エクサウィザーズのCareTech事業
次に、株式会社エクサウィザーズによる医療領域でのAI活用取り組みについて、代表取締役社長の石山洸氏よりお話された。
同社は「AIを用いた社会課題解決を通じて、幸せな社会を実現する」をミッションとして、今回のテーマであるCareTechやMedTechの他にも、HRTechやFinTechなど、多種多様な業界のAI案件に携わるAIイノベーションカンパニーである。
本セッションでは「CareTech」領域の事例解説ということで、同社が進める「ユマニチュード」についてお話された。
ユマニチュードから始まるコーチングAI
そもそも、ユマニチュードをご存知だろうか。
フランスで誕生した包括的ケア技法であり、知覚・感情・言語による包括的なコミュニケーションに基づいたものである。現在、世界10カ国以上の医療・介護施設で導入されており、日本における事業ライセンスを保有しているのが、エクサウィザーズということだ。
ユマニチュード(humanitude)とは、フランス語で「人間らしさ」を意味する言葉であり、心身の機能が低下して他者に依存せざるを得ない状況になっても「人間らしい」存在であり続けることを支える、という哲学思想を持ったメソッドである。
このユマニチュードは高齢者、とりわけ認知症の方に有効とされているが、エビデンスをどう取るか、ということが課題であった。
そこで同社のAI技術を活用し、ベテランと新人それぞれの「見る」「話す」「触れる」様子を撮影したケア動画をビッグデータ解析し、ベテランによる技法を可視化して体得支援できるようにした。ケア動画という非構造化データをAIが解析することで、ケアスキルを可視化し、エビデンスに基づいたケアの実現を可能にしている。
2018年に福岡市で行われた実証実験では、100人ほどの介護者に対して、2時間の講習を通じてこのエビデンスの取れた方法を教えたところ、導入1ヶ月後には、被介護者の認知症行動・心理症状が20%低下し、介護者による介護者負担感も28%低下したという。非常に高い効果があった、と言って良い結果である。
福岡市が2018年度より実施する「認知症フレンドリーシティプロジェクト」のメンバーとして、ユマニチュードの講習を、病院/介護施設・家族介護者・一般市民・児童/生徒・公務員向けに提供することを通じて、福岡市の描く健寿社会の具現化を支援
この際はリアルな研修でやってみせたが、ICTやAIを使えばもっと幅広い人に啓発手法を学んでもらえる。そのような考えのもとで開発を進めているのが、同社の「コーチングAI」である。
出典:エクサウィザーズHP
上図のケア現場ケースでは、2台のカメラで介護の様子を撮影し、その指導動画や音声をAIがディープラーニングで解析。会話時のアイコンタクトの距離等を自動判定し、個別指導してくれるという流れだ。この際の教師データは、ユマニチュードのインストラクターによる赤ペン指導データになる。
基本的な指導はAIが自動的に実施し、人はより高度な指導に時間を割くことができるようになる世界観だ。
このように達人の技術を動画を通じてAIが学習し、その分野の動画に対して自動で赤ペンを入れて返してくれるという流れには、様々な応用ケースが想定されるだろう。
AIを活用した成果連動型民間委託契約のエコシステム
これに加えて、同社は神奈川県と共同で、要介護度予測AIの開発に関する実証実験を進めている。
認知症はどんどん悪化していくので、介入したけど効果がなかったね、と言われることが多い。一方で、事前にどういう風に悪化していくかをAIで予測できると、予測結果との差分から、介入しても効果があったことがわかるようになる。
顕著な例としては以下の図の通りとなる。介護度4の方に対して介入した結果が介護度4だと「効果がなかったね」と一般的にはなってしまうが、AIの予測により介護度5になるはずの人が、介護度4で止まったということになると、「効果があったね」という評価になる。
このように、予測ベースの介入をすることで、効果の可視化をよりきっちりと評価できるようになる。
そしてこれができるようになると、下図のように、コンピューター科学系エビデンスと医学系エビデンス、および経済学系エビデンスが繋がっていくという。
同社は昨年12月より内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」の「介護支援技術」分野に採択されており、介護度評価から先の経済学エビデンスのつなぎこみを進めている。
つまり、認知症への介入を通じて行動心理症状が改善された時に、介護度の悪化がどのくらい抑制されたのか、そしてそれによって介護費がどれくらい抑制されたのか、といったエビデンスを取りに行っているという。
要介護度5と4とでは月額支給額が最大5万円違うので、3年で180万円(5×12ヶ月×3年)の差が発生するという。
福岡では介護者一人当たりに教えるのに大体1.5万円ほどかかっているので、要は、1.5万円先行して投資をしたら180万円戻ってくるという構造となる。
これがソーシャル・インパクト・ボンド、いわゆる「成果連動型民間委託契約方式」である。
このエコシステムを作っていき、裏側でAIを活用すると行ったモデルを進めているわけだ。
楽しんで健康になってもらう
続いて、ディー・エヌ・エーで取り組まれているヘルスケア事業内容について、株式会社ディー・エヌ・エー 執行役員 ヘルスケア事業本部 本部長である瀬川翔氏がお話された。
ディー・エヌ・エーと聞くとモバゲー、要はゲーム事業をイメージされる方も多いと思うが、5年前より本格的にヘルスケア事業に参入している。
2014年8月に東京大学医科学研究所との共同研究成果に基づく一般消費者向け遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」を始め、2015年4月には健康保険組合向けデータヘルスサービス「KenCoM」、2016年4月に歩数と連動してdポイントがたまる「歩いておトク」、2018年4月に九州大学・久山町研究との共同研究成果に基づいた将来の生活習慣病の発症リスク提示と生活習慣の改善効果をシミュレーションする「ひさやま元気予報」をリリースしている。
最近では、国立がんセンターおよびPreffered Networks社と、少量の血液によるがんの早期診断の共同研究も開始しており、2021年の社会実装を目指しているという。
そんな同社のヘルスケア事業は「楽しんで健康になってもらう」ことをコンセプトにした事業設計となっている。
今回はこの中でも、KenComについてお話された。
KenComは、利用者に寄り添う健康レコメンデーションメディアであり、健康保険組合向けサービスである。
健診・検診結果などの健康データをしっかりと管理し、それに基づいてAIを活用しながら、健康状況を改善できるような記事や情報をパーソナライズで配信する仕組みである。
多くの方は健診結果について、年に1度、紙で見てそのまま捨てる程度のチェック状況かと思うが、KenComではアクティブユーザーの約4割が、毎月健診結果を見ているという。
また、このKenComの利用と生活習慣病の罹患との相関関係を確認してみると、KenComを使っていない集団と比較し、KenCom利用者平均で約10%の健康リスク軽減効果が見られたという。さらに、KenComユーザーの中でも2年間継続利用している長期アクティブユーザーに限って見ると、約40%の健康リスク軽減効果が見られたというから、驚きだ。もちろん、健康意識の高低等による隔たりは考慮済みであるという。
2015年リリース以降の利用状況と行動変容ステージの分析を実施し、利用者の健康増進に必要なステップを、エビデンスをもとに評価をしながら、着実に促進する仕組みとして事業展開している。
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