2020年2月20日〜24日に東京ミッドタウンで開催された、アートやデザインを通じて未来の社会をみんなで考えるイベント「未来の学校祭 脱皮 / Dappi ―既成概念からの脱出―」。
トークセッション「Post University:誰のための大学?」後編記事では、多摩美術大学によるユニークな脱皮キャンパス・エキシビション内容をはじめ、武蔵野美術大学および慶應義塾大学における活動紹介のあと、全登壇者を交えたパネルディスカッション内容についてお伝えする。国内外5大学が集まって「未来の大学」について話し合うという、誠に貴重な場となった。
多摩逆美術大学 反転学科で見たスクリーンショットの巨大数
本セッションの会場となった東京ミッドタウン・デザインハブ内「インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター」では、国内外5大学による「脱皮キャンパス・エキシビション」が併設されていたのだが、その中でも特に異彩を放っていたのが、多摩美術大学による展示コーナーであった。
題して「多摩逆美術大学 反転学科 メディア芸術コース」。
多摩美術大学には「メディアラボ」という、世界のあらゆる対象をリサーチしながら、メディアインスタレーション、バイオアート、サウンドパフォーマンスやオルタナティヴ写真、ゲームアートなど、様々な形式の作品制作にチャレンジする研究グループがある。今回の「逆大学」展示は、このメディアラボ3年生が中心となってつくりあげたものだ。
例えばこちらの長い、掛け軸のような作品。
何か印刷されているようなので近づいて見てみると、延々と数字が羅列されており、その先頭と末尾には、以下のように記載されていた。
「このMac miniは1280 × 720の解像度でmacOSが動いており、7179500030〜」
「6140773376〜種類のスクリーンショットを撮影することができる。」
つまりこちらの数字は、併設されていたMac miniにおけるスクリーンショットの取得可能パターン数を弾き出し、印刷物として物理空間に表出させた作品というわけだ。
実は本展示コーナーでは、「多摩逆美術大学 反転学科」のシラバス冊子が配られており、そこに以下4つの仮想授業概要が記されていた。
- 巨大芸術論
- 脱皮学序論<インターフェイス=キャラクター論Ⅰ>
- ビデオゲーム相互浸透論
- 超擬態ディスプレイと高次元擬犬化<インターフェイス=キャラクター論Ⅱ>
どうやら先ほどのスクリーンショットの作品は、多摩逆美術大学反転学科の「巨大芸術論」にまつわる制作物だったようだ。
人間の想像力において、巨大さ、極小さの限界はどこにあるのか。ものは何からできているのだろう?という問いに答えるための微視的世界と、遥か彼方には何があるのだろう?という問いに答えるための巨視的世界が、自分の尾を飲み込むウロボロスの蛇のように、あるいはロバート・スミッソンの「スパイラル・ジェッティ」のように再帰的渦巻構造をしているとすれば、巨大なものは微小なものであり、微小なものは巨大である。しかも再帰が生み出すのは無限であり、無限はいかなる巨大数よりも大きい。だとすれば、最も巨大で、もっとも微小なものは、掌の上に映し出されたGoogle Mapのように、身近で中庸の大きさのものになる。
-多摩逆美術大学反転学科シラバス「巨大芸術論」より抜粋引用
順大学と逆大学のサイクルで、教員と学生は等価になる
この「多摩逆美術大学反転学科」のコンセプトは、どのような考えのもとで生まれたのか。多摩美術大学 情報デザイン学科 教授の久保田晃弘氏によると、学生諸君による金太郎飴のような画一的アウトプットへの危機感があったという。
久保田晃弘氏(多摩美術大学 情報デザイン学科 教授、アートアーカイヴセンター 所長)
久保田氏:「これまで多くの大学をサーベイしてきたのですが、多く見られるのが、教員とか大学が何か“ドグマ”を持って「これをやりなさい」という言い方をして、学生を押し込めようとすること。その結果、学生が作ったものがみんな似ているんですよね。非常に奇妙な光景なんだけど、時間が経つとそれが評価されている。
でも学生はもっと、僕らが気づかないことを沢山考えているはずです。
僕自身がいつも心がけてきたことですが、学生が何をやりたいのかに僕らが合わせて、僕ら自身が勉強し、カリキュラムをダイナミックに変えていく。
それが今回の「逆大学」というコンセプトになります。」
先述のシラバスには、以下のような学科概要が記されている。
通常の授業は、教員が制作したシラバスに則って行われる。教員が用意した授業資料を配布し、教員が伝えたいと思う内容を、学生に対して講義する。しかしこの多摩逆美術大学の反転学科には、通常の意味で「課題」と呼ばれるものは一切ない。全ての授業や演習の内容は、学生一人ひとりの興味や関心から生まれる。
学生が主体的に行うリサーチやフィールドワーク、議論や実験を観察し、教員はそれがもっとも深く豊かになるような、授業構成やシラバスをつくり出す。文科省や大学が作った枠組みの中に学生を押し込めるのではなく、学生の活動からカリキュラムや授業の枠組みが生まれる。逆美術大学において、教員と学生の役割は反転可能、すなわち等価である。
-多摩逆美術大学反転学科シラバス「学科概要」より抜粋引用
久保田氏:「議論したいのは、カリキュラムの内容ではなく“枠組み”です。ファッションとドローンはどっちが大事?なんて言われても、「どっちも大事」としか言いようがありません。大学というものが、もっと社会におけるフレームワークをディスカッションしなければならないと思います。
そして今回の“脱皮”というテーマ。まさに、枠組みと構造の変革ですね。だから僕たちは、大学の仕組みをひっくり返すというテーマにしました。
学生が教員から学ぶだけでなく、教員も学生から何を学ぶのか。この両方のサイクルを行うことで、教員と学生は等価になるんじゃないかということです。」
大学はドグマを持ってはいけない
今回の脱皮キャンパス・エキシビションは「mixed student installation」でやるという方針だったという。つまり3年次の学生作品のみならず、ボツになった作品や、過去作品をバージョンアップさせたものをいったん全部持ってきて、学生自身がリミックスして再構成する。その学生たちがプロトタイプしたものに対して、久保田氏含めた先生方が逆にシラバスを考えて、インスタレーション展示とパフォーマンスと冊子に取り組むという流れだ。
久保田氏:「真面目な話、大学はドグマを持ってはいけないと思います。ジャック・デリダが「条件なき大学(The University without condition)」を唱えていますが、それをもう少し拡張させた方が良いのではないかと。
また、教員と学生は可逆であり等価であるということも大事で、学生のことを“お客さん”と呼ぶ教員がいますが、そういう関係になったらおしまいだと思います。学問や研究って、もっと高尚な関係ですよね。」
久保田氏:「それと、正しさが一つしかないのは大きな間違いです。全ての人が同じ価値観に従う社会になってしまいます。正しさや理解よりも大切なことがありますよ。
あと、ただ知識を生産してもゴミが増えるだけなので、それをどう使っていくか。生産と消費という言葉を、大学のパラダイムからは少なくとも無くした方が良いんじゃないかなと、僕自身は30年間考えています。
逆美術大学の反転学科というのは、すなわちリアル大学ということ。ずっとこんなことをやっているので、僕としてはこの企画は正直な気持ちでトライしました。」
なお、反転学科のシラバス表紙に描かれたこちらのイラストについては、シラバス内「巨大芸術論」の先ほどの記述の直後に、その意味するところが記されていた。
そこで、赤瀬川原平の「宇宙の缶詰」を反転してみる。いったん裏返った缶詰が再び裏返ると、缶詰の中には缶詰以外の宇宙がすべて封じ込められる。このカニ缶の中には、一体何個の気体分子が入っているのだろうか。
缶詰規格の「かに2号缶」の内径は83.4mm、高さは56.1mm、内容積は266mlである。標準状態(0度1気圧)の気体の場合、1モル(6.02×1023)個NO分子の体積は22.4Lなので、266mlのかに2号缶の中には「7.14×1021個」の気体分子が入っている。大した数ではない。結局、芸術はスケールフリーなのだ。
-多摩逆美術大学反転学科シラバス「巨大芸術論」より抜粋引用
そもそもキャンパスってなんなのか
セッションとしてはこの他にも、武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科 教授の古堅真彦氏と、慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 特任准教授の常盤拓史氏も登壇。
古堅真彦氏(武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科 教授)
古堅氏は、人間にとって一番大事なのは「身体」であるとの考えのもと、それをどう拡張するかを体感させるべく、1年次の授業で、二人一組で目隠しして学内を裸足で歩くという実践授業を行なっている。
人間の情報処理において多くのウェイトを占める視覚情報をいったん閉ざしてみることで、それまでは何も感じなかった、向こうの方で聞こえる笑い声や香りなどを認知するようになるという。
このように、1年次でデザインへの固定概念を崩すことで、以降で感覚を使ったものつくりの再考を施すというわけだ。
常盤拓史氏(慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 特任准教授)
また常盤氏の在籍する慶應義塾大学SFCは、日本で最初に海外とネットを繋げた、ゲートウェイ的役割を担った大学だ。早い段階から遠隔での授業を実践してきたことから、「そもそもキャンパスってなんなのか?」という問題提起を元に様々な施策を実践し、デジタルファブリケーション機器を校舎に設置。図書館と同じ感覚でデジタルカッターや3Dプリンタを使えるようにするなどして、来校するからこそのメリットを学生に提供している。
今回、慶應義塾大学SFCの脱皮キャンパス・エキシビションでは、3Dプリンタやデジタルファブリケーションの研究室と、ドローンやセキュリティ技術の研究室のコラボレーションとして「飛行大学」というテーマの作品を展示。演習科目も遠隔でできないかという考えのもと、物理的な身体がないことで初めて可能になることもあるのでは、という仮説構築から作品制作を進めたという。
イコールではなく、イクイバレントなのが大切
「Post University:誰のための大学?」セッション、最後は登壇者全員を交えてのパネルディスカッション。あまり時間がなかったので、一問のみ全員で回答がなされた。
[質問内容]
先端的な技術を教えきるのは難しいと感じるが、その点はどう思っていて、実際にどう対応しているのか?
○常盤氏:「SFCの場合は、教員がエッジに立っていることが大前提です。発想の技術として、学生がついてこれないこともよくあったりします。教員が自らの関心でつき進んでいって、学生たちは羨望の眼差しでついていく。これを意識して授業を作っています。
なので、教員方は本当に時間がない状況なんです。」
○古堅氏:「当校では3年生に入ると、自分でテーマを決めて作品を作るプロジェクト授業がメインになります。その際に、学生たちはデザインについては詳しいけれども、それぞれの研究分野については素人なので、とにかくリサーチして調べ上げていくわけです。
そうなると、むしろ学生が僕たちに色々と教えてくれるんですよね。その上で僕たちは、「進め方」などをアドバイスするという構図になります。
なので単純に対等とかどちらが教えるとかではなく、互いががっちり組み合っている関係の中で、先端的な技術含めて教えています。」
○久保田氏:「一つ大事なことは、イコールではなく、イクイバレント(equivalent)だということです。数学的には、可逆の関係にあるということです。」
○岩田氏:「工学系の学生にとっては、先生とイクイバレントな関係はなかなか難しいです。大学院はすごく締め付けが厳しく、どういう能力を身につけたかを厳しく見られています。だから、きわめて反転しにくい。
だからこそ、いかにして逆境を乗り越えてやっていくかが課題です。」
○プロイエ氏:「私たちは一つの技術ではなく、複数のテクノロジーを使いながらやってるので、生徒・先生問わず、すべての分野で専門家になるのは無理です。
ですので、学内外問わずパートナーと組んでいくのが大切であり、大学が自らを外に開いていくことが重要となります。」
編集後記
ここ最近のビジネス界隈では「○○のDX(デジタルトランスフォーメーション)」なんて表現がなされますが、DXの本質はシステムやオペレーションのデジタイゼーションにあるのではなく、技術変革を起因にした「前提の変容」。つまるところ、それは自身を取り巻く様々な“リレーション”における構造的な変容であり、それこそが本イベントのテーマである「脱皮 / Dappi」の一丁目一番地なのではないかと感じる次第です。
例えばキャリア論ひとつ取っても、これまでの「個人と一つの会社組織」という狭義のものから、最近では「自分を取り巻く環境とのリレーション構築全般(Orginization Relationとでも命名したいところです)」という広義のものへと変遷する過程にあると見受けられます。
また、ちょうど本稿を執筆中に「盗めるアート展」なる企画が実施され、その顛末自体はTwitter等SNSで確認していただきたいのですが、この鑑賞者とアーティストのリレーションを相互補完的なものにするというコンセプトも、すなわち「脱皮 / Dappi」でありDXの一形態であると感じます。
この流れは、遅かれ早かれ、公教育領域にも侵食していくことは、ほぼ間違い無いでしょう。
そうなった時、今回展示された「逆大学」というものが、結果としてその時代の「順大学」に帰結することが、教育におけるDXの結果物であると期待します。
次回Report2では、「Citizens of the Future:未来の市民が学ぶこと」というテーマで設置されたトークセッションの内容についてレポートします。
お楽しみに!
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