皆様はゲーム「シムシティ」シリーズをご存知だろうか。
リアルタイム都市経営シミュレーションゲームであり、1989年に第1作目「シムシティ」が発売(※)されて以来、多くのシリーズが開発され、また多くのファンが各々の都市を構築していった。
※当時はマクシス社より発売。現在は同社がエレクトロニック・アーツ社に買収され、エレクトロニック・アーツ社が後続ソフトを開発・リリースしている。
そんなゲームの都市設計を、リアル都市設計に応用しようとする自治体が現れた。宮崎県小林市である。
小林市といえば、こちらの動画をご存知の方も多いのではないだろうか。
こんなユニークな動画を作る小林市が、新たに地方創生プロジェクトとして「シムシティ課」を設立したのだ。
シムシティ課とは、理想のまちをスマホゲーム「シムシティ ビルドイット」でかたちにして議論する、市⻑公認の新たなまちづくりの取り組みとのこと。若い世代にまちづくりを親しみやすい形式で考えてもらおうとするバーチャル組織である。具体的には、地元の高校生が主体となって、実際のまちづくり案を作成し、市長にプレゼンをするという。なんともLove Techな取り組みが始まったものだ。
本記事では、プロジェクトを進める高校生の中のお二人が東京に上京し、都市設計のプロである三菱地所のアドバイスを受けるところから、実際の市長への提案までを追ってお伝えする。
ミッション:理想の小林市を作ること
まずはシムシティ課の具体的な内容についてお伝えする。
シムシティ課の職員は小林市職員と宮崎県立小林秀峰高等学校の有志で結成され、小林秀峰高校では総合学習の時間を活用した正規の学習プログラムとして該当ゲームを教材に活用し、ゲームプレイを通じて小林市の理想の未来像を描いていくプログラムとなっている。
設立の背景は、同市在住10代〜20代の投票率の低さと人口流出にあり、若い世代にもっとまちづくりに興味をもってもらうための施策とのことだ。
専用のユニフォームポロシャツやポスター、職員名刺、ピンバッジ、マグカップなど各種グッズも取り揃えてあり、9月下旬から12月上旬にかけて「まちづくり検討会」というワークショップを複数回重ね、小林秀峰高校の学生を中心として市長へのプレゼン内容をブラッシュアップしていった。
テーマは「理想の小林市を作る」こと。
その理想に対し、具体的にどのような街を作っていくのか。以下の5つの観点でまとめるという形で進んでいった。
- ターゲット
- シムシティ ビルドイットで作った街のコンセプト
- シムシティ ビルドイットの実際の街
- シムシティ ビルドイットの街と比べたときの、小林市の課題。
- その課題を解決するための、アイデア
中間発表と市長へのプレゼンの間に、実際のまちづくりのプロにアドバイスをもらうべく、小林秀峰高校の学生代表2名が、東京の三菱地所本社までいらっしゃることとなった。
自然豊かだが人口流出が止まらない街
2018年12月11日、三菱地所のプレゼンテーションスペースに集まった同社社員の皆様。小林市から現役高校生が来社するとのことで、皆様ワクワクしているご様子。壁に映し出された、シムシティ ビルドイットの画面が新鮮だ。
まずはじめに、小林秀峰高校の瀧口尚志先生が、小林市の魅力についてお話しされた。
人口約45,000人の小林市は宮崎県の南西部に位置し、市の南西部には霧島連山、北部には九州山地の山々が連なるという大自然に囲まれたロケーションだ。市の7割を豊かな森林が占めており、その澄んだ空気から、過去5回にわたって「星のふるさと日本一」に選出されているという。
この美しい風景が小林市だ。都会で疲れた心を癒すには最適な環境と言えるだろう。
次に、シムシティ課についても改めてご説明いただいた。設立の背景としては、若年層の人口流出がもっとも大きいという。小林市にはたくさんの魅力がある一方で、大学がなく、大きな産業もないので、高校卒業のタイミングで若い人たちが都市部に向けて出ていってしまうという。
そのような課題を解決するために、少しでも地元のまちづくりを意識してもらい、これからの小林市を考えてもらいたいと願い、設立されたシムシティ課。学生の皆様は総勢31名。8つの班に分かれ、シムシティを通じて未来の小林市について真剣に考えている。
「街には自分たち以外にも様々な方がいて、色々な視点がある。いろんな不満があり、いろんな満足がある。いったん自分たちの視点を離れてもらい、自分ではない『誰か』の視点で、理想の小林市を考えてもらっています」
具体的には、以下の8つの視点に分けられ、それぞれのチームがそのターゲットに対する「理想の小林市」を考えているというわけだ。
- 東京の女子高生
- 小林市で工場を経営する人
- 小林市に住む高校生
- 小林市で農家を営む人
- 小林市に住む新婚夫婦
- 小林市に住むおしゃれな中年夫婦
- 小林市に住む高齢者
- 富裕層の中国人
最後の「富裕層の中国人」だけが妙に目立っている気がする。
そんなことを考えていると、いよいよ高校生のお二人が登場した。
都会と田舎が共存する街を目指して
昨日、東京入りされたという稲田さん(写真左)と池田さん(写真右)。大勢の方の前でのプレゼンということで、若干緊張されている様子。
「私たちのチームでは、仕事の息抜きや気分転換だけでなく、便利さを求める海外の人をターゲットにしました。」
元々は「中国の富裕層」をターゲットとしていたが、より多くの方に小林市に来てもらいたいという思いがあり、対象範囲を拡大したとのこと。
「その中で私たちのチームでは、都会と田舎が『共存する』街をコンセプトにしました。」
便利な都会と自然豊かな田舎の両方を兼ね備えれば、お互いのいいとこ取りをした街にすることができる。そんな思いで作られたシムシティ ビルドイットの都市では、都会な部分(右側)と田舎な部分(左側)がそれぞれ構築され、互いを橋でつなぐことで往来を活発にするという設計になっている。
「まず田舎についてです。小林市には自然が多いので、そこはそのまま、キャンプ場や自然を配置しました。また、小林市には公園が少なく、住宅の周りなどに公園を置いています。あと、田舎は農業が盛んなので、農業に関するお店も設置しています。」
確かに、左側の下から3段目の区画などは、札幌の大通公園を彷彿とさせるほどの整備された公園が特徴的だ。
「次に都会についてです。私たちのイメージでは、都会はビルなどの建物が高い印象なので、なるべく高い建物を配置しています。これらは全て住宅です。またドームやホテルなど、来た人が楽しめるものも配置しました。あと、大きい病院や消防署なども必要になると思うので、それも設置しています。」
左側の田舎エリアと異なり、タワーマンションが立ち並んでいる。
では今回シムシティ ビルドイットで作った街と実際の街を比べた際の、小林市の課題はなんだろうか。
「シンボルがない、交通機関が少ない、テレビ番組が2局しかない、24時間営業のお店が少ない、外国人向けの看板が少ないなど、50個ほどの課題を考えました。」
その中で特に、「英語表記がない」「海外の人に寄り添った情報がない」という2つの課題について、小林市のいいところを描いたガイドマップを作成して英語化するという。
街の当事者目線で生活をリアルに想像することが大切
稲田さんと池田さんによるフレッシュなプレゼンの後は、三菱地所の皆様とのディスカッションタイプ。お互いの疑問点を質問し合うというスタイルだ。
三菱地所サイドからは、都会のような便利さとは具体的にどのような便利さが欲しいのか、今小林市にあるもので活かせそうなものは何なのか、など鋭い質問が飛び交った。
また、プレゼン中に提案した「ガイドマップ」について、「ガイドマップは手に取ってもらえて初めて伝わるが、その前段階で、そもそも小林市に来てもらわなければならない。そのためには、SNSなどを使って、いかに小林市の魅力を発信するかが大切になります」という的確なアドバイスも伝えられた。
逆に高校生のお二人からの質問もあった。
・都会から見た、田舎と都会のそれぞれの良さとは何なのか?
・何を一番に考えてまちづくりをすれば良いのか?
まちづくりのプロである三菱地所の皆様にとって、非常に根源的な質問であり、即答の難しい内容である。
前者のそれぞれの良さについては、都会では最新の情報が入ってくるのが良いところで、田舎ではとにかく自然が素晴らしく癒されるところが良い、との回答がなされた。
また後者については、「誰がどのような生活をして、どういう風にその街を使うのか。これを当事者目線でリアルに想像することが大切なことだと思います。後、楽しくあることですね」というベテラン社員さんの回答が光った。
質問タイムも終了し、最後に登壇したのは三菱地所の村上孝憲氏。同氏は、小林市のPR大使(こばやしPR大使)でもある。
「小林市に関する活動を通じて感じることですが、地域の課題はどこも似通っています。だからこそ、小林市での解決策は、他の地域でも応用できるはずです。
一方、小林市にしかないものも、もちろんあります。例えば、小林市には桜の景観が素晴らしい一本道があります。昔は九州全土から見に、臨時列車が出ていたくらい立派な道です。こういった小林市特有の資源を大事にしていって欲しいと感じます。
次回は是非、小林市で会いましょう。」
全校生徒の中で市内に残るのはせいぜい4〜5名
勉強会の後は、三菱地所本社の近くである大手町付近を、村上氏と高校生のお二人が散策した。あいにくの曇りであったが、東京のまちづくりポイントについての村上氏の解説に、お二人も真剣に聞き入っていた。
三人が散策を楽しむ間、Love Tech Mediaでは最初にお話された小林秀峰高校の瀧口尚志先生に、学生が31名いらっしゃる中で、今回のお二人に決まった経緯について伺った。
「今回小林市と協力して進めているので、学校を卒業した後に、最終的に地元に残る人に行ってもらおう、ということになりました。ただ、いざ皆さんの進路を調べると、全校生徒31名中、そもそも4〜5名しか該当者がおりませんでした。他の方は全員、就職・進学含めて市外に出てしまう人なのです。
私たちもここまでとは知らず、びっくりしました。
こう行った背景を踏まえ、将来小林市に残る予定の者で、同じチームで取り組み、課題に対して真面目に取り組んでいる今日の二人に、来てもらうこととなりました。」
ここでも、小林市の抱える課題である「若者の人口流出」を直に伺うことになるとは。現実問題として現在進行形で進んでいる課題であることを改めて思い知らされるお話である。
散策を終えた皆様はその後、大手町のおしゃれレストランでランチを楽しみ、そのまま当日夜の便で小林市への帰路につかれた。
映えを意識した街づくりが優勝
その4日後である12月14日のお昼過ぎにに、予定通り「シムシティ課タウンミーティング〜市長に発表しよう〜」が行われた。
当日は、全31名の学生が8班に分かれ検討してきた「理想の小林市」を、宮原義久市長を はじめ、会場に集まった市職員や、市議会議員たちなど約30名の来場者に対しプレゼンテーションを実施した。
8班がそれぞれ最終的に発表したテーマがこちら。どれも魅力的なテーマである。
・1班:エンタメが発達した小林市
・2班:新婚夫婦が子育てしやすい街
・3班:働きやすい街小林市
・4班:ヨーロッパのような自然と気品を兼ね備えた街
・5班:農家をしている人にとって魅力的な小林市
・6班:高齢者に便利な街
・7班:都会と田舎が共存する小林市
・8班:学生が住み続けたいと思う街
発表された8班の中で、参加者の投票により、最も優れた発表を行ったチームとして、「エンタメが発達した小林市」をテーマに小林市の特産物(なしやメロン等)の形をした映えるバス停など、東京の女子高生が思わず写真を撮ってしまいそうな場所を作る、“映え”を意識したアイデアを提案した1班が優勝チームとして表彰された。
1班の優勝時コメント:
「東京の女子高校生がターゲットということもあり、都会のことを考えすぎるあまり、 小林市の良さや問題点から離れないようにすることが難しかったです。私たちが発表した内容や、各班が取り上げた小林市への提案内容の良いところを取り入れることで、小林市の課題解決に繋がっていき、より良い小林市になっていくと思います。」
発表されたアイテアは今後、クラウドファンディングを通じて、実現を目指していく予定とのこと。
最後に、小林市市長である宮原義久氏からの、プロジェクト振り返りのコメントを頂戴した。
「秀峰高校31人の生徒の皆さんと市の職員20人の計51人のシムシティ課と してスタートしてきました。今回、8つの項目で大変良い発表をして頂き、また、 様々なご意見を頂きありがとうございました。皆さんから具体的に小林市がこう あってほしい、とご提案いただき、実現に向けて努力をしていきたいと思います。
優勝した1班のアイテアである、小林市特産の果物などの形をしたバス停を つくるというのも面白い案だなと感じました。
若い皆さんには、是非いろいろな地域を実際に自分の目で見て頂き、小林市の良さを感じていただきたいと思います。
今回、皆さんに考えて頂いたことは市の財源が関わってきます。どのようにお金を 使うかとなったときに政治が関与してきます。皆さんはちょうど18歳になり、選挙権があります。ちょうど県知事選挙がある中、是非夢ではなく、現実にするための一票をお願いできればと思います。
今後の皆さんの活躍に多いに期待したいと思います。ありがとうございました。」
編集後記
ゲーム「シムシティ」をプレイしたことのある方ならば、こんな街を現実の世界で作れたら、と思ったことのある方もいらっしゃるのでは。
筆者もその一人です。
ゲームのリリース約30年目にして、このような形で実際の街づくりに使われるソフトになったことは、1ファンとして非常に嬉しく思います。
ゲーミフィケーションの良いところとして、実際のイメージを作り上げ、それを共通言語として他の方々と共有しやすい、という点が挙げられるかと思います。
今回のシムシティ課設立と複数回のワークショップを通じて、高校生の時点で実際に行政が考える街づくりの課題について少しでも「チーム」として考え、実際に提案内容として市長にプレゼンテーションできたことは、関係者全員にとって非常に貴重な機会だったのではと感じます。
それにしても、高校生のお二人がお話されていた「シンボルがない、交通機関が少ない、テレビ番組が2局しかない、24時間営業のお店が少ない、外国人向けの看板が少ない」などといった課題は、非常にリアルな声として、少し笑ってしまいました。
これらの課題を、仕方のないものとして片付けるか、それとも解決するべきものとして具体的なアクションに移すか。ここにこそ、地方創生の未来が垣間見えます。
このような民間企業・サービスとの積極的なコラボレーションが他の地方自治体にも波及していったら、地域創生の新たなタネ創出につながるのでは、と期待します!