テーマは「循環」
令和元年11月29日〜12月1日の期間に開催された「#私はこんな仕事がしたい展」。イラストレーターなどクリエイターの方々を中心に、「本当にやりたい仕事」をツイッター上で表現するハッシュタグ・ムーブメント「#私はこんな仕事がしたい」をテーマにした、3日間限定のオフライン展示会である。
仕掛けたのは、クリエイターのためのポートフォリオサービス『foriio(フォリオ)』を運営する株式会社1ne studio。
会場には計215名のforiio登録クリエイターによる「お仕事ラブレター」が展示されており、そのために設置された人数分のiPadが並ぶ景色は、なんとも圧巻であった。詳細は、以下のレポートをご覧いただきたい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/foriio20191130/”]
会場では作品ポートフォリオの展示以外にも、同空間で様々なトークセッションが開催されており、展示作品を見ながら、まるでラジオを聴くかのように登壇者の会話を楽しむこともできた。もちろん、座席も用意されていたので、ガッツリと座って楽しむこともできる。
今回はその中でも、「循環システムデザインについて考える」というテーマ設置されたセッションについてお伝えする。
キーワードは「循環」。
モデレーターを務めた高山みちのぶ氏(株式会社1ne studioマーケティングマネージャー)自身、肩書きの一つとして「循環デザイナー」を公言されており、「循環するクリエイティブコンテンツが当たり前になる世界を作る」ことを目指しているという。
「最近では特に、打ち上げ花火的な消費コンテンツが多い中で、リソースが循環するコンテンツを作っていきたいと考えています。目指すは『好循環』。
foriioというプラットフォームも、クリエイターが認知されて案件マッチングして、結果として輪っかが大きくなっていくという、いわばクリエイターを起点にした循環モデルを創出していると感じています。
今日はそんな、循環モデルにちなんだお二人に来てもらいました。」
アクアポニックスに魅せられた男・邦高柚樹
まずお一人目は、モンドワークス株式会社 代表 邦高柚樹(くにたか ゆずき)氏。
大学時代にオランダ・ロッテルダムに留学し、そのまま現地の銀行に入行。帰国後は製薬会社の営業職を経て、不動産業界へ転職。その中で得たスペース活用のノウハウと、かつてオランダ留学時代に出会った「アクアポニックス」を組み合わせた社会問題の解決の一手を見つけたいと思い立ち、現在、渋谷・100BANCHに採択されて活動している人物だ。
次世代の循環型食糧生産システム「アクアポニックス」
ここで耳慣れないワードが出てきた。
「アクアポニックス」とは何かというと、「水産養殖(Aquaculture)」と「水耕栽培(Hydroponics)」(※)を組み合わせた次世代の循環型食料生産システムのこと。
※水耕栽培:養液栽培のうち固形培地を必要としないもののこと。一般的に植物は土に植えて育てるイメージだが、水耕栽培では土の代わりに、液体肥料と水で作った養液で育てる農法となる
魚の排出物を微生物が分解し、植物がそれを栄養として吸収。浄化された水が再び魚の水槽へと戻るという、生産性と環境配慮の両立ができる食料生産システムとなっている。
育てるものによるが、葉レタスといった葉物野菜系であれば30日程度で生産することができ、室内で完結させれば季節も関係ないので、年間12毛作ができるということになる。
邦高氏がアクアポニックスに魅了されるきっかけとなったのは、オランダ・ハーグ市にある「the New Farm」。
ヨーロッパ最大の屋上都市型農園であり、市の委託を受け、都市化型農園を展開するUrban Farmersという団体が運営している、ビル内で完結する農場となっている。
野菜はレタスやトマト、きゅうり、なすなど様々なものが栽培されており、また魚はティラピアが養殖されている。自動給餌器が設置され、それを食べて排泄された魚の糞が、そのまま野菜の肥料になるわけだ。
「屋上以外にも、建物最上階でもファーム展開されており、下層階にはレストランなどたくさんのテナントが入っていました。
まさにビルで全てが完結する農業だったので、非常にワクワクしました。」
STEAM教育にも活用できるアクアポニックス
オランダ「the New Farm」で受けた衝撃をパッションに、邦高氏はこれまで様々なアクアポニックス・プロダクトを100BANCHで制作してきた。
はじめは、以下のようなモック制作からスタート。循環なので地球のような“丸い”形にしたいとのことで制作され、試しに魚と植物を投入するものの、なかなかうまくいかなかったという。
そこから手を替え品を替え、100BANCH以外でも、SLUSH Tokyo 2019やナナナナ祭での展示を経ていき、現在はプロダクトの制作以外にも、アクアポニックスが持つ「教育的な側面」への可能性を感じ、STEAM教育の一環として学びの場を提供するといった活動も始めているという。
「作品を作っていくうちに、徐々に大きさが極端になっていきました。
こちらは、真ん中の円形水槽から水を循環させる仕組みになっているのですが、実際にやってみると色々とわかるもので、まず外に置くと、めちゃくちゃ乾燥するんです。葉っぱの裏からの蒸散・蒸発が発生して、水がどんどんと減っていくので、同装置で飼育している金魚が危ない!ってなっちゃったりしました。
でも、道ゆく人が立ち止まって興味を持ってくださるのは、とてもありがたく貴重な経験ですね。」
現代版「ノアの箱舟」を目指す男・高倉葉太
続いて二人目は、株式会社イノカ CEO 高倉葉太(たかくら ようた)氏。
「私は、種を保存する仕事をしています。」
そんな言葉から始めた高倉氏は、東京大学 大学院にて、かつて落合陽一氏を輩出した暦本研究室所を卒業した人物。エンジニアリングを学んでいく中で、海洋環境における課題にぶつかっていったという。
その中で、高倉氏が目をつけているのが「環境移送」だという。
「のこす」、「ひろめる」、そして「つかう」
環境移送とは、「実際の海を切り取り、それを生態系ごと陸上に移動させる」という行為だという。つまりは、水環境のハイクオリティな陸上再現であり、高倉氏はこのことを「イノカの箱舟」と命名している。
コンセプトとしては以下の通り、「のこす」「ひろめる」「つかう」という三角関係で循環させるという。
「のこす」とは、その名の通り、「保全行為」のこと。同社は、人工環境下でのサンゴの飼育技術を日本で唯一保有していることから、それを応用し、サンゴ礁以外にも世界中の水環境を移送したサステナブルな水槽を使って、真珠貝や絶滅危惧種といった水生生物の養殖・研究に取り組んでいる。
「ひろめる」とは、一人でも多くの人が当事者意識を持って動けるようにするための教育活動。IoTやAIを活用した「気になる・見たくなる水槽」を、教育・エンタメコンテンツとして様々な場所に展開している。
しかし、これらだけではビジネスが成り立たない。サステナブルなモデルは、資本主義の現在においては、お金の循環も必要である。
そこで大事なのが、最後の「つかう」だ。経験豊富なアクアリストが作る同社の水槽は研究環境に最適なので、それを研究者に無料開放しオープンプラットフォーム化することで、そこで見つかった研究成果を企業に持っていき、ビジネスを加速させる提案に繋げているという。
国や地域、自治体を巻き込んだ「マザー水槽計画」
ここまでの話を具体的なビジネスモデル図にしたものが上図。
「のこす」部分については以下赤丸箇所となっており、国や地域、自治体を巻き込んだ「マザー水槽計画」なるものを推進している。ここでのイノカのカウンターパートは政府や自治体となり、主には環境保護ソリューションを提供しているという。
また「ひろめる」部分について、同社ではサンゴをはじめとした「本物の生き物」を間近で見てもらう実験教室を行うことで、「生き物って面白い!」という簡単な気づきから、「自分たちの行動が生き物を苦しめている」という深い気づきを生み、子どもたちの主体性や思考力などの力を育む場を提供している。
いわゆる「環境教育」である。
そして以下が最後、「つかう」の部分。循環する環境保全モデルということで、主に養殖技術をつかうプラント企業や、研究結果を欲するメーカーがクライアントとなっているという。
「例えば具体例として、とあるメーカーさんに、マイクロプラスチック研究の場所としてうちの水槽を使ってもらって、マイクロプラスチックの代替品を研究している企業に研究結果を渡す、といったことをしています。」
都市空間って、有機的な存在が割と少ない
--お二人とも、なんで今の仕事やることになったのですか?
邦高氏:僕自身、こんなに長く熱を持って取り組めることって、これまでありませんでした。なんでなんでしょうね。
(少し悩んで)
一つ感じるのは、僕が2歳の時に、震災経験者になったことですね(阪神・淡路大震災)。小学校に入るまでずっと、埋立地に建ったプレハブで生活していて、そんなところから、未曾有の事態が起きた後に人間がどう立ち振るまうのか、どう生きようとするのか、といったことに興味関心が向くようになりました。
アクアポニックスのポイントは、「誰でも簡単にできる、始められる」ということだと思っていて、そこが響いたんだと思います。
高倉氏:僕自身が本物の循環システムを見て、こんなに素晴らしいものがあるんだ!と思ったことが原体験にあります。
本物を見ることで、人の意識が変わる。
最近は特に、消費し続けるコンテンツが増えているなと思っていて、一方で目の前の自然に目を向けて見ると、すごく不思議なことがいっぱいあるので、そういったことに気づける環境を提供したいなと思っています。
--いま、「消費され続けるコンテンツ」という話がありましたが、まさに今回のテーマでもありまして。例えば僕が考える「クリエイティブ」の定義が、こちらになります。これを参考に、コンテンツやクリエイティブが「消費されない」ためには、どうしたら良いとお考えですか?
邦高氏:自分ごと化してほしいな、と思います。手に触れてもらうとか、実際に目で見て次の何かに繋がるとか。
継続的なコミュニケーションが取れるようになったら、瞬間的な消費ではなく、ずっと続いていく「関わり」だったり「関係性」になると思います。
高倉氏:似たような答えですが、「見て終わり」ってのがすごく多いと感じます。
だからこそ僕たちは、ある程度の余白をもたせる、ということを意識しています。
例えば環境問題について、プラスチックから紙ストローに変えましょうという流れがありますが、じゃあそれで本当に海の問題が解決するのか、ということまでしっかりと考えてみる。
そのためにも、まずは本物に直に触れてもらう体験を作り、ディスカッションしてアウトプットしてもらう場を設計する必要があると考えています。
--最後に、今回の企画展示のテーマに則って、今後「私はこんな仕事がしたい!」という宣言をお願いします。
邦高氏:当分はものづくりだなと考えています。
都市空間って、有機的な存在が割と少ないなと思っていて、殺風景な空間の中にアクアポニックスのような異世界を置けるような、そんな小さなキットを作っていって、そこから心の変化についてコミュニケートしていきたいと思っています。
コスト的にやばそうですが、ゲリラ的に配布できたら楽しいなと思います。
高倉氏:社会にテンプレートを生むというよりかは、余白をもたせて、色々な人が自分で考えたり動いたりできるコンテンツを提供していきたい、と思っています。
--ありがとうございます!お二人が作ってるコンテンツって、「問いを投げかけるコンテンツ」だからこそ、「消費されないコンテンツ」なんだろうな、と感じました。
編集後記
クリエイティブコンテンツの焼畑農業化は、業界の構造的な課題だと感じています。
だからこそ、わかりやすく消費導線の設計された「消費回転速度の早いコンテンツ」ではなく、セッションにもあったような「問いを投げかけるコンテンツ」を意識することが、中長期的なコミュニティ形成など、様々な形で循環の輪が大きくなっていくのではと感じます。
「触れた人にポジティブなアクションを促す」。
LoveTech Mediaの運営コンセプトにも一致する考え方として、foriioが提供した「#私はこんな仕事がしたい展」は、多くの来場者にとっての「ポジティブな一歩」に繋がったのではないかと感じています。