「キッチン学は絶対に子どもの脳活動を高める効果があるはずなんです!それを確かめるために、最新の脳活動計測機器を使って客観的に測定します!」
株式会社Hacksiiの髙橋未来(たかはしみく)代表からそんなお話を伺ったのは、2018年の年末であった。食に関する教育の重要性に注目が集まっている中、脳活動との関連をエビデンスにもとづいて立証するというその取り組みに、Love Tech Mediaとして非常に興味を持ったのを覚えている。
株式会社Hacksii 代表取締役 髙橋未来氏
そもそも”キッチン学”とは何か。同社について、先に概要をお伝えする。
株式会社Hacksiiとは、アクティブ・ラーニングの学習方法で料理を学ぶ、子ども向けの出張料理教室サービス「ハクシノレシピ」を運営するスタートアップ企業だ。
そして”キッチン学”とは、髙橋氏がかつて幼児教室勤務時代に学んだ子どもの脳発達プログラムと、料理の工程を組み合わせて作った、ハクシノレシピオリジナルの教育概念である。調理技術の向上ではなく、料理の各工程において子どもが主体的に考えることで、思考力や判断力、表現力の向上を目的としている。これからのAI時代における必須のスキルを身につけるべく設計された教育プログラムである。
そんなキッチン学と脳活動の関連を調べる実験が、2019年1月に都内某所で行われた。Love Tech Mediaでは食と教育領域における新たな取り組みの息吹を確認すべく、実験会場に特別に潜入させていただいた。
最新機器を使って子ども達の脳活動を観察
実証実験当日、会場に入ると、すでに参加されるご家族が集まっていた。兄弟含めて多くの子ども達で賑わっていたが、実験に参加するのは6名。小学1年生〜3年生だという。
ハクシノレシピで提供するキッチン学を体験した際の脳活動と、通常のお留守番時の脳活動をそれぞれ測定し、違いを検証することを目的としている。
つまり集まった6人の子ども達は、3名ずつの2グループに分かれ、片方のチームはキッチン学カリキュラムに基づいた調理を、もう片方のチームは別部屋で映画鑑賞をするという流れだ。
では、脳活動はどう測定するかというと、こちらである。
脳科学ソリューションを提供する株式会社NeUが開発した「HOT-1000」という携帯型脳活動計測装置である。かの有名なゲーム「脳トレ」開発の第一人者である川島隆太教授がCTOを務める企業である。
HOT-1000は小型軽量であり、小学低学年でも大きな負担がかかることがなく計測が可能なデバイス。脳活動に伴う頭部の血流変化を”光”で観察することで脳活動状況を計測できるという、非常にユニークで画期的な計測原理をもとに設計されている。
実証実験当日、HOT-1000の仕組みについてご説明いただいた、株式会社NeU 脳科学コンサルテーション ビジネスユニット マネージャー 板坂典郎氏
「HOT-1000はワイヤレス接続が可能なため、拘束がなく脳活動を計測することが出来るので、本日の実験に採用しました。今日の実験では、キッチン学によって創作される調理の工程で、子どもたちの『前頭前野』(※)が働くかどうかを観察することも目的としています。」
※前頭前野:系統発生的にヒトで最もよく発達した脳部位であるとともに,個体発生的には最も遅く成熟する脳部位である。一方老化に伴って最も早く機能低下が起こる部位の一つでもある。この脳部位はワーキングメモリー、反応抑制、行動の切り替え、プラニング、推論などの認知・実行機能を担っている。また、高次な情動・動機づけ機能とそれに基づく意思決定過程も担っている。
(脳科学辞典より転載)
早くも結果が楽しみである。
映画鑑賞チーム
まずは映画鑑賞チームにお邪魔した。実験中はHOT-1000を頭部に装着しながら、映画を鑑賞してもらうという。子ども達は多少の違和感を感じたようだが、どの映画を見るかの議論で、すっかり慣れてしまったようだ。
自分の脳活動に興味津々な子ども達
ちなみに、測定された脳活動は連動するアプリにリアルタイムで記録されていく。以下の動画が実際の測定中の様子である。
調理チーム
次は調理チーム。こちらでは各調理台がパーテーションで区切られており、3名のお子様それぞれの調理の様子が見えないようになっていた。他の子の様子がノイズとして入らないようにするための工夫なのだろう。
子ども達の調理をリードするのはこちら、エプロン先生。
キッチン学のプロとして、安全な調理時間を過ごせるように見守り、時としてアドバイスをし、子ども達の成長に寄り添う存在である。子ども達は親以外の大人のアドバイスは素直に受け入れられることから、保護者からは、家庭教育のパートナーとして頼りにされている。
ハクシノレシピではまず、エプロン先生とお子さまとで話し合って、「もくひょうシート」に記入する。具体的には、どんな料理を作るか、どんな手順で作るか、といった内容を自由に書き出していく。
シートの記入が完了したら、いよいよ調理開始である。各々の「もくひょう」に沿って、調理台が忙しくなる。もちろん、子ども達は全員、例のHOT-1000を頭部に装着しながらの調理である。
エプロン先生と一緒にもくひょうシートを考える
見事な包丁さばき
切ったナスはこちらのボウルにまとめよう
包丁に慣れていないので、エプロン先生と一緒に玉ねぎを切る
エプロン先生とお話しながらお肉をコネコネ
炒め物も任せて安心
トマトにお肉を巻くという細かい作業、脳活動の波形が気になる
包丁の扱い方など危険を伴う部分はしっかりとフォローするが、それ以外の調理過程では、可能な限り自由な発想と取り組みを尊重する。取材を通じて調理風景を見ていた立場として、そんな印象であった。
調理中の我が子の脳活動状況を見るパパさん
料理が完成したらフィードバックタイム
1時間45分の調理時間を経て、なんとも美味しそうな料理の完成である。
完成した料理を食す前に、ハクシノレシピでは必ずフィードバックタイムが設けられている。事前に記入した「もくひょうシート」に対し、子ども自身が振り返りと気づきを記入し、それに対しエプロン先生もフィードバックする。
さらにフィードバックの後には、こちらも子どもの脳活動を活発化するという仮説のもと、ペーパーワークも実施された。
紙に書かれた物体を見せて、制限時間内に、その物体の用途を自由に何個でも書いてもらうというもの。
何個も書き出す子もいれば、2〜3個で詰まる子もいた。
Show and Tellタイムを経ての実食
さらにハクシノレシピのカリキュラムでは、紙に書くだけではなく、「Show and Tell」という言葉によるアウトプットのプロセスもある。これは聴衆に対して何事かを示すプロセスを示し、決められた話題について話したり、プレゼンテーションするというもの。欧米の幼稚園、小学校で取り入れられている教育メソッドである。
料理を作って終わりにするのではなく、この「Show and Tell」を行うことで、アウトプットする力をつけてもらうことが目的だという。
ここまで終わったら、お待ちかねの実食タイム。みんなで食べるご飯は美味しい。
みんなで作ったものをみんなで分け合って食べましょう
我が子の作った料理は格別に美味しい
エプロン先生からのフィードバックを聞くパパさん
もりもり食べて元気いっぱい!
筆者も子ども達の料理をいただくことに。ご馳走様でした!とっても美味しかったです!
キッチン学は子どもの脳活動を活発にする働きがある!
後日、実験の結果を共有していただいた。
結論としては、今回参加した子供達では「ハクシノレシピの”キッチン学”は、脳活動を活発にする働きがある」ということが、脳機能測定を通じて確認された。
まず映画鑑賞チームによるお留守番体験では、90分以上の映画をシッターと一緒に視聴したが、楽しんでいる様子ではあったものの、前頭前野の脳活動は高くはならなかった。
一方、調理チームによるキッチン学体験では、全般的に高い脳活動が見られた(上図の下部を参照)。
次に、キッチン学体験の工程の中では、野菜の説明から何の料理を作るか決めていく過程で左右の脳活動が見られたり、素材を切る時にも右前頭前野にて脳活動が上昇していた(上図の上部を参照)。
また、ひき肉をエプロン先生と話しながらこねて形作ったりするシーンでも、左右両方の脳活動の上昇が見られたという。
これら脳活動の観察から、”キッチン学”においてエプロン先生とともに会話をしながら何かを創作することは、思考が多く必要となり、前頭前野の脳活動を活発にする、ということが言えるだろう。
非常に面白い結果であり、ハクシノレシピとしても嬉しい結果だろう。
後編では、今回の実証実験および分析結果を通じての感想や思い、および今後の予定や目標について、代表の髙橋氏と、実際に当日の調理を担当されたエプロン先生に、お話を伺った。
》後編記事は3月8日公開予定