テーマは「脱皮 / Dappi ―既成概念からの脱出―」
2020年2月20日〜24日、アートやデザインを通じて未来の社会をみんなで考えるイベント「未来の学校祭」が、東京ミッドタウンにて開催された。
2回目となる今年のテーマは「脱皮 / Dappi ―既成概念からの脱出―」。
節足動物や爬虫類が脱皮するように、私たちも社会を取り巻く「既成概念」の殻を打ち破っていこうという強いメッセージのもと、東京ミッドタウンとアルスエレクトロニカ(※)が協働し、エキシビション、パフォーマンス、ワークショップ、トークイベントなど多彩なプログラムが開催された。
※アルスエレクトロニカ(Ars Electronica):オーストリア・リンツ市を拠点に40年にわたり「先端テクノロジーがもたらす新しい創造性と社会の未来像」を提案し続けている、世界的なクリエイティブ機関。アート、テクノロジー、社会をつなぐ出会いの場を創造し、横断的「未来」を提案。毎年開催されるメディアアートに関する世界的なイベント「ArsElectronica Festival」は芸術・先端技術・文化の祭典として知られている。(未来の学校祭の特設サイトより)
本記事では、「Post University:誰のための大学?」というテーマで設置されたセッションについてお伝えする。会場となった東京ミッドタウン・デザインハブ内「インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター」では、国内外の5大学による「脱皮キャンパス・エキシビション」も併設。様々な学生および研究員らによるアート・プロジェクト作品が展示されており、その内容に触れながら、ディスカッションが進んでいった。
<イベントページ内セッション案内>
研究、教育、社会提言。大学は人類のための普遍的な哲学や技法、知識を生み出し、それを広く社会に還元してきました。科学技術の急激な発達とともに、人間性や社会性というテーマにおいて重要な役割を果たすはずのアート研究・教育も脱皮が求められています。このセッションは、日本とオーストリアの大学で教鞭をとる研究者、教育者が集い、未来の大学への実践、最新のデザイン、アーティスティック・リサーチの可能性について議論を深めます。
インターナショナル・デザイン・リエゾンセンターでの脱皮キャンパス・エキシビションの様子
まず前編では、リンツ芸術デザイン大学にてファッション&テクノロジー学科・学科長を務めるウテ・プロイエ[Ute Ploier]氏と、筑波大学 システム情報系 教授 岩田洋夫氏のプレゼンテーション内容についてお伝えする。
<写真左から>
- 久納鏡子氏(アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ、アーティスト)※モデレーター
- ウテ・プロイエ[Ute Ploier]氏(リンツ芸術デザイン大学 ファッション&テクノロジー学科・学科長 アーティスト、リサーチャー)
- 岩田洋夫氏(筑波大学 システム情報系 教授)
FASHION, TECHNOLOGY, and SUSTAINABILITY
リンツ芸術デザイン大学のファッション&テクノロジー(以下、F&T)は、2015年に始まったばかりの新しい学科。世の中の最新テクノロジーを使ったインクルーシブで未来ベースのデザインを取り入れ、まさに今回の企画テーマである「脱皮」を戦略的なコンセプトに据えている。同校の校舎は、以前はタバコ工場だった場所だが、現在は学舎としてリフォームしており、様々なテック企業やアーティストのハブになっているという。
プロイエ氏:「ファッション業界に目を向けると、観光汚染や資源の無駄遣い、非人間的な労働環境など、様々な課題が山積しています。
そこでF&Tでは、「ファッション」「テクノロジー」そして「サステナビリティ(持続可能性)」の3つのバランスを試みています。」
民主的なデザインに向けた4つのアプローチ
このような理念に対し、F&Tでは具体的に4つのアプローチに取り組んでいる。
1、experimental surface(実験的表面設計)
まずは、斬新で実験的な原料でファッションを開発するという取り組み。以下の写真をご覧いただきたい。
Design : Ursula Vogl
これは「自ら成長していく洋服」をコンセプトに作られたもので、土ではなく空気の中で成長する植物を使っている。適切に扱うことで、枯れずに成長していき、地球上に酸素を提供し続けるというわけだ。
Design:Sara Kickmayer
こちらは別の観点で、「ナノストラクチャー」を使った作品。光の当たり方によって色が変わって見える“タマムシ”の特徴を参考にしており、服に埋め込まれたシリコンによって、光の当たり具合による変色を実現している。自然からインスピレーションを得て分子テクノロジーを応用した美学を追求している点が、洋服における新しい概念と言えるだろう。
また、染色はファッション工程の中でも環境汚染の高い概念であることから、全く違う染色の概念を持ち込むことで、これを解決しようとする試みにもなっている。
2、inclusive design strategies(包括的デザイン戦略)
Design:Simon Hochleitner
一般的な洋服は決まった定型サイズで制作されるが、人間の身体は一人ひとりユニークで、決まったサイズに必ずしも当てはまるものではない。この作品では、老若男女や障害の有無に関わらず、様々な人が切れる洋服のコンセプトを実現すべく、洋服生産の工程を逆転させている。
通常の洋服生産工程は、「デザイン→製造→店頭販売」という流れであり、顧客は店頭で初めて洋服を目にすることになる。だが、これだと完全なるフィットは実現しない。そこで今作品では、顧客プロセスを工程の最初に持ってきている。相手へのインタビューを通じて、どういった服を欲しているかをヒアリングし、並行して顧客の身体を3Dスキャンすることで、身体と嗜好に合致した服をデザインするという内容だ。
身体、テクノロジー、そして採寸工程をそれぞれモジュールとして捉え、そこにオープン性を取り入れることで、個人にフィットする多様な洋服のあり方を実現する。設計プロセスをデジタル化することで、洋服の意味そのものが拡張されるというわけだ。
3、production process – process of growth(成長プロセスによるプロダクト開発)
Design:Miriam Eichinger
こちらは、バクテリアを使って糸を生産するというプロジェクト「Re_Sampling」。セルロースを作るバクテリアを実験室で育て、そこから繊維を直接栽培することができれば、農業段階で利用する大量の水・農薬・土地の量を大きく減らすことができ、持続可能なアプローチが可能になるということだ。
4、diverse aesthetics(多様性ある美学)
最後に、従来型の決まりきった身体や美しさという概念から一旦離れて、これからの新しい「美」を作ろうするアプローチが、このdiverse aestheticsである。ここでは2つの作品を通じて、洋服の“可視化”による新しいアプローチが紹介された。
Design:Mirela lonica
まずこちらは、医療等で活用されるCT技術を使ったもので、ファッションの解剖学とも言える作品だ。具体的には、シーメンスヘルスケア社(Siemens Healthineers)が提供するCTスキャンソフトを活用しており、何層も重なる洋服の中を可視化している。
さらにこちらは、アルスエレクトロニカで展示された「マテリアライズ(Materialize)」という作品。高解像度でファッションの原料を見せることで、まるで顕微鏡をのぞいているかのように錯覚させてくれる作品だ。ファッション版の「ミクロの決死圏」と捉えることができる。
プロイエ氏:「先述のFASHION・TECHNOLOGY・SUSTAINABILITYのバランスの他に、もう一つ大事なのが「リサーチ&デザイン」という考え方です。科学的でアーティスティックなリサーチを取り入れたデザインを考えており、ただ美しいだけでなく、未来を作っていくようなデザイン、つまりインクルーシブで経験的で持続可能である民主的なデザインを模索しています。」
展示を通じてシステムを洗練する「エンパワースタジオ」
日本におけるメディアアートの聖地といえば「つくば」。次は、筑波大学 システム情報系 教授の岩田洋夫氏が、同校における“Post University”の取り組みを紹介した。
機械工学がバックグラウンドにある岩田氏は、1986年よりハプティクス(触覚技術)を中心とするVRの研究を進めており、10年後の1996年からはアルスエレクトロニカを中心に活動を開始。そこで培われたアートとテクノロジーの知見を元に、「デバイスアートにおける表現系科学技術の創生」という題目で2005年〜2010年にかけて研究を推進し、研究者とアーティストの協働表現様式を推進していった。
現在は、2013年に文科省の補助事業として筑波大学で立ち上げた学位「エンパワーメント情報プログラム」をベースに活動されている。
エンパワーメント情報学とは、人を補完・協調・拡張させる人間情報学のこと。産官学に渡って活躍する博士学生の育成を目的に設立されたもので、展示を通じてシステムを洗練する研究スタイルが特徴の「エンパワースタジオ」や、学生が寝食を共にしてコラボレーションを促進する「エンパワー寮」といった、人材育成の場を提供している。
エンパワースタジオ外観(画像出典:筑波大学ホームページ)
中でも最大のリサーチアトラクトとなるのがこちら、世界最大のプロジェクション型VR空間「Large Space」だ。モーションキャプチャやモーションベース等を備えた全周壁面と床面に立体映像を投影できる大空間実験モジュールであり、バーチャル世界における運動感覚・移動感覚の生成など、従来スタジオでは実現不可だった実験が可能となっている。
ちなみにアルスエレクトロニカにも、全周囲ではないが、壁面と床面に16×9mの巨大なプロジェクションを投影できるシアター「ディープスペース8K(Deep Space 8K)」がある。
Large Spaceを用いたPBLを必修科目に設定
エンパワースタジオのLarge Spaceを使った有名な研究が「Big Robotプロジェクト」。世界最大のロボットを作ろうという取り組みだ。
これは、人間が巨人になった時の歩行感覚を提示する搭乗型巨大ロボットの開発を進めるもので、2015年に開発された1号機は実際のアルスエレクトロニカのデモステージで展示された(当時の動画は、筑波大学バーチャルリアリティ研究室ページに埋め込みあり)。
画像出典:筑波大学バーチャルリアリティ研究室ページ
人間が5メートル目線の巨人になった感覚になる歩行型巨大ロボットであり、「人の身長を拡大したとき、我々はどのような身体感覚を得るのか」という問いに対する答えを模索するべく、進行形で2号機の設計/開発が進められている。
このような活動を通じて、未来の学校教育においては「学生の主体性の強化」が不可欠であると、岩田氏は協調する。
岩田氏:「芸術系の学生は主体性の塊のようなものですが、工学系の学生はここを意識するべきです。なので僕は、このLarge Spaceを用いたPBL(Project Based Learning)を必修科目に設定しております。
例えば左の写真は、2人の学生の動きをモーションキャプチャして、動きが揃うと壁面に映されたバーチャルな巨大ロボットがその通りに動くという作品。また右の写真、フットサルのスローインの際に、どこに投げると相手に取られないかを教えてくれる映像システム作品となっています。」
「このように、プロジェクト研究計画の提案からヒアリング、研究実施、中間評価、成果報告書の作成、事後評価までの一連のプロセスを経る内容にしており、このような主体性の強化こそが、将来のイノベーションを主導する人材の育成に不可欠と言えるでしょう。」
筑波大学 脱皮キャンパス・エキシビションより
実際に筑波大学の脱皮キャンパス・エキシビションを見てみると、科学技術と文化芸術が組み合わさった様々な作品が並んでいた。
例えばこちらは「ヤヌスの街 ノートパソコンに宿る記憶」という作品。専用のタブレットをかざしてそれぞれのフィールドを覗いてみると、右サイドには「リアルな大学4年間の生活」が、左サイドには「パソコンが記憶している大学4年間の活動」が、それぞれAR技術を通じて表現されるというものだ。
こちらのフィールドでは、右側には大学4年間を過ごしたリアルな部屋が、左側には大学4年間に熱中したバーチャルライブの様子が、それぞれ描かれていた
また、こちらは「COLOR BLASTER Pro」という作品。現実の“色”が的になるシューティングデバイスだ。色を識別するカメラがデバイスの先端に内蔵されており、ディスプレイに表示された色の物体を見つけ、それに向けて引き金を引くと、見事クリアになるという仕組みになっている。上画像の場合、「TARGET ORANGE(標的:オレンジ)」と表示されているので、オレンジ色の物体めがけて引き金を引けばOKというわけだ。
2017年にプロトタイプである「COLOR BLASTER Prototype」を開発し、そこからブラッシュアップさせて2018年に「COLOR BLASTER」へと昇華。さらに2019年には、上述のディスプレイ筐体やゲームモードなど各種追加機能を実装した「COLOR BLASTER Pro」を発表し、同年11月開催の「ISCA2019」では、デジタルコンテンツ部門にてナレッジキャピタル賞を受賞している。
COLOR BLASTERシリーズ開発に携わる勝部里菜さん(写真左)と櫻井亮汰さん(写真右)。櫻井さんはプロトタイプ開発より一貫して携わっている
このように、学生の方の主体性がにじみ出るエンタメ色あふれるライフテック(Life x Tech:生活に寄り添うテクノロジー)作品が、筑波大学コーナーにて多く展示されていた。
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「未来の学校祭 脱皮 / Dappi展」レポートシリーズ by LoveTech Media
Report1-1. デザイン&アートから考える、Post University時代の学び
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