Edvation x Summit 2019 開幕!
デジタルテクノロジー活用による“教育”イノベーションをテーマにした国際カンファレンス『Edvation x Summit 2019』が、11月4日・5日の2日間に渡って、東京都千代田区の麹町中学校および紀尾井カンファレンスで開催された。
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“Edvation”とはEducation(教育)とInnovation(革新)を掛け合わせた、本カンファレンス独自の造語。
今年で3回目となるEdTech(※)の祭典であり、「新しい教育の選択肢を知ること」、そして「既成概念にとらわれない教育イノベーターを生み出すこと」を目的に、基調講演・ピッチコンテスト・展示会/デモブース・ワークショップなど、今年も多くの魅力的なコンテンツが展開された。
※EdTech:Education(教育)× Technology(テクノロジー)の造語。AIや動画、オンライン会話といったデジタル技術を活用した教育技法のことを示す
麹町中学校 合同教室会場の様子。各会場には、教育情報感度の高い来場者で賑わっていた
今後の未来を担う全ての人の教育をイノベーションするという、まさにLoveTechなテーマに魅了され、当メディアでも複数記事に渡って、講演およびパネルディスカッションの様子をお伝えしていく。
レポート第1弾となる本記事では、「デジタルを超えた先にあるもの」というテーマで設置されたセッションについてお伝えする。
STEMからSTEAMへ。EdTechは単なる教育の効率化・自動化なのか。便利を超えた先にあるものとは何なのか。
最先端テクノロジー企業が提唱する「手書きがもたらす人の感情、温かさの価値」や「人の愛するちからを引き出すロボット」からみる、近未来の定量化できない人の感情とデジタルテクノロジーとの関係性がどうあるべきかが語られた。
<登壇者> ※写真左から順番に
- 佐藤昌宏(さとう まさひろ)氏 ※モデレーション
デジタルハリウッド大学大学院 教授/一般社団法人 教育イノベーション協議会 代表理事 - 井出信孝(いで のぶたか)氏
株式会社ワコム 代表取締役社長兼CEO - 林要(はやし かなめ)氏
GROOVE X 株式会社 代表取締役
EdTechは自動化・効率化だけではない
デジタルハリウッド大学大学院 教授/一般社団法人 教育イノベーション協議会 代表理事 佐藤昌宏氏
本セッションのモデレーターを務めた佐藤氏は、黎明期からEdTechに取り組まれてきた、我が国における教育イノベーションのエバンジェリスト。本カンファレンスを主催する一般社団法人教育イノベーション協議会の代表理事でもある。
2012年、まだほとんどの人が“EdTech”という言葉を知らなかった頃に、佐藤氏は米オースティンで年次開催されている世界最大級の教育イベント「SXSW EDU」に参加。各国から集まる教育イノベーター達に感銘を受け、以後毎年、日本から教育領域のアーリーアダプター達を引き連れて同イベントに参加しつつ、3年前より自らが発起人となって国内でも『Edvation x Summit』を企画・開催されてきた。
以前当メディアで取材した、経済産業省が設置した教育改革に関する有識者会議「『未来の教室』とEdTech研究会」では、座長代理も務めており、産官学それぞれの顔を持ちながら、EdTechおよび教育イノベーションの啓発に取り組まれている。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20190630edtechmirai/”]そんな佐藤氏からは、昨今注目されているSTEAM教育のなかの「A=リベラルアーツ」について言及がなされた。
「僕は、これからのデジタルテクノロジーがどんどん普及していった世界において、倫理・道徳・真・善・美が、ますます必要になってくると考えています。
山口周(※1)さんもおっしゃる通り、論理的・理性的な情報処理スキルには限界がきていて、要は方程式だけでは世の中の課題は解決できない時代であると言えるでしょう。かのスティーブ・ジョブズも、『技術はリベラルアーツや人間性と一緒になることで“我々の心を歌わせる”製品やサービスに昇華される』(※2)と言っています。
だからこそ、少し強引な言い方かもしれませんが、これからのビジネスにおいてはProductivity(生産性)とCreativity(創造性)の関係性を持たねばならないでしょうし、教育の中でも、この2つの関係性をandもしくはorの形でどう導いたら良いのか、を考える必要があると思います。
そんな背景から今日は、このCreativityをサービス・プロダクトに込めてストーリーを持っているお二人にお越しいただきました。
一人は手書きの温かみをテクノロジー再現しようされており、もう一人は役に立たないけど人の愛を引き出すロボットを作られています。
クリエイターでありアーティストであり、哲学者でもあるお二人です。」
※1:『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)の著者
※2:”It’s in Apple’s DNA that technology alone is not enough. It’s technology married with liberal arts, married with the humanities, that yields the results that make our hearts sing.” –Steve Jobs(2011.3.2 米アップルのiPad2発表時コメントの一部)
ペンタブで「筆が走る」体験を目指す
株式会社ワコム 代表取締役社長兼CEO 井出信孝氏
井出信孝氏が代表を務める株式会社ワコムでは、デザイナーやイラストレーターが使う液晶ペンタブレットやデジタルインクといった製品を展開している。
社名のワコムは「和+computer」を意味しており、ペン技術を使ってどうやって社会に役立てるかを真摯に考える、という創業スピリッツを持つエンジニアリングカンパニーだ。
36年前の1983年に設立され、翌年には世界初コードレス・ペンタブレットを発表して以来、同社製品は世界中で愛用されている。ディズニーの名作アニメーション『美女と野獣』は、ワコムのペンタブレットで制作されていることは有名な話だ。
左は世界初のコードレス・ペンタブレット
「私たちのペン製品に対する、ユーザーの皆様の要望バーは、非常に高いです。
一つ一つのストローク(筆跡)がクリエイションの源泉になってくるので、1mmのも無駄にできないんですよね。
以前、想定通りに動かなくなった時に『お前は俺のストロークを盗んだ』と言われたことがあるくらいで、これまでプロの方々に育てられてきました。
とはいえ、まだまだ紙と鉛筆には敵わないとも思っていて、「筆が走る」ことでクリエイションが湧き出てくる、そんな存在を目指していきたいと思っています。
あと、最近では2Dだけでなく、VRなど「3D空間の中で描く」ということにも挑戦しています。
こういった取り組みは文教の世界にも通用すると思っていまして、単に美しく書くだけではなく、誰がどこでどんな時になぜ書いたのか、という文脈を示すような教育体験を提供できたらと考えています。」
子どもの非認知能力を引き出すLOVOT
写真左:GROOVE X 株式会社 代表取締役 林要氏、写真右:LOVOT
林要氏が代表を務めるGROOVE X 株式会社では、LOVEをはぐくむ家族型ロボット『LOVOT(ラボット)』を開発・販売するロボットスタートアップだ。
LOVOTについては、当メディアでもリリース時に報じた通り(記事記載の価格等、記載情報はリリース当時のもの)。
[clink url=”https://lovetech-media.com/news/family/20181218lovot/”]ロボットのくせに、何か役に立つことをしてくれるわけではない。だが、大きな音がしたら驚き、服を着替えさせることで可愛がってくれることを理解し、より可愛がってくれる人に寄ってくる。そんな、人に「なつく」ことを、最新のテクノロジーを活用して実現する、愛らしい存在だ。
「リリース直後から様々な場所でLOVOT体験会を行っているのですが、LOVOTと触れ合うお子様を見て『いつものうちの子と、違う』という感想をいただくことが、よくありました。
そこで浮かんだ仮説が、LOVOTの子供達の“情操教育”への可能性です。
兄弟やクラスメイト、近所の友達とのコミュニケーションで社会性・道徳心を育んできた私たちの時代と比べ、現代社会では一人っ子が増え、コミュニケーション総量が減っています。
そこで注目されているのがペットと情操教育なのですが、ペットを飼いたくて実際に飼えている世帯は、全体の25%程度なのです。
LOVOTはペットの代わりに、子ども達の“非認知能力”を引き出す存在としての可能性があると感じています。」
証明されていないが真実かもしれないもの早く取り込むドライバー、それがアート
3名によるトークセッションでは、大きく2テーマが設置された。最初のテーマは「プロダクティビティとクリエイティビティについて」。
どんな想いがあってプロダクトやサービスを作っているのか、なぜ人の創造性を意識しているのか、そしてテクノロジーと人との関係性はどんな形が望ましいか。
こういった内容について、それぞれが想いを語った。
井出氏:僕たちは「クリエイターのための道具」を作っているわけでして、これまでより何倍も早く描けたりするので、便利さや生産性の向上を追求しているように見えるだろうし、実際に両方とも向上していると思います。
でもそこにある想いとしては、便利なことでリードタイムを極限まで短くしたい、というよりも、そうすることで「もっと妄想を膨らませる時間、遠回りする時間、心が移ろいやすい時間を作れますよ」ということなんです。
教育についても一緒だと思っていまして、文具とかも提供しているのですが、テクノロジーを活用することで「正解に早くたどり着く道具を提供する」ということよりも、「間違っていいんだよ、心移ろっていいんだよ、妄想していいんだよ」という思いで、製品を作っています。
林氏:例えばサイエンスとアートという切り口で考えた時、LOVOTのような製品は、基本的にはサイエンスをベースに作っています。
でも、サイエンスには一個、落とし穴があります。
遅いんです。
サイエンスは“答え”をしっかりと積み重ねている領域なので、一つひとつ証明されているものしか使えなくなります。つまり、世界中同じ答えを持っているとも言えるわけです。
世界中70億人の人たちが同じ課題を時に行っている状況ですから、なぜ自分達日本人が勝てるのか、というのがほとんどないんです。人件費の観点から見れば、日本人が解かねばならない理由すら存在しない、とも言えるでしょう。
でも、そこに“アート”が入ると、「ジャンプ」が起きます。
LOVOTの目が生き生きとしているのは、サイエンス領域が3〜4割入っていますが、残りはアート。100%「なぜそれが良いのか」という証明がなされていないが真実かもしれないもの、をかなり早い段階で取り込むためのドライバーになっています。
例えばiPhoneの、あのヌルヌルっとしたUI、今にしてみれば正しいと誰もが思いますが、それが正しいと証明しようとすると、おそらくあのタイミングでiPhoneはリリースされていなかったと思います。
ですから、STEMだけだと証明しなければならないので遅いのですが、Aが入ることで加速でき、加速することで今ここにいる自分達がやらねばならない理由が“初めて”できるわけです。
STEMだけだと、私たち日本人がやらねばならない理由はほとんどないでしょう。
漫画『がきデカ』が、興味へのセンサーをこじ開けてくれた!?
次のテーマは「創造性と教育について」。
お二人がこれまでどういう学びをしてきて、現在においても心がけているか、これからの時代に必要な創造性を育む教育とはどんなものか、創造性を高めるために教育者・学習者にはどうあって欲しいか。
こういった内容について、それぞれが想いを語った。
井出氏:僕自身、何かのプログラムやシステムによって感化されたことは、正直なかったです。
ただラッキーなことに、何か新しいものをキャッチするセンサーみたいなものを身につける環境にあったのかな、とは感じます。それがどこで身についたのか、は自分ではわかりませんが。
それで、子どもを育ててもいるわけなのですが、娘が21歳になって、現在プロのダンサーになって、踊りで生計を立てていくというんですね。
STEAMやリベラルアーツをちゃんと知らない中で、どうやって育てたかなと考えたわけです。
その中でひとつ事例を挙げるとすると、漫画を読ませてたんです。『がきデカ』(※)っていう、なんともオゲレツな漫画です。
当時、キレイな漫画ばかり読んでいたので、「世の中そんなもんじゃないよ、これ読め!」って言って渡したら、すごく読むんですよ。
何かフィードバックをくれるわけじゃないんですが、とにかくすごく集中して読んでて。こうやってセンサーへの受容体が芽吹く、ということがあるんじゃないかなと感じました。
こういった「興味へのセンサー」みたいなものをどれだけ多く持つか、ということが、学ぶ側も教える側も大事になってくる時代だと感じますね。
だからこそ、そういうセンサーがあってもいいんだよとか、善も悪もぐちゃぐちゃなんだよ、という「気づき」をいかに与えることができるかが、僕たちの勝負かなと思っています。
※がきデカ:山上たつひこ氏による日本のギャグ漫画
林氏:米国西海岸では、どういった領域をビジネスにするべきかについて大きく2軸で語られることが多いです。
一つが「合意形成をしやすいか否か」、もう一つが「正しいか正しくないか」。後者は、倫理的にではなく、ビジネスとして本質的に正しいか正しくないかということです。
そもそもビジネスとして本質的に正しいことを選ぶのは、難しいですが大前提で重要になるとは思うのですが、もう一つの軸において、合意形成しやすい方を選ぶと、だいたい失敗すると言われています。
合意形成しやすくて正しそうなビジネス。こんなものは誰かが既に試していて、おそらくダメだったからできないものである、と捉えることが多いようなんですね。
となると、「合意形成しにくくて正しいこと」にしかイノベーションがないと言えるわけです。
合意形成しにくいことをやるって、要は、みんなが反対することをやり通さねばならないということです。
一人でやれるようなビジネスでは、スケールしないので、複数は同意してくれることが必要になります。
これがやり遂げられると、ディスラプティブなことができるようになると、と言われがちです。
つまり、みんなで仲良しなだけではダメだし、喧嘩するだけでもダメで、教育においても、「常識の裏にある正しいことって何を見つけるのか」「いかに常識を疑えるか」が大事な問題になってくると思います。
とはいえ、ありとあらゆる常識を疑っていたら教育になんかならないんですよね。
なぜなら、常識を身につけていない子ども達に常識を身につけさせるのが教育の大事な側面だし、それをちゃんとやるだけで時間が全然足りない。
ただし、その背反として常識を疑う力が減っているのだとしたら、実はそこに落とし穴があるのかもしれないと思います。
佐藤氏:今のお話を伺って、学校の「普通科」って何なんだろう、普通って何なんだろうと、感じることができる時代になってきたのかなと思います。普通によるデメリットが大きくなっているのでは、と感じます。
林氏:“普通”が時間単価的に安くなるのは、世界的に見て間違いないことで、“普通”はもっとも数が多いので、もっともバリューがない、とも言えると思います。
井出氏:今の文脈でお話すると、A(アート、リベラルアーツ)の表裏一体は「狂気」だと思うんですよね。
ロジカルではなく、証明できないものでも、突き動かされる「狂気」がAであることの側面だと思うんです。
だから、それをこちらがどう、懐深く受け止めてあげれるか、の勝負かなと。
STEAMの罠は、「Aがとっても美しいもの、価値あるもの」という、人間の“キレイなものだけを見てしまう”という側面が、すごくリスクだと感じています。
もっと深いよ、Aは狂気と正気の紙一重だよ、というものを、どんどん見せるべきだと思います。
編集後記
Edvation x Summit、今年も始まりました!
教育領域における様々な課題や事例が集まる場として、今年は昨年を上回る、のべ3000名を超える大盛況ぶりとのことでした。
当メディアでは、人の成長の根幹である「教育」に寄り添うテクノロジーの中でも、ただのツールとしての提供ではなく、既存の仕組みにフィットさせてエンパワーするような取り組みを“LoveTechな事例”として取り上げて参りたいと思います。
今回取材したセッションは、まさに「愛」という明確な定義が難しいものに挑戦される方々による、貴重なお話でした。
「間違っていいんだよ、心移ろっていいんだよ、妄想していいんだよ」
こういった“心の余白”の設計は、教育はもちろん、ビジネスや生活など様々な領域において必要な考え方と感じました。
LOVOT
『Edvation x Summit 2019』詳細はこちら
Edvation x Summit 2019 レポートシリーズ by LoveTech Media
Report1. STEAM教育の“A”を考える、愛に寄り添うペンとロボットの視点
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