11月22日、通称「いい夫婦の日」。
語呂から始まった記念日であるこの日は、1988年に財団法人余暇開発センターが、夫婦で余暇を楽しむライフスタイルを提唱したことをきっかけに、「普段パートナーに伝えられない想いを伝え、気持ちをカタチにして贈る機会にしてほしい」との想いを込めて制定されたものだ。
夫婦というユニットを通じて“家族”のことを考え、人によっては普段なかなかパートナーに伝えていない想いを言うきっかけにもなる、とても貴重なタイミングと言えるだろう。
また11月22日は、カップルが婚姻届を出す日としても人気。特に令和初の「いい夫婦の日」となった今年は、“大安”が重なったこともあり、例年にも増して婚姻届提出への機運が高まった。
そんな中、渋谷区で素敵な取り組みが企画されていた。11月22日当日、区役所まで婚姻届を提出されに来た新婚夫婦に対し、以下2つのグッズを無償で配布するというのだ。
- スマホでできる精子セルフチェック『Seem(シーム)』(株式会社リクルートライフスタイル)
- 自宅でできる卵巣年齢チェックキット『F check(エフチェック)』(株式会社F Treatment)
新婚のタイミングから、官民連携して最新テクノロジーを活用した妊活の啓発を進めるという、非常にLoveTechな取り組みである。
本記事では、当日の窓口の様子をお伝えすると共に、今回の取り組みを主催・推進された長田新子氏(一般社団法人渋谷未来デザイン 理事/事務局次長)へのインタビューについて、それぞれお伝えする。
※記事中記載のアンケート結果については、全て渋谷未来デザイン提供のデータを参照
渋谷区役所3階に設置された「特設ブース」
11月22日、渋谷区役所3階にある「婚姻届」提出窓口に行くと、奥の方に「特設ブース」なるものが設置されていた。
婚姻届を提出された“全”新婚夫婦に、まずは以下のチラシをお渡しし、希望者にSeemとF checkをプレゼント。各プロダクトの機能や目的を説明するという流れだ。
まずはそれぞれどのようなサービスなのか、以下に簡単にご紹介する。
スマホでできる精子セルフチェック『Seem』
2016年11月にリリースされた『Seem』は、お手持ちのスマホを使って精子のセルフチェックができるという、斬新なコンセプトのプロダクト。精子の採取等をするための専用キットと、スマホアプリ(iOS、Android)の2つからなる。
使い方は至ってシンプル。以下手順の通り、キット内付属カップを使って精液を採取。15分ほど放置しかき混ぜた後に、液体を専用レンズに乗せ、あとはスマホアプリのカメラを使って撮影するだけ。
これにより、アプリの方で撮影された精液の様子が解析され、撮影から約1分で、WHO基準に則った精子の「濃度」と「運動率」を弾き出してくれるのだ。
これは医療機関での診断に代わるものではなく、また確定的な診断を行うものでもない。だが、簡易的に自宅でセルフチェックできるからこそ、男性の妊活への参画ハードルをグッと下げてくれると言える。
開発者の想いとしては、男性不妊対策という枠を超えて、男性の健康リテラシーと妊活への「自分ごと」意識向上を目指しており、開発元であるリクルートライフスタイルでは、これまで実に様々なアプローチで啓発を進めてきた。それぞれが非常にLoveTechだと感じたので、当メディアでは何度も取材している。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/seem20180822/”]
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/futarininkatsu20190423/”]
ちなみに、今回の企画ではプレゼント受領者全員にアンケートをとっており、「製品をプレゼント前から知っていたか?」という質問項目があるのだが、Seemについては21%の夫婦が「前から知っていた」と回答している(単一回答)。逆に言えば、8割方の夫婦がご存知でなかったということで、まだ啓発すべき対象は沢山いる、ということが再確認されたわけだ。
自宅でできる卵巣年齢チェックキット『F check』
2019年7月にリリースされた『F check』は、卵巣に残っている卵子の数が何歳相当であるかを表す「卵巣年齢」を、自宅で簡単に測定できる日本初の検査キットである。
検査に必要な血液はわずか0.1ml。キットに内包されている専用のツールを使って、指先から簡単に採血し、血液を検査センターに郵送する。その後、約10日間で自身のスマートフォンやPCから閲覧できるマイページ上で、検査結果を確認することができるという流れだ。
卵巣年齢は、卵子の周りの細胞から出るホルモンであるAMH(アンチミューラリアンホルモン)の測定結果に基づいて算出してされており、子どもを望む女性にとっては、自分の妊孕力(にんようりょく:妊娠する力)を知るきっかけとなるものである。
本製品を開発・販売するF Treatmentでは、他にも妊娠・不妊に関する専門情報提供サイト「不妊治療net」を運営しており、口コミを参考にクリニックを探すことができたり、生活習慣に関する設問に回答することで不妊の兆候を把握できたりと、F checkと連携する形で妊活の不安や悩み解消をサポートしてくれている。
ちなみにこちらもアンケートで認知状況を質問しているが、F checkについては全員が初見だったという。今後の認知向上に期待である。
プレゼント率は、予想を上回る43.3%
「いい夫婦の日」当日、婚姻届を提出しに渋谷区役所を訪れた夫婦は、全部で124組だったという。そのうち、窓口営業時間内に訪れた夫婦は97組。さらにその中の42組が、今回のプレゼントに興味を持ち、受け取っていった。
プレゼント率でいうと実に43.3%ということで、当メディアが想像していた以上の受け取り確率であり、人々の潜在的ニーズを感じとることができる。
夫婦の年齢も、24歳の若旦那から45歳の姉さん女房まで実に幅広い中、共通していたのが、全員が時期を問わず「子どもを授かることを希望している」、ということであった。
上記に付随して、半分以上の方が「妊娠中」もしくは「すぐに希望」ということで、結婚を「子どもを授かること」への大きな節目と考えているカップルが多いことを、改めて感じさせるアンケート結果となった。
そんな幸せな特設ブースにおいて、当メディアでは個別に7組ほど、企画の感想を伺った。
顔出しオーケーですよと積極的に応じてくれる国際結婚のお二人から、絶対に無理です!と恥ずかしがって断る若いご夫婦まで、実に様々な夫婦像があった。
以下、印象的だった感想を記載する。
「自分の周りでも、不妊治療に困っている声は少なくないので、こういった取り組みはとても良いと思います。」(女性)
「スマホで精子をチェックするっていう発想は初めてでした。そもそも、日々の(精子の)状態が数値的に変わるっていうことも、初めて知りました。せっかく頂いたので、早速使ってみようと思います。」(男性)
「なかなか一人でクリニックに行くのは抵抗があるので、こういった形で気軽に(精子を)チェックできるのは、とてもいいなと思いました。」(男性)
「Seemは知っていたのですが、卵巣年齢チェックは初めて知りました。自分の身体の状態を気軽にチェックできるので、いろんなことに早く気づいて対策が打てそうだと感じました。」(女性)
なお、今回の特別企画に対する感想のアンケート結果(選択式)は以下の通り。今後の二人のライフプランを考えるきっかけになった、というフィードバックが得られている。
「今回の企画について良いと思った点を教えてください」(複数回答)という質問項目の回答集計結果
「今回の企画はお二人が将来を考える上で役に立つと思いますか?」(単一回答)という質問項目の回答集計結果
渋谷だから許される、渋谷だからこそ色々なことをやれる
では、今回の「いい夫婦の日」特別企画は、どのような経緯と想いがあって立案されたのだろうか。本企画を主催した一般社団法人渋谷未来デザインの長田新子(おさだ しんこ)氏にお話を伺った。※インタビューは11月22日当日に実施
一般社団法人渋谷未来デザイン 理事/事務局次長/プロジェクトデザイナー長田新子氏
--まずは今回の企画のきっかけを教えてください。
長田氏:もともとは去年5月に開催されたマーケティング系カンファレンスで、登壇されていたSeem入澤さん(Seem開発責任者)のお話を聞いて、昼間から堂々と「精子のチェック!」とおっしゃっていたので、純粋にすごい!と感じたのが始まりでした。
そこで一緒にお話する機会もあって、「こういうのって、絶対に街と一緒にやったほうがいいですよね」という話もあり。1年くらい経った今年9月に、まずは当団体が運営に関わった「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA」にSeemブースを出展してもらいました。
そこでも色々な発見がありまして、例えば会社の方々がグループで通りがかる際にSeemの説明をしてお渡しするのですが、若干引いている方や興味なさそうな方もいるんですよ。
みんなと一緒だと遠慮して興味がないような素ぶりをするんですが、でも後からやっぱり気になって取りに来る。なかなかオープンにするのが恥ずかしい、というのが一般的な反応なんだということが、改めて浮き彫りになりました。
そんな経緯もあって、今度はもっとペアの男女に直接的に訴求したいよね、という話になり、今回の企画に至りました。
--SeemやF checkについて、どのような点が良いと感じましたか?
長田氏:私の身の周りにも、子どもが欲しいけどできない、となって諦める女性がいます。
悩みや原因は男女それぞれにあると思うのですが、女性にばかりフォーカスされてしまうのが現状だと感じていて、それによる女性の「気持ちの負担」が、ストレスの原因になっている部分って、大きいと思います。
男女両方がきちんと“知る”ことで、男性の意識も変わるでしょうし、妊活のやり方も変わると思います。
だからこそ、夫婦一緒に解決するきっかけに、とても良い製品だと感じています。
--今後の展開はどのように考えていますか?
長田氏:まずはアンケートの結果をしっかりと見てからですね。
個人的には、渋谷区のプログラムの一つに入れられるような提案をしたり、渋谷区子育てネウボラ(※)の仕組みに乗せたり、少子化対策の文脈でライフデザインに関する取り組みや仕組みづくりに積極的に活用する、といったことにつなげていけたら良いなと考えています。
※渋谷区子育てネウボラ:不安なく喜びの多い子育てができるよう、保健師を中心に渋谷区がサポートを行う仕組み
--最後に、今回の企画の総評をお願いします。
長田氏:一般的に精子や卵巣といったテーマって、オープンな形で話すことに抵抗があると思うのですが、一方で「渋谷だから許される」「渋谷だからこそ色々なことをやれる」と思うところもあります。
こういう地からスタートすることが、様々な場所へと広がるきっかけになるのでは、と思っています。
また、何か課題があっても今から治療をすれば間に合うなど、今回「Seem」や「F check」を受け取っていただいた皆様にとって、ファミリープランを計画する際の役に立つのであれば、嬉しい限りです。
編集後記
妊活は“ふたり”で進めるもの。
当たり前のことと思うかもしれませんが、頭ではわかっていたとしても、結果として女性にばかり負担がいってしまっているケースが、未だに大半なのではないでしょうか。
リクルートライフスタイルが昨年夏に発表した調査結果によると、不妊の半分は男性原因であることを認知する男性は約5割であるにも関わらず、実際に精液検査の受診率は13%にとどまっています。不妊の原因の約半分は男性側にあると認識しながらも、医療機関での精液検査には至っていない、ということです。
[clink url=”https://lovetech-media.com/news/baby/20180730_01/”]
このような状況であるが故に、夫婦一緒のプレコンセプションケア(※)が大切であり、それを公共レベルで実施することが、中長期的な啓発には必要不可欠と言えるでしょう。
※将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと
そういう意味で、今回の渋谷区による取り組みは、ただ単にキャッチーなだけではなく、「妊活意識のインフラ整備」への布石として、非常に意義のあるものだと感じます。
渋谷区は「パートナーシップ証明書」といったダイバーシティー施策を中心に非常に先進的な取り組みが多く、他公共団体等からの視察も増えているからこそ、「妊活」「プレコンセプションケア」の取り組みも先進事例としてどんどん発信していってもらいたいと感じます。
民間が先進プロダクトとモデルケースを開拓していき、行政府がインフラとして整備する。
オープンイノベーションにより社会的課題の解決策と可能性をデザインする、本格的な産官学民連携組織である渋谷未来デザインさんの、これからの進め方に期待したいと思います。
一般社団法人渋谷未来デザインの新オフィス・スペース。ちょうど本取材と同日(2019.11.22)にリニューアルオープンした「渋谷PARCO」9階にロケーションしている