2020年2月20日〜24日に東京ミッドタウンで開催された、アートやデザインを通じて未来の社会をみんなで考えるイベント「未来の学校祭 脱皮 / Dappi展 ―既成概念からの脱出―」。
レポート第二弾となる本記事では、「Citizens of the Future:未来の市民が学ぶこと」というテーマで設置されたセッションについてお伝えする。
<イベントページ内セッション案内>
21世紀、人は何を学ぶのでしょうか。2020年、日本では学校教育が変化を遂げ始めます。今までの学校教育は、与えられた問いを答えられるように知識を与えるものでした。予測不能な未来をしなやかに生き抜くためには、自ら問いを立て、行動する新たな学びが求められます。このセッションでは、教育者、アーティスト、文化機関、企業といった多様な教育の実践者たちが市民参加型の学び、シチズン・サイエンスやSTEAM教育そして未来の学校のあり方について議論します。
芸術、文化および教育に携わる実践者たちは、未来の「学び」をどのように捉えているのか。まず前編では、アルスエレクトロニカの総合芸術監督を務めるゲルフリート・シュトッカー[Gerfried Stocker]氏と、メディアアーティスト・市原えつこ氏のプレゼンテーション内容についてお伝えする。
スマートシティには、スマートな市民が必要
ゲルフリート・シュトッカー[Gerfried Stocker]氏(アルスエレクトロニカ 総合芸術監督)
アルスエレクトロニカのトップとして活躍中のシュトッカー氏は、フェスティバルの総合芸術監督の他にも、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボの設立やアルスエレクトロニカ・センターの企画責任者も担っている人物。同氏からは、テクノロジーが空気のような存在になってきた現代社会における「スマートな市民」への必要性が言及された。
シュトッカー氏:「各所でスマートシティ(Smart City)構想がさけばれていますが、そこにはスマートな市民(Smart Citizens)がいなければなりません。ここでいう市民とは総合的な意味を表しており、地域住民はもとより、賢い当局者や賢い行政、賢い政治家といったものも含まれます。これがあって始めて成り立つのが、スマートシティというわけです。」
スマートシティとは、AIやIoT等の先端テクノロジーを用いて、私たちの生活インフラやサービスをデータ・ドリブンで管理運営し、継続的な経済発展を促していくという次世代型都市構想のこと。国土交通省では「先進的技術の活用により、都市や地域の機能やサービスを効率化・高度化し、各種の課題の解決を図るとともに、快適性や利便性を含めた新たな価値を創出する取組」と定義しており、Society5.0時代における新たな都市のあり方として、産官学各所で注目・推進されている概念だ。
2019年6月に閣議決定された「統合イノベーション戦略2019」等に基づき、内閣府、総務省、経済産業省、国土交通省は、スマートシティの取組を官民連携で加速するため「スマートシティ官民連携プラットフォーム」を設立。企業、大学・研究機関、地方公共団体、関係府省等、2020年6月末時点で合計487団体(オブザーバー含めると607団体)から構成されるプラットフォームを軸に、官民が一体となって全国各地のスマートシティ関連事業を強力に推進している(画像出典:国土交通省「スマートシティ官民連携プラットフォーム」より)
一方で、そのような“ハイテク都市”での居住を前提にするのであれば、域内住民には相応のリテラシーが求められることにもなる。ここでいうリテラシーとはなにもテックリテラシーだけではなく、例えば各々のデータとの向き合い方や地球環境への配慮、事業活動における倫理的考察など、挙げ始めたら枚挙にいとまがない。どんな国家であっても、市民が理解できないテクノロジーや環境を“課す”ことは適切ではないわけで、一方で住民も行政に任せきりにするのではなく、自分たちでサステナブルでWell-beingな生活環境を整えていく当事者意識とアクションが必要になるというわけだ。
シュトッカー氏:「教育はこのような社会において、どちらの側に身を置くのかを決めていくものです。積極的に社会を作りあげていくのか、それとも押さえ込まれていくのか。クリエイターになるのか、ただの消費者になるのか。
そしてこれは、単にインターネットやソーシャルメディア、AI、機械学習といったデジタル技術に限った話なのではなく、バイオテクノロジーや遺伝子、気候変動、社会的平等、高齢化など、あらゆるものに関わってくる話です。これら全てはチャンスにもなるし、一転して脅威にもなりえます。」
アルスエレクトロニカ・センターの例
このようなスマートな市民の一例としては以下の通り。
- 創造力のある人たち
- 社会起業家
- 責任感あるエンジニア
- 自分の意思を持った消費者
- 環境意識の高いエコノミスト
単なる消費者から“生活者”へと昇華される必要があるのだが、さて、一体誰がこれを教えてくれるのか、というのが問題となる。
シュトッカー氏:「未来の教育を考える際、これまでのような労働者を作るためのトレーニングではダメです。次世代に仕事を生み出せていける人を育てていくこと、そして新しいアイデアを作るような教育が必要となります。」
その一例として紹介されたのが、1996年に開館された「アルスエレクトロニカ・センター」(以下、AEC)だ。こちらは、アルスエレクトロニカ・フェスティバルの概念を体験できる場として設立されたもので、最先端テクノロジーとアート、社会との融合から見える「未来」のための体験型アートセンターとなっている。
2019年5月には、AIおよび知性との共存をテーマに展示内容が大幅にリニューアルされ、人間とテクノロジーの関係や、気候変動のような大きな問題に対してテクノロジーがどう解決に導くかといった、様々な教育コンテンツを提供している。
シュトッカー氏:「AECでは、時には医療学生に対して仮想手術トレーニングの場を提供し、また時には幼稚園生を対象に化学の学校を開いています。他にも、考古学のようなコースや、一般の人々にとってはプレイグラウンドとしても機能します。人とロボットが一緒になって、楽しく学べる場として設計しているわけです。
将来の学校とは、老若男女様々な人たちが来て色々なトレーニングをする。つまるところ、AECで行われているアートフェスティバルみたいなものになっていくのではないかと考えています。」
日本の民間信仰とデジタルテクノロジーを融合させる
市原えつこ氏(メディアアーティスト、妄想インベンター)
次にプレゼンテーションをしたのが、メディアアーティストであり妄想インベスターという特異な肩書きをもつ市原えつこ氏。アルスエレクトロニカには2018年に始めて参加し、そのままInteractive Art+部門でHonorary Mention(栄誉賞)を受賞した人物である。
市原氏が主な活動テーマとして掲げているのが「デジタル・シャーマニズム(Digital Sharmanism)」。日本の民間信仰とデジタルテクノロジーを融合させることをテーマにした作品群だ。
その中で、2018年にアルスエレクトロニカ栄誉賞を受賞した際の展示作品は「デジタルシャーマン・プロジェクト」。公式ページには以下の説明が記載されている。
科学技術が発展した現代向けに、新しい弔いのかたちを提案する作品。家庭用ロボットに故人の顔を3Dプリントした仮面をつけ、故人の人格、口癖、しぐさが憑依したかのように身体的特徴を再現するモーションプログラムを開発した。このプログラムは死後49日間だけロボットに出現し、擬似的に生前のようにやりとりできるが、49日めにはロボットが遺族にさよならを告げてプログラムは消滅する。このように、イタコのごとく故人が「憑依」したロボットと遺族が死後49日間を過ごせるように設計されている。
-デジタルシャーマン・プロジェクト公式ページより抜粋引用
具体的にどんなものかを理解するには、以下のコンセプトムービーを参照するのが一番だろう。
Digital Shaman Project / デジタルシャーマン・プロジェクト from Etsuko Ichihara on Vimeo.
市原氏:「2015年に祖母が亡くなった時に、実際に葬儀に参列して、仏教の葬送システムはすごく良くできていると感じ、そこから葬いや死に興味をもっていきました。
一般家庭にロボットが普及したら、どのような新しい弔いが生まれるのか。そんな答えがない問いだからこそ、作品を作って世の中に問いかけて、社会実験をしてみたわけです。
今回は教育というテーマなので、作ることと学ぶことはイコールだなと考えていて、これが教育者としてのアーティストのあり方なのかなと思います。劇薬ではありますが(笑)」
市原氏はこのような「アーティストのもつ問い」という機能を具体的な教育プログラムにも応用しており、クリエイティブな大人たちと答えのない問いに向き合う13〜19歳のためのオンラインスクール「Inspire High(インスパイア・ハイ)」への講師参画等にも協力している。
奇祭をサステナブルな「生きた文化」にするには?
そんな中、市原氏が次に目をつけたのが、日本の祝祭や奇祭(strange festival)だった。
市原氏:「日本には変な祭りが多いのですが、色々と調べていく中で、土着的な民間信仰というものは一見非合理に見えても、共同体の維持や慰霊、厄災の抑止などファンクション(機能)を持っていることがわかってきました。
一方で、中には後継者不足で廃れつつある奇祭もあります。古びた伝統ではなく、血の通った“生きた文化”として次の100年も継続させていくにはどうしたら良いのか?
これが次なる問いになりました。」
そこで発表されたものの一つが「都市のナマハゲ – Namahage in Tokyo」。秋田県男鹿市で200年以上伝承されている重要無形民俗文化財「ナマハゲ行事」が持っているファンクションを再解釈し、現代の都市に移植する試みである。市原氏の公式ページには以下のように説明がなされている。
都市部に生息し、秋葉原、原宿、巣鴨をはじめとした各地域に適応進化した “都市のナマハゲ”は、ソーシャルメディアによる相互監視や、街中に張り巡らされた監視網により蓄積されたデータベースをもとに各都市の「悪い子」(=しつけの必要な大人) を特定。大晦日に現れ、センシング技術とVR技術を駆使したマインドハックによる ”しつけ”を施し、都市の人々に成長・幸せ・祝福をもたらすという。
-市原えつこ公式ページより抜粋引用
市原氏:「これはスペキュラティブ・デザインの文脈でやったものでして、次こそは実際に開催し、祭りを街に社会実装したいと思いました。それが「仮想通貨奉納祭」です。」
ペイヤ!ペイヤ!ペイヤ!
物々交換から始まって、米、銅貨、紙幣と、モノを購入する際の媒介手段は時代とともに変遷してきた。そして今や、完全なるデジタル記号としてお金の機能を果たす仮想通貨が、徐々に社会へと実装され始めている。
このような媒介を前提とする「キャッシュレス時代における神への奉納」とは、どうあるべきなのか?これが市原氏の次なる問いになったという。
市原氏:「これを考えたときに、世界中から仮想通貨を集めて地域や神社に奉納し、都市の豊穣を祈る祭礼儀式を作りたい!と思いました。」
仮想通貨奉納祭の舞台となったのは川島商店街全域(東京都中野区)。戦前より続く昔ながらの商店街を舞台にサーバー神輿をかつぎ、QRコードからのビットコイン奉納に呼応して街を練り歩いていったという。
掛け声は、一般的な神輿の「せいや!」にちなんだ「ペイヤ!」。関係者はもとより、子ども達をはじめとする地域住民も自然発生的に参加していることがわかる。
もちろんサーバー神輿以外にも、バイオ御神体や天狗ロボットといった、現代解釈した神事もふんだんに取り込んでおり、電子いけばな、電磁祭り囃子、人力で仮想通貨をマイニングするマシンなど、祭りにちなんだ作品や飲食屋台も多数出展した。中には、参加者の祈りを読み上げるAIなんていう、粋なデジタル出展物もあったという。
2日間でなんと、約18,000人もの動員だったというから驚きだ。
リンツでは、メディアアートが街にインストールされている
このような地域と一体になったアートのあり方は、アルスエレクトロニカ開催地であるリンツでは“普通の光景”だと市原氏は語る。
市原氏:「メディアアートがリンツの街にインストールされていて、市民から全面的に受け入れられ、地域と一体化しているのが衝撃的でした。東京でやっても、市民全員がウエルカムってことはないでしょうから。」
そんな中、市原氏の心に響いている言葉が、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ・共同代表 小川秀明氏の言葉。
アーティストは未来市民、未来の社会で起こりうる問題や価値観を先取りして作品として実現している。
市原氏:「アーティストは未来市民、という小川さんの言葉が好きです。
「つくること」そのものから学んで、未来の社会や問題をいち早く具現化して社会に問いを投げ、社会の触媒として様々なコミュニティを越境する市民参加型の学びをつくる。
アーティストとは、未来市民の「野生」の教育機能なんだと思います。」
》後編記事につづく(2020年7月17日 AM9:00配信予定)
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