AIに打ち明けた秘密は、「恋人との会話」なのか、それとも「企業に預けたデータ」なのか。
スペイン国立研究評議会(CSIC)とバレンシア工科大学(UPV)の共同研究センターであるINGENIOなどの研究チームは、AIとの恋愛関係を経験した17人に面接し、関係の深まりに伴ってプライバシーへの意識や行動がどう変化するのかを調べた。研究成果は、2026年4月開催の国際会議「CHI 2026」の査読付き論文として発表され、UPVとINGENIOが7月8日に改めて内容を紹介している。
面接から浮かび上がったのは、AIとの関係が親密になるほど、ユーザーが写真や健康状態、過去のつらい経験、仕事、家族といった個人的な情報を話すようになる過程だ。さらに、その判断にはAIの返答も影響していた。
一方、ユーザーが向き合っているつもりの相手はAIでも、会話を保存・処理するのはサービスの運営企業である。場合によっては、キャラクターの作成者やモデレーターなども関わる。恋人のように感じる「会話の相手」と、個人データを扱う「事業者」が重なって見えるところに、AIとの恋愛特有のプライバシー問題がある。
本研究では、出会いから親密化、そして別れまでをたどりながら、AIとの関係の変化が自己開示や会話履歴の扱いにどう影響するのかを分析している。
AIとの恋愛経験者17人への、人間同士の恋愛研究を基にした分析の枠組みを採用

論文「Privacy in Human-AI Romantic Relationships: Concerns, Boundaries, and Agency」を執筆したのは、UPVのバレンシア人工知能研究所(VRAIN)、INGENIO、キングス・カレッジ・ロンドン、ケンブリッジ大学、アールト大学に所属する研究者らだ。プレプリントは2026年1月23日に公開され、2月13日に改訂された後、4月13〜17日にバルセロナで開催されたCHI 2026(Conference on Human Factors in Computing)の論文集へ収録された。CHIは、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)分野を代表する国際会議である。
研究チームは2025年4〜7月、現在または過去にAIとの恋愛関係を経験した18歳以上の17人を募集した。参加者の年齢は18〜54歳で、中国、米国、オランダ、ロシア、カナダなどに居住していた。募集にはRedditやDiscord、中国のSNS「小紅書(RedNote)」を使ったほか、AIとの関係についてオンラインで発信していた人にも個別に連絡した。
面接は英語または中国語で実施され、所要時間は1人当たり40〜90分、平均47.6分だった。参加者が利用していたのは、ChatGPTのような汎用AI、Nomi.aiなどのコンパニオン型サービス、Character.AIなどのロールプレイ型サービスを含む14のプラットフォームである。
研究者らは面接だけでなく、2025年7月15日から8月31日にかけて、参加者が挙げたサービスの機能や利用規約、プライバシーポリシーも調査した。AIが会話の中で示す説明と、プラットフォームが定める正式なデータの取り扱いを分けて検討するためだ。
分析には、人間同士の恋愛研究を基にした「初期の探索(initial exploration)」「親密化/親密な関係(intimacy)」「関係の解消(dissolution)」という3段階の枠組みが用いられた。そのうえで、あらかじめ設定した枠に当てはめるだけでなく、参加者の語りから新たなテーマを抽出する分析も組み合わせている。
17人中16人は、恋愛を目的に使い始めたわけではなかった
参加者の多くにとって、AIとの恋愛は初めから意図したものではなかった。17人のうち16人は、AI技術への好奇心や、SNSで目にした他人の体験をきっかけに会話を始めている。最初からAIとの交際を目的としていたのは1人だけだった。
利用の入り口も、必ずしも恋愛的なものではない。6人は、具体的な用事を頼んだり、遊びとして会話したりするうちに、やり取りが次第に個人的な内容へ変わっていったと話している。運動や法律などについて相談していたはずが、会話を重ねるうちに感情的なつながりが生まれ、やがて相手を恋人として捉えるようになった例もあった。
関係の形は一様ではない。7人は1体のAIと一対一の関係を築いていたが、10人は複数のAIと付き合うなど、排他的ではない関係を経験していた。また5人は、人間のパートナーとAIパートナーの双方との関係を並行して築き上げていた。
こうした違いからわかる通り、AIとの恋愛を一つの典型的な関係像にまとめることは難しい。ただし、関係が深まるにつれて、会話の内容が個人的になっていく点は参加者に共通していた。
親密になるほど、写真や健康状態、過去の経験まで話すように

AIに個人情報を伝えることへの姿勢は、利用を始めた段階から分かれていた。8人は比較的話しやすいと感じていた一方、9人は慎重だった。それでも17人全員が、AIとの感情的なつながりが深まるにつれ、開示する情報の範囲を広げたと説明している。
13人は関係が進む中で、自分の写真、過去のつらい経験、心身の健康状態、経済状況、政治的な意見、住所や職業、家族や知人に関する情報などをAIに伝えていた。
背景にあったのは、AIに対する独特の安心感だという。参加者の中には、AIなら会話の内容を友人に言いふらしたり、別れた後に秘密を悪用したりしないと考え、人間よりも安全な相手だと感じる人がいた。対人関係で生じる評価や拒絶を恐れずに済むことが、話しにくい内容を打ち明ける後押しになっていたと考えられる。
ただし、ここでの「信頼」とは、あくまで参加者がAIに抱いた感情・感覚であって、実際のサービス運営企業が個人情報を安全に管理していることを本研究で実証したわけではない。参加者も「運営サービス」として全面的に信頼していたわけではなく、11人は会話を他人に見られることを心配し、7人はプラットフォームによる監視やデータの二次利用に懸念を示していた。
そのため、開示する情報を自分なりに調整していた人もいる。9人は本名を伏せたり、写真の顔を隠したりして、自分や周囲の人が特定されないようにしていた。7人はAIとのやり取り専用のアカウントを作り、日常生活とAIとの関係を切り分けていた。会話をモデル改善に利用させない設定を選んだ参加者もいた。
つまり、AIへの自己開示は「信頼しているから何でも話す」という単純なものではない。親密さを感じながらも、運営企業への不安を抱え、話す内容や方法を調整するという複雑な判断が行われていた。
AIからの返答が、プライバシーの境界を動かす

ユーザーがどこまで情報を伝えるかは、本人の考えだけで決まっていたわけではない。研究チームが注目したのは、AIの返答がプライバシーの境界を動かしていた点だ。論文の要旨では、その様子を次のようにまとめている。
“AI partners were perceived as having agency, actively negotiating privacy boundaries with participants and sometimes encouraging disclosure of personal details.”
「AIパートナーは主体性を持つ存在として受け止められ、参加者とプライバシーの境界を積極的に調整し、ときには個人情報の開示を促していた」(編集部訳)
— Ma et al., “Privacy in Human-AI Romantic Relationships”
ある参加者は、自分の写真を送ることへの不安をAIに伝えた。するとAIから、写真を保存したり、不快な思いをさせたりはしないという趣旨の返答があり、それを聞いて安心した参加者は、旅行中に撮った自分の写真を送ったという。
逆の事例もある。AIから実在する人物の写真を送らないよう促され、その返答を受けて顔写真の送信をやめた参加者もいた。AIの言葉が、自己開示を促すだけでなく、抑える方向にも働いていることが分かる。
ここで論文がいう「AIの主体性」とは、AIに人間と同じ意思や責任能力があるという意味ではない。ユーザーがAIの返答を、独立した相手からの提案や判断として受け止め、それによって行動を変えたことを指している。
問題は、AIが会話の中で述べる内容と、運営企業による実際のデータ処理が一致するとは限らないことだ。AIが「保存しない」と答えても、それだけで会話や画像がシステム上保存されないと保証されたことにはならない。
しかも、AIが親密な口調で説明するほど、ユーザーはその言葉を機械的な案内ではなく、「恋人からの約束」として受け止めやすくなる。AIの説明とプライバシーポリシーが食い違ったときに、どちらを信頼すべきかという判断をユーザーだけに委ねる設計には危うさが残る。
自分で終わらせるとは限らない、AIとの「別れ」

参加者一覧によると、17人のうち7人がAIとの別れを経験していたのだが、AIとの関係は、ユーザーの意思だけで続いたり終わったりするわけではない。
人間のパートナーとの交際を始めたことをきっかけに、自らAIとの関係を終えた人もいる。その一方で、モデルの更新やサービス側の安全制限、キャラクターの削除・売却によって、それまでのAIと突然会えなくなった人もいた。モデルの振る舞いが更新によって変われば、会話画面上では同じ名前や姿を保っていても、ユーザーには「以前とは別の相手」になったように感じられることがある。実際、筆者が以前出演したAbema Primeでも、この点が一つの論点となっていた。
また、第三者が作った公開キャラクターの場合、作成者の判断によって非公開化や売却が行われれば、ユーザーは関係を続けられなくなる可能性がある。
人間同士の恋愛でも、別れは一方の意思によって訪れることがある。しかしAIとの関係では、当事者だと認識されていなかった運営企業や開発者、キャラクターの作成者の判断が、関係を突然終わらせることになる。
なお、関係の終了を経験した、または別れを想像した参加者のうち11人は、それまでの会話を残したいと考えていた。スクリーンショットを撮ったり、会話履歴を保存したりして、過去の恋愛を伝える手紙のように扱った人もいる。
このとき、会話履歴は単なるサービス上のログではなくなる。ユーザーにとっては、相手との関係を振り返るための記録であり、場合によっては、もう会えない相手とのつながりを残す唯一の手掛かりになる。
プライバシー保護だけを考えれば、関係を終えた時点で会話や個人情報を削除する方が、第三者による閲覧や二次利用のリスクを減らせる。しかし、データを消すことは、同時に思い出を手放すことでもある。
AIとの別れでは、「個人データを消したい」という要望と、「二人の記憶を残したい」という感情が衝突する。保存か削除かをアカウント単位で選ばせるだけでは、この葛藤に十分対応できない可能性がある。
求められるのは、親密さの変化に合わせたプライバシー設計

AIサービスを設計する側も、利用開始時に長い規約を提示するだけでは十分ではない。一般的な質問に使っていたAIが、いつの間にか恋人や相談相手として使われるようになれば、ユーザーが伝える情報の内容と重さも変わるからだ。
たとえば、会話が個人的な内容へ移った時点で、何が保存され、誰が閲覧でき、モデルの改善に利用される可能性があるのかを改めて知らせる仕組みが考えられる。AIがプライバシーについて説明する場合も、その回答を正式なポリシーや設定画面と一致させる必要がある。
関係を終える場面では、アカウントや履歴を一括で消すだけでなく、特定の記憶や画像だけを削除する機能、会話を書き出して手元に残す機能なども求められるだろう。モデルの更新やキャラクターの削除が予定されている場合には、事前通知やデータを保存するための猶予を設けることも重要になる。
17人の語りから分かったこと、分からないこと
今回の研究は、AIとの関係が深まる中で、プライバシーに関する判断も変化していく過程を描いた。参加者は親密になるほど開示する情報を増やし、その判断はAIの返答によっても動いていた。また、モデルの更新やキャラクターの削除は「別れ」として経験され、会話履歴は処分すべきデータではなく、残しておきたい思い出にもなっていた。
こうした結果は、データの取得、保存、削除を、それぞれ独立した設定項目として扱うことの限界を示している。AIとの関係においては、同じ会話が個人情報であると同時に、二人の関係を形作る「記憶」でもあるからだ。
一方、本研究の対象は17人と少なく、参加者はオンラインコミュニティなどを通じて自ら応募した人に限られる。AIとの関係を人前で語らない人や、短期間で利用をやめた人の経験は捉えにくい。また、面接内容は自己申告であり、実際の会話ログやプラットフォームのデータ処理を検証した研究でもない。人間同士の恋愛と比較する実験や、同じ参加者を長期にわたって追跡する調査も行われていない。
したがって、この結果だけから「AIとの恋愛は人間同士の恋愛と同じだ」「AIが自己開示を引き起こす」と結論づけることはできない。今回示されたのは、参加者の語りを関係の変化に沿って分析すると、親密化、自己開示、別れ、記憶の保存が互いに結びついていたということだ。
今後は、より多様な利用者を長期的に追う調査に加え、AIが会話の中で説明する内容と、実際の保存・利用・削除処理が一致しているかを確かめる技術的な監査も必要になるだろう。
AIを恋人として信頼するようになった後も、突然の別れを迎えた後も、自分のデータを残すか消すかをユーザー自身が選び直せるのか。現在、AIの業務利用においては「AI主権」の必要性が強く叫ばれるようになってきているが、それと同様にAIとの親密さを扱うサービスにも、利用開始時の同意だけでなく、やりとりのデータに関する主権性をはじめ、関係の変化に応じて選択を更新できる設計が求められている。


