ソーシャルビジネスの裾野拡大を目的として、新たな社会課題解決のビジネスアイデアを生み出す企画として始まった「日経ソーシャルビジネスコンテスト」。
昨年に引き続き2回目の開催となった今年のコンテストのテーマは”SDGs”(持続可能な開発目標)であり、全国から実に308件もの応募があったという。
その中から13組のファイナリストが1次審査を通過し、企業や自治体、NPO/NGOとの連携を視野にいれたブラッシュアップをアドバイザリーボードと共に行い、本年1月12日の最終審査会に臨んだ。
<ファイナリスト一覧>
・一般社団法人教育環境デザイン研究所(代表者名:小原聡)
・マミーズアワーズプロジェクト(代表者名:石嶋瑞穂)
・株式会社コークッキング(代表者名:川越一磨)
・株式会社With The World(代表者名:五十嵐駿太)
・一般社団法人STREET RUGBY ALLIANCE(代表者名:小山裕昭)
・罠オーナー(代表者名:菅田悠介)
・認定NPO法人D×P(代表者名:今井紀明)
・株式会社いろどり(代表者名:水澤莉奈)
・一般社団法人RAC(代表者名:千葉彩)
・WeCare(代表者名:小柴優子)
・Your School(代表者名:吉田輝々)
・株式会社おてつたび(代表者名:永岡里菜)
・株式会社miup(代表者名:酒匂真理)
まだアイデアベースのものから実際に事業展開されているものまで幅広く採用されており、昨年7月のエントリー開始から実に半年以上かけて大賞および優秀賞が選出された形だ。
3月2日に開催された最終審査後の表彰式及び記念シンポジウムは、大勢の視聴客で賑わった。
今回大会で大賞に輝いたのは、東大発の医療AIスタートアップである株式会社miupだ。AI技術をはじめとするICTを駆使して効率的な医療システムを作り出すことで、これまで医療にアクセスできなかった人々に医療を提供することをミッションに掲げている。
また家族と暮らすことに困難を抱える社会的養護が必要な子ども達を支援する一般社団法人RACと、お手伝いと旅を有機的につなげることで地域の関係人口増加を狙う株式会社おてつたびが、それぞれ優秀賞に輝いた。
他にも魅力的なソーシャルビジネスが目白押しであり、本記事では上述の3社含め、愛に寄り添ったLove Techな取り組みを厳選して紹介したいと思う。
株式会社miup(大賞受賞)
株式会社miup Co-founder & CEO 酒匂真理氏(写真右)
世界には約40億の人々が未だに医療にアクセスできていないという現実がある。そして、その人々に医療を提供することをミッションに立ち上がったのが、株式会社miup(ミュープ)だ。
多くの国々の中でも、同社はバングラデシュでサービスを開始した。バングラデシュでは人口の70%を占める農村部において、なんと1万5千人に1人という割合でしか医師がおらず、早い段階での正しい処置ができないことによる症状の重篤化が多い。実は同国の主な借金の原因は医療費なのである。
そんな背景の中、miupはAI遠隔健診や遠隔医療を活用して、人々の病気の早期発見および早期対処が可能であると考え、事業展開している。
従来の健診では多くの医療スタッフ・専門家や検査機器が必要なため、コストが非常に高くつく。一方miupでは1万人のバイタルデータを収集し、画像データをAIに学習させることで、画像診断において専門家や高額機器が不要となり、検査の精度を落とさずに従来の50〜70%のコストダウンが実現する。
また、医師の診断支援の仕組みも実証実験で検証中だという。医師の思考プロセスをモデル化し、テキストや論文データに基づいてパラメータを学習することで、症状やバイタル値から疾患を推定してくれるエンジンを開発しており、診療時間を数分の一にしてコストダウンを実現する。こちらはコストダウンだけでなく、誤診や見落としの予防にも繋がることも大きな効果として期待されている。
ここまで見てきた内容は主に貧困層を対象とする事業展開だが、これだけではビジネスとして成り立たない。同社ではこの他に、都市部の富裕層向けに個人訪問型健診や遠隔医療、そしてクリニックの検査受託や新設病院のラボ運営など、いわゆる高収益サービスも展開している。高収益サービスで下支えし、必要なタイミングでエクイティを入れながらソーシャルインパクト領域での事業を継続することで、医療アクセス拡大への持続的な取り組みを見込めるということだ。
事業プレゼンをされたのは、株式会社miup Co-founder & CEOの酒匂真理(さこうまり)氏。大学院卒業後、外資系消費材メーカーの商品開発・マーケティング職を経て、バングラデシュへ渡り、同社を起業した。
「私が本日お話したようなソーシャルビジネス領域における、ビジネスとソーシャルインパクトの両立は非常に難しいと痛感しています。今回コンテストに応募したのは、事業案のブラッシュアップはもちろんですが、初心を忘れないためです。
ビジネスとして継続させるためには、先ほどお伝えした富裕層への事業をどんどん回していく必要がありますが、一方で日々の業務に追われてしまうと、どうしても『医療にアクセスできない人々に医療を提供する』という当初の目的を忘れがちになってしまいます。
昨年11月に、投資家の方より約1億円を調達し、少しずつビジネスとしても軌道に乗ってきました。
今回参加させていただいたことで、自分たちが改めて社会にどんな価値を出していきたいのかを振り返るいい機会になりました。
まさか大賞をいただけると思わなかったので、大変嬉しいです。このトロフィーは会社に堂々と飾りたいと思います!有難うございました。」
一般社団法人RAC(優秀賞受賞)
一般社団法人RAC 代表理事 千葉彩氏(写真右)
毎日のようにTVやネットニュースで流れる子どもの虐待死事件。6割の親が体罰のしつけを容認しており、現に虐待死させた親のうち、43%は「しつけのつもりでやった」という事実が存在する。そう、約4割のケースでは殺そうと思ってやっているわけではないのだ。
一般社団法人RACは、この虐待リスクのある家庭が検知できているのに、重度虐待になるのを止められない状態を解決すべく、「つながるプロジェクト」を提唱した(現在は「近所deすごし隊」という事業名称で展開されている)。
親と子と協力者が繋がり、一般家庭で子供が過ごす1泊〜2週間のショートステイの仕組みである。いわゆる、子どものホームステイ事業だ。
これには様々な効果が期待される。
まず親は四六時中虐待をしているわけではない。いっぱいいっぱいの時に手を上げてしまうのだ。本事業を通じて親はゆっくりと休息を取れるので、虐待行為の根本的な原因を癒すことができる。
次に協力者にとっても、定期的に子どもと対面するため、子どもの変化がわかりやすく、困っている親子を見える化できる。
さらに子どもにとっても、安心できる居場所を通じていろいろな家庭があることを経験でき、一人の人として大切にされる経験を得ることで、学校に通え、自身の家庭を客観視できる。身近なところで頼れる大人がいることの意味は大きい。
これら親への支援、協力者の気づき、そして子どもの体験を通じて、虐待の負の連鎖を断ち切ることが期待できる。
事業プレゼンをされたのは、一般社団法人RAC 代表理事の千葉彩氏(ちばあや)氏。
「今日本には45,000人、東京都だけで約4,000人の子ども達が、何らかの理由で親と離れて過ごしています。そのうち8割は家から遠く離れた施設で毎日を過ごしています。
これは完全に大人の都合によるものです。大人の都合で、兄弟にも友達にもさよならを言えず、遠くで過ごすことになります。この課題がなかなか解決しない原因の一つとして、当事者が声を出しにくいという背景があります。
このあまり知られていない社会課題を解決すべく、より多くの方にまずは知ってもらえたらと思っております。」
株式会社おてつたび(優秀賞受賞)
株式会社おてつたび 代表取締役CEO永岡里菜氏(写真右)
日本全体が人口減少・高齢化の波を受け、多くの地方自治体が地域づくりの担い手不足という課題に直面する中、”関係人口”の増加が地方創生の次なる一手として注目されている。
仕事とボランティアの中間としてある「お手伝い」を通じて、地域の人と地域外の若者が出会い、地域のファン、すなわち関係人口を創出できる仕組み作りを狙うのが、株式会社おてつたびである。Love Tech Mediaでも今年の頭に取材させていただいた。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/otetsutabi20190109/”]よく地方の課題として「仕事がない」という内容を耳にするが、仕事が一切ないわけではなく、実は短期的な人手不足や単発的なスキル不足はたくさんあるという。例えば旅館での配膳や接客業務だ。
また「若者がいない」とも言われているが、正確には課題となっているのは「盛り上げるプレイヤーがいない」ということだ。
これら課題を前提に、おてつたびでは、旅行者に交通費をかけることなく行きたい地域に行く環境を整え、代わりに地域の旅館や民宿でお手伝いをするというモデルを提供している。だいたい3日〜1週間程度のおてつたび案件が多いという。
地域に赴くためのハードルを下げることで、自分の得意や好きを生かしたお手伝いを通じて地域に貢献でき、その地域との関係性が構築されることで地域課題が自分ごと化され、最終的にはその地域のファンになるという循環創出を目指している。
実際におてつたびの参加者からは、「こういうの欲しかった!」「行ったことのない場所に行ってみたいと思っていましたので、ぴったり」といった声がたくさん届いており、地域のみならずおてつたび自体のファンも増えている。
事業プレゼンをされたのは、株式会社おてつたび 代表取締役CEOの永岡里菜(ながおかりな)氏。オレンジ色のおてつたびパーカーを羽織られての授賞式参加であった。
「私たちは、『日本各地に眠っている地域の魅力を勝ちに帰る』ことをビジョンに、『誰かにとっての特別な地域を作る』ことをミッションに活動しています。どんな土地にも必ず魅力があります。でもそれがいろいろな人に伝わることなく、いずれ消滅してしまうことがとても悔しいと感じています。
おてつたびは、お手伝いを通じて地域にぐっと入り込み、地域の方と深い関係になることで、気づいたら自分にとっての特別な地域ができている、という”新しい旅の形”を提案しています。
現在、地域の魅力をさらに深く伝えるために、サービスと合わせて専用のメディアを作ろうとしています。そのためのクラウドファンディングも立ち上げているので、ご興味のある方は、ぜひ応援してください!」
そのほかLoveTechなファイナリスト企業
コンテストとして入賞は上述の3社だが、ほかにもファイナリストとして残った企業の中で「これは特にLove Techな取り組みだ!」と編集部が感じたものをご紹介する。
株式会社コークッキング
株式会社コークッキング 代表取締役 CEO川越一磨氏
まだ美味しく食べられるのに「捨てざるをえない危機」にある飲食店の料理を、ユーザーが1品から美味しくお得にレスキュー(テイクアウト)出来る「TABETE(タベテ)」サービス。増え続ける食品廃棄に一手を投じるフードシェアリングサービスである。
日本のフードロスは年間で621万トンにものぼり、平成29年経済産業省のデータによると、食品ロスによる推計経済損失額は1兆9,000億円もあるという(食のサプライチェーン全ての総計であり、食べ残しも含める)。
TABETEは、お店の食品廃棄と売り上げUPにつながるだけでなく、食べ手にとっても美味しい食事を安価で購入して手軽に社会貢献でき、また地球にとってもフードロス削減と市民の社会的意識向上につながるという、まさに三方よしの仕組みである。
株式会社With The World
株式会社With The World 代表取締役 五十嵐駿太氏
高校生を対象に、日本とインドネシアの生徒がお互いの社会問題についてオンラインで議論し、一緒に解決策を考えて実行に移すという、問題解決型の合同授業を展開する株式会社With The World。
貧困や環境破壊などの社会問題について、実は地元の課題を一番把握できていないのが地元住民というもの。同社が提供するプラグラムでは、それら社会問題に地元の若者が向き合い、提携校である日本の高校生がオンラインでのディスカッションや現地を訪ねるなどして問題解決に協力する。そのプロセスを通じてお互いの地元に対する認識に新たな風穴が開き、共に成長していく仲間となる。
今後はインドネシアに限らず、日本を含めた世界中の学校同士が自由に連携する、オンライン教育システムプラットフォームを構築する構想だという。異文化理解という横串で学校などの教育機関を繋げ交流を促進するという、世界にまだない仕組み構築に向け、2019年も取り組みをご一緒する学校の開拓を積極的に進めていくという。
罠オーナー
罠オーナー制度案代表者の菅田悠介氏
狩猟における罠代や管理費、手間などをシェアすることで猟師の負担を少なくし、その見返りとして狩猟体験や田舎体験を提供するという罠オーナー制度。
イノシシやニホンジカといった害獣の推定生息数や生息域はどんどん増えている中、狩猟免許を持つ人の70%近くが高齢者である。そんな中、くくりわなや箱わななどの罠代金、装備品や各種道具類、税金や猟友会費など、実は狩猟には多くのお金と手間がかかる背景から、猟師の金銭面含めた負担は非常に大きい。
罠オーナー制度による負担シェアリングを通じて、業界の問題を解決するだけでなく、オーナーであるユーザーへの動物解体ワークショップなどを経て食リテラシー向上が期待でき、食料廃棄問題に対する意識を高めてもらう効果もある。
現在は、本案代表者であり慶應義塾大学環境情報学部4年生の菅田氏が一人で任意団体として運営しているが、今後は罠オーナー制度を運営組織化し、マッチングプラットフォームを構築するという構想も検討している。
株式会社いろどり
株式会社いろどり 水澤莉奈氏
徳島県上勝町。ここは人口約1,500人という四国で最も小さな町であるが、同時に、ITを駆使して地元のもみじ、柿、椿の葉っぱなどを料理の”つま物”として商品化する「葉っぱビジネス」発祥の地でもある。
そんな葉っぱビジネスを仕掛けた株式会社いろどりが、新たに取り組む領域が”間伐材”。お金にならないと言われている手付かずの山の木を使って、地元らしい商品を作ることをミッションに立ち上がったブランドが、KINOF(木の布)である。
木材から繊維を抽出し、麻と合わせた木糸を紡績し、ワッフル織りや綾織りなどに製織することでオリジナル生地が完成する。軽量速乾で優しい手触りが特徴な自然素材の出来上がりだ。ちなみに第一弾は手に触れて実感してもらえるよう生活に身近なタオルから始めたという。
間伐材を活用してKINOFに昇華して販売して終わりではなく、そこで得たキャッシュで彩山を整備し、そこからまた新たな間伐材を取得して新たなKINOFの素材となる。同社はそういったサイクルモデルを通じて、会社を超えた地域レベルでの課題解決を目指している。
WeCare
WeCare代表者の小柴優子氏
結婚式において、招待者1名あたり約5,000円の予算で用意される結婚式のおみやげ、引き出物。この引き出物文化をアップデートする事業案を構想しているのが、任意団体のWeCareだ。
引き出物として、お皿などの物品ではなく、一定額の「寄付の権利」を贈答し、列席者にNPOなどの寄付先を自ら選択してもらい、該当団体からのリアクションを得るという体験をしてもらう、という内容だ。
新郎新婦が自身の興味分野などから寄付先を3〜5個選択し、作成されたバウチャーが披露宴で列席者に渡され、列席者はオンライン上で寄付先を選択するという流れだ。
新郎新婦と列席者という身近なつながりが社会とのつながりになり、その社会が未来を担う子ども達や家族を育んでいく。そんな素敵な循環の創出を目指している。
編集後記
昨今、子育て・介護といったライフイベントから貧困・紛争といったグローバル規模の内容まで、実に様々な社会的課題をビジネスとして解決・改善しようとするソーシャルビジネス市場が世界的に拡大しています。
マーケットありきではない参入のため、一般的にはスケールアウトが難しいと言われていますが、中には年商10億円以上を記録するソーシャルベンチャーも誕生するなど、ビジネス×ソーシャルインパクトの成功事例も数多く出てきています。
今回取材したコンテストファイナリストから、思いとビジネスモデルとがしっかりと社会実装される事例が出てくることを、大いに期待したいと思います!
コンテスト概要
主催:日本経済新聞社
後援:経済産業省、外務省、1%(ワンパーセント)クラブ、独立行政法人国際協力機構(JICA)
特別協賛:サラヤ、大和証券グループ本社
協賛:アフラック生命保険、伊藤忠商事、グロービス経営大学院、太陽有限責任監査法人、日本政策金融公庫、リクルートキャリア
協力:アジア女性社会起業家ネットワーク(Asian Woman Social Enterpreneurs Network:AWSEN)、特定非営利活動法人ETIC.、一般社団法人re:terra lab.
協力自治体:大阪府、北海道下川町、岩手県釜石市、広島県神石高原町、福岡県北九州市、鹿児島県大崎町、鹿児島県長島町
Innovation partner:BASE Q