ニューヨーク州西部のサラマンカ市中央学区は2026年7月24日、人型ロボット「Sally」とAI教師アシスタント「Optio」試験導入の一時停止を発表した。学区は7月24日のFacebook投稿で、次のように説明している。(現在、投稿は非公開に設定されている)
“Our pilot project with Realbotix is currently on hold while we work through enhanced student data privacy agreements with the New York State Education Department and continue engaging with our community and stakeholders.”
「Realbotixとの試験導入は現在、一時停止している。ニューヨーク州教育局と、生徒データをより厳格に保護する協定について詰めるとともに、地域社会や関係者との対話を続けるためだ」(編集部訳)
Sallyは、人型ロボットとAIシステムを開発する米Realbotix社製のヒューマノイド「M-Series」を教育向けに設計した機体で、今秋から高校のSTEAM教育に使われる予定だった。当メディアでも7月20日配信の記事で、生徒が識別コードを入力すると過去のやり取りを呼び出せる一方、会話履歴の保存・削除条件が公表されていないと報じたばかりだった。

人間に似た顔や声を持ち、継続的に応答するロボットを学校へ導入する場合、教材としての安全性だけでなく、生徒がどこまで悩みや学習状況を話すのか、その記録を誰が扱うのかも考えなければならない。また、全く別の観点で、グループ企業がラブドール事業を展開していることへの心理的嫌悪感があることもあるだろう。
以下、試験導入停止までの経緯と、残る論点を見ていく。
州教育局の書簡送付後、試験導入は一時停止
試験導入が停止される数時間前、ニューヨーク州教育コミッショナーで、州教育局のトップを務めるベティ・A・ローザ[Betty A. Rosa]氏が学区へ書簡を送っていた。書簡を掲載したNew York Focusによると、ローザ氏は「人型ロボットが高校の教室に及ぼす影響について、教育局はなお懸念している」と表明した。
書簡は、学区が「Sallyに授業を担当させない」と説明する一方で、教育委員会向けの資料では「個別指導プラットフォーム」と位置付けていた点も指摘している。教師の代わりにはしないという説明だけでは、質問への回答、学習状況の把握、助言といった具体的な役割を判断できないためだ。
その後、学区は試験導入の一時停止を発表し、適切なプライバシー保護と地域からの意見を導入手続きへ反映することが重要だと説明した。再開時期や、州教育局との協定に盛り込む具体的な条件は公表されておらず、7月28日付のAP通信の続報でも、計画は一時停止されたままだと確認されている。
根強い「ラブドール関連企業が製造した人型ロボット」という印象
本件に付随して、NYSUT(New York State United Teachers:ニューヨーク州ユナイテッド・ティーチャーズ)のメリンダ・パーソン[Melinda Person]会長も以下のようにFacebookへと投稿している。
“A humanoid robot built by a company associated with sex dolls has no business in our classrooms.
Kids need caring adults, not robots.
Until New York has clear rules for AI in schools, let’s keep the humanoids in the lab, the showroom, or wherever humanoids hang out—but not in our public schools.”「ラブドール関連企業が製造した人型ロボットなど、私たちの教室にはふさわしくありません。
子供たちに必要なのは、思いやりのある大人であり、ロボットではありません。
学校におけるAIの利用についてニューヨークで明確なルールが定められるまでは、人型ロボットは研究所やショールーム、あるいは彼らの「居場所」にとどめておくべきです。公立の学校に持ち込むべきではありません。」
以前の記事でもお伝えしたとおり、Realbotix Corp.の傘下には、今回のような法人向けロボットを扱うRealbotix LLCと、成人向けのRealDoll事業を扱うAbyss Creationsがある。
同社は7月22日の組織説明で、両子会社は別法人であり、経営陣、従業員、施設、製造、製品開発、技術を共有していないと主張。Sallyも新たに製造した教育専用機で、RealDollの設計や成人向け製品の部品を転用していないと説明している。
したがって、Sallyを「ラブドール関連企業が製造した人型ロボット」と表現するのは正確ではない。成人向け事業がグループとして存在することだけを理由に、教育製品として不適切だと結論づけることはできないだろう。
ただ、この投稿を見る限り、データガバナンスやプライバシー保護と並行して、グループ企業が成人向け事業を展開していることによる心理的なハードルは無視できない要素であることが改めて浮き彫りになった。
なぜ、人間らしい外見が必要なのか
Realbotixは、人間に似た顔や声によって、AIが “話しかけやすい存在になる” と説明している。
だが、現時点では、Sallyの外見が学習成果を高めると示した第三者検証は公表されていない。Inc.の取材でも、Realbotix側も教育効果を示す実証データはまだないと認めている。教育工学研究者のライアン・シャーフ[Ryan Schaaf]氏は、目新しさで生徒の注意を引くことと、学習が進むことは分けて評価すべきだと指摘している。
また、適切なプライバシー保護という観点を考えてみると、当初の計画では、生徒が識別コードを入力すると、Sallyが同じ生徒とOptioとの過去の会話を参照し、前回の続きから対応することになっていた。生徒は教室でSallyに質問するだけでなく、自宅から同じ姿のアバターへ宿題の写真を送る使い方も想定されていたという。
学区は7月10日の公式説明で、Sallyは個人を特定できる情報を収集せず、映像や音声も記録せず、Realbotixへデータ送信はしないとしている。Inc.の取材に対しRealbotixは、生徒に結び付く情報は暗号化され、学区の管理下に置かれると説明した。また、インターネットを自由に検索させず、学区が承認した教材を端末内に保存し、その内容に沿って応答するという。
ただし、会話履歴の保存期間や、それらのデータを閲覧できる職員の権限管理ポリシー、誤送信時の対応などに関しては公開資料から確認できておらず、今後はこれらの要素も議論の対象になるのだろう。
サラマンカ市中央学区が決めたのは、SallyとOptioの導入中止ではなく、あくまで “一時停止” である。
再開する場合、誰がどの会話を保存・閲覧・削除できるのか、ロボットとのコミュニケーションを望まない保護者と生徒が利用を拒否できるのかなどを導入前に明らかにすることが求められそうだ。
また、Sallyが教師や友人のように受け取られないよう、学校内での役割を具体的に示すことも論点になってくることが考えられる。それこそ、先日欧州委員会によって承認されたEU AI Act(AI法)第50条の透明性義務を運用するためのガイドラインの要領で、「私はAIです」と会話ごとに発言させるような案も出てくるかもしれないだろう。




