新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)拡大に伴い、2020年4月1日、日本生殖医学会より「不妊治療延期」の検討を促す声明が発表された。
内容としては、世界不妊学会(IFFS)やヨーロッパ生殖医学会(ESHRE)など各国際機関による戒告発表の流れを受けており、COVID-19罹患者数の急速な拡大の危険性がなくなるまで、あるいは妊娠時に使用できるCOVID-19予防薬や治療薬が開発されるまでを目安に発表されたものだ。
これを知って、これまで不妊治療や妊活を進めていた方は大いに戸惑ったに違いない。
「妊活は延期した方がいいの?」
「終息を待っていたら妊娠できなくなるのでは?」
「クリニックから不妊治療延期について説明されたけど、決められない・・」
これらの悩みについて、現時点での専門家の見解を聞く場が、5月5日にZoomを使って開催された。主催は株式会社ファミワン。LINEを活用した妊活コンシェルジュを手がける企業である(過去取材記事はこちら)。
<登壇者(左から)>
- 不妊症看護認定看護師 西岡有可
- 公認心理師/臨床心理士 戸田さやか
- 胚培養士 川口優太郎
本記事ではイベント当日の内容について、一問一答の方式でまとめてお伝えする。
※本記事記載事項は、イベント開催日である2020年5月5日時点の情報に基づきます。最新情報は、各団体・医療機関等にてご確認ください
※以下より、記事内ではCOVID-19のことを「コロナ」と略称で記載します
Q. 不妊治療は延期した方が良いのでしょうか?
戸田氏:基本的には二つの軸で考えていただきたいです。
一つ目は、通院や移動することが感染拡大につながる恐れがあるということ。移動自体を減らしましょうということです。
もう一つは、コロナの影響で何が起こるかまだまだわかっていないということ。胎児にどんな影響があるかわからない中で、妊活に取り組むのはリスクがある。
これらのことを重々理解した上で、各々が判断しましょうということです。
その上で、じゃあいつまで延期・再開するべきかということですが、基本的には「主治医の先生」と相談して決めてください。
あと、一番大事なのはご自身の「パートナー」と話し合うこと。夫婦によってはコロナのリスクへの考え方も違うと思うので、しっかりと話し合っていただきたいと思います。
Q. 妊婦さんはコロナにかかりやすいのでしょうか?
西岡氏:今時点の日本産婦人科学会からの報告によると、妊婦のコロナ感染リスクは「高いとはいえない」とされています。また重症化の確率も、一般と同等かそれ以下とされています。
ですので、極度に怖がる必要はありませんが、感染対策が大事なことに変わりはありません。特に、妊婦さんはレントゲンが撮れないなど、できることや使用できる薬剤が一般に比べて制限されるので、感染しないに越したことはありません。
Q. 年齢39歳で、持病で喘息があります。健康な人よりも、妊活は控えるべきでしょうか?
西岡氏:持病があるということなので、医療の観点からは、積極的に妊活を進めることは難しい、という答えになります。
もちろん、39歳というご年齢で延期して、その後でちゃんと妊娠できるのかという不安はすごくあると思います。今だったら妊娠できたかもしれないが、1年延期したから妊娠できなかったと思ってしまう可能性があると思うと、すごく難しい判断だと感じます。
パートナーやドクターと一緒に、この状況下で妊活を進めた場合のリスクとベネフィットを考えて、それでも納得されるのであればやる、ということになると思います。
Q. アビガンは妊活・妊娠中に使えるのでしょうか?
川口氏:アビガンはもともと、抗インフルエンザウイルス薬として使われているお薬なのですが、妊産婦に対しては禁忌とされています。理由としては、妊娠初期において催奇形性が認められているからです。動物実験において、お腹の中の赤ちゃんに奇形を引き起こしたり、流産・死産を誘引してしまうことが示唆されています。
またアビガンは、妊娠中の胎児や、母乳にも移行してきますが、女性だけでなく男性では、精液中にも移行することがわかっています。男性がアビガンを飲んだ場合、最低4ヶ月〜半年は妊娠を回避しなければならないでしょう。
この辺りは、学会から詳しい情報がいずれ出てくると思います。
妊娠中はもちろん、妊活中についても、アビガンは控えた方が良いと言えます。
Q. コロナのワクチンができたときに妊活中・不妊治療中の人は受けれるのでしょうか?
川口氏:これは現時点ではわからないです。普通の予防接種にしても、妊婦さんが受けていいものといけないものがあるので、今回の新型コロナウイルスのワクチンができても、接種できない可能性は十分にあります。
Q. 今受診している病院からコロナ患者が発生した場合、その後の診療はどうなるのでしょうか?
川口氏:アメリカ生殖医学会(ASRM)が出しているガイダンスと福祉保健局の指針を参考にまとめますと、まず、感染が確認された患者様が利用した待合室や診察室などは、消毒が必要になるので、一定期間施設が閉鎖されることになるでしょう。
また、消毒に使われる薬剤は受精卵(胚)に有害なものなので、全ての胚が発育ステージに関わらず凍結になると思われます。
初期のステージの胚を凍結するとダメージを受けやすいのですが、これも致し方ないです。
あと、感染した患者さんの対応をしたスタッフは最低二週間の経過観察になりますし、同時刻に来院した患者さんも濃厚接触の可能性があるので、細かく足取りを追う必要があります。
その上で、保健所と相談しながら再開のタイミングをみる、という流れになると思います。
Q. 不妊治療による妊娠は延期とされていますが、自然妊娠はいかがですか?
西岡氏:自然妊娠は基本的には「人の権利」なので、日本においては禁止する声明は出せないという状況です。
なぜ自然妊娠だけ許されるの?と思われるのも自然だと思いますが、医療介在の有無によって学会も違うので、現状はこのような回答になります。
川口氏:ヨーロッパ生殖医学会の戒告としては、自然妊娠も避けてくださいという指針を出しています。
理由の一つとして、妊婦さんは衛生管理が難しいことがあげられます。
ただでさえ、コロナにより医療現場が逼迫している状況の中、妊婦さんが増えると、さらなる負荷が医療現場に与えられることになるので、それを回避する義務があるとの指針が出されています。
戸田氏:このご質問、ファミワンにも多く問い合わせがあります。
改めて申し上げますが、妊娠すること自体が、今の時期は「すごくリスクだ」ということを認識してほしいです。
ただ、気持ちは非常に良くわかるので、私たちもアドバイスするときに大変苦しい気持ちで対応しているのが現状です。医療者は全員そうだと思います。
Q. このコロナ禍で、私たちはストレスとどう向き合っていけば良いでしょうか?
戸田氏:そもそもストレスの正体が何かと言うと、生き物が何か異常事態に遭遇した時に、その状況から逃げるか戦うかを判断するときに必要な「身体の反応」です。
今は外に出られないなど、いわゆる異常事態。ここでストレスを感じるのは「ごくごく普通のこと」であって、むしろ健康的なことだとわかってほしいです。不眠、食欲減退、腹痛など自律神経系の問題、発熱、蕁麻疹、イライラ、肩こりなど、割とわかりやすい形で身体に反応として、出る人は出ます。
ただ問題なのは、このストレスが非常に長期間で、さらにいつ終わるかわからない見通しのなさによって、対処しきれなくなってしまうことです。
自分の身体がストレスにちゃんと対応しようとしていることを理解した上で、できるだけ溜めないよう、ストレッチをしたりパートナーと一緒にマッサージをしあうなどして、身体をほぐしていってほしいと思います。
また、1日の中で5分程度でもいいので、外の空気を吸ったり、ちょっと伸びをしたりするのも良いでしょう。
さらにもう一つ。自宅で過ごしている人が多いと思いますが、情報に多く晒されている状態が続いていると思います。ぜひ、テレビやスマホ、インターネットなど、できたら時間を決めて全部オフにして、情報から出来るだけ距離を置くようにしましょう。オフにする時間は個人差があると思うので、色々と試してご自身にとって良い塩梅を見つけてください。
Q. コロナ禍で受けるストレスもあると思いますが、一般的に自然妊娠に励む夫婦にとってストレスはどれほどの影響がありますか?
戸田氏:ストレスは「対処しなければならない」というイメージがありますが、実はストレス状況を乗り越える力をつけるための「チャンス」でもあります。
つまり、良い影響も悪い影響もあるものと考えてほしいです。
私たち専門家の間では、このストレスを乗り越えようとする行動を「ストレスコーピング(対処行動)」と言います。
みなさん、イライラした時にやってることってありますよね。音楽を聴いたり、映画を見たり。そういった「コーピングリスト」を作るといいかもしれません。
Q. 身体のケアでできることはどんなことがありますか?
西岡氏:基本的にはバランスの良い食事 をしましょう。
自粛生活が続くと、食べたいものがなくなってくる人もいると思いますが、とにかくバランス良く。過度な糖質制限や脂質制限などは避けた方が良いでしょう。
あと、手洗いが最強に大事です。20秒が長いと感じたら、例えば歌いながらやると、案外すぐに終わります。この時、タオルは一回一回変えるようにしましょう。一日一回ではなく「一回一回」です。
さらに妊活に関することで申し上げると、葉酸とビタミンDを意識して摂るようにしましょう。
川口氏:葉酸、ビタミンD、鉄、カルシウムなど、日本人女性に不足しがちな栄養素は多いです。例えば葉酸は、日本人の食事にはあまり含まれていません。
海外だと、このような栄養素を補うため、牛乳やシリアル、パンの中に人工的に添加されていたりします。これらをしっかりと摂っていただくことが、妊娠のための身体づくりに繋がると考えています。
ちなみに、よく「葉酸の取り過ぎは有害ですか?」とご質問をいただくのですが、たくさん摂取しても尿と一緒に身体から排出されるだけなので、特に問題はありません。
Q. 卵子凍結の際は、栄養を取るなど卵子を健康にしてから採取した方が良いでしょうか?
川口氏:卵子の質についてですが、基本的に「改善」はものすごく難しいです。
精子に関しては毎日作られますが、卵子に関しては胎児のときから卵巣の中に蓄えているものなので、生まれた時から残りの個数が決まっています。今ある卵子は、生まれてから今までの期間、生活習慣のあらゆるダメージを受けたものと言えます。人間はどうしても歳を取ってしまうため、「維持」することはなんとか頑張ればいけるかもしれませんが、「改善」することはほぼ不可能だと考えられます。
健康に気をつけて、妊娠のための身体づくりを進めていただければと思います。
Q. 今のコロナ禍で、不妊治療の治療費は増えそうですか?
川口氏:コロナの影響で、例えば一年間治療を延期したら、その分妊娠率が下がるので、治療費が増えてしまう可能性はあります。
ただし、政府が不妊治療の助成金を受け取れる条件を緩和(※)するなどしているので、こういった制度の利用を考慮すると、総じての金額が増えるか減るかはなんとも言えません。
※厚生労働省の4月9日資料によると、一定期間治療を延期した場合、時限的に年齢要件を緩和することが発表された
Q. 妊娠中にコロナに感染した場合、生まれてくる子どもに影響はありますか?
川口氏:現時点ではなんとも言えませんが、ヨーロッパ生殖医学会が3月に出したガイダンスの中で複数の症例が報告されています。
中国・武漢のケースだと、COVID-19罹患妊婦については早産の傾向が少し強く出ていたとありました。また、出生後数時間しか経っていない赤ちゃんから感染が確認されたということで、母から赤ちゃんへの垂直感染が疑われる症例もありました。
2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年のMERS(中東呼吸器症候群)を省みると、妊婦の子宮からウイルスが見つかったり、胎児の発育不全や新生児の死亡に関する報告が多くあがっていたので、今回についても、こういった報告が増えていく懸念を有識者がしています。
ヨーロッパ生殖医学会にアップされているガイダンス(記事作成時点で2020年5月4日が最終更新日)
Q. これから妊娠する場合に、妊娠期間の過ごし方や医療・社会的サービスの対応について、平時とどう変わっていくのですか?
西岡氏:まず妊婦健診の回数を減らして、通院の間隔を開けていく対策をとることが予想されます。院内での感染拡大を予防するためです。
分娩の立ち会いも今は基本的に禁止されている状況で、それが続くと予想されます。OKになるタイミングは、施設によって変わるでしょう。
また医療資源確保の関係で、帝王切開に早めに切り替えるという選択肢に切り替わる動きもあります。
あとは、日本産婦人科学会から「急な帰省分娩の検討はぜひ避けてください」とのメッセージが発せられていますので、里帰り出産の選択肢も制限されるでしょう。
Q. どのような状況になれば妊活再開して良いと判断できるでしょうか?
川口氏:日本生殖医学会が、大きく2つのフェーズを提示しています。
一つは、今の感染状況が落ち着くまで。もう一つは、妊婦さんや、妊娠を目指す人が安全に使える予防薬ができるまで。
この2つが、治療再開の目安になると考えています。
Q. ウィズコロナ・アフターコロナの妊活はどうなるとお考えですか?
西岡氏:遠隔診療や電話再診など、通院しなくても良い方法が増えていくと思います。
あとこれまでも、仕事との両立で通院回数を減らす流れで注射を自己注射にするなどの提案がありましたが、アフターコロナ・ウィズコロナでは、こういう提案も多くなると思います。あと、まずは採卵だけして移植は後、という事例も増えるかもしれません。
川口氏:私のクリニックでも、胚移植はほぼしていませんし、採卵も年齢制限をして緊急を要する方のみにしています。
ヨーロッパ生殖医学会が戒告を発表したことで、欧州では7割以上の施設が治療をストップしているとのことです。
戸田氏:私としては、社会的にテレワークが広がっていく中で、働きながらの通院調整が難しかった人や仕事との両立が難しいと思っていた人が、もっと治療をしやすくなるかもしれない、という希望をもっています。
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ファミワンでは2020年5月末まで、新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う施策や措置でお困りの方への支援のための「妊活自由相談の無料提供」を行なっている。
また、イベントの最後でも議論された「ウィズコロナ・アフターコロナ時代の妊活」をサポートすべく、引き続きイベントや個別相談会も定期開催する予定だ。
以下の公式noteにて順次案内されるとのことなので、お悩みの方は要チェックである。
編集後記
今回のコロナ禍の影響で、妊活や不妊治療の進め方に悩んでいる、という方は私の身の周りにも多くいらっしゃいます。みなさん不安な気持ちの中、自宅にこもった状態で悩まれており、その中でテレビやネットからはマイナスな断片情報が絶え間なく押し寄せてくるので、ネガティブな気持ちへのループが起こりやすいと感じています。
だからこそこういう形で、第三者の立場から正確な情報を受け取り、またコミュニケーションを取れる「依存の場」を作ることが、非常に重要だと思います。
「依存」と聞くとマイナスのイメージがあるかもしれませんが、ぜひプラスに捉えていただきたいです。社会的な依存先を増やすことが、結果として「自立」につながる。これは、脳性麻痺の障害を持ちながら小児科医として活躍される、東京大学先端科学技術研究センター准教授 熊谷晋一郎氏の言葉であり、まさにその通りだと感じます。
正解がない妊活・不妊治療において、特に今は周囲の環境が混沌としているからこそ、いつも以上にパートナーとのコミュニケーションを重ね、オンライン上での社会的接点を増やすことを意識し、依存先を増やしていくことが大切だと、イベントを通じて感じました。
今後も夫婦に寄り添う情報を発信して参りたいと思います。