として書き出せるなら、保存後や別サービスへの共有後にもマーキングを検出できるかが問題になる。画像の圧縮、スクリーンショット、音声形式の変換などで印が消える可能性もあるため、提供者には、採用した方法と検証結果を記録しておく対応が求められそうだ。
欧州委員会が6月に公開した「AI生成コンテンツの透明性に関する行動規範」は、第50条第2項と第4項への適合を示すための任意の手段である。署名しない事業者も、同等に適切な別の方法で義務を満たせる。ただし、この行動規範は、AIコンパニオンが会話開始時に正体を伝える第1項の告知方法までは直接扱っていない。
この第50条は、2026年8月2日から適用される。7月27日に発効したAIデジタル・オムニバスによる経過措置は、8月2日より前に市場へ投入された生成AIシステムの第50条第2項に限られる。該当する提供者は、機械可読マーキングと検出への対応を12月2日までに行う必要がある。
一方、チャットボットやAIコンパニオンがAIだと告知する第1項、感情認識などの稼働を知らせる第3項、ディープフェイクや公益に関する文章を表示する第4項は、予定通り8月2日から適用される。8月2日以降に新たに市場へ投入される生成AIシステムには、第2項の猶予もない。
なお、執行は主に加盟国の市場監視当局が担う。欧州委員会内のAI Office(AI法の実施・監督を担う専門組織)は、同一企業が汎用AIモデルと、そのモデルを基にしたAIシステムを提供する場合など、限定された範囲で監督する。EU機関が使うシステムについては、欧州データ保護監督官が担当する。
第50条違反に対する行政制裁金は最大1,500万ユーロである。違反者が企業の場合は、前年度の全世界年間売上高の3%と比較し、原則として高い方が上限になる。中小企業とスタートアップには低い方を上限とする特例があり、違反の重大性、期間、影響を受けた人数、事業者の対応なども考慮される。
正体表示だけでは解決しない、愛着と依存のリスク
ユーザーが最初に「これはAIです」と読むことは、自分が誰に話しかけ、どこまで信頼するかを決めるための出発点になる。とりわけ、名前、声、記憶、継続的な反応を備えたAIコンパニオンでは、会話相手の正体を知る機会がないまま自己開示を重ねる事態を避ける意味がある。
もちろん、告知を一度受けた後も、ユーザーは数週間、数カ月にわたって同じキャラクターと話し続けることがある。AIだと理解していても、親しさや愛着が生まれないとは限らない。正体表示は、回答の正確さや会話データの安全性、依存を促す設計の有無まで保証するものでもない。
2026年7月15日に施行された中国の擬人化AI規則は、継続的な感情交流を提供するサービスを対象に、未成年者保護、依存対策、危機介入、退出まで細かく定めた。これに対し、EU第50条は、コンパニオンに限らず幅広いAIへ適用する透明性の共通基準である。同じ「AIの正体を知らせる」という対応でも、両制度が事業者へ求める範囲は大きく異なる。
8月2日以降に問われるのは、規約に説明があるか、画面の隅に「AI」と書かれているかだけではない。新規登録や会話の再開、音声モードへの切り替え、VRやロボットを介した対話で、ユーザーが親密な会話を始める前に告知へ気づき、判断に使えるかが重要になる。
最終ガイドラインの公開により、AIコンパニオンの正体をいつ知らせるべきかについて、EUの基準はかなり具体的になった。提供者には、告知を形式的に置くだけでなく、ユーザーとの最初の接点から実際に届く情報として設計することが求められる。



