記事の要点
・AIを活用した細胞分析・分離技術を有するシンクサイト株式会社が、株式会社日立製作所と共に、細胞分析・分離システムの共同開発をスタート。
・日立の装置安定稼働ノウハウと量産化技術に、シンクサイトが有する細胞を無染色のまま高速かつ高精度に分離する技術を組み合わせることで、既存の細胞分離技術では困難だった「無染色での高速、高精度な細胞分離」を、再現性良く安定して稼働する装置で実現し、再生・細胞医薬分野の課題である、細胞の安定的かつ低コストでの大量供給をめざす。
・今後両社は、本技術を再生・細胞医薬品製造の基盤技術とするため、大きな需要が見込まれる北米をはじめ、国内外の再生医療等製品の開発・製造を行う製薬企業、研究機関などと連携を進めていく予定。
LoveTechポイント
病気やケガを起因として身体の一部やその機能が失われてしまう人々にとって、「再生医療」は希望の光です。だからこそ、その治療で使うことになる再生・細胞医薬品を安価に且つスピーディーに量産できるということは、その分“救える人”を増やせることに繋がります。
そんな世界の実現を可能にしうる両社の共同研究は、LoveTechな社会に向けての大きな一歩と感じます。
編集部コメント
2018年6月15日、東京大学ら研究グループは「ゴーストサイトメトリー」と命名された新技術を発表した。
これは、高速・高感度かつシンプルに細胞形態データを圧縮計測する「単一画素イメージング法」に、「機械学習技術」と「流体ハードウェア技術」を融合して、大きさも同じで人の目で見ても形の似た細胞でさえも高速・高精度に分析・判別し、その細胞を超高速(従来の顕微鏡方式比で千倍以上)で分取するという、世界で初めての「高速蛍光イメージングセルソーター」(※)になる。
※セルソーター:細胞生物学やゲノム生物学で使う実験装置。細胞の形態や表面抗原、蛍光タンパク質量などの違いを利用し、細胞や染色体を連続的に移動する小さい液滴の中に閉じ込めて、レーザー光による励起光を照射して生じる屈折光や蛍光の大きさや波長から、特定の細胞集団の割合・分布を解析したり、目的細胞を分取できるツール
つまるところ、今まで人が顕微鏡を見ながら行なってきた方法と比較し、AIという機械の「目」を使って毎秒数千~万細胞のスピードで細胞をリアルタイムに判別し選択的に取り分けてくれるという、全く新しい細胞の分析分離技術というわけだ。
ゴーストサイトメトリーは、新規動的ゴーストイメージング法により細胞の形態情報(Visual Information)を光圧縮信号として計測し、「画像化せずに」直接機械学習で超高速リアルタイム判別(Image-free Classification)することによって、目的の細胞の選択的な高速分離を実現した。(©2018 SS.LAB, Creative Commons license CC BY-ND)
単一細胞計測技術は、がんや免疫疾患を始めとする病態の解明や病気の診断など、生命科学研究や医療において基盤となる重要な技術であるものの、従来は単一細胞から取得する“情報量”と“分離スピード”を両立させることが困難だった。
それがゴーストサイトメトリー技術の実現によって、大量の細胞をスピーディーに形態で評価・選別し活用する事ができるので、血液・体液診断、再生医療や細胞治療など、高い安全性や信頼性の求められる医療に貢献することが期待される研究成果として、大いに注目された。
イメージ図「Cell in Ghost Cytometry」© 2018 Sacco Fujishima, Creative Commons license CC BY-ND.
実はこの研究、若手研究者がアカデミアや組織の枠を越えてベンチャー企業を設立し、共同で研究開発した技術がScience誌に掲載され、国際的な実用化に邁進したという先駆的事例だった。博士などの専門人材が活躍できる産業や市場を、研究者自らが主体的に作り上げようとしている点も画期的であり、国を挙げて推し進めている産官学連携によるオープンイノベーションの代表事例となりうる成果ともいえた。
設立されたベンチャー企業の名は「シンクサイト株式会社」。
2016年2月に設立されて以降、ゴーストサイトメトリー技術の研究開発を続け、再生・細胞医薬、創薬及び医療検査診断の領域において、製薬企業、医療機器メーカー、研究機関等と同技術を利用した共同研究を進めている企業だ。
今年5月29日にはシリーズA総額16.5億円の資金調達完了を発表しており、例えば昨今大きな課題となっている新型コロナウイルス感染症に対する治療法開発にあたっても、細胞を用いた治療や細胞の形態変化を観察する創薬スクリーニング手法が試みられていることから、同社のゴーストサイトメトリー技術の活用が大いに期待されている状況だ。
そんなシンクサイトが新たに7月2日、株式会社日立製作所と共に、細胞分析・分離システムの共同開発を開始したことを発表した。
日立は、再生医療のバリューチェーン(※)において細胞の自動培養技術などを製薬会社に提供してきた会社。具体的には、iPS細胞大量自動培養装置や細胞培養加工施設(CPF:Cell Processing Facility)、生産管理システム、安全キャビネットなどを製薬会社、研究機関に提供し、再生医療などに関わる顧客の様々なニーズに合わせてバリューチェーンを構築している。
※培養、検査、分離、加工、保存など、細胞製造における様々な工程
また、医薬品製造機器、体外診断機器の要素技術開発のため大学や研究機関、企業との共同研究を行い、さらに量産化試作、製造コストの低減に取り組み、再現性良く、長期間安定して稼働する製品の開発を行っている。
この、バリューチェーンに対する日立の装置安定稼働ノウハウと量産化技術に、シンクサイトが有する細胞を無染色のまま高速かつ高精度に分離する技術を組み合わせることで、既存の細胞分離技術では困難だった「無染色での高速、高精度な細胞分離」を、再現性良く安定して稼働する装置で実現し、再生・細胞医薬分野の課題である、細胞の安定的かつ低コストでの大量供給をめざすとしている。
つまり、製薬会社の再生・細胞医薬品を大量に安定して生産可能になり、製造コストの低減に貢献するというわけだ。
今後両社は、本技術を再生・細胞医薬品製造の基盤技術とするため、大きな需要が見込まれる北米をはじめ、国内外の再生医療等製品の開発・製造を行う製薬企業、研究機関などと連携を進めていく予定だ。
細胞を治療に用いる再生・細胞医薬品のグローバル市場規模が、2020年の6,300億円から2025年に3.8兆円に急成長することが報告されている。
画像出典:国立研究開発法人日本医療研究開発機構「2019年度 再生医療・遺伝子治療の市場調査 最終報告書」p119
一方で、再生・細胞医薬品を用いた治療が普及していくためには、治療に用いられる品質の高い細胞が再現性良く選別され、低コストかつ大量に安定供給されることが求められる。
だからこそ、両社が共同開発を進める技術は、医療分野におけるプラットフォームになるポテンシャルを秘めていると言えるだろう。
病気やケガを起因として身体の一部やその機能が失われてしまう人々にとって、「再生医療」は希望の光だからこそ、今回発表された両社の取り組みに期待したい。
以下、リリース内容となります。