生ゴミや畜産糞尿、食品残渣といった有機廃棄物を、1週間足らずで100%飼料と肥料に変えるという、独自の循環システム(バイオマスリサイクル)構築に向けた技術を持っている昆虫テクノロジー企業・ムスカ。
我が国における昆虫関連産業の旗手となった同社にとって、2019年はどのような年となったのか。
当メディアでは2019年の年始記事として、昆虫元年を牽引する存在である同社を取材しており、その振り返りをお伝えしたく、取締役COOの安藤正英氏と、代表取締役CEOである流郷綾乃氏に、それぞれお話を伺った。
商社にいたからこそ分かる感覚を大事にする
株式会社ムスカ 取締役COO 安藤正英氏
安藤氏は、今年1月にムスカの取締役 暫定COOとしてジョインされ、その後4月に現在の取締役COOに就任された人物。実は昨年12月、当メディア編集部が宮崎県ラボに取材へ伺った際に、すでに安藤氏もその場に同席されていた。
これまで培ってきた知見や経験がフィットすると感じた
--まず、安藤さんがムスカにジョインされた経緯を改めて教えてください。
安藤氏:昨年のテッククランチ(※)がきっかけです。たまたま参加者としてCEOである流郷のプレゼンを見て、「お手伝いできることがある!」と気づき、メッセンジャーで連絡しました。すぐに一度話しましょうとなって、そこからトントン拍子に話が進んで、約2ヶ月後にはムスカへのジョインが正式に決まりました。
※2018年11月15日・16日と2日間に渡って開催された「TechCrunch Tokyo 2018 Startup Battle」にて、株式会社ムスカは最優秀企業に選出された。詳細は以下の記事をご参照
[clink url=”https://lovetech-media.com/interview/20181119tcstartupbattle/”]
--何がポイントとなって「ジョインしよう!」と思われたのでしょうか?
安藤氏:もちろんタイミングもあると思いますが、大きくは3つあります。
まず私は、何か事業をするならば、社会的インパクトとビジネスが両輪でかみ合っているものをやりたいと常々考えていました。噛み合うことにより、スケールしてさらなるインパクトとなるわけで、それをムスカに見出しました。
次に、自分自身がこれまで培ってきた知見や経験がフィットするとも感じました。私は商社でキャリアを積んできて、石油や天然ガスといった資源開発やそのサプライチェーンに携わってきました。そのサプライチェーンにおいて、数十年稼働するような設備を開発したり、上流から下流へ安定して供給するサプライチェーンの構築したり、様々な経験をしてきました。ムスカが進めようとしている国内外の事業展開にまさに通ずるものであり、知見や経験が活かせると感じました。
最後は、ムスカという会社が持つカルチャーが、自分の価値観と合致すると感じたからです。なかなか言葉化しにくいのですが、事業推進を第一に考えて、各々が適時適材適所役割を担っていくというベースがフィットしました。私と流郷が今年春までつけていた“暫定”職(※)は、その象徴的な形だと思います。
※ムスカでは、2019年4月3日付で現経営執行体制になるまで、CEOおよびCOOに“暫定”という文言が付されていた(暫定CEO、暫定COO)。同社の成長ステージにあわせて経営陣も柔軟に配置していく、という想いを込めた肩書きとなっていたわけだが、それを明示する必要もないほどに社内外への文化浸透が進んで行ったことで、暫定職表記は終了することとなった。
そんな簡単じゃないよ、もっと時間がかかるものだよ
--早速ですが、ムスカにとって今年はどんな一年でしたか?
安藤氏:一番は、会社のフェーズが変わった年だったと感じます。
昨年まではある意味「注目してもらい知名度を高めるフェーズ」でして、「実現すれば世の中の役に立つ」という事業のコンセプトを発信して、共感を得て、なるべく多くの方に認知していただくことが重要な段階でした。
今年はそのフェーズが終了し、本格的な「事業化フェーズ」に突入しました。
ムスカが扱うのは「現物」。モノが届かなかったら、実際に困る人が目に見える形で現れる事業です。また食に関わる分野ですので、クオリティーを担保する必要があります。それらに問題が発生すると、会社の信用問題に直結します。
この辺りは、私が商社にいたからこそ鋭敏に分かる感覚でもあります。
だからこそ、成長路線を描きつつ、しっかりと組織体制と着実に事業推進できるプランを整備して、足元が揺らがないような基盤を固めることに集中しました。
--昨年の御社は「イケイケどんどん」感がありましたが、今年は様子が少し違っていたので、うっすらとそんな印象を持っておりました。人もガラッと入れ替わったんですよね?
安藤氏:今年4月に新経営体制を発表させていただきましたが、そのタイミングでメンバーが多く変わっています。今年4月以前から残っているメンバーは、宮崎ラボの人間を除けば現取締役メンバーの4名のみです。
そこから新規メンバーの採用を強化して、今では合計で20名のチームになります。東京に15名と、宮崎ラボに5名ですね。
--ボードメンバー以外は全員入れ替わったのはすごいですね。安藤さんがジョインされてから、一番苦労されたことは何でしょうか?
安藤氏:サプライチェーンやインフラを事業開発して動かした経験がチーム全体で十分ではない、という点ですね。
コンセプトベースのプロダクトを考えている時は良いのですが、この事業を社会インフラとして根付くことのできる信頼性のあるものにするということが実際どういうことなのか?数十年単位の時間軸の中で、想定される不確実性を考慮しつつ、安定操業を行うこと、信用をしっかりと構築していくことができるアプローチなのか?
これらにしっかりと向き合って事業を進めるのは、そんなに簡単じゃないよ、もっと時間がかかるものだよ、という認識を共有する必要がありました。バックグラウンドが大きく異なることもあり、その認識の共有は非常に苦労しました。
周りからは、私がやたらと石橋を叩いている印象に見えたかなとも思います。
来年は、とにかく実証事業やPoCを目に見える形で進めていく
--生産者や自治体の反応はいかがでしょうか?
安藤氏:多くの方に興味を持っていただいています。ただ、良い取組と認識してはもらっていますが、自身の喫緊の課題への解決策と認識していただけているかはまだ疑問です。言い換えると、 私たちのソリューションが、まだご自身の現行のシステムへの実際の導入メリットとしてイメージできていない、と思っています。
--どういうことでしょうか?
安藤氏:身近な例の「家庭ゴミの処理」でいくとわかりやすいですね。一般の方々にとって、家庭ゴミは当たり前のように無料で誰かが回収・処理されるものです。回収されないと困りますが、お金がかかっている認識はありません。一方で自治体にとっては、一般の方々というある意味他人が出すゴミを、税金を原資とする予算で行っている公共事業。また、処理事業者からしたら、お金をもらって回収・処理する営利事業でもあります。つまり、ステークホルダーによってゴミ問題に対する視点や課題認識が違うわけです。
仮にステークホルダー全員一緒になってムスカシステムの導入を判断いただけたなら「ぜひ!」と言っていただける自信はあるのですが、そういうケースはレアでしょう。
さらには土地によって環境もルールも異なるわけですから、既製品という形では提供不可能なのです。
導入先の状況とスピード感に合わせてオーダーメイドをすることで、成功例をしっかりと増やしていく。そのうち、パターン化になるでしょうけど、その結果として、将来的な指数関数的事業成長に繋がっていくと考えています。
--よくわかりました。最後に、2020年以降の目標について教えてください。
安藤氏:来年は、とにかく実証事業やPoCを目に見える形で進めていきます。今回実施した試食会もその一環です。実証試験設備の設置も進めていきます。様々な実証事例を重ねていき、私たちが構築するサプライチェーン上にそれらの事例を並べていくことで、サプライチェーンのPoCとして示して参ります。
2021年以降商業導入フェーズとして、日本と海外、いくつかのマーケットでの事業展開を進めて参ります。
つまり、ここ1年ほどで様々な実証数を増やしていき、2年目以降は事業成長の縦ベクトルを加速させて参りたいと思います。
ムスカ 代表取締役CEOとしての“覚悟”
株式会社ムスカ 代表取締役CEO 流郷綾乃氏
最後は、代表取締役CEOの流郷氏にお話を伺った。
組織をしっかりと作ることができた一年だった
--早速ですが、ムスカにとって、2019年はどんな年でしたか?
流郷氏:2019年はこれでもかというほど、色々とありましたね。大きな決断の連続でした。ある時からシンプルで強くしなやかな会社にしたいと思い、組織とこの事業の在り方について、深く考えました。経営陣と、特に安藤とはよく話しました。
2019年4月からは、組織としてフェーズが大きく変わりました。すごく繊細に採用を行いました。とても優秀で事業に対して愛のある人財と共に、同じ目標に向かっている自負があります。もちろん、まだまだ事業を加速させるために足らない人財もいますが、この時点でのベストチームだと思います。誇れるチームです。
(参考記事)
[clink url=”https://lovetech-media.com/news/social/20190423musca/”]
--非常に経験豊富なメンバーが、CXOポジションを中心に参画されましたね。
流郷氏:前年度コンペでの優勝やメディア露出が、採用に大きく関わってきました。弊社の安藤も小高も、テッククランチがきっかけです。
ベンチャーにとって人の課題は非常に重要ですよね。弊社の掲げているビジョンに共感できない人なんてほとんどいないのです。大きなビジョンを掲げているがゆえに、採用もカルチャーフィットとこの事業をリードしていける人財かどうか、おそらく他のベンチャー企業より、ものすごく厳しくしています。そんな中、それぞれの豊富な経験を積んだ方々が入ってくれたのが、非常に大きなことでした。
結果、スタートアップにしては年齢層が高めなんですけどね(笑)少し前まで私が会社で最年少でした。
--組織づくり以外ではいかがでしょうか?
流郷氏:ハードを作って、社会インフラを作らねばならない会社として、簡単にはいかない、ということがよくわかった年でもありました。
今まで手作業でやっていたところを自動化させる。機械と生物という真逆なものをつなげていくことの難しさもありますし、同時にできることがわかった年でもありました。あとは、ハード会社としての資金調達の設計の難しさも実感しました。
--今年、丸紅や伊藤忠、新生銀行といった、名だたる大企業からの出資と戦略的パートナーシップ等を次々と発表されていましたが、それでも難しいですか。
流郷氏:予測がつきにくい分野なので、バイオベンチャーは、どうしても資金調達というのは大変だなと感じています。日々、様々な方から学んでばかりです。
守られているし、守りたい
--来年のムスカとしての目標はいかがですか?
流郷氏:一本、サプライチェーンを通す。これに尽きます。必ずやりたいし、やりきりたいです。20代の女性ですし、少しでも事業の進捗が悪かったら、皆さん言いたいことたくさんある人はいるでしょうけど、私だけが経営陣ではないですし、私自身も長期的にこの事業が伸びるための正しい決断を日々たくさんの方に支えられながらしています。2020年、地に足をつけて進んでいることをお見せしたいです。
--流郷さんご自身の、来年の目標はいかがでしょう?
(少し考えて)
流郷氏:私自身としては「しっかり自分の意志を持ちたい」と思います。
私はもともとPRとしてムスカに入り、創業者の串間がいて、彼の見ているビジョンに共感し、皆さんに広げていきたいと思っていました。そして串間以前から思い描いていたビジョンを色褪せさせることなく、引き続き堅実にしっかりと事業を進めていきたいと思っています。
正直なところ、やればやるほど、この事業の“重さ”も一心に感じる1年だったんです。
来年はその重さを「重い」と感じるだけではなく、受け入れて私が考える強さをこの事業にインプットさせたいと思っています。そして、今まで以上に意志をもって伝えていきたいと思っています。
--流郷さんのピッチを何度も聞いていますが、僕はすごくポジティブなエネルギーを感じています。ムスカのエバンジェリスト(伝える人)として、流郷さんは最高の適任者だなと、勝手ながら感じています。
流郷氏:その点については、「すごくチームのみんなから支えられている、守られている、立たせてもらっている」と感じています。
--どういうことでしょうか?
(だいぶ考えて)
流郷氏:お互いにリスペクトしあえる関係だと感じています。
ムスカに入ってくれた人たちって、それこそもの凄く優秀な人たちばかりで、それぞれがしっかりとした経験とキャリアを持っています。私自身はある意味、人生経験は経験しなくてもいい経験までしているので、豊かだとは思いますが、年齢を考えても積み重ねたキャリアは大したものではないです。でも、誰よりもこの事業の本質を考えてきたと思います。そして、経験豊富な優秀な方々に支えてもらいながら立たせてもらっていて、守られていると感じることが多々あります。だからこそ、感謝を込めて、全員がベストパフォーマンスを発揮できるような組織を環境を作っていきたいです。
今のチームからは守られていると感じますし、どんな時だって全力で守ることができる自分でありたいと思ってます。
当編集部は2018年6月より流郷氏と定期的にお話させていただいているが、今年の彼女を一言で表すと「凛」だと感じた。ムスカというチームを引っ張っていくことの“覚悟”を問われる。そんな一年だったことが、年末インタビューからうかがい知ることができた。
編集後記
昆虫産業元年となった2019年。
おそらく、ここまでハエ(イエバエ)が一般的に注目され様々なメディアを賑わせたのは、おそらく世界的に見ても初めてなのではないでしょうか。あったとしても、映画『ザ・フライ』の公開時といった、エンタメ文脈くらいだろうと感じます。
昆虫元年は確実に多くの方に「産業としての昆虫の可能性」を知らしめました。またその副産物として、諸外国の昆虫産業についても、様々な情報を得るアンテナが立つことになりました。
ここから先は、インタビューでもボードメンバーのお二人がおっしゃっていた通り、時間をかけた既存インフラとの融合フェーズとなります。
それは単純な「アップデート」なんてものではなく、故きを温ねて新しきを知るという観点で、既存産業のルネッサンス(再生)に値することになると感じます。
来たる2020年、ムスカの実証試験設備に関するニュースを心待ちにしたいと思います。