2020年2月20日〜24日に東京ミッドタウンで開催された、アートやデザインを通じて未来の社会をみんなで考えるイベント「未来の学校祭 脱皮 / Dappi展 ―既成概念からの脱出―」。
最終レポートとなる本記事では、会期中に展示されていた各種展示物の中でも、特にLoveTech Mediaが「面白い!」と感じた作品の様子をお伝えする。参加者にとっては、まさに自分自身と社会システムの既成概念を崩すような、一歩先の未来を体験できるようなコンテンツが目白押しであった。
日本におけるメディアアートの歴史をインフォグラフィックに表現したタイムライン掲示物
未来社会にあるかもしれない「標識」
まずはこちらの展示作品「Next Signage」。
見た通り“標識”なのだが、ここに展示されているものはいずれも「未来社会で必要となるであろう標識」となっている。
実はこちら、2019年に博報堂、博報堂アイ・スタジオ、アルスエレクトロニカの共同プロジェクト「People Thinking Lab 」にて制作されたもの。普段街中で見慣れている標識やマークを題材に未来を想像し、それが当たり前に存在する情景やその時に発生する感情に思いを巡らせることで、右脳的な発想が刺激され、論理的に導くことは難しい発見が得られることを狙いとしたものだという。
以下は当メディア的に特に気に入った標識群だ。まずは各画像を見て、その標識の意図するところを予想した上で、画像下の制作者意図を確認すると、より楽しんで見ることができるだろう。
[上段左]排気ガスを出す自動車を禁止する標識(2040年に「英国政府がガソリン車・ディーゼル車の国内での販売禁止する」という未来をイメージ。設置場所は街の入り口を想定)
[上段中]人間が制作・演奏したコンテンツを表す標識(2040年に「AIによって作られた音楽が主流になったからこそ、逆に人による生演奏に改めて価値が出てくる」という未来をイメージ。設置場所はBARを想定)
[上段右]ワイヤレス充電できる駐車場を表す標識(2025年に「車を停めるだけで電気自動車の充電ができる駐車場が普及する」という未来をイメージ。設置場所は駐車場を想定)
[中段左]酸素ボンベの自動販売機を表す標識(2055年に「宇宙ステーションにて、様々な味を楽しめる酸素ボンベが自動販売機で販売される」という未来をイメージ。設置場所は宇宙ステーションを想定)
[中段中]記憶のアップロード場所を表す標識(2045年に「記憶をコンピューターに移して検索・消去・復元する技術が実用化する」という未来をイメージ。設置場所は一般オフィスを想定)
[中段右]人工魚肉であることを表すマーク(2045年に「汚染と乱獲による絶滅を回避するべく人工の魚肉がスーパーに陳列される」という未来をイメージ。設置場所はスーパーマーケットを想定)※青と赤の魚のマーク
[下 段]臓器再生室への通路案内を表す標識(2055年に「自分の細胞から臓器を再生できる施設が全ての病院に設けられる」という未来をイメージ。設置場所は病院の通路を想定)
「セレンディピティ」検索エンジン
こちらの展示作品「Inspirator」も、先述の「People Thinking Lab」にて発表されたもの。あるテーマに関連のある事柄を、アルスエレクトロニカの文脈の中からAI技術が分析して提示してくれるツールである。
AIには、過去のアルスエレクトロニカに関する文献等が学習されており、パソコンディスプレイに表示された枠内に検索したいキーワードを入力すると、アルスエレクトロニカの何かの事柄に結びつく形で、関連ワードがはじき出されることになる。
関連といっても、それはデータを学習したAIにとっての話であり、人間にとっては突拍子もないテーマである可能性もある。
要するにInspiratorは、利用者が思いもよらないような気づき、つまりはセレンディピティが得られることを狙いとしたプロダクトというわけだ。
犬の毛と私の髪を「交換」してみる
「脱皮ルーム」という、自分自身からの脱皮をテーマに設置されたスペースでは、アーティストのAKI INOMATA氏による作品「犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう」(I Wear the Dog’s Hair, and the Dog Wears My Hair)が展示されていた。
AKI INOMATA氏といえば、これまでヤドカリやミノムシ、カメといった様々な生き物をモチーフに、その生き物との共同制作を通じて関係性を問うような、ユニークな作品で注目を集めてきた人物。先日当メディアで取材した文化庁シンポジウムでも、他生物への観察と協業による制作プロセスの様子が語られている。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200226bunkacho2/#i-4″]2014年に発表された本作は、犬(チェロという名前)の毛とINOMATA氏の髪を数年にわたって集め、その毛/髪で、互いの衣服/毛皮をつくり、交換するように身にまとうという、ペットと人との関係についてあらためて問い、具象化する作品だ。
投影されていた映像をしばらく見ていると、互いの身体の一部であったものをお互いに身にまとい、お散歩をするチェロとINOMATA氏の様子が描かれていた。
私的所有という概念において、どこまでが自分自身でどこからがそうではないのか。交換することによる装飾性と機能性の互換はどのように捉えるべきか。INOMATA氏の公式ページ内作品紹介欄には、以下のようなメッセージが添えられている。
私の作品は、日常的な経験のなかで感じた気持ちを出発点にしながら、その経験構造を、生物の生態へとアナロジカルに飛躍させることによって生まれる。生態へのトーテミズム的な見立て、と言ってもよい。これは、作品によって引きおこされるある種の感情移入によって、生物の生態を看取しようというコンセプトをもっている。本作ではさらに踏み込んで、ペットと人との関係について思考し、犬と私との間で身体の部位である毛を交換しようと試みた。毛と毛の交換には、形見や契りといった絆の形象化を表すいっぽうで、体温調節という「はたらき」の交換が含まれている。現代におけるペットと人との絆は、適性な能力によって生みだされる互いの「はたらき」の連結によって、再び捉えなおすことができるのではないだろうか。
-AKI INOMATA公式ページより引用抜粋
顔を持ちたいAIの「夢」
東京ミッドタウンのガレリアB1アトリウムでは、「新たな社会システムへの脱皮」というテーマで、計3つの作品が展示されていた。
まず一つ目はこちら「AIはどんな夢を見るか」(What a Ghost Dreams Of?)。
テクノロジーの高度化によって先進国を中心とする各国で“デジタル監視社会”が到来している状況の中、本作ではAIを現代社会における「ゴースト」としてとらえ、このゴーストが“自分自身の顔を持つことを夢見る”というテーマが敷かれている。
実は、後方に表示されている顔は、実在しないもの。会場に設置されたカメラが個別の来場者の顔を読みとり、リアルタイムに架空のヒトの顔を生成している。モノクロームのフレームの中にある顔こそが、AIゴーストの欲する夢だというわけだ。
本作を制作したのは「h.o(エイチ・ドット・オー)」。ヨーロッパ、日本、アメリカに拠点を置く国際的アーティストグループである。
“Sence the Invisible” をテーマに活動する彼らは、センサー技術やデータベース、インタラクションデザイン、ハードウェアデザイン、ロボット工学など多様な専門性をもつメンバーで構成され、これまで実験的なアートプロジェクトや作品を発表している。今回のイベントでもトークセッションにメンバー3名が登壇し、監視や検閲のための新たな知性に囲まれた社会とそこへの適応可能性について、各々が解説していた。
h.oメンバーの三名@脱皮トーク「Out of the Box3:新たな社会システムへの脱皮」(写真左:小川絵美子氏、写真中央:ジョン・ブラムリー[John Brumley]氏、写真右:小川秀明氏)
AR技術を使った次世代型「カーニバル」
二つ目の作品が「ぶくぶくカーニバル」(La parade engloutie)。
なんとも奇妙奇天烈な容姿のこちらは、海底から来たミュータントというキャラクター設定。「カルナヴァル・オグモンテ」というアプリによる拡張現実(AR)技術を用いたコスチュームとなっており、ARアプリをミュータントたちにかざすと様々な水生生物が出てきて、それをシューティングゲームの要領で打っていくことが出来る仕様となっている。以下が参加者によるTwitter動画だ。
ARアプリはこんな感じ。たぶんマーカー認識タイプでぴったりフィット。動いてるとこはわりと怖いミュータントさん。 pic.twitter.com/HjUeREWyEL
— たぬ福@すまのべ! (@tanufuku) February 22, 2020
制作者であるギヨミット[Guillaumit]氏は、ボルドーのカーニバル芸術監督であり、また衣装やポスター上の3Dアニメーションを操作できる拡張現実アプリを開発するアーティスト。従来型の物理的な見世物だけでなく、VR技術を使っての参加型・体験型という新しいカーニバルやパレードのあり方を提供しており、今回はフランスのストリートシアター企業レ・プラスティシアン・ヴォラン[Les Plasticiens Volants]とのコラボレーションによって、コスチュームを制作している。
ぶくぶくカーニバルのメンバー二名@脱皮トーク「Out of the Box3:新たな社会システムへの脱皮」(写真左:ギヨミット[Guillaumit]氏、写真右:マックス・オレル[Max Horel]氏)
なお筆者が会期中に休憩していると、ぶくぶくカーニバルのパレードが行われていた。ミュータント達と一緒に踊りながら練り歩く子ども達や、タブレットをかざしながら楽しむ方が印象的であった。
「未来の革命家」体験支援ツール
アトリウム展示、三つ目の作品がこちら「Revolutionary 20xx! Tool Kit」。
参加者自身を「20xx年における革命家」と見立てて、どのような問題を、どのようなテクノロジーで、どのように解いていくのか。文明の発達と人類の幸福にまつわる根本的な問いに対して、現在の社会問題をふまえながら、各々がアイデアを考えて問題解決方法を模索するためのツールである。
各テーマカード。左からSDGs、テクノロジー(Technology)、アウトプット(Output)、フィロソフィー(Philosophy)、革命家(Revolutionary)
使い方は簡単で、あらかじめ用意されたカードを引いていき、その組み合わせから考えられるストーリーに沿って、様々な社会課題の解決方法を模索していくという流れだ。
具体的なプロセスは以下の通り。通常は3〜5人のグループによるワークショップ形式で進めていくことを想定したものとなっている。
- 4種類のカードを一枚ずつ引く(SDGs、テクノロジー、アウトプット、フィロソフィー)
- まずは一人で考えて、アイデアを紙に書いてみる
- グループでアイデアを共有しながら、一枚にまとめていく
- 手元の4枚に加えて革命家カードを2枚引き、「この人がこのアイデアを料理するならどうするか」を、グループディスカッションで話し合って紙芝居のように画用紙にストーリーを描いていく
- 最後に、アイデアをみんなに共有する
本ツールの作者である長谷川愛氏は、「Expand the Future(未来を拡張する)」というコンセプトのもと、生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、現代社会に潜む諸問題をアートやデザインを用いて掘り出すという、スペキュラティブ・デザインのアプローチを続けるアーティストだ。
近年は、3人の親の遺伝子を引き継ぐ子どもをテーマにした「シェアード・ベイビー」や、ヒト以外の出産をテーマにした「私はイルカを産みたい…」など、バイオテクノロジーの進歩がもたらす未来の生殖や家族のあり方について問う作品を多く発表しており、当メディアとして最も注目するアーティストのお一人だ。
長谷川愛氏(写真右)@脱皮トーク「Out of the Box3:新たな社会システムへの脱皮」
未来の授業の「シラバス」
最後に、東京ミッドタウン・デザインハブ内「インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター」の入り口に貼り出されていたのが、来場者による「未来の授業シラバス」案である。
これはイベントレポート1でお伝えしたトークセッション「Post University:誰のための大学?」に付随したワークとして出されたもの。未来の学校では、どんな授業を受けることができるのかという命題に対して、まさに現在進行する形で問題となっている「孤独」や「毒親」といった社会問題に切り込んだもの(孤独論、毒親からの救出演習)から、アップデートを強いられる時代だからこそノスタルジーへの懐古を促すもの(昭和短期留学)まで、実に様々なシラバス案が掲示されていた。
ちなみに、せっかくなので筆者も記入させていただいた。ヒントは「許すこと」である。
編集後記
アートとSFは未来社会へのプロトタイピング。そんなことを実感する「未来の学校祭」でした。
本記事でも様々な作品をご覧いただきましたが、個人的に一番気に入っているのが、レポート1後編でご紹介した「多摩逆美術大学 反転学科」の展示作品群。各生徒さんの未完作品やボツ作品なんかも一旦まとめて持ち寄って、学生主体で作り上げていく「ミクストステューデント作品」の結晶は、実に素晴らしいものでした。
中でも、私が気に入っている仮想シラバスが「ビデオゲーム相互浸透論」。ゲームと現実の境界線が、どんどんと曖昧になっているという話です。
いま私たちが直面しているこの状況は、現実の私たちがゲームに依存しているだけでなく、ゲームもまた私たちの現実に“逆に”依存している相互依存的な状況だ。あるいは以下にあげる3つの事例からは「依存」よりもむしろ、互いに越境し境界がぼやけているような「相互浸透」的な状況を見ることができる。
-多摩逆美術大学反転学科シラバス「ビデオゲーム相互浸透論」より抜粋引用
実はこれ、当メディアでも密かに追っている「メタバース」のテーマと重なる概念。仮想空間上の生活空間がダイナミックに設計されることに付随して、現実と仮想空間(現時点ではゲームという認知の方が適切)の線引きもどんどん曖昧になっていくという、まさにシラバスにて命題で挙げられているものと重なっており、非常に興奮しました。
作品展示会場には、ビデオゲーム相互浸透論に関する生徒さんの考察資料が置かれており、そこでは、ゲーム『グランド・セフト・オート』(以下、GTA)シリーズがもたらす一種の「ノスタルジー」について語られています。例えば『GTA:VC』(バイス・シティ)をプレイしたことのある方は、一定の確率で、同ゲームがフィールドとして設定している米国西海岸のような風景や、自動車に乗車した際にラジオで流れる70〜80年代の音楽に、一種の懐かしさを感じるのでは無いでしょうか。
それは、昭和時代を実際に体験したことのない人が、昭和時代を懐古し“仮想追体験”するという現象に似たものとも言えるでしょう。
該当のシラバスでは最後に、「ビデオゲームを現実は相互に溶け合い、その境界や優劣といった問いが無効になってしまっている。さて、こうした状況を踏まえた上で、私たちはどのような芸術作品を作ることができるだろうか?」と、問いを残していました。
ビデオゲーム相互浸透論に関する生徒さんの考察資料
様々な切り口から“未来市民”体験をもたらしてくれた「未来の学校祭」は、来場者の価値観に何かしらの風穴を開けたのは、間違い無いでしょう。
来年もお邪魔したいと思います。
「未来の学校祭 脱皮 / Dappi展」レポートシリーズ by LoveTech Media
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