朝、台所で予定を尋ね、届いたメッセージへの返信を頼む。夜には居間へ持ち運び、その日の出来事を話す。報道通りに製品化されれば、OpenAI初のハードウェアは、こうした日々のやり取りを重ねる家庭用AIになるようだ。
米経済メディアのBloombergは2026年7月14日、米AI大手のOpenAIと、AppleでiPhoneなどのデザインを率いたジョニー・アイブ[Jony Ive]氏のチームが、画面のない可搬型スマートスピーカーを開発していると報じた。人格を備え、ユーザーのメールなどを参照しながら応答を変えていく「AIコンパニオン」と位置づけられているという。
OpenAIは、2025年に公開したサム・アルトマン[Sam Altman]CEOとアイブ氏の共同文書にて、両者が約2年間協力してきたことを明らかにしてはいたものの、今回報じられたような具体的な仕様が発表されていたわけではない。
https://openai.com/sam-and-jony/
OpenAIが目指しているとされるのは、用事を処理するための道具にとどまらず、同じ家で過ごしながら次第にユーザーを理解していくような、生活に伴走するような相手だ。以下、同社による初のハードウェアをめぐる経緯と論点を詳しく見ていく。
※今回の報道で伝えられた製品の形状や機能は計画を知る匿名の関係者に基づく情報であって、OpenAIによる正式な発表内容ではない。また、本記事で表現されている製品イメージ(画像含む)は、報道内容より当メディアが想像して作成したものであって、同じくOpenAIによる正式な発表内容ではない。
2027年発売を目標としているが、Appleからの訴訟などで前後する可能性あり

BloombergやFortune、TechCrunchの報道によると、開発中の端末はバッテリーで動き、家の中を持ち運べるという。画面はなく、ユーザーは主に音声で操作し、質問への回答、メディアの再生、メッセージへの返信、家庭内機器の操作などが想定されているとのことだ。
端末には自ら動く機械部品があり、声への応答と動きを組み合わせることで、物体以上の存在感を与える設計だと報じられた。もっとも、公開情報から確認できるのは「部屋から部屋へ持ち運べること」と「一部の機械部品が自ら動くこと」までだ。床を自律走行するロボットなのかは明らかになっていない。
Bloombergが伝えた設計意図を、Fortuneは次のように引用している。
“a sense that it is alive and not just an object responding to commands”
「命令に反応するだけの物体ではなく、生きていると感じさせる」(編集部訳)
さらに端末は、ユーザーのメールなどデジタル上の情報を参照し、時間とともに応答をパーソナライズするとも報じられている。受けた命令に答えるだけでなく、ユーザーを知るにつれて先回りして働きかける設計だという。
OpenAIのクリス・レヘイン[Chris Lehane]最高グローバル問題責任者は2026年1月、最初の端末を同年後半に公開する予定だとAxiosに説明していた一方で、Bloombergは発売目標を2027年と報じている。2026年7月18日時点で予約や販売は始まっていない。
なお、製品化までには、技術と市場以外の不確定要素もある。Appleは2026年7月10日、OpenAI、端末開発会社io Products、元Apple社員2人を相手取り、営業秘密の不正使用や契約違反を主張する訴訟を米カリフォルニア州北部地区連邦地裁へ起こした。事件番号は5:26-cv-07078で、訴状の提出は裁判記録から確認できる。
Appleは、OpenAIが採用活動を通じて未発表製品などの秘密情報を得たと主張し、情報の使用差し止めなどを求めている。これに対し、OpenAIは他社の営業秘密に関心はなく、訴えを裏づける証拠を認識していないと反論。2026年7月18日時点で裁判所による事実認定や責任判断はなく、訴訟が製品の日程を実際に変更したとの発表もない状況だ。
AI Pin、Rabbit r1、Ray-Ban Meta AI Glass、Plaud…。明暗を分けた継続利用

スマートフォンに代わるAI専用端末は、これまで苦戦が続いている。
衣服に取り付けて音声で使う米Humane社のプロダクト「AI Pin」は2024年4月に699ドルで発売されたが、遅い応答や過熱などを複数の批判レビューが発生。The Vergeが入手した内部データによると、2024年5月から8月には返品数が販売数を上回り、累計販売は約1万台にとどまった。
そんな中、PC大手のHP(ヒューレット・パッカード)は2025年2月、HumaneのAI基盤や300件を超える特許・特許出願、人材を1億1,600万ドルで取得すると公式に発表した。ただし、端末事業は引き継がれず、AI Pinのサービスは同月28日に終了した。ユーザーが購入した端末は、通話やメッセージ、AIへの質問といった主要機能を失った。
別の例で、オレンジ色の携帯型AI端末「Rabbit r1」は、199ドルという低価格もあって2024年9月までに10万台以上の販売を記録したのだが、Rabbit社のジェシー・リュウ[Jesse Lyu]CEOがFast Companyに明かしたデイリーアクティブユーザーは約5,000人だったと、9to5Googleが報じている。購入された数に比べ、毎日使われる端末にはなりきれなかった。
対照的に伸びたのは、すでに生活の中で使われている物や、役割が明確な端末だ。世界最大級の眼鏡メーカーEssilorLuxotticaとMetaが展開するRay-Ban Meta、Oakley MetaなどのAIグラスは、EssilorLuxotticaの2025年通期決算によると、同年だけで700万台を超えた。調査会社Counterpoint Researchは、2025年下半期のスマートグラス市場でMeta製品が82%のシェアを占めたとしている。
日本でもRay-Ban Meta(Gen 2)とOakley Metaが2026年5月21日に発売された。市場調査会社IDCによると、画面のないスマートグラスは2026年第1四半期に約225万台が出荷され、前年同期比167%増となった。IDCは年間出荷台数が2026年の1,360万台から、2030年には2,730万台へ増えると予測している。
会議や取材を録音し、文字起こしと要約を作るAIボイスレコーダーの「Plaud」も、用途を絞って利用を広げた。同社は2026年6月までに端末を200万台以上販売し、サブスクリプションの年間経常収益が1億ドルを超えたとTechCrunchに説明している。非上場企業による自己申告であり、独立した監査結果ではないものの、一定の参考情報にはなる。
そんな中、OpenAIが選んだのは、眼鏡として身につける道でも、録音だけを担う道でもなく、家に置き、人格を持つ相手として日々使ってもらう方向だ。高齢者向けAIコンパニオン「ElliQ」などの先行製品があるため、世界初の家庭用コンパニオンデバイスというわけではない。
ユーザーはどのような理由で、OpenAIの端末を毎日使い続けようとするのだろうか。
どこまでを「ユーザーのプライバシー」と認識するのか

名前を呼ぶと、端末が声を返し、こちらへ向くような動きを見せる。翌日には、前夜に話した予定を踏まえて、能動的に声をかけてくる。報道された機能がこうした形で実現すれば、ユーザーは「自分を覚えてくれている相手」として端末を受け止めるかもしれない。
人格、機械部品の動き、長期的なパーソナライズは、いずれも愛着を育てる手がかりになる。声の調子や呼びかけるタイミング、過去の会話をどこまで覚えるか、沈黙してほしいときに距離を取れるかも、使い続けたいと思えるかどうかを左右するだろう。ここまで含めて「愛着形成の設計」と呼べる。
一方、この設計は、家庭内で誰を「ユーザー」と認識するのかという問題も生む。端末を購入した本人のメールを参照しながら、同居する家族や来客とも会話するなら、本人以外の声や生活情報が処理される可能性がある。話しかけている人をどう識別するのか、記憶を家族間で分けるのか、子どもにも同じ人格で応答するのか。OpenAIは、こうした利用条件をまだ公表していない。
他にも、気になるポイントはたくさんある。ユーザーが渡した会話やメール、メッセージ、生活上の予定など、ユーザーに関するどの情報へ接続するのかをサービスごとに選べるのか、端末内とクラウドのどちらで(もしくはハイブリッドの場合はどのような条件設計のもとで)処理が実行されるのか、パーソナライズ設定を止めても基本機能を使えるのか、どこまでモデルの学習に利用されるのか、家族の情報が本人の同意なく取り込まれないのか、などなど。
親密さを得るために、どこまで私生活の情報を渡す必要があるのかは、最新の注意を払ってチェックしたいところだ。また、昨日報じた以下のIEEEによるAIコンパニオン向け推奨実践、もしくはそれに準じたような考えがどこまで実装レベルで反映されるかも要確認である。
https://lovetech-media.com/love/ieee-7014-1-2026-emulated-empathy/
愛着形成を支えるのは、あくまで個人データということをお忘れなく

AIとの会話が孤独感を和らげる可能性は、研究でも報告されている。2026年4月号の『Journal of Consumer Research』に掲載されたAIコンパニオンに関する研究では、1週間の利用期間中、会話直後の孤独感が一時的に下がる結果が得られた。AIが自分の話を聞いてくれたとユーザーが感じることが、変化に関係していたのだ。ただし、これはあくまで1週間というスパンでの結果であって、長期的な孤独の解消や医療上の効果を示したものではない。
一方で、その逆の研究結果もある。MIT Media LabとOpenAIが成人981人を対象に4週間行った無作為化比較試験の査読前論文では、1日当たりの利用時間が長い参加者ほど、孤独感やAIへの感情的依存、問題のある利用が強く、現実の人との交流が少ない傾向にあった。ただし、利用時間自体は無作為に割り当てていないため、長時間利用が悪化を引き起こしたとは断定できない。OpenAI自身も、結果を広く一般化しないよう注意を促している。
Bloombergの報道通りならば、OpenAIの端末は、AIハードウェアが継続利用を獲得できるかという問いに「人格を持つ家庭内の相手」という形で挑むことになる。声や動き、記憶は「また話したい」と思わせる力になり得るが、その力を支えるのは家庭内の音声やメール、会話履歴といった個人データでもある。
親密さを深めながらも、ユーザーが望むときには記憶を消し、呼びかけを止め、関係から離れられること。その両方を家庭に置く製品としてどう実現するのかが試される。
いずれにしても、ちょっぴり寂しい気分の夜にクローズドな関係で話せる相手がいると、しかもそれがブラウザ上のチャットAIではなく物理的な筐体を持つ存在なのだとしたら、使ってみたいと感じる人は少なくないだろう。


