日本や一部の先進国では、少子高齢化や人口減少が大きな社会問題となっている。だが、世界規模で見れば、50年後の人口は、現在の77億人から97億人に膨れ上がり、今後、深刻な飢餓や食料問題が危惧されている。
そんな食料不足の切り札として、近年グローバル規模で注目されているのが、昆虫食だ。
国内でもその流れを汲んで、2018年頃より昆虫食ブームが到来。上野アメ横に登場した昆虫食自販機から、ムスカのような間接昆虫食スタートアップまで、様々な話題がメディアを賑わせた。昨年5月に無印良品から発売されたコオロギせんべいが大きな話題となったのも記憶に新しいだろう。
そんなコオロギせんべいの共同開発者であり、コオロギ研究の第一人者でもあるのが、徳島大学発のフードテックベンチャー「グリラス」代表取締役CEOの渡邉祟人氏。同社は国内の食用コオロギ生産としては最大規模を誇る。
このほど同社が、食用コオロギパウダーを使用した新ブランド「C.TRIA(シートリア)」のクッキー、クランチをリリース。その発表会の模様をレポートしたい。
「サーキュラーフード」としての食用コオロギ
新ブランド「C.TRIA」をリリースする上での同社のミッションは、環境にやさしいコオロギを生産しながら、フードロスを解消し、持続可能な循環型のたんぱく源をすべての人に供給すること。
「世界規模で人口が増えつつあり、経済発展をしていくなかで、たんぱく質の需要が伸びています。家畜のエサとなる穀物の生産が追いつかず、やがて需要を満たすことが困難になるでしょう。一方で、先進国を中心にフードロスの問題があり、その活用に技術革新が追いついていない状況があります。その相反する課題を我々が生産する食用コオロギを“サーキュラーフード”(循環型食材)と位置づけ、浸透させていきたいと考えています」(渡邉氏)
グローバルな人口増加と中間層の拡大によって、世界規模で一人あたりの肉や魚の消費量が増加し続け、その一方で、現状の畜産や養殖は生産物の何倍もの穀物や魚粉によって賄われる。つまり、供給スピードが需要に追いつかなくなる、いわゆる「タンパク質危機」への対応として、昆虫食は注目されているというわけだ。
このタンパク質危機については、少し古いものではあるが、以下のイベントレポートで専門家による解説がなされているので、詳細は以下を参照してほしい。
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/proteincrisis20181002/”]なぜ、コオロギなのか
そんな中で、たんぱく質不足の切り札として昆虫食が着目されている大きな理由は、1kgを生産するにあたって必要なエサや水の量が、牛・豚・鶏などと比べても圧倒的に抑えられ、生産効率がよい点にある。生育に必要な水の量は、牛が24,000ℓに対してコオロギは4ℓ、必要なエサの量は牛が10㎏なのに対してコオロギは1.7㎏となっている。また環境負荷が少ないことも特徴で、たんぱく質1㎏を生産するために排出されるCO2の量を比べると、牛が2.8㎏であるのに対してコオロギは0.2㎏という状況だ。
このほかにも、家畜の農場を切り拓けば環境への負荷がかかり、牛から発されるメタンガスも地域全体の課題となっている。その点、昆虫を飼育する場合は環境にやさしく、サステナブルな形で供給が可能なことが、大きなメリットだと言えるだろう。
では、約100万種類あるといわれる多様な昆虫のなかで、なぜコオロギが食用に用いられるのだろうか。渡邉氏によると、「食性も含めて飼いやすいこと、なるべく早く育つこと、個体ができるだけ大きいこと」がポイントになるという。
「たとえば、蚕は桑の葉しか食べないので、桑を育てるところから始めなければなりません。その点、コオロギは雑食でなんでもエサになり、大量生産に向いていて、しかも食味がいいことから注目されています」(渡邉氏)
グリラスは、これまでフードロスの解消をテーマに、農業廃棄物などを活用した飼料の研究を重ね、理想の配合比率を探ってきた。同社の強みは、食用コオロギの品種改良技術があるからこそ、食用コオロギ産業の発展性を見込んで、自動飼育システムを確立し、他ファームとの共同開発も進めていく考えだという。
循環型食材のコオロギ使用のクッキー、クランチの新ブランド「C.TRIA」
発表会当日は、ゲストとして、「地球少年」という愛称で知られる昆虫食歴23年の篠原祐太氏と、タレントの宮澤エマ氏が登壇し、未来の循環型食材についてトークセッションが行なわれた。
篠原氏といえば、コオロギラーメンを開発した人物として有名な人物。当メディアでも以前、日本橋馬喰町にオープンした昆虫食レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」を取材している。
[clink url=”https://lovetech-media.com/eventreport/20200729antcicada2/”]社会課題のために着目された昆虫食だが、まだまだ残る世間的な抵抗感について、各人から率直な感想が述べられた。
「僕が社会の役に立つために、食用コオロギの研究を始めたのは2016年。当初は周囲の研究者やラボの卒業生から『妙なことを始めて大丈夫?』というような目で見られていましたが、昨年には無印良品からこおろぎせんべいが発売され、多くのメディアからも注目されるようになり、社会の風向きの変化を感じています」(渡邉氏)
「コオロギは、昆虫のなかでは圧倒的に万能食材。でも、コオロギで出汁をとったラーメンをリリースした2014年当時は、けしからんということで、店にクレームが来たことも。そもそも昆虫食への理解がない状況から、今では食材に昆虫を使ったメニューを取り入れた『ANTCICADA』がヒトサラの『ベストシェフ&レストラン』に選ばれるようになり、珍しいだけでなく、昆虫食がちゃんとおいしいものだということが、少しずつですが、理解してもらえるようになってきたと感じています」(篠原氏)
「国連が昆虫食を推奨するニュースを知った直後に、デンマークの昆虫食を用いたレストランをテーマにした映画を出演番組で紹介した経緯もあり、一瞬、昆虫食ブームを感じましたね。私が食べた昆虫は、形状そのままの佃煮でしたが、佃煮にしてしまうと、どれも同じ味になってしまいがち。その点、『C.TRIA』のようにコオロギパウダーを使ったクッキーは、初めての人でもトライしやすく、昆虫食の入り口として画期的だと思いました」(宮澤氏)
今回リリースされた「C.TRIA」のクッキーとクランチには、同社独自の品種改良された特別な食用コオロギが使用されているという。
まず、メラニン色素を作れないアルビノ特性に品種改良がなされている。そのため、コオロギの皮膚や目が白いのが特徴だという。そうした特性のコオロギは、大人しく、飼育上の利点もあると説明する渡邉氏。
「目だけが白く見えるので、万一外部からコオロギが混入しても、見分けがつきやすく、品質管理上のメリットもあります。それから理由はまだ解明されていませんが、食べやすい特性もあるんです」(渡邉氏)
また、あえてアルビノ特性のコオロギを開発するに至った経緯は、他ファームとの差別化の意味合いもあるという。
昆虫食に精通した篠原氏からは、コオロギの雑食性について興味深いコメントも。
「実はコオロギは雑食で、肉も野菜もなんでも食べるのですが、それゆえエサによってコオロギの味が変わってきます。だからこそ理想の味わいのコオロギを育てていく面白さもあって、グリラスさんのコオロギは、豆っぽいような穀物っぽいようなやさしい口あたりが特徴だと思います」(篠原氏)
そうした雑食性を利用して、コオロギラーメンを作る際は鰹節をエサに使用したこともあるという。
品種改良された特別なコオロギを使用したクッキーを実食!
その後、コオロギを初めて食べるという宮澤氏が、クランチを実際に試食。「おいしい!初めは普通のチョコクランチのような味わいが入ってきますが、その後、香ばしい香りが鼻に抜けていきますね」と、感想を述べた。
渡邉氏、篠原氏によれば、その香ばしさがまさにコオロギの持つ風味だということで、筆者も食べてみて、その香ばしい風味を体感した。
「C.TRIA」クッキーは、ココア、ハーブ&ガーリックの2つのフレーバーがあり、8枚入り(72g)780円、16枚入り(144g)で1290円。また、「C.TRIA」クランチは、10個入り(90g)980円でECサイトにて販売中である。※税込価格
グリラスは今後、オリジナルブランドの商品をリリースすることで、消費者の属性やニーズをつかみながら、品質改良に活かしていく考えだという。また、初めてトライする人により間口を広げて、新しい食文化を根付かせるためにも、当面配送料は無料で販売するとのこと。
なお、今後の目標としては、月100万個の販売を2年以内に実現させ、それに合わせて生産体制も相応の規模へと拡大させる方針だという。
記者が食べた感想としては、いい意味で食用コオロギが用いられている感じがしないほど食べやすいと感じた。これなら、子どもからお年寄りまで抵抗なく手にできるだろう。
まずは、環境問題に関わる布石として、気軽に試してみては?
編集後記
サステナブルの文脈で「昆虫食」がトレンドになっていることは知りつつも、正直、取材するまではコオロギを食することに抵抗があった。
しかし、あらためて今後の人口爆発、深刻な食料問題を真剣に捉えると、これまでの当たり前の食生活、常識は通用しなくなるだろう。
食の世界でも新たにイノベーションが進んでいることを肌で感じた取材だった。今後は、ちょっとしたギフトやお土産にコオロギクッキーを選ぶことがトレンドになるかもしれない。