様々な領域で“ダイバーシティー”の必要性がさけばれる中、私たち「家族」の在り方も、ここ最近で実に多様化してきている。LGBTカップル、事実婚を貫くカップル、夫婦別姓を求めるカップル、精子・卵子提供を受けてできた親子、代理母の協力でできた親子、血縁がなくとも意識で繋がる拡張家族、互いに支え合って生活するシングルマザー達など。従来の概念での「夫婦」「親子」「家族」に当てはまらない、新しい家族の形態が次々と生まれては可視化されてきている。現代は、家族というものをかつてないレベルで自由度高くデザインしやすい時代だと言っても良いだろう。
だが一方で、私たちが日々生活する社会基盤は、依然として「従来型家族」の概念をベースに構築・運用されている。例えば我が国で同性婚をしようとしても法的に認められていないし、事実婚をしているケースではパートナーの集中治療室に入ることはできない。新しい概念に基づいて生きる人たちにとって、今の社会制度は優しくないのが現状だ。もちろん、既に複数の地方自治体で「同性パートナーシップ証明制度」が導入されてはいるが、まだまだ局所的な動きであり課題も少なくないことから、日本全国へと広がるには時間がかかると考えられる。
そんな背景の中、住んでいる国や地区などに関わらず、様々な家族形態が当たり前のように認められる社会の実現を目指しているのが、昨年8月に設立された一般社団法人Famiee(ファミー)だ。
ブロックチェーン技術を活用し、まずは第一ステップとして、同性カップル向け「パートナーシップ証明書」を企業内福利厚生として複数社に導入していくという。
画像出典:Famieeサービス説明動画より
テクノロジーを活かし、様々な家族のあり方を民間の側から支援するLoveTechなプロジェクトとして、本記事でFamieeの活動内容をご紹介する。
既存制度における現状の課題
Famieeの活動を理解する前提知識として、既存の婚姻制度および各自治体が取り組むパートナーシップ制度、それぞれが抱える課題を見ていく。
既存の婚姻制度の課題
まずは既存の婚姻制度について。これは主にマジョリティーのケースとして、同じ国出身の戸籍上男性・女性の間で、名字を変えて片方の家に嫁ぐ形で、婚姻関係を結ぶ手法として確立されてきた。二人のカップルが関係を締結する方法として「婚姻届」というものがあり、二人が婚姻関係にあることを第三者や本人たちが確認するために、「戸籍謄本」や「戸籍抄本」という証明書がある。婚姻関係にある夫婦は、これら証明書を活用することで、官民問わず様々な手続きを進めることができる。
だが、同性のカップルや夫婦別姓を求めるカップル、事実婚を貫きたいカップル等は、既存の婚姻制度上は「夫婦」として認められず、以下のような夫婦としての権利を得ることができないのが現状だ。
- 所得税の配偶者控除
- 相続時の相続権
- 健康保険や厚生年金の被扶養者
- 子どもの親権(片方が死亡した場合、子どもを手放さないといけなくなることがある)
- 離婚時の、通常の配偶者としての権利
- 手術同意書に同意する権利
- 特別養子縁組の引受権利
- 「友人同士NG」物件への賃貸契約
- 公営住宅への入居
- 民間生命保険:受取人指定の親族としての登録
- 育児休業(配偶者として認めてもらえない)
- 介護休暇(配偶者・家族として認めてもらえない)
etc…
各自治体による同性パートナーシップ証明制度とその課題
これに対し、日本では複数の地方自治体で、同性カップル向けに「同性パートナーシップ証明制度」(※)の導入が進んでいる。よく勘違いされるのだが、これは婚姻届のような関係締結の方法なのではなく、二人がパートナーシップ関係にあることを第三者や本人たちが確認するために証明書を発行する制度だ。
※2015年11月5日から、東京都渋谷区と世田谷区で同時に施行されたもの。同性カップル二人のパートナーシップが婚姻と同等であることを承認し証明書を発行するという、自治体独自の制度。「パートナーシップ制度」「同性パートナーシップ宣誓」「パートナーシップ宣誓制度」など自治体によって様々な呼称がなされ、2020年4月1日時点で47の自治体が導入している
しかしこちらの制度についても、以下のような課題が存在する。
- パートナーシップ証明書を発行する市区町村の在住者でなければ取得できない(一部の例外を除く)
- パートナーシップ証明書を発行した市区町村から転居すると、発行された証明書は無効になり、転居先で再度申請手続きを行う必要がある
- 申請に際して当事者が、二人揃って役所に出向く必要があり当事者の意思に関わらずその関係性がオープンになるおそれがある
- 公証役場の公正証書うを取得する必要があり、費用がかかる場合がある
- 制度の導入に際しては、市区町村の強いリーダーシップが必要とされ、同性パートナーシップ証明制度が日本のすべての市区町村に導入されるには時間がかかる
- 同性カップル向けにサービスや福利厚生を提供する企業側は、行政毎にパートナーシップ証明書の発行要件が異なるため、独自にパートナー関係の存在を確認するルールを定めるところも多い
特に最終項目について、企業が独自に確認手順を踏むということは、当事者からすれば、家族としてのサービスを受けるたびに戸籍に相当する資料を提出する必要があるということだ。また、それは企業にとっても手間であり、よりスムーズな仕組みが必要とされていることがわかる。
LGBT × ブロックチェーンによるサービス設計
このような、「家族」を取り巻く制度が現代社会にフィットしていない現状に鑑みて立ち上がったのがFamieeだ。
以下3点について、家族形態が当たり前のように認められる社会の実現を目指して活動を進めている。
- 同性カップルや事実婚カップル等、法的には婚姻関係と認められない多様な家族形態の人たちが、住んでいる国や地区などに関わらず家族関係を証明する「家族関係証明書」を得られるようにする
- 家族関係証明書を元に、家族向けサービスや権利を提供する民間企業を増やす
- ブロックチェーンの技術を活用し家族関係証明書の半永久的なデータの保管を行う
同団体を立ち上げたのは、株式会社ホットリンクの代表取締役グループCEO ・内山幸樹氏。2016年に参加したカンファレンスにてLBGTパネルセッションを聴講し、そこで同性カップル等の抱える課題を認識したのが、Famiee設立の原体験だったという。
内山幸樹氏[写真提供:一般社団法人Famiee]
その後、同社内で進んでいたブロックチェーン研究と上記課題がリンクし、2018年にはサービスの具体的な仕様検討を開始。翌2019年2月にはブロックチェーン開発者を巻き込んでの仮説検証チームを、さらに2019年10月には「民間によるパートナーシップ証明書の検討委員会」をそれぞれ発足させ、プロジェクトの趣旨に賛同する企業や当事者、家族法等を専門とする弁護士等と共に、課題や対策方法の協議を重ね、サービス設計を進めていった。
なお団体設立前の2019年4月には「Famieeプロジェクト」として、東京レインボープライド2019「Pride Festival」において、「カップル宣誓書」の発行サービスを展示。カップルの誓いや記念写真をブロックチェーン上に記録するデモには約100組のカップルが参加し、そのニーズの存在とより具体的な課題を確認したという。
東京レインボープライド2019「Pride Festival」にて集合するFamieeチームの皆さま。代表理事である内山氏の元に、「多様な家族形態が当たり前のように認められる社会の実現」という理念に共感するメンバーが集まって、Famieeが誕生した(写真左より、理事・石渡広一郎氏、メンバー・二谷輝郎氏、理事・川大揮氏、理事・渡辺創太氏・理事・村上乃須氏・代表理事・内山幸樹氏)[写真提供:一般社団法人Famiee]
2020年7月、同性カップル向け「パートナーシップ証明書」発行開始予定
住んでいる国や地区などに関わらない「家族関係証明書」の第一弾として着手・発表されたのが、同性カップル向け「パートナーシップ証明書」の発行と、企業内福利厚生サービス申請時の利用に向けた導入準備だ。
具体的には2020年7月に発行開始予定で、現時点で以下17社が、企業内の福利厚生サービスの申請時の利用に向け、導入準備を開始しているという。
(以下、50音順)
株式会社アイスタイル | 株式会社IBJ |
アステリア株式会社 | 株式会社JobRainbow |
株式会社セールスフォース・ドットコム | 損害保険ジャパン株式会社 |
ネットイヤーグループ株式会社 | 株式会社ブイキューブ |
株式会社フレアス | 株式会社ブレインパッド |
株式会社ホットリンク | マネックスグループ株式会社 |
株式会社みずほフィナンシャルグループ | 株式会社みらい創造機構 |
株式会社メディカルネット | 株式会社LIFULL |
ラクスル株式会社 |
その最大の特徴は、物理的な居住地を問わない点。Famieeという民間団体が証明書を発行してくれるので、同性パートナーシップ証明制度を導入している自治体でなくとも、居住地を問わず、審査を受け関係を認めてもらうことで、二人の関係の証明書を発行してもらえる。もちろん、転居等をした場合に証明書を取り直すといった必要もない。
発行できる証明書は全部で3種類。どういうサービスを提供するかに応じて、パートナーシップ関係確認の厳しさ度合いが異なるため、それぞれに応じた内容で発行フローを組んでいる。
画像出典:Famieeサービス説明動画より
証明書として機能させるために
だが、証明書をただ発行するだけでは意味がない。重要なのは、それが証明書として各所でしっかりと機能することだ。Famieeでは以下3つの組織グループに分け、段階的な導入を進めていくとしている。
- 第三者サービス:携帯電話キャリアや住宅ローン会社、航空会社、生命保険・損害保険会社、証券会社、医療機関など、各種サービス提供時の本人確認等のオペレーションフローに組み込む必要がある。
- 企業内福利厚生等:介護休暇・慶弔休暇等の各種休暇制度や、扶養手当等の各種手当の申請手続きの際に活用できるよう、各社内制度に組み込む必要がある。
- 公共機関:税金や年金、健康保険、親権など、公的機関における各種手続きでも活用できるようにするのが最終目標となる。
画像出典:Famieeホームページ内掲載スライドより
第一弾では、真ん中の「企業内」福利厚生対応から導入を進めていくというわけだ。
ちなみに、各企業にとっての福利厚生導入ハードルについて伺ったところ、Famiee理事・石渡広一郎氏から以下3点があげられた。
- 経営者(経営陣)の理解
- 就業規則や福利厚生規定の改訂といった人事関連制度への組み込み設計
- この問題に真剣に取り込む情熱を持った担当者の存在
理事・石渡広一郎氏(写真右)[写真提供:一般社団法人Famiee]
石渡氏「やはり3番目の担当者の存在が一番、大きいようにお見受けします。人事労務や広報との社内調整等、大企業になればなるほど、我々との窓口になった担当者さまのご負担は大きかったように思います。」
パブリックブロックチェーンが最適技術
Famieeによるパートナシップ証明書のもう一つの大きな特徴は、ブロックチェーン技術を活用している点だ。
そもそもこの証明書は、一種の「戸籍」に相当するもの。家族関係に関する証明書を発行するからには、発行主体の責任として、人間の一生の時間を超えて半永久的に証明書のデータが保管され、かつ発行した証明書が検証可能である必要がある。
だが、民間のいち非営利組織が、半永久的にデータの保管や検証システムの保証を続けることは、一般的に考えて難しい。
だからこそ、中央管理者がいなくとも半永久的に稼働し、データの改ざんが実質的に不可能で、高い堅牢性をもつブロックチェーン(厳密にはパブリックブロックチェーン)の活用が最適との結論になったわけだ。
申請者の情報は論理的に解読不可能な方法で符号化された情報のみが保存されるので、プライバシーは完全に保護され、また、個人情報漏洩のリスクも一切ない。
画像出典:Famieeホームページ内掲載スライドより
また、eKYC技術を活用した本人確認フローや、申請内容の改ざん検出方法、パートナーシップ解消の際の対応フローなど、様々な運用ケースを想定した仕様に設計されており、受け入れ組織側のリスクを最小化する工夫がなされている。
画像出典:Famieeホームページ内掲載スライドより
2021年以降は、発行する家族関係証明書を拡大
今回発表された証明書発行システムは、受け入れ企業は全て無料で導入できる。また申請者についても、スタート段階では無償で証明書が発行される(※)。つまり、マネタイズモデルによる自走ではなく、当面は各ステークホルダーによる寄付で進めていくとのことだ。
※ただし、ブロックチェーン上にデータを書き込む際には若干のコイン支払いが発生するため、将来的には費用が発生する可能性あり
中長期的なロードマップは以下の通り。
画像出典:Famieeホームページ内掲載スライドより
今回は同性カップル向けの証明書となるが、2021年以降では親子関係の証明書発行にも進むということで、家族関係証明書の裾野がますます広がっていく予定である。
画像出典:Famieeホームページ内掲載スライドより
既存の婚姻制度を変えることは非常に難しいが、そうでなくとも、民間から変えられることはある。「多様な家族形態が当たり前のように認められる社会の実現を目指す」Famieeの活動に興味を持たれた方は、ぜひ何かしらの支援を表明されてはいかがだろう。
SNSで活動をシェアするだけでも、新たな導入企業やサービスの開拓に繋がり、それが家族のあり方・多様性の大きなサポートとなるかもしれない。
※記事中の各種サービス仕様は、2020年4月14日時点の情報に基づく内容です。最新情報は、Famieeホームページをご覧ください。
編集後記
以前同性パートナーがいる友人とお話をした際、同性だという理由で住居の契約ができなかったことを聞き、公然と不自由さがあることに愕然としました。
また自治体の同性パートナーシップ証明制度についても、ありがたい制度である反面、窓口に行かなければならないのが恥ずかしいという話も聞き、細かい部分でまだまだ制度として改善の余地があることを感じました。
今回発表されたFamieeサービスは、基本的に全てがオンライン完結なので、プライバシーが完全に保護され、企業側にとっても当事者側にとってもLoveTechな仕組みだと感じます。
限られたリソースの中で、対応するサービスや企業をいかに増やせるか。
今後の動向を注視して参りたいと思います。