2021年11月11日 〜12日にかけて開催された、世界最大級のFinTechイベント『World FinTech Festival Japan 2021』(以下、WFFJ2021)。シンガポールで毎年開催されている“Singapore FinTech Festival”を主流とするこちらのイベントでは、日本と世界のフィンテック情報の相互発信というテーマのもとで、様々な関連領域における最先端の情報発信と議論が行われた(開催概要についてはこちら)。
レポート第6弾、最後となる本記事では、「日本が待ち望んでいたデジタルトランスフォーメーションとアジアへの展望」というテーマで設置されたセッションの様子をお伝えする。今回はシンガポールより、金融通貨庁のフィンテック最高責任者も参加し、アジアのフィンテックハブから見た日本のポテンシャルや勝ち筋、さらには課題についてのディスカッションがなされた。
- 谷崎 勝教(三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループ CDIO)
- 楢﨑 浩一(SOMPOホールディングス株式会社 デジタル事業オーナー グループCDO 執行役専務)
- ソプネンドゥ・モハンティ[Sopnendu Mohanty](シンガポール金融通貨庁 フィンテック最高責任者)
- 村上 由美子(MPower Partners ゼネラル・パートナー)※モデレーター
日本がフィンテックで輝けるタイミングは、まさに今
シンガポール金融通貨庁(通称:MAS)のフィンテック最高責任者であるソプネンドゥ・モハンティ氏は、元々は米シティグループで20年以上のキャリアを積んできた人物。2015年にMASへと参画して以降は、技術革新に関する開発戦略や公共インフラおよび規制ポリシーの作成を担当し、シンガポールを世界トップクラスのフィンテックハブへと押し上げた功労者の一人である。
そんなモハンティ氏は、日本の金融環境について、非常にポテンシャルが高いと評価する。
「私が思うに、日本におけるフィンテック領域のイノベーションは、まだまだその潜在能力が十分に発揮されていないと思っています。逆に捉えると、これからさらに大きく成長できると考えています。
日本のテクノロジー開発に関する能力は、他国に比べても非常に高いクオリティがあると思います。例えば組込型金融においては非常に強い基盤を持っていますし、エンドポイントデバイスの領域でも非常に進んでいます」(モハンティ氏)
同氏はこれから日本が特に強く取り組むべき領域として、以下4つのキーワードを挙げた。
- 組込型金融(Embedded Finance)
- 拡張型金融(Extended Finance)
- 分散型金融(Decentralized Finance、通称:DeFi)
- グリーンファイナンス(Green Finance)
「組込型金融」とは、以前も別記事でお伝えしたとおり、非金融領域のサービス等においても金融機能を埋め込むようなトレンドを示す。また、モハンティ氏が言う2つ目の「拡張型金融」とは、要するに既存の金融機関の業務領域を拡張していこうという概念だ。組込型金融のポテンシャルの対象が非金融機関をメインとするものであるのに対して、拡張型金融は金融機関に対するポテンシャルを示すものだと言えるだろう。
3つ目の「分散型金融」についても、LoveTech Mediaで何度もレポートしてきた内容だ。つまり、金融機関のように中央集権型の管理を必要とせず、パブリック型ブロックチェーン上におけるスマートコントラクト機能等を活用して、自律的に運営されるような金融の仕組みである。これについては以下の記事にて、その論点がディスカッションされている。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/bgin20200625/”]「これまでの10年間はWeb2.0の成長の過程だったわけですが、これからのインフラの基盤となるWeb 3.0は全くの別物になります。だからこそ、必要なリーダーシップを発揮していくべきだと感じます。日本がフィンテックで輝けるタイミングはいつかと聞かれたら、まさに今だと答えるでしょう」(モハンティ氏)
グローバルでの存在感を三井住友フィナンシャルグループ
では、日本の金融機関はどんな取り組みを進めているのか。まずは三井住友フィナンシャルグループでCDIOを務める谷崎 勝教氏より、同グループのケースが紹介された。
「昨年5月に中期経営計画を発表しまして、そこで、グローバルソリューションプロバイダーになることが掲げられました」(谷崎氏)
楢﨑氏によると、このグローバルソリューションプロバイダーに向けては上図のとおり「トランスフォーメーション」「グロース」「クオリティ」の3つの基本方針が定められており、これに付随して大きく4つの方向性があるという。
まずはデジタルドメインの拡大。これまでデジタル化がなされていなかった分野においてもDXを進め、金融機能の組込とともにデジタルドメインを広げていくという。まさに先ほどモハンティ氏が言っていた拡張型金融の考え方だ。次はビジネスモデルの強化。同社がこれまで蓄積していった様々なデータを活用し、顧客にとってのUXをより良いものにしていくということだ。
3つ目は、小売業と卸売業の統合。BtoC(Bank to Customers)からスタートさせるDXだが、そこからBtoE(Bank to Enterprise)へと移行させていき、最終的にはBtoBtoC(Bank to Bank to Customers)へと発展させていく考えだという。そして最後、4つ目はターゲット地域の拡大。まずはアジア地域への展開を見据えつつ、中長期的にはグローバル市場全体への拡張を目指すとしている。
「例えば組込型金融について考えてみると、日本でもすでにスマホを使って様々なサービスに金融機能が埋め込まれていますし、これはグローバルでも同様のトレンドです。また、リアルタイムでの決算・精算やサプライチェーンとのやりとりへのニーズもさらに高まっています。だからこそ、当グループとしてはグローバルでの存在感をさらに高めたいと考えています。これまでも様々なファイナンシャル・プラットフォーマーとの協力体制を敷いてきましたが、これからますます、その姿勢が重要になると考えています」(谷崎氏)
日本は現実世界のデータ領域に強みがある
ここまで見てきたように改めて「データ」の重要性が叫ばれているわけだが、これに対して、SOMPOホールディングスでデジタル事業のオーナーを務め、それ以前はシリコンバレーでソフトウェア企業を5社も起業してきた楢﨑 浩一氏はどのように考えているのか。
「シンプルに、データは石油もしくは酸素みたいなものと捉えています。SOMPOホールディングスには2016年にジョインをしたのですが、同グループには巨大なデータソースがあることが分かり、これを生かさない手はないと思いました。例えば例えば自動車保険の場合、毎日の運転に関するデータもあれば、事故発生時に関するデータもある。これらは保険会社だけではなく、自動車メーカーやモビリティサービスプロバイダーでも記録・活用されるわけです。
このようなデータを活用して、これからは予防的な保険会社、総合的な保険会社になろうとしているのがSOMPOです。そんな背景もあって、2019年にはジョイントベンチャーとしてPalantir Technologies Japan社を立ち上げることになり、SOMPOのCDO(当時)と兼務する形でCEOに就任しました。SOMPOグループをビッグデータで改革するだけでなく、そのプラクティスを保険の枠を超えて提供していこうと考えています」(楢﨑氏)
先ほどモハンティ氏も指摘したように、日本には大きなポテンシャルがあるということは、楢﨑氏も同様に感じているという。
「MANGA(Meta、Amazon、Netflix、Google、Apple)はネットでデータを管理しているからこそ、例えばAmazonは購買履歴を持っているし、Netflixは映像の嗜好データをもっています。でも、彼らは現実世界のデータをまだ持っていません。これに関しては、日本がまだまだオーナーシップを持っていると思います」(楢﨑氏)
IoTやセンシング技術、AIのエッジデバイス等についてはまだまだ強みがあるが故に、これを活用すると大きなアドバンテージになるということだ(参考記事はこちら)。
ポイントはマインドチェンジ
一方で、変化に対する課題として、保守的な国民性が仇になっているとも楢﨑氏は指摘する。
「ある種、生活を乱したくないという傾向があるのも事実です。チャンスがあるのに、体質として去年と同じことをしているのがハッピーだと捉える傾向です。MANGAの人たちはどんどんと前に進めている中で、マインドセットが保守的なところはとても残念だと感じます。彼らとのギャップといえばそこだと感じており、日本の大きな課題はここにあると言えるでしょう」(楢﨑氏)
ここについてモハンティ氏は、「本来的に日本人は変化への適応力があるからこそ、あとはニーズの問題だ」とコメントし、谷崎氏は「マインドチェンジ」の必要性を訴えた。
「変化はニーズによってもたらされるものと言われています。例えばシンガポールは、文化を変革して新しい世界に適用すべきだという強烈なニーズによって突き動かされていると言えます。一方で日本は、すでに非常に効率的な社会になっているので、ニーズというものがさほど大きくないのかもしれません。もちろん、だからといって変化が不要かというと、そういうことではありません。私としては、日本の文化的な強みというものは「適応力」だと思っていて、それは携帯電話や公共交通機関など様々な既存インフラを見ればわかるので、あとはニーズの問題だと思います」(モハンティ氏)
「これまで金融機関は、ITを自社のためだけに使ってきました。コスト削減や人員削減のためのITです。でもそれはせいぜい5〜10年前までの話で、今はマインドを変えていかねばなりません。もっと進化して、強化したサービスを顧客へと提供すべきなのです。ポイントはマインドチェンジです」(谷崎氏)
日本の規制はどう変わるべきか?
セッションのモデレーターを務める村上 由美子氏からは、多くの会社が大きな変化に直面している中において、「規制面」がついていけていない点が指摘された。これについては各メンバーはどのように捉えているのか。谷崎氏は、金融機関以外の産業プレイヤーに対しても、必要に応じて同等の規制を課す必要性が述べられた。
「先ほど申し上げた通り、当グループでは組込型金融サービスを増やすなどして、各プラットフォーマーとの協業機会を増やしています。一方で、金融機関はご存知のとおり大変厳しい規制にさらされているわけでして、同じ金融機能を持っていても、例えばEC企業とはできることの範囲が随分と違うわけです。彼らが金融分野に参入するのであれば、同じリスクに対して同じ規制を敷くべきだと考えています。公平な競争を加速するのであれば、同じ規制を敷くことで、イノベーションを加速できると思っています」(谷崎氏)
これに対して楢﨑氏は、少し異なった視点からコメントをした。
「私としては、日本の規制は時に緩すぎるのではないかと思っています。どういうことかというと、例えば日本のIPOのスタンダードについては東証マザーズがありますよね。ここへの上場について、ちょっと簡単すぎるのではないかと思っています。ビジネスモデルが脆弱であり、まだスケール自体も大きくない状態であっても上場が可能です。グローバルで見ても、これは大変入りやすい規制だと言われています。一方でプライベートエクイティのマーケットは、リスクが高いにもかかわらずまだ成熟していない状況です。マーケット自体は低いのに、IPOのマーケットは簡単に入れてしまう。こんな矛盾があるわけです。
非常に非常に厳しい規制があるのは事実だと思いますが、私たちはリスクを抱える機関だからこそ、私はあまりそこについては心配していません。むしろIPO部分の課題が大きいと感じます」(楢﨑氏)
さらにモハンティ氏はからは、リスクの度合いに合わせて柔軟に規制を変えていくアプローチの検討が必要なのではないか、との指摘がなされた。
「スタートアップのような存在が金融機能を提供する時には、まずは小さいところから始めると思います。これに対する、アクティビティベースの規制を敷くのはどうでしょうか。ビジネスの範囲は成長するにつれて大きくなるでしょうから、それに合わせて規制の強度も高める。そうすることで、その分野において企業の成長を促せるのではないかと思います」(モハンティ氏)
日本はもっとグローバルタレントを誘致すべき
最後に、日本の金融DXに向けて、各登壇メンバーよりアドバイスがなされた。
「日本はもっとグローバルタレントを誘致すべきだと思いますし、政府はそれをサポートするべきです。それができなければ成長も難しいでしょう。あと、もうひとつ付け加えるとするならば、日本はもっとダイバーシティを増やすべきです。具体的には、もっと女性を増やすべきだと感じます」(モハンティ氏)
「本当にその通りだと思います。新しいことをするにあたって、人材の多様性は非常に重要です。私たちの場合も、例えばPalantir Technologiesのような会社を作って新しい人材や考え方をどんどんと取り入れていますが、それがすなわち本社へのポジティブな影響へとつながると思っています」(楢﨑氏)
「グローバルタレントとのことで、技術の知識だけでなく、ビジネス自体を導入してリードできるような人材を引き付けたいです。グローバルなデジタルビジネスのタレントということです」(谷崎氏)
「先ほどモハンティさんから、例えば女性を増やした方が良いとのお話がありましたが、性別の他にも、年齢のダイバーシティも必要だと思っています。ですので、デジタルテクノロジーが人事戦略に埋め込まれていることが重要だと思います。
この国ではDXに関して多くのことが動いています。新しい政権が立ち上がって、たくさんの面白いイニシアチブも出てくるでしょうから、とてもエキサイティングなタイミングだと言えそうです」(村上氏)