デジタルテクノロジー活用による“教育”イノベーションをテーマにした国際カンファレンス『Edvation x Summit 2019』。
3回目の実施となる本年は、11月4日・5日の2日間に渡って東京都千代田区の麹町中学校および紀尾井カンファレンスで開催され、日本の産業界や教育関係者など、国内外のべ3,000名以上の来場者で賑わった。
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レポート第2弾の本記事では、「市長が語る自治体の教育イノベーション」というテーマで設置されたセッションについてお伝えする。
このセッションではなんと、全国の中でも特に先導的な動きを見せている3自治体の市長が招かれ、各地域における取り組み概要が紹介された。
特に「データ活用」により、個に応じた学びを実現させつつある自治体の動きに注目し、その成果や苦労した点など、全国の自治体における教育の活性化のヒントとなる情報が提供された。
<登壇者> ※写真左から順番に
- 赤堀侃司(あかほり かんじ)氏
東京工業大学名誉教授 / ICT CONNECT 21 会長 - 仲川げん(なかがわ げん)氏
奈良県奈良市長 - 横尾俊彦(よこお としひこ)氏
佐賀県多久市長 / 全国ICT教育首長協議会 会長 - 倉田哲郎(くらた てつろう)氏
大阪府箕面市長
個に対応し、データを活用し、テクノロジーを取り入れて、深い学びに向かう時代
まずはモデレーターを務める赤堀侃司氏より、本セッションに入る前のイントロダクションが語られた。
同氏はこれまで、静岡県高等学校教員、東京学芸大学講師・助教授、東京工業大学助教授・教授、白鴎大学教育学部長・教授を経て現在に至っており、世界各国の事例をもとにした教育工学・情報教育の研究を始め、多方面にて活躍されている人物である。
東京工業大学名誉教授 / ICT CONNECT 21 会長 赤堀侃司氏
AIやブロックチェーンと言ったテクノロジーの発達に伴う“学び”のあり方の変化や、教員の働き方改革など、教育業界は今、「激動の時代」にあると言える。
そんな中、文部科学省は今年6月に、『新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)』を発表した。
これは、同じく今年5月に公表された教育再生実行会議の提言や、関係者との意見交換を踏まえつつ、中間まとめの内容を更に深掘りし、「誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び」を実現すべく、新時代に求められる教育の在り方や、教育現場でICT環境を基盤とした先端技術や教育ビッグデータを活用する意義と課題について整理したものである。
「この内容を私なりにまとめると、今は4つの流れを受けた時代であることが言えると思います。
まずは『個に対応する時代』。誰一人取り残すことなく、子供の力を最大限引き出す学びを提供することが可能な時代になってきました。
次に『データを活用する時代』。
スタディ・ログ(学習履歴)をはじめとした教育ビッグデータが継続的に集まって蓄積される時代だからこそ、教育はもっと“お医者さん”みたいなモデルを作るべきです。つまり、一人ひとりに応じたカルテによって処方を作る。これが、教育領域でも求められるでしょう。
三つ目は『テクノロジーを取り入れる時代』。
人類はテクノロジーのおかげで発展してきたので、さらに取り入れていきましょうということです。
そして最後は『深い学びに向かう時代』。
浅い学びではなく、子ども同士の考えの比較や議論の活性化といった、深い学びが可能となります。
こう言った時代において、市長が教育をどう見るのか、という赤裸々の意見交換をしたいというのが今日のセッションの目的となります。」
市内小学校全43校に導入した個別最適化学習事業 by.奈良市
まず一人目は、奈良県奈良市長の仲川げん氏である。
奈良市でも他の自治体同様、教員の大量退職が大きな課題となっており、経験不足の先生が増えることに対して、いかにテクノロジーで補完をしていくかが重要なテーマとなっている。
また、個別最適化されていない、一斉授業による「学びモレ」の問題もあり、学力テストは年に1度あるわけだが、これは前年度の学びの残高照会をしていることになるので、フィードバックが大幅に遅れてしまう現状にある。
そこで同市は大日本印刷と提携し、子どもたちに質の高い教育を実現することを目的に、2016年度より『学びなら』事業として、小学校において児童のスタディ・ログを活用した取り組みを始めている。
具体的には、単元ごとにテストを実施して、児童一人ひとりの学習到達度をチェックし、本当は理解できていないのに偶然正解したケースや、本来は理解できているのにうっかり間違ったケースなどを細かく分析して可視化する。
これは「現代テスト理論」という考え方を使っており、これまで点数の高低だけで見ていたところを、点数ごとに色付けするような感覚で理解度をグルーピングし、それに応じて宿題等を出すということを行なっている。
現在この『学びなら』は、奈良市内小学校全43校の4〜6年クラスで導入しており、山間部の中学1年クラスでも実験中となる。
システムのフルクラウド化と、テレワークによる働き方革命 by.多久市(佐賀県)
二人目は、佐賀県多久市長であり全国ICT教育首長協議会 会長でもある横尾俊彦氏だ。
多久市によるICT環境整備の取り組みは、2009年に遡る。この年から、市内小中学校全10校において、全普通教室に電子黒板87台を整備し、また全校に専属ICT支援員を配置した。また2013年〜2015年にかけては、タブレットを活用したデジタル教材等の実証研究を進め、2016年からは総務省先導的教育システム実証事業に取り組んでいる。
また、同市では全国に先駆けて学校に設置していたサーバをなくし、代わりにパブリッククラウドを利用して、学習系と校務系のシステムでフルクラウド化を実施した。もちろん、セキュリティを担保しつつである。
さらに、教師の働き方革命の施策も積極的に取り入れている。特に力を入れたのが、テレワークの実施。テレワーク実施者へアンケートを行ったところ、「あなたの業務効率化につながりましたか?」という質問に対して、子育てや介護を行なっている人ほど「はい」の回答確率が高かったという。つまり、働き方の幅が広がることで、子育て・介護での離職予防にも有効であることがわかったという。
数字的な結果としては、2017年度と2018年度との超過勤務時間の平均値比較を通じて、小学校では6.28時間が、中学校では15.65時間が、それぞれ削減することに成功している。
学力・体力・生活状況を毎年全数調査、データに基づく教育施策 by. 箕面市(大阪府)
三人目は、大阪府箕面市長の倉田哲郎氏である。
ほとんどの都市が人口減少に歯止めがかからない状況の中、ベッドタウンである箕面市では、この10年間で人口が約8%増加している。その要因は「子どもの増加」であり、ここだけを見ると17%も伸びているという。このことから、教育への投資は絶対に損にならないと、倉田氏は断言する。
同市では小学校1年生から毎日英語教育を実施しており、全校にネイティブ外国人英語指導助手(ALT)を配置している。また校務のICT化により、昭和の事務環境改善にも力を入れてきた。
これを前提に、同市が重要と考えているのが、バックグラウンドでの支えとなる「データ」だという。
箕面市では、学力・体力・生活状況を全方位で、毎年全数調査する。
このデータがあるおかげで、集団の経年変化を実数値レベルで追うことができ、教科ごとの実力の変化を定量的に把握することができる。これにより、担任教諭の指導結果を客観的に比較することができるので、例えば「この先生は数学の成績を伸ばすのが得意だ」と言った指導力や適性などが歌詞化され、それを元にしたクラス編成等を実施することもできるようになるという。
中には学級の“絆”に関する質問項目もあり、そのデータをもとにクラス毎に偏差値を取ってみると、前半期よりも後半期の方が異常値で悪くなっている場合に、学級崩壊の兆候をキャッチすることもできるという。
他にも、市役所が持っている所得や家庭状況のデータをジョイントさせて、一人ひとりの変化を追跡できるようにすることで、家庭内等における課題の兆候を早期発見することなども目指している。
つまり、必要なデータを全方位で取得することで、様々な分析による仮説と検証のPDCAサイクルを回すことができるというわけだ。
学びに対して深い質的な評価ができるようになった
ここからは、モデレーターである赤堀氏が投げかけたテーマに即して、パネルディスカッションが展開された。
テーマ:今回の発表全てにおいて「データに基づいた施策」が展開されているわけですが、このような首長としての方法論は、先生にちゃんと受け入れられているのか?
仲川氏(奈良市長):『学びなら』を進めるにあたって、我々としては2つの懸念がありました。
一つ目は、現場の負担が増えるのではないかということ。そしてもう一つは、主に保護者からの指摘だったのですが、問題が難しすぎて子供がやる気なくすのでは、ということです。
後者について、特に小学校では、テストの問題というものは授業を真面目に受けていれば皆が100点をとれるように設計されているものです。でもそれでは、100点以降の能力を持った子を見つけることができないので、あえて8割の子どもが正解できない、難易度の高い問題を入れています。
それに対して、現場としては如何なものか、という意見がありました。
でも結果として、学びに対して深い質的な評価ができるようになりましたし、先生方自身の、システムを活用することへの誤解も少しずつなくなってきていると思います。
倉田氏(箕面市長):私たちの場合、データが蓄積されていったら、しっかりと学校現場に返していきました。
そこから「これは使い物になる」ということが、現場レベルでだんだんと認知されるようになっていきました。
あと、学校現場って急速な世代交代が進んでいまして、抜けていく側のベテラン先生方にとっては学校運営に少なからず不安が残ることもありました。それが、これまで経験で補ってきたものの中に、こういったデータで補えるものもあるということがわかってきたこともあって、なんとか理解を得られてきていると感じます。
横尾氏(多久市長):多久市では、朝の時間は決まってタブレットを使ってドリルをやるんです。翌日は、昨日終わったところからやります。だから、個々の深度は全く異なるんですが、それを毎月積み重ねていくので、確実に学力は上がっていくんですね。
結果として、先生方にとっては「個別最適化学習って大事だな」という気づきになりますし、子ども達にとっても達成度が楽しくなるわけです。
さらに副産物として、朝学ぶという習慣がついたことで、「朝の時間に集中する」という習慣もついたことが挙げられます。
町そのものを強くするために“教育への投資”はとても重要
横尾氏(多久市長):二つあります。
一つは、多久市には『孔子の里 多久聖廟』があるくらいで、2550年くらい前から、孔子は勉強が大事だといっています。知らないものを目標にして求めることなんてできないので、より広く、より深く学び、さらには人間性を絡めた基礎力を挙げていく必要があると考えています。
もう一つは、市長になってから海外視察などに行く中で、日本の教育ってこんなに遅れてるんだ、と感じてしまったことですね。それが全国ICT教育首長協議会の立ち上げにも繋がっていますし、教育環境をしっかりと整備することが、未来に対する僕らの責任だと感じています。
倉田氏(箕面市長):何個かあります。
もともと国の方で仕事していた時に、今世の中で起こっていることのほとんどが、過去の積み重ねによるものなんだなと思うことがありまして、次の時代に問題を残さないためにも、やっぱり教育が大事だよな、と考えるようになりました。
あと、これは首長として考えていることですが、やはり町として人口規模を保つ必要があるんです。そうなった時に、子育てや教育に投資をして「この町は子育てしやすいところなんだ」と思われるほどに、町そのものも強くなっていくと感じています。だからこそ、教育への投資はとても重要だと捉えています。
最後に、現実問題として、市へのクレームや要望などの中で、教育や学校関係の話って、意外と多いんですよ。これに対して、本来であれば「教育委員会のやってることだから」と言ってしまうこともできますが、状況に応じて教育委員会を突き動かすことのできる存在は他にいないから、という理由もあります。
仲川氏(奈良市長):私は前職時代にNPOをしておりまして、そこで教育や子育てに関わっていました。
その中で、公立学校で学級崩壊が起きているのを目の当たりにしたことがきっかけで、根本の仕組みづくりをしたいと思ったことから、市長になろうと思うようになりました。
奈良って実は、東大・京大合格率が1位という教育熱心な県なのですが、私学や県外の学校に出てしまう人も多いです。そんな中でこれからの時代、例えば高校までは公立であってもちゃんと自分のなりたい仕事に就ける、ということを公教育の質としてしっかりと担保していくことが大切だと考え、教育に力を入れています。
もうちょっとビビらないでデータを集めるべき
横尾氏(多久市長):先日、スウェーデンの方とお話ししたら「私の納めた税金が、誰かのために使われるのであればイヤだが、みんなのためならOKだよ」と言っていました。そういう納税者感覚を持っているんですよね。
日本は、もうちょっとビビらないでデータを集めて、客観的に世の中を見て、目指すべきはこうだと設定して、参考になる国がこういうことをやっていると参考にして、早く階段を登っていくべきだと考えます。
そういうことを明示したら、日本の有権者や納税者の方々も「そういうことだったら」ということで応援してくれるのでは、と思っています。
倉田氏(箕面市長):日本での教育領域でのテクノロジー活用の動き、僕としては「ようやくか」という感想です。
国が本腰を入れてくれることで、これまであまり関心のなかった自治体含めて、巻き込まれざるを得ない状況になってきたと言えるでしょう。これによって、ようやく、全国の子ども達が恩恵を受けれるようになっていくわけです。
今まで個別で苦しんでいた自治体にとっても、“全体”で苦しむようになるので、ソリューションなどももっと早く見つかるようになるはずだと思っています。
国の動きが本格化してきたので、自治体サイドも、それをキャッチする努力をして、全国で底上げできたらいいなと思います。
仲川氏(奈良市長):ハード先行型のリスクのひとつとして、「数を揃えれば質が伴う」と勘違いしてしまう人が出てきてしまう点があると思います。
これだけ先行事例も出てきたので、根拠となるデータも出てきたので、数年ごとにコロコロと変わる政策ではなく、中長期の根拠に基づいた教育方針の提示が国として必要だと感じます。
それともう一つ、教員の人事権は県に存じている中で、例えば校長先生のなり手がなかなかいないので、市費でお雇いをしようと思っても、現在奈良市にはそのような制度がないわけです。
突破口を作るのは我々の役割だと思うので、やる気のあるところには、もっと柔軟に権限を委譲していくべきだと感じます。
倉田氏(箕面市長):一点だけ失礼します。ハードを整備すると“やった気”になる、というのはとても大事だと思っていまして、小学校4〜6年生の全校に一人1台のタブレットを置いているのですが、それに対して私は、「無理して使うな」と言っています。
好きな先生や子供達は自発的に使うものなんです。
環境整備なんてそんなもので、国もある種ドーンと構えて、使っても使わなくても良いくらいの姿勢であった方が良いのでは、と考えています。
教育は、地方再生の原動力
赤堀氏:みなさま、有難うございました。最後に一言。
先般、つくば市に「みどりの学園義務教育学校」という市立の学校がありまして、まだ昨年4月に開校したばかりで、初年度は生徒数が約700人だったのですが、今や1700人規模ですよ。
みんな、良い教育を受けることができるということで、住民票を変えて入学させたがるんです。
これを見て、教育による地方再生の原動力ってあるのでないのかと考えておりまして、そのためには“適切な道具”が必要です。
だからこそ、使うべき道具を大いに使って、一人ひとりを思いっきり伸ばしていこうという国の方針が、地方で大いに花開いてもらえればと思います。
編集後記
市長という立場でありながら、具体的な教育施策を数値ベースで意気揚々とお話しされている様子を拝見し、地方自治体における教育意識が進んでいるところは、非常に進んでいるものだと改めて実感しました。
いや、今回ご登壇されたみなさまにとっては「市長だからこそ」なのでしょう。
特に印象的だったのは、箕面市の倉田市長による「タブレットを無理して使うな」というエピソード。
トップがドーンと構えて必要以上の介入を働かせない。そのことが、結果として設計以上の成果をもたらすことを物語る姿勢だと感じます。
教育と子育てへの積極投資こそ、地方そして日本の未来を羽ばたかせる“最大”のアプローチだと信じている僕としては、今回のセッションは非常に有意義で、未来を感じさせてくれるものでした。
登壇者の皆さまの熱量が、記事を通して伝播してくれることを期待したいと思います。
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