経済産業省が主催する公共領域のデジタル・トランスフォーメーション(DX)勉強会『Govtech Conference Japan』シリーズ。
行政が抱える課題を解決しうる技術をもつ企業・団体と、政府・自治体職員のコミュニティ創出の場として、令和2年1月16日、通算3回目となるイベントが「中央官庁のデジタル化と自治体との連携」をテーマに開催され、300名以上の参加者で賑わった。
》Govtech Conference Japan #03記事一覧はこちら
レポート第3弾の本記事では、「ネクストジェネレーションガバメントのあり方」というテーマで設置されたセッションについてお伝えする。
<登壇者情報>
- 若林恵氏(株式会社黒鳥社 コンテンツ・ディレクター)
1971年生まれ。編集者。
ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月間太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしての活動。
2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥者(blkswn publishers)設立。
著作『さよなら未来』(岩波書店・2018年4月刊行)、責任編集『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』(黒鳥社/日本経済新聞出版社・2018年12月刊行)、『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』(黒鳥社/日本経済新聞出版社・2019年12月9日発売)
- 瀧島勇樹氏(経済産業省 商務情報政策局情報技術利用促進課長)
1978年生まれ。2001年東京大学法学部卒業、経済産業省入省。2008年ハーバード大学公共政策修士卒。中小企業/ソーシャルベンチャーへの金融円滑化、インドなど新興国へのインフラ輸出、デジタル政策に従事。
直近では、G20デジタル大臣会合において“Data free flow with trust”や“ガバナンス・イノベーション”といったコンセプトを取りまとめ。その内容を、動画とテキストでまとめたサイトがこちら。
https://g20-digital.go.jp/jp/
また、「21世紀の公共の設計図」と題して、デジタル時代において公共を誰が担うのか、政府の役割がどう変わるのか試論を取りまとめ。
https://www.meti.go.jp/press/2019/08/20190806002/20190806002.html
若林恵、編著の「NEXT GENERATION GOVERNMENT」の企画に協力。
現職では、民間セクターのデジタル・トランスフォーメーションの促進や、デジタル人材政策を担当。
「ネクストジェネレーションガバメント」と「21世紀の『公共』の設計図」
そもそも「ネクストジェネレーションガバメント」って何だ?ということだが、これは、昨年12月に刊行された若林氏責任編集のムック本タイトルとなったワードである。
同氏がエストニアやデンマーク、フィンランド、インド、英国など、海外諸国の「ガバメントのデジタル・トランスフォーメーション」について学びながら、来るべき「行政府」のかたちとはどういうものか、21世紀における「公共」はどのようなかたちで守られうるのかを、1年間に渡って思索を重ねた軌跡がドキュメントされている作品に仕上がっている。
若林氏「ガバメントみたいな話って、僕みたいな素人は現場もよくわかんないし、理論的なところもよくわかんない立場。ただそんな中でも、何か決定的に語られてないものがあるんじゃないかと思い、瀧島さんに協力してもらって本を作りました。」
『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』(黒鳥社/日本経済新聞出版社・2019年12月9日発売)。Govtech Conference Japan #03では参加者全員にプレゼントされた
瀧島氏といえば、2019年8月に経産省「21世紀の『公共』の設計図」報告書を取りまとめた人物。社会ニーズ・価値観の多様化や、デジタル技術の変化を踏まえて、今後公共サービスがどのように供給されるか、これに伴い政府はどのように役割を変えるのかについての試論となっている。以下の報告書概要に記載されている各項目は、ムック本の冒頭にも「公共の現在」という形で一部項目が引用されている。
https://www.meti.go.jp/press/2019/08/20190806002/20190806002-1.pdf
瀧島氏「基本的に、僕はデジタルに興味がないです。でも社会には興味がある。
よく言うのは、グローバル戦略作ろうという会社は、そもそもグローバルじゃありません。それと一緒で、デジタル業界の人とガバメントの人だけで『デジタルガバメント』を語ることほど、虚しいものはないとずっと考えています。当事者がいないですから。
政府をどうするというよりかは、社会をどうするか?身の回りのことをどう解決するのか?このムック本はそんな観点から論じられているので、多くの人に関心を持ってもらえているのは嬉しい限りです。」
ちなみにこのお二人、実は昨年4月末に開催されたAIカンファレンス「AI/SUM」でも、「ガバナンス・イノベーション」をテーマに対談している。こちらでも21世紀の公共財の在り方について議論がなされているので、併せてご覧いただきたい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20190504_aisum08/”]はじめに、北欧FinTech企業の思想あり
瀧島氏:若林さんは、何に物足りなさや怒りを覚えて、この本を書かれたんですか?
若林氏:WIRED時代は、企業の新規事業部門系の人とお話しをする機会が多かったのですが、その多くが「技術入れりゃアップデートになるだろ」という頭になっているんですよ。
明治になった時に、頭のいい人たちが欧米へと研究に行きまして、その時の日記が残っているんですが、そこに面白い指摘があります。例えば初めて“大砲”を見た時に、それがどういう原理で動いているのかについては、彼らは全く興味を示さなかった。その代わりに、どれくらいの工場を作ればどれくらい生産できるか、という、そっちの方に興味を持ったんです。
これって、現代の日本人と一緒だなと思うわけですよ。物事が動いてる原理や、デジタルテクノロジーが社会に実装された時にどういうコンテキストを持って動いているか、ということにはほぼ興味がない。
明治の時代は、技術的に追いつくというのが至上命題だったから、いくつ作れるかといった方法論にいくのは、そりゃそうだよなと思うんです。でも、それをいつまでやってんのかな、ということを根本的な話としてずっと感じていました。
瀧島氏:この本の前は、銀行がテーマの雑誌を出されてますよね?
若林氏:2018年に『NEXT GENERATION BANK』を出しました。発端はここなんですよね。
ある時、北欧のFinTechまわりを視察する機会があって、そこで「マイクロ」という言葉をよく聞いたんです。マイクロファイナンス、マイクロアントレプレナー、マイクロレンディング。
『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』(黒鳥社/日本経済新聞出版社・2018年12月刊行)
若林氏:例えばフィンランドだと、ノキアが傾く時期があって、モバイル部門とかを切り離したわけです。その時に大量のエンジニアが職を失ったんですが、彼らが、自分たちで色々とやり始めた。それがフィンランドの、テックイノベーションの苗床(なえどこ)になったわけです。
FinTech企業の人たちは、例えば配管工やピアノの先生といった人たちがこれから生きていく上で、会計処理などのコストや労力をいかに下げてあげれるかがすごく重要だ、と言ってました。
彼らはそういう人たちを総称して「マイクロアントレプレナー」と言っていたのですが、要はデジタル時代の中で、個人が個人として生活を成り立たせていくためのツールが必要じゃん!って話をされていました。
瀧島氏:個人のエンパワメントが根っこのナラティブとしてある、と言うことですね。
若林氏:社会が大きく変わっていく中で、これは、人々がいかに自立して生きていけるかという点に対するセーフティーネットなんだな、と僕は理解しました。彼らは、人の「生きること」を助けるためにFinTechがあるんだ、ということを割とフツーに言ってましたね。
一方で日本では、そういうことが真ん中に出てこない。これに対して、僕はフラストレーションを覚えました。誰かが言わなきゃなと。
マイナンバーって、なんのためにあるんだっけ?
若林氏:例えば、「キャッシュレスって、そもそもなんでやるのか?」みたいな議論って、海外では普通になされているが、日本ではまともに聞かない。経産省は色々な大義のもとでキャッシュレスをやっているんだと思うけど、それが平場の人たちには全く伝わってないと感じるんですよ。
一方で例えばこの前、コンビニで振込票の支払いをやったんですが、あれ大変なんですよ。店員さんが慣れない手つきで一枚ずつめくって。働き手が少なくなっているのに、帳票の数はどんどんと多くなっている。せっかく世の中「デジタル化」してるんだから、もっとビャっと自動化して終われないのかよ、と思いました。
要するに、社会の色んなひずみが出てるところをなんとか解決できないのか、という観点からキャッシュレスをちゃんと定義しよう、ということが必要なんだと思います。
そして、その時に政府自体がそうなっていないと、一生キャッシュレスなんて実現しないじゃん、という話だと。
瀧島氏:おっしゃる通り、政府そのもののOSを直さないと、現場のちょっとした“困ったこと”を根本的には直せません。
現場で起きていることをいかに仕組み化して、アーキテクチャを作って解決していくのか。今はそのフェーズです。
瀧島氏:例えばこちらは、地域に何万人くらいいると各種サービスが成り立つのか、をビジュアル化した国交省の資料です。人口減少していくと、どんどんと左に行ってサービスがなくなっていく、ということが構造的にわかる図になっています。
ナラティヴが沢山あるところを、構造として直すのが中央官庁の仕事だとすると、そこを「全体」としてデザインしていかないといけません。そのためにマイナンバーや法人マイナンバーがあるわけです。
それができれば、なぜキャッシュレスをしなきゃいけないのか、ということにも自然とつながってくると思います。
若林氏:マイナンバーって、DXのための必要要件としてあるわけじゃないですか。でも、誰もそれを言わないのよ。
若林氏:インディアスタック(※)が良い例で、インドでは国民13億人中12億人以上に一意のIDを発行することに成功しています。これなんかはまさに、様々な手続きをデジタル化するために、個々のユニークナンバーが必要との観点から作られたものですから。
※インディアスタックについては、以下の記事も併せてご参照ください
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20190506_aisum10/”]
瀧島氏:日本もやりたいことは一緒で、要は「インクルージョン」です。IDもいるしe-KYCもいる。
インディアスタックの事例は、GtoC(Government-to-Citizen)で政府と市民との関係をちゃんと作る。そのインフラ上にビジネスが乗っかって、安くインフラを使えるので、インクルージョンできるということです。
若林氏:なんで誰もそれをちゃんと言わないんでしょう?
マイナンバーってなんのためにあるんだっけ?と言うのを探しても、本当に答えが出ていないんですよ。マイナンバーがDXの基盤であるってことすら、みんなの共通認識になっていない。
例えば銀行を考えると、今までは9時−15時でしか開いていないから、こっちがそれに合わせるしかなかった。でもデジタル化したら、いつでも行けちゃう。サービスのあり方も今までと全く別のものになるわけです。
本来的には、自分が生きたい生き方を選択できるようになる。そのためのマイナンバーですよ、と言う認知がもっと広がるべきだと思います。
本丸は、コミュニティの再構築
瀧島氏:まとめると、未来政府の目指すべき方向性は大きく三つ。
ユーザー起点でデザインしなおして、IDやe-KYCといったデジタル公共財を整備し、自動化が実現していったら、コミュニティの中でファシリテートしていく政府の役割を確立していく。この流れだと考えています。
でも、いきなりコミュニティの再構築を進めるのは難しいので、まずは基盤の部分を整備するところからです。
若林氏:基本的に、本丸は三番目なんですよね。
今までは、本来的には自動化できるものに人々のリソースが取られてしまっていたわけです。ところが、日本は「効率化のための効率化」になってきていて、目標を見失っている。これじゃ査定もできません。本当は三番目をやるために、まずは一番・二番をやるんだ、という考え方がすごく重要です。
行政府を守るためにDXをやるのではなく、もっといい暮らしになることに“かけていく”ためにDXがある。そこを見失うと、ただの監視社会になってしまうでしょう。
編集後記
若林恵さん責任編集のムック本『NEXT GENERATION GOVERNMENT』と、経産省「21世紀の『公共』の設計図」報告書は、非常に学びの多いものとなっているので、ぜひ読んでみることをオススメします。
いずれも、「公共を考える上で何が課題となっているか」がわかりやすく提示されています。
特に前者のムック本では、「仮想雑談」という自作自演インタビューが7万字にも及んで掲載されており、濃い内容のわりにはスラスラっと読める点が非常にありがたいです。
また個人的には、この前段として雑誌『NEXT GENERATION BANK』も一読しておくと、より理解が深まると感じます。
メインテーマは「次世代銀行」なので、「銀行とか金融は興味ないや」と思われる方が多いかと思いますが、中身はそれだけに留まらず、金融包摂というテーマを軸に、今回も言及されたインディアスタックやエストニア電子政府の取り組みなど、まさにGovTech領域の事例と豊富に解説されています(前半はFinTech色が強く、後半は金融包摂・GovTech色が強くなる印象です)。
なお、両媒体を責任編集された若林さんの「テクノロジー感」については、LoveTech Mediaで以前取材した以下の記事もご一読ください。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/20190226caretechforum/”]
さて、第四弾では「国・自治体・企業・シビックテックの連携」というタイトルで設置されたパネルディスカッションについてレポートします。
お楽しみに!
「Govtech Conference Japan #03」概要
- 主催:経済産業省(企画運営:情報プロジェクト室)
- 日時:2020年1月16日(木)13時~19時
- 場所:BASE Q(東京都千代田区有楽町1丁目1−2 東京ミッドタウン日比谷 6F)
- 対象:地方自治体および省庁のデジタル化担当職員、Govtechに関心のある民間事業者
- URL:https://govtechconfdx03.peatix.com/
Govtech Conference Japan #03レポートシリーズ by LoveTech Media
Report1. 「公共のデジタル化事例」求め300名以上が参加、経産省主催のDX勉強会
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200207govtechconf1/”]Report2. 内閣官房・国交省・経産省、それぞれが進めるDX事例
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200217govtechconf2/”]Report3.若林恵(黒鳥社) × 瀧島勇樹(経産省)、次世代ガバメント談義
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200219govtechconf3/”]Report4.(仮題)国・自治体・企業・シビックテックの連携(2020年2月中に公開予定)
Report5.(仮題)政府情報システムのグランドデザイン(2020年2月中に公開予定)
Report6.(仮題)主催者インタビュー(2020年2月中に公開予定)