令和元年11月25日、パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社が、ディープラーニング技術を応用した「顔認証技術のAPI提供」を開始した。
パナソニックの顔認証技術といえば、1992年より研究開発がスタートしており、これまでデジタルカメラやビデオカメラといった家庭用電子機器へと実装されていった他、施設における監視カメラや遊園地でのチケットレス入退場用システム、空港での本人確認エンジンまで、幅広い用途で、主に物理空間における「高精度の目」の役割を果たしてきた。
そんな同社による「高精度の目」が、この度のクラウドベースAPI提供により、ブラウザベースのサービスやスマホアプリといった、さらに幅広い領域への組み込みが、手頃な価格で可能になるという。
特にLoveTech Mediaで注目しているのが、オンライン恋活・婚活マッチングサービス領域での活用だ。恋活マッチングアプリ「タップル誕生」が、この顔認証技術のファーストユーザーとして、アプリでの本人認証機能および本人認証マークの実装を進めるというのだ。
(タップル誕生については以下の記事をご参照)
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/cyberagent20180626/”]具体的な内容を探るべく、サービス発表会にお邪魔してきた。
マスクや眼鏡があっても大丈夫、独自技術が光るパナソニック顔認証
パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 副社長 (兼) イノベーションセンター 所長 江坂忠晴(えさか ただはる)氏
世の中には様々な顔認証技術が存在するが、パナソニックの提供する技術はどのような点で異なるのか。
パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 副社長の江坂氏によると、「長年培った顔認証の現場最適化技術と、最先端のディープラーニング高精度化技術を駆使したエンジンを提供し、人間の目でも判別の難しい、斜め顔や照明の明暗が強い環境、マスクやサングラス装着で顔が一部隠れている状態でも顔認証ができる」点にあるという。
確かに、例えばスマホで考えると、iPhoneX以降に搭載された顔認証技術「Face ID」ではマスクをかぶっていると本人を認識してもらえず、花粉症の季節などは不便だと言える。
会場では実際のハード機器を使ってのデモが行われ、顔の半分近くをマスクや帽子で隠された状態の人物であっても、正常に認識できていた
細かくは大きく4つ、以下画像記載の特徴があり、特に同社独自の技術は「特性の異なるディープラーニングの融合」と「撮影環境に応じた類似度計算」にあるという。
前者については、パーツ形状の特徴抽出に適した「顔詳細を捉えるディープラーニング」と、パーツ間の特徴抽出に適した「顔全体を捉えるディープラーニング」を融合し、顔詳細と顔全体の同時把握できる「特徴量生成手法」を実現している。
また後者については、明暗や遮蔽の多少といった撮影環境に応じてディープラーニングの特徴量を変更し、誤りを抑制しているのだ。
これにより、登録したデータのみならず、これから登録する顔画像の品質判定も可能になる。上画像の下半分グラフに示されている通り、顔画像の誤検出率(横軸)を厳しくしても、正検出率(縦軸)が高いことがお分かりいただけるだろう。
同社の顔認証技術は、1992年に研究開発を開始して以来、冒頭に記載した家庭用電子機器への展開を経て、2017年4月には米国立標準技術研究所(NIST、IJB-A)で世界最高水準の認証性能を達成。同年10月には羽田空港へ「顔認証ゲート」という形で提供開始し、遊園地への入退システム提供や無人店舗での顔認証決済実証を経て、今回のAPI提供に至っている。
「これまでは比較的案件ベースで、主にシステムソリューションを提供しておりましたが、今後はモジュールパッケージや開発パートナー様へのSDK等ソフトウェアを提供しての協業、そして今回のAPI提供を通じて、より幅広いお客様に当社の顔認証技術を使っていただきたいと考えております。」
3年後までに300社導入を目指す
パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター IoTサービス事業統括部長 相澤克弘(あいざわ かつひろ)氏
パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンターの相澤氏によると、今回発表された顔認証APIは、ここまでご覧になった「世界最高水準の顔認証技術」を「導入しやすい従量課金制(初期費用不要)」で提供している点が、最大の特徴だという。
大前提として、本APIは同社によるBtoB向けIoTサービス『μSockets(ミューソケッツ)』(※)上のマイクロサービスの一つとして提供される。
※μSockets:パナソニックが持つ多彩で豊富なIoT対応デバイスと、100年培ってきた先進コア技術、そしてBtoBシステム提供の豊富な現場ノウハウを活用したIoTサービス。現場で生まれる様々なデータがμSockets上で統合的に可視化・分析可能となり、リアルタイムな現場へのフィードバックを実現する
μSocketsは、プラットフォーム全体をAzure VNETで分離し、ファイアウォールで通信プロトコルを制限した強力なセキュリティを確保した稼働環境となっている。
今回発表された顔認証APIについても、パナソニックのプログラムでしか取り扱えないよう、登録された顔画像の“顔特徴量データ”(※)はバイナリデータで保存されるので、非常にセキュアな形態となっている。
※顔特徴量:顔の骨格及び皮膚の色並びに目、鼻、口、その他の顔の部位の位置及び形状から抽出したデータ(出典:個人情報保護法ガイドライン)
提供価格としては、登録人数および認証回数に応じた従量課金制となっており、登録人数1名ごとに5円、認証1回ごとに1円の合計金額が月額費用となる。
例えば、従業員200人の企業にて、1人の1日認証回数が4回、20日の営業日を計算する場合、以下の計算式での算出となる。
(5円/人 × 200人)+(1円/回 × 4回/日 × 200人 × 20日) = 17,000円/月
なお、今回提供開始された顔認証APIは、顔認証の登録・削除・認証の基本機能を提供し、顔データは先述の特徴量の意を保持する「スタンダードエディション」となるが、今冬にかけて、アカウント管理やレポート出力等を提供する「プロフェッショナルエディション」を提供開始するという。また、個人情報保護に即した監査証跡機能を提供し顔特徴量データと顔画像データの両方を保有できる「エンタープライズエディション」についても、2020年度中の提供開始を予定している。
「当社が注力する、製造や物流、流通といったSCM領域はもちろん、金融業界、エンタメ業界、MaaS領域、オフィス、オンラインビジネスなど、幅広い業種業態に応じて顔認証技術を提供して参りたく、3年後までに300社の導入を目指します。
また、お客様に対してソリューション提供のみならず、顔認証技術の勉強会やTips提供といった技術習得サポートのほか、メーリングリストによるQA対応といった開発支援など、『APIコミュニティ』についても稼働を予定しておりますので、楽しみにしていてください。」
10%のなりすましを0%へ、安心・安全への強化 第1弾
株式会社マッチングエージェント 代表取締役社長 合田武広(ごうだ たけひろ)氏
本APIのファーストユーザーとなるのが、趣味で繋がるマッチングアプリ「タップル誕生」を運営する株式会社マッチングエージェント(サイバーエージェント連結子会社)だ。
「タップル誕生」と言えば、今年8月時点で累計ユーザー数が500万人を突破し、幸せ退会者も今年10月時点で月間9,000人を突破するという、マンモス恋活マッチングサービスである。
最近では地方自治体との連携も強めており、2014年のリリース以降、官民双方のフィールド着々と実績を積み上げている存在だ。
[clink url=”https://lovetech-media.com/news/partner/20191121_02/”]
これまで顔認証技術というと、製造現場での監視カメラやイベント会場および職場への入退場用システムといった物理空間での運用イメージが強かったため、マッチングアプリで採用されたという点が非常に面白いと感じた。
同社 代表取締役社長の合田氏によると、これまでの「タップル誕生」では「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律(略称:出会い系サイト規制法)」に基づく、年齢確認のための身分証明書の確認を行っていたが、プロフィール画像の入れ替えなどの「なりすまし」や、同一人物での「複数アカウント作成」に関しては継続的な課題となっていたという。
特に「なりすまし」については、ユーザーからの通報理由の10%を占めるというから、早急な対策が必要な状況である。
今回の顔認証APIを利用し、「タップル誕生」では全ての会員向け新機能として、顔認証を通じての本人認証機能および本人認証マーク(※)を、12月中旬を目処に実装していくという。
※機能名称については変更の可能性あり
具体的には、マッチング後にメッセージのやり取りを行うために従来から実施してきた運転免許証等の身分証明書データによる「年齢確認」フローに加える形で、この「本人認証機能」を実装するという。
ユーザーにとっては、「タップル誕生」上で起動する専用カメラを使ってセルフィーを撮影し、運営サイドへと送信するというオペレーションとなる予定だ。
一方システムサイドでは、身分証明書で取得されたデータと上述のセルフィー画像を照合し、APIを通じて難易度が高い顔画像であっても高速に照合結果を返すようになっているという。つまり、運営オペレーションに大きな変更はなく、顔認証APIが半自動で照合作業を担ってくれるというわけだ。
マッチングエージェントによるパナソニック顔認証API導入イメージ図
ちなみに、この本人認証機能の利用は、新規ユーザー・既存ユーザー共に「任意」での実施となる予定。必須フローではないものの、「本人認証マークがある方がマッチングしやすいよね」ということが、データからも言えるようになることが期待されるという。
「私たちのビジョンは『出会いで世界を変える』ことでして、そのためにはさらなる安全安心の強化が重要だと考えています。
パナソニック様の顔認証技術は、ディープラーニング技術を応用した世界最高水準のものであり、これまでアミューズメントパークやオフィスビルなど、豊富な導入実績があり、圧倒的な信頼性があると感じて導入を決めました。
出会う前の不安を払拭する、安心安全への強化策第1弾として、まずは12月中旬の実装を進めて参ります。」
編集後記
顔認証技術は、我が国がAI領域で誇れる技術の一つ。
マスクや眼鏡を着用していても認証がスムーズに進む技術は、今後様々な社会実装が期待できるでしょう。
最近だとマスクといえば、香港の覆面禁止法をイメージするので、本記事で言及したビジネス利用以外にも、このような政治的文脈においての活用も想定されます。
APIという形で幅広く実装ができるからこそ、それに伴うルールメイキングが、今後ますます必要不可欠になると言えるでしょう。
そんな中、今回はマッチングアプリでの活用予定内容が紹介されました。
2012年から今日に至るまで、マッチングアプリ業界は「出会い系」との差別化と、それに伴う安心・安全への取り組みを進めてきており、今回はその流れを一つバージョンアップさせる発表だったといえます。
当メディアとしては、今回のような顔認証APIが業界の安心・安全におけるデファクトスタンダードとなり、他のマッチングアプリも含めた「本人認証プラットフォーム」として機能すると、業界としての信頼性がグンっと上がるだろうと、勝手に妄想しております。
いずれにしても、まずは今年12月の「タップル誕生」への実装と、その後のマッチングへの影響等、経過報告に期待したいと思います。