いま、子育Tech(こそだてっく)が熱い。「子育て×テクノロジー」を略した言葉で、子育て領域にテクノロジーを活用することで、パパとママの負担を大きく減らすことが期待される育児産業のトレンドだ。
背景にあるのは、共働き世帯数の増加と核家族化の進行、および相互扶助文化の希薄化であろう。現代の子育て世代は「両親や祖父母にちょっと保育をお願いする」といったことが気軽にできにくくなっており、仕事に育児に大忙しなのだ。
そんな社会背景だからこそ、家庭での育児の効率化、および一部アウトソース化が急速に望まれており、子育Techに期待が高まる所以でもある。今年10月には株式会社カラダノートが発起人となって、業界の活性化と子育てへのテクノロジー活用の啓蒙をミッションに「子育Tech委員会」という任意団体も立ち上がり、企業・団体同士の横の連携も急速に進んでいる。Love Tech Mediaでも、和製BabyTechの新潮流として、発足会見を取材させていただいた(該当記事はこちら)。
そんな子育Techな企業が集まり、これからの我が国における育児についてディスカッションするイベントが、12月11日に行われた。子育Tech委員会と、スタートアップ支援のCreww株式会社による共催で企画され、同社が運営するコワーキングスペース「dock-Toranomon」が会場提供された。スタートアップ企業の成長を加速させる”場”として、大手企業との協業機会や資金調達機会、スタートアップ同士のコミュニティ等を提供している。
当日会場には、育児業界関係者やテクノロジー関係企業の他に、お子様連れのママさんなど、子育て当事者も何組も来場された。
LoveTechMediaでは子育ての未来を探るべく、イベントを取材した。
子育てと働き方における社会的・企業的背景
株式会社ワーク・ライフバランス WLBコンサルタント大西友美子氏
まずは現在の子育て環境に関する背景を教えてもらうべく、ワーク・ライフバランス コンサルタントの大西友美子(おおにしゆみこ)氏が「子育てと働き方改革」というテーマでお話された。そう、子育てと働き方は密接に関わっている。
もともとはシステムエンジニアとしてIT企業に新卒入社した大西氏。入社2年目の時に長男を出産し、さっそく育児と仕事の両立をすることとなる。
そこで自分の仕事スタイルが、残業など時間をかけることにためらいがなく、さらに属人的な進め方をしてしまっているということに気づく。このままでは仕事もライフもまわらない!と、子育てがきっかけで自身の働き方を大きく見直すことになったという。
大西氏に限らず、リーマンショックをきっかけに、日本人全体が「時間」という武器を使えなくなっていったのは、周知の通りだろう。
現在、日本政府は「働き方改革」を進めているが、そもそもなぜなのか?そこには大きく2つ、社会的背景と企業的背景を理解する必要があると大西氏は説明する。
働き方改革の社会的背景
(出典:株式会社ワーク・ライフバランス HP:https://work-life-b.co.jp/information/20160427_1.html)
まず社会的背景として、人口構成の変動による社会全体の働き方の変化がある。1990年初頭までの人口ボーナス期では、生産年齢人口比率が高く、社会全体の扶養負担が小さいので、社会保障費がかさまず、爆発的な経済発展が可能だった。ちなみにインドは現在進行形で人口ボーナス期であり、あと40年続くと言われている。
一方、ちょうどバブル崩壊と併せて始まった人口オーナス期では、労働力人口が減少し支えられる人が増えるので、社会全体の扶養負担が大きく、社会保証制度維持が困難となるなど、人口構成が社会の重荷となって現れる。一言で言うと、昔のような「時間をかければ確実に経済発展する」時代では全くないのだ。
とはいえ、人口オーナス期に入ると経済発展は全て終わりという訳ではなく、それぞれに合った働き方をするべきだと大西氏は言う。ポイントは3点。
まず「なるべく男女ともに働く」ということだ。人口ボーナス期の頃に比べ、より知的労働の割合が多い現代だからこそ、働ける人は男女変わらず働くことが大事だと言う。
次に「限られた時間で働く」ということ。今の時代は人件費が非常に高いので、残業垂れ流しでは企業がもたない。限られた時間で高いアウトプットを出していく必要がある。
最後は「組織の中にも多様な人を存在させる」ということだ。これが最も重要だ、と同氏は言う。
「かつて日本人は働く際に、出張・転勤・残業という三重苦を許容する従業員を重宝してきました。しかし今の時代でそれをやると、たちまち人がいなくなってしまうでしょう。世の中が多様性に満ちているからこそ、組織の中にも多様性が必要なのです。」
働き方改革の企業的背景
次に企業的背景として、人財の確保・定着・従業員のモチベーションの3点が課題となっていることが挙げられた。
まず人財の確保について、だいぶ前からニュースでも取り上げられている通りだ。労働力人口がどんどん減っている中で企業の採用活動はますます難しくなってきている。学生向けに実施された就職アンケートによると、就職したい企業のポイント第一位に「私生活と仕事が両立できること」が挙がったという。一昔前だと「そんな学生はいらない」という企業の声が多かったが、時間の制約なく働けることと、優秀かどうかはほぼ関係がない。子育てやライフイベントを迎えても働き続けられることが優秀な人材を獲得するアドバンテージになる。
次に人財の定着について、今の時代は3年で3割が退職すると言われている。その要因としては「先行きが見えない」「成長が見えない」ということが主な理由の一つとして挙がっている。特に近年では晩婚化、晩産化が進んでおり、子育てが終わりきっていないうちに親の介護が始まる人が多い。そんな中で職場が仕事と介護の両立ができない環境だと、人がどんどん辞めていってしまう。企業としては、ここの設計が最も重要なポイントの一つになるという。
最後に従業員のモチベーション。年収が100万円増えても幸福度は2%しか変わらず、「収入を増やすよりも、よき家族や友人との関係を強める方が効果的」という研究もあるという。
「今介護と仕事の両立が増えている中で、これからの”働き方”のロールモデルになるのは、今育児と仕事を両立している子育て世代。今、その世代が両立の工夫を積み上げることが、今後の日本の働き方のヒントになるのです。」
と同氏。
「子育て世代は社会・会社のお荷物なんじゃないかと思ってしまう人もいますが、長期的に見れば社会にとっても、企業にとっても、プラスになるのです。」
子育ても仕事もチームで解決する
「このような社会背景の中で、働き方を変えていくキーワードは『属人化の排除』だと考えています」
大西氏自身、先に見たように、属人的な自身の仕事スタイルに課題を感じた過去があった。人に見えない仕事の仕方をしていたら、突然子どもの入院で1週間休むことになり、引継ぎも十分にできなかった苦い経験があるという。
そもそも人の手を借りるということは、どうもマイナスに感じる人が多いが、人に助けてもらうことで、仕事のプロセスの質が上がり、良いものがアウトプットできるようになるという。
子育ても自分一人ではなく、家族や会社、地域資源や友人など、多くの力を借りることで色々なことができるようになり、価値観も広がる。親にとっても、子供にとってもマイナスではなくむしろプラスになると自分の子育て経験から力強く語る。
「ワークとライフは別々・トレードオフではないです。例えば仕事での気づきが子育てに活かされ、またその逆もあったりして、お互いが支え合って向上していけるものです。どちらも属人化を解消することが、大きな進化につながると考えています。」
日本でも育児×テクノロジーの恩恵を普及させたい
子育てと働き方の社会的・企業的背景を学んだところで、今度は本イベントテーマである「子育Tech」についてである。
子育Techといえば「子育Tech委員会」。本イベントの共催団体だ。今年10月に発足された同団体について、発起人企業である株式会社カラダノートの彦坂真依子(ひこさかまいこ)氏が代表でお話された。彦坂氏も一児の母として、育児をしながらの働き方をされている当事者の一人だ。
そもそも子育Techとは、カラダノートが今年3月から提唱している「子育て×テクノロジー」の概念である。育児の記録や共有の効率化、育児の情報収集の効率化、及び育児にまつわる夫婦間のコミュニケーションの糸口になるようなITやテクノロジーを用い、心身ともにゆとりある子育てをするという考え方だ。
アメリカではテックを育児に用いる文化は早い段階から醸成されており、BabyTech(ベビーテック)という業界領域で独自に発展している。
一方日本では、子育てにITやテクノロジーを使うことに対してほとんどの方が便利だと考えていると同時に、手間をかけることが「愛情」だと考えている。つまり「効率化=楽をする=悪」のようなイメージ連鎖があり、なかなか普及していないのが現状だ。
そんな国内の意識状況を変え、子育て現役世代のみならず孫子育て世代への理解と浸透を図るべく中長期的に市場・産業を醸成していくことが、子育Tech委員会の目的となる。
1社ではできることに限界があるが、家庭・地域・社会全体などそれぞれの子育て領域で強みを持つ企業同士が協力し、子育て×IT・テクノロジーの普及を推進していくことで産業として大きなうねりを作ることができると確信し、子育Tech委員会発足につながったというわけだ。
「発足時は5社で共同提唱したのですが、現在は10社にまで参画企業が増えました。来年には一般社団法人にしたいと考えています!」
子育Tech委員会では、各種オフラインイベントも順次企画しているとのことで、実際に手にとって触れてみることが、テクノロジー活用の第一歩になるだろう。
後編では、実際に子育Techなサービスを展開する企業5社によるプレゼン発表と、全登壇者による子育Techディスカッションについてお伝えする。
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